私の関わりのある法人
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2016年05月02日

5月2日(月曜日) 色もなく覚え侍りし(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は晴れ。
 予想最高気温は26℃。
 夏日やねえ・・・



・ 第百三十八段

 「祭過ぎぬれば、後の葵不用なり」とて、ある人の、御簾なるを皆取らせられ侍りしが、色もなく覚え侍りしを、よき人のし給ふことなれば、さるべきにやと思ひしかど、周防の内侍が、

   かくれどもかひなき物はもろともに みすの葵の枯葉なりけり

と詠めるも、母屋(もや)の御簾に葵のかゝりたる枯葉を詠めるよし、家の集に書けり。古き歌の詞書に、「枯れたる葵にさしてつかはしける」ともはべり。枕草紙にも、「來しかた戀しきもの。かれたる葵」と書けるこそ、いみじくなつかしう思ひよりたれ。鴨長明が四季物語にも、「玉だれに後の葵はとまりけり」とぞ書ける。己と枯るゝだにこそあるを、名殘なくいかゞ取り捨つべき。

 御帳にかゝれる藥玉も、九月九日、菊にとりかへらるゝといへば、菖蒲は菊の折までもあるべきにこそ。枇杷の皇太后宮かくれ給ひて後、ふるき御帳の内に、菖蒲・藥玉などの枯れたるが侍りけるを見て、「折ならぬ音(ね)をなほぞかけつる」と、辨の乳母のいへる返り事に、「あやめの草はありながら」とも、江侍從が詠みしぞかし。


 葵祭(5月15日)が終わったら、暑くなってくるので、御簾を外してしまい(でも御簾ってついてても風も通るんじゃないか?)、本来その後につける葵の葉もつけずにいたら、ちょっと寂しいかな、という話?

 違った・・・下の文などを読むと、御簾はそのままで飾りとして葵の葉をつける風習があり、それを取ってしまったら何か情緒が無い、という話だった。

 で、9月9日の菊の節句では菊に変えるんやな。


鴨 長明(1155 - 1216)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本の歌人・随筆家。

『徒然草』(つれづれぐさ)は、吉田兼好(兼好法師、兼好、卜部兼好)が書いたとされる随筆。清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大随筆の一つと評価されている。鎌倉時代末期、1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとする説が主流。


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2016年05月01日のつぶやき




































































































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