私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年04月13日

ワイマル共和国 林健太郎著 第12章(共和国の最期)



再掲
1932.4.30 ブリューニング辞職

シュライヒャーは次の首相としてパーペン男爵を選んだ。
シュライヒャーは1か月前からヒトラーやゲーリングと階段して突撃隊禁止令を撤回するから、政権を認めるように協定していた。
(パーペンは中央党員であったが、この時除名されており、無党籍。人々はこの政権を「男爵内閣」と呼んだ)

1932.7.31 に選挙の予定でその前の解散時にローザンヌで
       賠償に関する会議が開かれ、パーペンが出席。
       額が30億マルクに減額され、支払いは早くとも
       3年後、それすらも事情によっては支払わなく
       てもいいことに。
       賠償問題の完全な解決のはずが・・・
       ナチスが「ヴェルサイユ条約の完全破棄」を主張し攻撃した。

総選挙前 プロイセン州政府選挙
     
     ナチス 162(前回9)
     社民党   94(前回137)
     共産党   57(前回48)

     社民党州政権のオットー・ブラウンは辞職したが、
     議会が州内閣を選出できず、社民党が政務を執っていた。
     しかし突撃隊と共産党の「赤色戦線」との戦闘が至る
     ところでおき、7.17アルトナでの市街戦では17人の
     死者と多数の負傷者が出た。
     この事件を口実にパーペンとシュライヒャーは社民党
     州政権を潰した。

1932.7.1 選挙
   
      ナチス 230(前回107)
      民主党  4
      人民党  7
      社民党 133(前回143)
      共産党   89(前回77)

1932.9.12 パーペンは解散しようとしたが、
      議長ゲーリングが許さず、共産党の
      提出した内閣不信任案を採決し、
      512対42でパーペン内閣は不信任された。

      この後のベルリン交通会社の賃下げに対し
      共産党がストを呼び掛けナチが支援した。
      (結構共産党とナチは協力している・・・)

1932.11.6 選挙(選挙ばっかりやってるやん・・・)

       ナチス 196(前回230。ちょっと退潮)
       人民党    22(前回7)
       社民党 121(前回133)
       共産党 100(前回89)

1932.12.3 シュライヒャーが首相に就任
      (パーペンを見限った)

1933.1.4 パーペンとヒトラーの会談

1933.1.18 再びパーペンとヒトラーの会談(リッペントロップの家で)
      ヒンデンブルクの息子オスカーも4日後、ヒトラーと会談

1933.1.28 シュライヒャー辞任

1933.1.30 ヒトラー首相、パーペン副首相の内閣ができる
       パーペンがヒンデンブルクに承認させた(合法政権)
       ヒンデンブルク自身はヒトラーを首相にさせたくなかった

      国会の2/3の決議による授権法によりヒトラーへの全権委任


 第一次大戦後、ドイツ国民の陥った苦境は何らかの現状打破を要求していた。ここに国民の不満を最高度に刺激しながらその解決をもっぱら外国、外来思想および異人種の排撃に求めるナチスが国民の異常な人気を博する理由があった。

と林健太郎さんは書いているけれど、「外国」「外来思想」って何だったんだろう?
ドイツ人のナショナリズムを煽って(それが異人種の排撃ということになると思う)いるから「伝統主義(ニセの伝統かもしれない。今の日本での『江戸しぐさ』とか過去には本当になかったことを『あった』としてそれを『伝統的日本人』みたいに言う人がいるように)」「国粋主義」だと思っていたのだけど・・・

再掲
1934.5 ナチスの粛清対象にリストアップされている
    との情報を得たブリューニングは、身に迫る
    危険を避けてドイツを出国し、難を逃れた。
    一方、ドイツ国内に留まったシュライヒャーら
    は1934年6月30日の長いナイフの夜に殺されてしまった。

    なお、パーペンはその夜抗議に行き、殺されかけたが、
    ゲーリングの庇護で命だけは助かった。
    しかしその後軟禁されていた。
    そのおかげかニュルンベルグ裁判では無罪になった。

posted by kingstone at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月12日(火曜日) たやすからぬ道に、無用のものどものみ取り積みて(徒然草)



 おはようございます。

 今日の天気予報は曇り後雨。
 予想最高気温は19℃。
 降水確率はお昼で50%。
 まあ、暖かけりゃいいか。



・ 第百二十段

 唐の物は、藥の外は、みななくとも事欠くまじ。書(ふみ)どもは、この國に多く広まりぬれば、書きも寫してん。唐土船の、たやすからぬ道に、無用のものどものみ取り積みて、所狹く渡しもて來る、いと愚かなり。

 「遠きものを寶とせず」とも、また、「得がたき寶をたふとまず」とも、書(ふみ)にも侍るとかや。


 うふふ。
 もちろん「外国の物が何でもいい」というわけじゃないけど、珍しい物にびっくりしたり、興味がわいたりするのは自然なことなんじゃないかなあ。
 で「馬鹿な」と言われながらも困難な旅路をしてしまう・・・






posted by kingstone at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日のつぶやき
































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする