私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年04月12日

ワイマル共和国 林健太郎著 第11章(大統領内閣)



再掲
1930.1 ヤング案の列国の承認
      この後、失業保険問題が再燃。
1930.3.27 拠出金3.75%案が社民党内で反対されミューラー内閣倒壊。 
1930.3.28 ブリューニング内閣
       国防軍シュライヒャーの暗躍


 このWikipediaを読むとヒンデンブルク大統領がブリューニングを指名したわけやな。
 (つまり大統領内閣)

 で、ブリューニングは「財政再建」のために「あらゆる憲法上の手段を行使する」と宣言して、一生懸命財政再建につとめたわけだが・・・

・直接税、間接税の全面的な増税
・公務員への「国家救済税」という名前の2.5%の税
・「市民税」という名の人頭税
・失業保険の拠出金を4.5%へ
・農産物の保護関税(これは食料費が高くなる、ってことかな?)

 ※人頭税ってWikiを読むと一律にかける税金みたいだけど、
  それだけでなく、他の税も取ったということか。

 多くの反対があったがブリューニングは「大統領による緊急令」を出させ、この法案を通した。国会での投票により破棄できる決まりがあったので社民党が投票に持ち込もうとしたがブリューニングは国会解散し、その解散中に再び「大統領による緊急令」」を出させ法案復活。

 ブリューニング自身は独裁をする気はなく、財政再建を、ということだったのだが、ヒンデンブルク自身は取り巻きが右翼活動家ばかりになっていた。

1930.9.14 選挙
      ナチス 107(それ以前は12)
      国家人民党 41(73から)
      社民党 143(10名減)
      共産党   77(54から)

ヒトラーの新戦術
   ・合法活動をする(一揆はしない)
   ・国防軍と協力(敵に回さない。突撃隊を粛正して親衛隊(S・S)をつくる)
   ・資本家からの資金援助

グレーナーは、1930.1 ナチスの働きかけに軍人が応じてはならない、
という布告を出したが、ナチスに共感する軍人が増えていった。


1930.10.14 新議会招集
       ナチスは国会周辺をデモし、
       警官に追い払われるとユダヤ人、もしくは
       ユダヤ人と彼らが判断した店を襲った。
      (えっ、議会で躍進したのに・・・)
       そしてナチスはあらゆる議事を妨害した。(!?)
       
1930末 海外(特にアメリカ)からの融資はナチスの動きを
     見て逃げ出した。
     それによりさらに経済悪化。
     失業者400万人(31%)
     
 ブリューニングは緊縮財政だったからどんどん不人気になり、ナチスの人気が上がった。

1931.3 ドイツ・オーストリア関税同盟を発表するが、
     結局は諸外国、特にフランスの反対によって
     実現できず、またフランス資本のオーストリア
     からの引き上げが起こり、オーストリア第一の
     銀行「クレディット・アンシュタルト」が破産。

1931春 プロイセン州は社民党政権。
     鉄兜団(在郷軍人組織・政党)が議会解散要求。
     加わったのは
     ナチス
     国家人民党
     共産党(!)
      ※スターリンによって派遣されていたコミンテルンのマヌイスキーは、
       1932.1に
       「ナチスは社会民主党の組織を破壊するがゆえに
        プロレタリア独裁の先駆である」
       と言った。
      (そういう意味ではナチスもソ連も「全体主義」という点で相似なのかな)
      
      これは否決された。


1931.6 失業者600万人越え(45%・・・って2人に1人が職が無い・・・)

1931.6.19 アメリカのフーバーが「フーバーモラトリアム」
      (賠償の1年間の停止)を発表したが時既に遅し。

1931.10.9 第二次ブリューニング内閣
      (より、ヒンデンブルクによる大統領内閣の色が濃くなる)
1931.10.11 ハルツブルク戦線
      (右翼大集会・・・ただしヒトラーは怒って帰る)

1932.3.13と4.10 大統領選挙
         ヒンデンブルク当選
         (ただし84歳。直前には意識不明になっている。
          そしてシュライヒャーの繰り人形状態だった)
         ヒトラー次点
         (この直前にヒトラーはドイツ国籍を得る)

1932.4.13 グレーナーはナチス突撃隊・親衛隊を禁止する緊急令発布
       シュライヒャーが反対

1932.4.30 ブリューニング辞職(というより失脚だって)

 ブリューニングはデフレ政策を取り、それが不況をより深刻化させた。
 イギリスはポンド切り下げにより危機を脱した。
 アメリカはニューディール政策をとった。(Wikipediaにもある通り、評価はまちまちであるらしい)
 ナチスもまた、不健全(?どういうところがだろう)な形ではあるが、国家投資による雇用の拡大をはかり、たぶん人気が出たんだよね・・・


1934.5 ナチスの粛清対象にリストアップされている
    との情報を得たブリューニングは、身に迫る
    危険を避けてドイツを出国し、難を逃れた。
    一方、ドイツ国内に留まったシュライヒャーら
    は1934年6月30日の長いナイフの夜に殺されてしまった。


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4月12日(火曜日) この魚、おのれ等若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は晴れ後曇り。
 予想最高気温は17℃。
 わお、昨日より3℃も低い。
 今日はセーターをとりあえず着て行こうと思います。



・ 第百十九段

 鎌倉の海に鰹といふ魚は、かの境には雙なきものにて、この頃もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄の申し侍りしは、「この魚、おのれ等若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。頭は下部も食はず、切り捨て侍りしものなり」と申しき。

 かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。


 これは鎌倉時代の話なわけですが、こういうことって結構ありますよね。
 「卑しい」とされていた食べ物が「おいしいじゃん」とみんなが食べ始める。

 マグロのトロなんて昔(江戸時代?)は捨てるところだった、とか。
 ホルモンは「ほうるもん(放る物)」だったとか・・・・

 しかしその「美味しさ」に目覚めるのはいいけど、特に魚は取り尽くすことになったら困るよな・・・
posted by kingstone at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日のつぶやき














































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする