私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年04月08日

4月8日(金曜日) 心ゆくばかりに貫きあひて、共に死にけり。(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は晴れ時々曇り。
 予想最高気温は20℃。
 昨日(大嵐)よりはだいぶ良さそう。



・ 第百十五段

 宿河原といふ所にて、ぼろぼろ多く集りて、九品の念佛を申しけるに、外より入りくるぼろぼろの、「もしこの中(うち)に、いろをし坊と申すぼろやおはします」と尋ねければ、その中より、「いろをし、こゝに候。かく宣ふは誰(た)ぞ」と答ふれば、「しら梵字と申す者なり。おのれが師、なにがしと申しし人、東國にて、いろをしと申すぼろに殺されけりと承りしかば、その人に逢ひ奉りて、恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり」と言ふ。いろをし、「ゆゝしくも尋ねおはしたり。さる事はべりき。こゝにて對面したてまつらば、道場をけがし侍るべし。前の河原へ参り合はん。あなかしこ。わきざしたち、いづ方をも見つぎ給ふな。數多のわづらひにならば、佛事のさまたげに侍るべし」と言ひ定めて、二人河原に出であひて、心ゆくばかりに貫きあひて、共に死にけり。

 ぼろぼろといふものは、昔はなかりけるにや。近き世に、梵論字(ぼろんじ)・梵字・漢字などいひける者、そのはじめなりけるとかや。世を捨てたるに似て、我執ふかく、佛道を願ふに似て、闘諍(とうじゃう)を事とす。放逸無慚のありさまなれども、死を輕くして、少しもなづまざる方(かた)のいさぎよく覺えて、人の語りしまゝに書きつけ侍るなり。



というページでは


となっている。念仏を唱える会とか催れてるわけで、やはり高野聖みたいに、少しは宗教性もあったのかな。



posted by kingstone at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日のつぶやき












































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする