私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年04月03日

ヤマザキマリ×堀江貴文 対談記事



ヤマザキマリさんと、堀江貴文さんの対談記事がめっちゃ面白い。
無料の部分は読めるところが限定されてるんだけど、それでも面白い。


堀江 中国人は家族をすごく大事にしてます。
   彼らは国家も人民元も信用してませんから。
   信じてるのは家族だけ。

ヤマザキ それ、イタリア人と同じです! 
   他人への猜疑心が強いし、イタリア国家に対
   する信頼が、まるでない(笑)。
   社会は信じない、家族しか信じない。
   イタリアマフィアは、まさにその象徴的な組織。


 しかし、国家とか自治体の制度に頼らず(もともと頼れない、ということがあるのだろうけど)、家族で相互扶助していける体制があるんだろうか・・・

ヤマザキ 何かあったら家族で、団結する文化ですよね。
   イタリアも、中堅企業はほとんど家族経営です。
   学歴が意味をなさないんですよ。
   どんなに高学歴だって、失業しちゃう人は失業しちゃう。
   コネとか自分の親戚筋に、いい商売している人がいるか
   どうかが重要で。がんばっても報われづらい社会構造に
   なっています。
   ヨーロッパのなかでは先進国かもしれないけど、
   実質的にはすごく古いムラ社会の集合です。

 でも、本当に失業率が高くなって、収入の途絶える人が増えたら、う〜〜ん、学歴が意味をなさない、とか言っていられるんだろうか・・・
 もちろん、ヤマザキマリさんの旦那さんはかなり富裕層の方だと思うし、それですむんだろうけど・・・

堀江 (前略)日本の義務教育は、国家の忠実なしもべを
   つくるためのシステム、はっきり言うと兵隊を教育
   するためのものです。(中略)
    ニートで引きこもりでも生きていける社会になっ
   ている。
   無理して対人コミュニケーション能力を上げなくて
   いいし、好きなことだけやって、それを突き詰めれば、
   みんな生きていけるはずなんですよ。

 これは堀江さんのベーシックインカム論にもつながるよな。







 現在イタリアに住んでいるヤマザキマリさん。失業率が12%を超え、仕事を失ってしまっても危機感のない市民が多いのだそうです。ヨーロッパ人の心の強さは何に支えられているのでしょうか?

 なぜ危機感無しでいられるんだろう・・・
 西原理恵子さんがよく漫画で描いてはる「金が無いのは首が無いのと同じや」という恐怖・・・

ヤマザキ いまは本当に経済状態が悪くて、
    失業率は12%を超えました。
    財政再建のために増税したり、
    中国系企業が進出したりで会社が潰れてしまって、
    みんな現実問題として困ってますね。
    このところお金が理由で自殺する人も増えてきて、
    それがニュースになっています。
    今までなら、国民の意識の中には、
   「この世にはお金よりも大事なものがある」
    という暗黙の定義があって、自殺という概念は
    ない民族だったはずなんですけどね。

 ってことは、やっぱり自殺が増えたりして、困ってはるわけや。

堀江 無職でも家族とか周囲に責められたりしないんですか?

ヤマザキ 全然ないです。あの人達たちは家族に守られ、
   一生、大切にされて当然という文化です。
   だから、働かなくてもそれで許される状況である
   のなら、自分で経済活動をして、自立しようという
   必然性を、あんまり持ってませんね。

 なるほどなあ・・・無職だと、家族に責められる、ってのもだけど、自分で自分を責めるってのもあるよな。日本の場合。ってか私は無職の時代、自分で自分を責めてた・・・外にも出られない・・・って、どこからどこまでがウツによるものか、因果関係ってことではよくわからないのだけど。

 でも、工場で働いたり、おめめどうからホームページ制作を請け負ったりして、仕事をしてる、となると外に出られるようになるというか・・・

ヤマザキ あと、イタリア人の失業率が高いのは、
   プライドの高さもあります。
   学歴がある人は、少しキツい仕事だと、
  「そんな仕事したくない」ってより選り好みをする
   傾向が強いです。
   だから失業者も、その気になれば本当はどこかしら
   働くところはあるのでは? みたいな感じです。

 こういうのはやだな・・・って感じるのは非常に日本人的な考え方なんだろうか?

堀江 日常生活の衣食住に、お金がかからなくなり
   つつあります。みんな物価が上がっている、
   暮らしづらいと言いますけど、実は逆ですよ。
   バブル期に比べて、生活のコストはすごく下
   がっている。究極的にはほとんどが無料にな
   っていくと思いますよ。
   いますぐ生活コスト0円生活を始めるのは難しい
   かもしれないですけど。キツいブラック労働に
   耐えながら20万円稼がなくても、楽な仕事の
   10万円ぐらいの稼ぎで、充分に暮らしていける
   んじゃない? ということです。
   別に真面目に働くな、とは言っていません。
   要はマインドを変えたらいいのかなと。

 問題は「住」と「教育」やな。

 しかし、教育については先日の「保育所落ちた。日本死ね」騒動の時に、ある方が

・保育所への助成をやめる
・親御さんに児童1人あたり15万円助成する
・それで親御さんが自分で育てるか、預けるかを判断する

という意見を書いておられたのだけど、ほんとそうすると、保育士さんの所得も上がるし、待機児童も無くなるし、の一石二鳥になるのでは、というのには納得できた。

 そして、学校も学童も放課後等デイサービスなんかも、みんなそうするといいかもしれないな、とは思うな。
 もちろん業者間で激烈な競争が起きるだろうけど、それはいい競争じゃないかな。

 まあ、でも、親御さんの誤解につけこんで、親御さんのデマンドを実現します、と甘言を弄するところと、本人の自己実現を後押しします、という所とで、前者が伸び、後者は駆逐される可能性はあるかな・・・






posted by kingstone at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都ぎらい 井上章一著



京都ぎらい 井上章一著


 よくある、
「嫌い」
 と言いつつ本当は好きなんだ、みたいな内容かなあ、と思って読んだら、全然違った。

 カギは「洛中」意識。
 千年の古都意識、と言うか・・・

 著者、井上章一さんは嵯峨の出身で、この地名は嵯峨天皇が9世紀に嵯峨離宮を設けたことに由来している。その離宮を正子内親王(まさこないしんのう。私は今の今まで"しょうしないしんのう"と思っていた・・・)が、寺に改めたのが大覚寺。

 嵐山があり、その向かいに亀山公園があるが、この公園の山の麓には亀山陵(かめやまのみささぎ)がある。亀山は後嵯峨天皇の次男。兄は後深草。で亀山対後深草のいさかいが根にあって南北朝の争乱が起こる。

 兄をかつぐ勢力は持明院統となり、弟をかつぐ勢力は大覚寺統となった。

 そして大覚寺は嵯峨にある。亀山の子、後宇田は院政の庁舎を10数年間大覚寺内に置いた。仙洞御所。

 その仙洞御所の後を天龍寺とした。もともと後醍醐天皇の死後、夢窓疎石が足利尊氏に「後醍醐天皇が彼の地に行幸する夢を見た」と告げて、鎮魂の寺としたのが天龍寺。(しかし著者も書いてるけど、禅僧が夢見で・・・いや、まあいろいろあったんやろな)



 と、嵯峨は古くからの天皇家ともなじみ深い、由緒ある地なのだけど、洛中か洛外かと言うと、洛外なのね。
 著者が若い頃、建築の研究のために行った先祖代々から洛中に住む人に取材に行った時などにかけられた言葉

杉本秀太郎氏(綾小路新町。お住まいは杉本家として公開されてるって)
1977年
 京都のどこの生まれか尋ね、嵯峨とわかると
「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」

梅棹忠夫氏(当時国立民族学博物館顧問。西陣出身)
1990年代なかごろ
著者が「先生も、嵯峨あたりのことは、田舎やと見下したはりましたか」
梅棹「そら、そうや。あのへんは言葉づかいがおかしかった。僕らが中学生ぐらいの時には、まねをしてよう笑いおうたもんや。じかにからこうたりもしたな。杉本秀太郎がそんなふうに言うのも、そら、しゃあないで」

友人男性(新町御池出身)
時系列的に梅棹氏とのエピソードの後。
梅棹氏のエピソードを語ると
「京都を西陣のやつが代表しとるんか。西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」

居酒屋でとなりあった女性(?どこ出身か不明)
1980頃?
「女も30を越えるとおしまいや。いい縁談が来えへんようになった。山科の男から話があったんや。もうかんにんしてほしいわ」

KBSホールでの全日本プロレスの興行にて
2000ゼロ年代半ば
ブラザー・ヤッシー(宇治出身)のマイクパフォーマンスで
ヤ「京都にかえってまいりました」
痛烈なブーイングとともに
客「お前なんか京都ちゃうやろ。宇治やないか」
客「宇治のくせに京都と言うな」
(これは悪役(ヒール)としてのブラザー・ヤッシーの思惑通りの展開かもしれない)



 なるほどなあ・・・

 著者は、近代社会が社会階層の平準化を進め、それゆえにあからさまな差別は許されなくなり、しかし差別したい(?違いを際立たせたい、ってことかな。優位、劣位を際立たせたい?)気持ちは残ったままで、それが比較的さしさわりがない、と思われるものに向く、と。

 著者はハゲ・デブを例に挙げている。

 確かに、私も、自分がハゲてきているということもあって、揶揄の対象にしてる・・・
 以前はデブには言及しなかったけど、最近お腹がめちゃ出てきて、デブも揶揄の対象にしそうな・・・

 でもほんと「差別する側」って無意識なんよね。
 だから、私もきっとたくさんの差別を無意識にやってると思う。

 なお「明治維新は無血革命だった」みたいなことの嘘にも著者は言及してる。
 私も小学生時代は、なぜか(先生に教えられたのかな?)無血革命と思ってて、後年、違うやん、と考えを改めた記憶がある。

 そらそうだ。
 大河ドラマ「八重の桜」で多くのことを知ったけど、幕末・維新時のテロ。蛤御門の変。そして戊辰戦争と、たくさんの血が流れている。
 なお、「会津小鉄会」は当時京都守護にあたっていた会津の武士に源流があるそうな。
 ってことはまじに「新撰組」という「組」があっても不思議は無いんだな・・・


posted by kingstone at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月3日(日曜日) 一目なりとも遲く負くべき手につくべし(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は、曇り後雨。
 でも予想最高気温は20℃で、
 今日も暖かそうです。



・ 第百十段

 雙六(すぐろく)の上手といひし人に、その術(てだて)を問ひ侍りしかば、「勝たんとうつべからず、負けじとうつべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりとも遲く負くべき手につくべし」といふ。

 道を知れる教(おしえ)、身を修め、國を保たむ道も、またしかなり。


「雙六(すぐろく)」ってのは、子どもの遊びではなく、お金とか掛けてやってたんだろうな。
 で、Wikipediaの「すごろく」の項目を読むと、我々のよく遊んでいるいわゆる「スゴロク」ではなく「バックギャモン」の一種なんやね。
 で、大人で「上手」とかいるわけだから当然お金を賭けてやってた、と。(しかし貨幣経済があまり発達していな時代、どういうふうに賭けたんだろう・・・)

 で、そういう賭事として、この「一目なりとも遲く負くべき手につくべし」という言葉を読むと、麻雀で言われているのと似てるよな。つまり「できるだけ振り込まないように」という。それからもっと強い人になると、相手に当たり牌をツモらせない、なんてえこともやるそうだけど・・・

 しかしWikipediaの「すごろく」の項目では

「『日本書紀』によれば、689年に初めての禁止令が出されており」

ってことで、「身をもちくずし」たりした人がたくさん出たのかな?
それとも仕事中にやっちゃう人が増えて困ったのか?

また「白河天皇(1053ー1129)」の項目では

「『平家物語』の巻一には、白河法皇が「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いた」

とある。「天下三不如意」と言うんだって。




posted by kingstone at 06:13| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月02日のつぶやき










































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする