私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2016年03月10日

3月10日(木曜日) 文保に三井寺焼かれし時(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は曇り。
 予想最高気温は10℃。
 さむ〜〜



・ 第八十六段

 惟繼(これつぐ)中納言は、風月の才に富める人なり。一生精進にて、讀經うちして、寺法師の圓伊僧正と同宿して侍りけるに、文保に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、「御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。いみじき秀句なりけり。


「いみじき秀句」??

園城寺(三井寺のこと)をWikipediaで見てみると

「比叡山延暦寺を「山門」と別称するのに対し三井寺を「寺門」と称することから、両者の対立抗争を「山門寺門の抗争」などと呼んでいる。比叡山宗徒による三井寺の焼き討ちは永保元年(1081年)を始め、中世末期までに大規模なものだけで10回、小規模なものまで含めると50回にも上るという。」

ってことで、何度も比叡山に焼き打ちされてると。で、今まで「寺法師」と呼んでた人を、寺が無くなったから「法師」と呼んだ、って話がなんで「秀句」なんだ??
わけわからん・・・


もずらいとさんからのコメントがつきました

>今まで「寺法師」と呼んでた人を、寺が無くなったから「法師」と呼んだ、って話がなんで「秀句」なんだ??

 兼好法師の信念どおりです。本来僧侶は欲得とは無縁の存在のはずです。しかし三井寺(園城寺)は天台寺門宗の総本山として栄華を誇っていたわけです。それが焼き討ちになり寺がなくなったので「これで、皆さんも本来の仏道に精進できるわけですね」と皮肉を言ったのが惟繼中納言です。それをほめているのです。
 直前の文で高位である「僧正」を「坊主にあひて」と言っていることからもそれは明らかです。


もずらいとさん、どうもです。

本来僧侶は欲得とは無縁の存在のはずです。
>しかし三井寺(園城寺)は天台寺門宗の
>総本山として栄華を誇っていたわけです。

 なるほど、そっちですか。
 本来無一物(ってか糞掃衣と托鉢用の入れ物くらいを持つ)のはずの僧(法師)が立派な寺に住んでいたのを揶揄した、ってわけですね。
 まあ、しかし・・・寺を焼かれてしょげてる人にきついなあ・・・



posted by kingstone at 08:23| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日のつぶやき


























posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする