私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年03月06日

3月6日(日曜日) 不具なるこそよけれ(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は晴れ後雨。
 予想最高気温20℃。
 連続して暖かいな。




・ 第八十二段

 「羅(うすもの)の表紙は、疾(と)く損ずるが侘しき」と人のいひしに、頓阿が、「羅は上下はづれ、螺鈿(らでん)の軸は、貝落ちて後こそいみじけれ」と申し侍りしこそ、心勝りて覺えしか。一部とある草紙などの、同じ樣(よう)にもあらぬを、醜しといへど、弘融僧都が、「物を必ず一具に整へんとするは、拙(つたな)き者のする事なり。不具なるこそよけれ」と言ひしも、いみじく覺えしなり。

 「總(すべ)て、何も皆、事の整(ととの)ほりたるはあしき事なり。爲殘(しのこ)したるを、さて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶる事(わざ)なり。内裏造らるゝにも、必ず、造り果てぬ所を殘す事なり」と、ある人申し侍りしなり。先賢の作れる内外(ないげ)の文にも、章段の闕けたる事のみこそ侍れ。

 へえ。こんな文があってんな。
 まあ、薄い布でできた表紙はゆがみ、螺鈿の表紙は飾りの貝殻が落ち後、完璧でないというか、古びて元どおりのびしっとした美しさがなくなってからがいいよね、という話だな。
 で、「ずれててもいいじゃないか」ではなく「ずれてるからいいんじゃないか」と言ってるわけね。
 それはいいなあ、と思うな。



posted by kingstone at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

反福祉論 金菱清・大澤史伸著



ちくま新書


金菱清 社会学・環境社会学
東北学院大学教養学部地域構想学科教授

大澤史伸 社会福祉学
東北学院大学教養学部地域構想学科准教授


 この本、題名が「反福祉論」(副題が「新時代のセーフティーネットを求めて」)だけど、「精神医学」に対する「反精神医学」みたいな「反」ではなく、「現在の福祉制度で支援を受けることができない人をどうやって支援することができるのか」、みたいな話。

 で、そのことは本の中でも触れられている。なので、「惹句」としてインパクトを狙ったのかもしれないけど、損する題名じゃないかなあ・・・

 福祉の制度は、その時の経済情勢や政治の考え方で左右されてきた歴史がある。そして新たな制度が設けられることによって支援の対象者が変わり、対象者が決まるとそこに当てはまらない制度から漏れる人々も出る。

「制度が支援される対象者を規定し、制度の変化によってその対象者やサービスも変わる」

 社会的弱者に対する救済制度が逆に社会的弱者を生みだしてしまう側面が少なからず出てくる。


 これはなるほど、なんだけど、しかしそれを「予言の自己成就」であるというのは何か腑に落ちないのだけど・・・また例として出してるのが白衣性高血圧。上の制度の例、「予言の自己成就」「白衣性高血圧」全部かなり違う話のような気がする・・・

 しかし、制度によって逆に自由に支援ができなくなる、という側面があるのは実感している。

 例えば相談支援。
 当然何らかの「障害」(療育手帳は必須じゃないけど)があるから「支援」を受けるわけ。私は「診断名は大事にしよう」と考えているけれど、人間確かにすぱっとあっちかこっちかと定義できるような存在ではない。しかしまず「障害」を規定されなきゃ「支援」は受けられない。
 また、こちら(支援者)も生活がかかっているし、また利用者さんにしたって早く受給者証が下りたほうがいいから仕事を効率化する。すると「一見無駄なこと」をそぎ落としていくことになる。

 まあ、でもなあ・・・私、現役の教師時代はいろいろと(経済的にも時間的にも)余裕があったから、多くの「(当時は)制度にはない」活動を作り出してきたけれど、結局は個人的努力であり、自分がつぶれてしまったのよね。

 そして、当時(20年〜15年くらい前)よりは制度は格段に進歩・改善されていることは感じる。だから今ある制度をできる限り使って、みんなが楽に、そして継続できる支援を作っていきたい、とは考えている。

 でも・・・「これは私の仕事だろうか?」というグレーな部分は現場では必ず存在し、であれこれ考えつつ、無理のない範囲で「個人的に」やらなければならない部分は出てくるんだけどね・・・


 いくつかの例が出てくる。


「2001年(平成13年)より伊丹市および兵庫県、国土交通省が住民と協議を行い近接する桑津4丁目の市営住宅へ全員が転居することで合意が成立。2009年(平成21年)に全世帯の移転が完了」

 すごいなあ・・・こんな話があったんや。

 で、まだ移転交渉とか始まってはおらず、しかし地域のいろいろな問題を市に掛け合いに行ってると市側が「自治会を作って代表を出して」と提案してきたので、故Fさんが代表として掛け合いに行ってたのだけど、いろいろ問題が起ると住民がFさんのところに怒鳴り込んでくるという・・・きっとFさんだって、代表になりたくてなったわけじゃなく、また問題が起きるのはFさんのせいじゃないんだけどね・・・で奥さんが「もう出ていこう」と言っても「誰かがやんなきゃなんないから」とFさんは代表を続けたんだって。

 この「なんで俺が怒られるのかわかんないけど、しゃーない」という感じ、めっちゃよくわかる。





ここは、積極的に制度にのらない(支援されない)人たちへの支援をしている。
でも、それだけではなく、役所はじめ、制度にのっとったところとも連携してる。




第3章 石巻市十三浜漁業協働組合

組合長は佐藤清吾さん





 ところで、地震後の津波対策としての「沖出し(舟を港から沖に向けて出して津波被害を防ぐ)」のは水産庁のガイドラインで禁止されてるんだって。つまり究極の自己責任なんやね。

 しかし三陸の漁師さんたちには伝承されてきたし、唐桑の養殖漁業者の大半が沖出しに成功したことで、8〜9割の漁船が残ったんだって。


第4章 横浜寿町のカナン・キリスト教会





 で、まあ、今の制度だって、何もないところから始めた人がいる、制度にのらないところから始めた人がいる、それを行政が追認してきた歴史であることは間違いないやろな。
 そして、いったん制度にのった仕事をし始めると、それ以外のことをしにくくなる、というのも。
 まあ、そこんとこをゆらゆら揺れ動きながらやってくのが現場っちゅうもんやろな。







posted by kingstone at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日のつぶやき
























































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする