私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年02月10日

2月20日(水曜日) 世を遁れむ事こそあらまほしけれ(徒然草)



 おはようございます。


 天気予報は晴れ。
 予想最高気温は11℃。
 暖かくなってきたかな?


原文『徒然草』全巻より


・ 第五十八段

 「道心あらば住む所にしもよらじ、家にあり人に交はるとも、後世を願はむに難かるべきかは」と言ふは、更に後世知らぬ人なり。げにはこの世をはかなみ、必ず生死を出でむと思はむに、何の興ありてか、朝夕君に仕へ、家を顧る營みの勇ましからん。心は縁にひかれて移るものなれば、靜かならでは道は行じがたし。

 その器物(うつはもの)、昔の人に及ばず、山林に入りても、飢をたすけ、嵐を防ぐよすがなくては、あられぬわざなれば、おのづから世を貪るに似たる事も、便りに觸れば、などか無からん。さればとて、「背けるかひなし。さばかりならば、なじかは捨てし」などいはんは、無下の事なり。さすがに一たび道に入りて、世をいとなむ人、たとひ望みありとも、勢ひある人の貪欲多きに似るべからず。紙の衾(ふすま)、麻の衣、一鉢のまうけ、藜(あかざ)の羮(あつもの)、いくばくか人の費(つひえ)をなさむ。求むる所はやすく、その心早く足りぬべし。形に恥づる所もあれば、さはいへど、惡には疎く、善には近づくことのみぞ多き。

 人と生れたらんしるしには、いかにもして世を遁れむ事こそあらまほしけれ。偏に貪ることをつとめて、菩提(ぼだい)に赴かざらむは、よろづの畜類にかはる所あるまじくや。


 どんな環境でも修行できるなんて言う人がいるけれど、そんなことはない。やっぱり遁世するのが一番やで。

 ってことやな。

 まあその方が「楽」に修行というか、心おだやかに生きられるだろうな。(食べていけるなら・・・)
posted by kingstone at 06:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日のつぶやき




































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする