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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年12月27日

中国嫁日記 五 井上純一著




中国嫁日記 五 井上純一著

12月26日発売で、26日に行った本屋さんでは見つけることができませんでした。

27日に近所の大学の前にある、でもそれほど大きくない書店に行ったら、どーーんと20冊くらい平積みされてました。周囲から突出してました。

書き下ろしは

中国嫁日記5巻の胃が痛くなる内容

ここに少し出てますが、とりあえず五巻もできて原稿を見せたら
「この時、ワタシ達 たいへんでしタネ・・・」
と言って泣いた月(ゆえ)さんが

騒動の最初の頃はとり乱しもせず、井上さんを責めず、
笑顔で励ましつづけていたってのが・・・
で、それで井上さんが勇気づけられた、と。

だからこそなのですが、四コマの中で

「ジンサンはワタシのこと好きですか〜」
と月さんに問われて井上さんが
「う〜〜ん、
 正直言うともう好きとか嫌いとかのレベルは遥に超えていて
 いないと死ぬレベルだから」
と答えたらショックを受けられて
「いつ好きデモ嫌いデモなくなりましタカ」
と追求されてしまう・・・
というコミュニケーション齟齬が何ともおかしい・・・(^^)





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まんがパレスチナ問題 山井教雄著



まんがパレスチナ問題 山井教雄著


 もう・・・これ読むと、いろいろなトラブルの原因がすごくよくわかる。
 でも、原因がわかったからと言って、具体的に解決策を見つけるのは困難だし(この本ではエピローグでひとつの具体的な提案がなされているけれど・・・)自分の意見とかいうものも出しにくい・・・

 私は、自閉症スペクトラムや発達障害について、たぶん周囲から見てめちゃ過激と思えるであろう(でも自分としては当たり前と思っている)意見を、よく書いている自覚はある。でも、パレスチナ問題とかについては、もう何も言えねえ、って気分です。

 メモとして一応いろんな項目を挙げていくと

BC19C ペルシャ湾近くのウルに住んでいたユダヤ人
     の祖先が、カナンの地(今のパレスチナ)を
     約束するヤハベ(エホバ・神)の声を聞いた
     アブラハムに導かれてカナンに行く。

BC17C ユダヤ人(の祖先?)は飢饉によりエジプトに避難
     エジプト文化にはなじまず

400年ほど後、モーゼとともにエジプトを脱出する

BC11C頃 サウル王のもとでユダヤ人のイスラエル王国成立
      2代目がダビデ王
      その息子がソロモン王
      (ソロモンの栄華ってやつだな。
       しかしその重税が王国の南北分裂の原因となる)

BC721 北のイスラエル王国がアッシリアに滅ぼされる
BC586 南のユダ王国が新バビロニア
     (ネブカドネザル2世)に滅ぼされる
     バビロン捕囚
BC538 新バビロニアがペルシャに滅ぼされ、
     ユダヤ人はパレスチナに帰る

BC334〜 アレキサンダー大王が11年間で
     ギリシャ・エジプト・ペルシャ・
     アフガニスタン・パキスタンなどを征服
     この地域にヘレニズム文明が広がる

 しかし・・・この時、「権力欲と領土欲だけではなく、ヘレニズム文化の普及と民族融和が目的」とのことで、「自らも将兵とともにペルシャ女性と集団結婚したり」とのこと。これ、現在のヨーロッパ文明やその影響を受けた国々では「大王」と言われているから、肯定的に書かれているけれど、現在ISISが占領した地域の人々にイスラム教スンニ派への改宗を迫ったり、その地域の女性を兵士と結婚させたり、というのと同じじゃないかな・・・もちろん時代が違うんだけど・・・

 なお、アレキサンダーの幼なじみで、一緒に戦い、のちにエジプトに戻って王となったのが、プトレマイオス1世(BC367〜283)

BC30 クレオパトラ(プトレマイオス朝の最後の王)が
    オクタヴィアヌス(後にアウグストゥス。
    カエサルの養子。なおクレオパトラはカエサルの
    愛人だったこともある)との戦いに敗れて死ぬ。

BC6頃 イエス・キリスト生まれる
     イエスはパレスチナで生まれたからパレスチナ人
     母マリアがユダヤ人だったからユダヤ人(でユダヤ教徒)
     またイエス自身は自分の信じている基本に返った
     ユダヤ教をユダヤ人に説いているつもりであったろう。

 この頃、パレスチナはユダヤの属国になっており、「外国の支配が続き、こんなに苦しむのに神様は助けてくれない・・・きっと神から与えられた律法をキチッと守っていないからだ」と考えて律法がどんどん複雑になっていったと・・・

 これ、虐待された子の心理と似てるなあ・・・「僕が悪い子だから虐待されるんだ」という・・・

 で、そこでイエスは「そんなに律法ばかりにこだわらずに、もっと神を信じなさい。神の愛を信じなさい」と説いたと。

30頃 ローマへの反逆罪で磔られて死刑

 この後「ユダヤ人がイエスを殺した」との言説が一般的になり、キリスト教世界からユダヤ人が反感を買う原因になる。でも裁いて殺したのはローマ人なんだけどね。(注・当時のユダヤ教徒がイエスをよく思っていなかったのは確か。特に立法学者とか)

 パウロは熱心なユダヤ教徒でトルコ生まれ。ローマの市民権を持っており、当時の地中海沿岸地方の共通語であるギリシャ語を流暢に話せた。そこで「回心」以後、キリスト教を各地で広め、それにより教義も各地・各民族にも合うように変化していった。ユダヤ民族のだけの利益を考えず、ユダヤ教徒になる必要がなく、ユダヤ教の細々した決まり(割礼とか)を守らなくても良くなった。

66  ユダヤ戦争(対ローマ)
132 バル・コホバ蜂起(対ローマ)

 これらは今で言えばアメリカに対する戦いみたいなもの。この戦いに敗れディアスポラ(離散)が加速する。ローマに奴隷として売られた人も多数。そして先に書いた「ユダヤ人がイエスを殺した」という言説を流布し、ユダヤ人への憎しみを煽った。
 またこの時のローマ皇帝ハドリアヌスは徹底的にユダヤ的なものを根絶しようとした。

610 モハメッドに大天使ガブリエル
  (マリアに受胎告知をした天使でもある)
   からの啓示がおりる

 イスラム教国が中東のみでなく西アジア・北アフリカ・スペインまで広がる
 なお、「右手に剣、左手にコーラン」と言われ、改宗を迫ったように思われているが・・・しかし税金を払えばOKという国も実際にあったし、どうなんかなあ。で、改宗を迫らなかった国が繁栄したのはあるんじゃないかな。

1096 十字軍の遠征始まる。

 ローマ法王ウルバヌス2世(1042〜1099)が言い出したってことだけど、なんでそんなこと言い出したんだろう?

 なお、相手はイスラム教徒だけではなく「汚れた異教徒」としてユダヤ教徒も含まれる。この時代に「反ユダヤ主義」がヨーロッパに定着する。中世キリスト教国ではユダヤ人は土地を持つことはできず、ゲットーに隔離されていた。(この時代から・・・ナチの時代からのことじゃないんだ)

 例えばシェークスピアの「ベニスの商人」はユダヤ人から見れば、「契約を守ってね」と言っても守ってもらえなかった、という悲劇なのに、キリスト教徒からすれば「理屈で論破したったあ」という喜劇になる。(まあ最初の体の肉を切り取るという契約が「公序良俗に反してる」ってのはあるけどな。そういう契約、実際にあったのだろうか?)

1492 スペインのイスラム教国がレコンキスタ
    (国土回復運動)により滅ぼされる。
    (最後のお城がアルハンブラの宮殿)
    この時、ユダヤ人は追い出されるか、
    改宗するかだったが、改宗したユダヤ人は
    マラーノ(豚)と呼ばれ、結局は異端審問
    で殺され財産を没収された。

 この頃以降、大航海時代。これはイスラム教国が地中海沿岸や中東・西アジアを押さえているから、そこを通らずに貿易をしようということでもあった。またキリスト教布教(植民地支配ともセット)でもあった。で、フランシスコ・ザビエルはインドで大勢のユダヤ人を異端裁判で火あぶりにしたとある・・・

1789 フランス革命。

 国民会議で人権宣言が採択され、信仰の自由とともにユダヤ人に平等の市民権が認められる。フランス領土に住む人間は全てフランス国民になる、という考え方。(もちろんフランス社会・フランス文化に同化する、という条件で)
    その後、オランダ・ベルギー・イタリアなどでも市民権が認められる。

 産業革命が起こり、大量の資本が必要となり、ユダヤ人が金融業として成功し、かつその他あらゆる分野で成功していくと、反ユダヤ主義も強くなっていった。

1894 フランスでドレフュス事件
    フランス軍の、ユダヤ人ドレフュス大尉が冤罪で
    罪を着せられた。後で真犯人がわかったのに、
    それももみ消されたと。
    で、それがユダヤ人をより絶望させた。
 
 この事件を取材していたテオドール・ヘルツルによって「土地なき民に、民なき土地を」のスローガンのもとシオニズムが提唱される。

 しかしなあ・・・日本人も満州に入植したのだけど、で、たぶん「土地なき民に、民なき土地を」みたいなことだったと思うのだけど、決して「民なき土地」では無いんだよね・・・

1853 クリミア戦争
1877 露土戦争
    オスマン帝国が疲弊していく
1914 第一次世界大戦勃発 三国同盟VS三国協商
    オスマン帝国は三国同盟側につく。
    イギリスがアラビアのロレンスを送りこみ、
    内側からオスマン帝国を崩す。

 英はアラブにはアラブの国建国を約束し、ロスチャイルドにはユダヤ人のホームランドを作ると約束し軍資金を得、さらに仏・露とはオスマン帝国を山わけにするサイクス・ピコ協定を結んでいた。(2枚舌ではなく3枚舌)

1918 第一次世界大戦終結

1920 ハシム家のアブドラ、トランスヨルダン王に
    ハシム家のファイサル、イラク王に
1922 エジプト独立
1932 サウド家のイブン・サウドが、サウジアラビア王に

1937 ヒール委員会分割案
1939 マクドナルド白書
    いずれもアラブ人、ユダヤ人双方から拒否される

1939(?)第二次世界大戦
     ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)
    
 なお19C終わりから20Cにかけて、ロシアではポグロム(ユダヤ人に対する集団暴行事件。それを描いたのが「屋根の上のバイオリン弾き」)が起き、政府もそれを利用した。

1945 第二次世界大戦終結

 ホロコーストがわかり、世界がユダヤ人に同情的になったが、積極的に受け入れようとする国はなかった。パレスチナに移住しようとする人々も、イギリス軍が追い返した。しかしアメリカはユダヤ人の国を作ることを支持した。

1947 イギリスはパレスチナでのパレスチナ人・
    ユダヤ人の暴動に手を焼き、国連に丸投げ。
   そして国連は分割案を承認。
1948 イギリスはパレスチナから撤退。
   その1日前、ベングリオンがイスラエル国家独立を宣言

1948.5.15 第一次中東戦争(アラブがしかける)
1956.10.29 第二次中東戦争(イスラエルがしかける)
1967.6.5 第三次中東戦争(エジプトが挑発し、イスラエルが攻め込んだ。6日間戦争)
1973.10.6 第四次中東戦争(エジプトが攻め込んだ。戦車はミサイル防衛圏の国境から12kmまで進撃し、イスラエルは反撃できなかった。しかし、シリアやソ連の強い要請でしかたなくそこから進んで3時間で250台の戦車が破壊された)

 戦争ごとに多数の難民が出ている。

1974 オイルショック

 第4次中東戦争でアラブ側は石油を武器として使った。
 石油輸入国をそれぞれ敵対国・非友好国・友好国の3つに分類し、友好国だけに売った。
 日本は最初敵対国とされそうだったので、急遽中東よりの政策に変わった。
 OPEC(石油輸出国機構)は原油価格を4倍に上げた。

1977.11 サダト大統領はイスラエルに行って直接交渉した。
     イスラエルでは大歓迎された。
     なぜなら国として認めることになるから。

1979 キャンプ・デービッド合意
    ソ連、アフガニスタンに軍事介入    
1980 イラン・イラク戦争
1987 第1インティファーダ
1988 PLOアラファト議長、国連で「いかなるテロ行為も放棄」と宣言
1989 ソ連、アフガニスタンから撤退
1990 イラクがクゥエートに侵攻。湾岸戦争。
   イラクはアラブ対イスラエルの戦争という構図に
   しようとイスラエルに何発もミサイルを撃ち込むが、
   イスラエルは反撃しなかった
   (フセインの描いた構図にさせなかった)

1993 オスロ合意
1994 アラファトがパレスチナに戻る
    しかし、PLOは腐敗し、パレスチナ人の期待に
    応えず、またアラファトは後継者を育てなかった
2001頃 自爆テロが始まる

 もともとパレスチナは教育熱心で高学歴な者も多い。しかし学んだ末の絶望が大きな原因

2001.9.11 世界貿易センタービルやペンタゴンへのハイジャック・自爆攻撃
      アメリカ、アフガン派兵
2003  アメリカ、対イラクへの戦争
    この頃から?イスラエル、パレスチナを囲う塀を作り始める
2004.11.11 アラファト没

 ユダヤ人 ユダヤ教信者あるいはユダヤ人を母にもつ人
      (人種などは関係無い)
 パレスチナ人 パレスチナという地域に生まれた人
        現在、多くはイスラム教徒だが、宗教も関係無い
        (Wikipediaでは「パレスチナ地方に居住するアラブ人」となってるな)
 アラブ人 おもにアラビア半島や西アジア、北アフリカなどの
      アラブ諸国に居住し、アラビア語を話し、アラブ文化を
      受容している人々。

 定義にもよるけど、全ての属性を持つ人もいる。


    



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12月27日(日曜日) 見ぬ世の人を友とするこそ(徒然草)



 おはようございます。

 天気予報は曇り時々晴れ。
 最高気温10℃。
 やっと少しは冬らしくなってきたかな。
 
 今日は27日。
 今年はもう5日間だけなんですね・・・


原文『徒然草』全巻より

・ 第十三段

 ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするこそ、こよなう慰むわざなる。

 文は文選(もんぜん)のあはれなる卷々、白氏文集(=白樂天の詩文集)、老子のことば、南華の篇。この國の博士どもの書けるものも、いにしへのは、あはれなる事多かり。


「見ぬ世の人を友とする」だし、「いにしへの」だし、この時点で「古典」と意識して読んではったんやろな。


『文選』(もんぜん)
   中国南北朝時代、南朝梁の昭明太子によって編纂された詩文集
   隋唐以降、官吏登用に科挙が導入され、
   詩文の創作が重視されると、
   『文選』は科挙の受験者に詩文の制作の
   模範とされ代々重視されてきた。

採用されている人
   屈原・司馬遷・曹操・諸葛亮・陶淵明etc.

 日本ではすでに奈良時代には、貴族の教養として必読の対象


南北朝時代(中国)439-589(日本に仏教が伝来した頃。で恵便が播磨地方に潜んでいた頃)
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2015年12月26日のつぶやき
































































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