私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年12月13日

吉田兼好(兼好法師)



 朝のひとこと、徒然草にしたので、兼好法師について調べてみました。

 鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての官人・遁世者・歌人・随筆家。

 えええっ!!
 平安時代の人だと思っていたのに・・・

本名は卜部兼好(うらべ かねよし/うらべ の かねよし)

1283年頃?ー1352年以後 だって・・・
1313年以前には遁世していた(30歳以前)

 出家した後の兼好の生活については修学院や比叡山横川などに籠り仏道修行に励む

 南北朝時代には、現在の大阪市阿倍野区にある正圓寺付近に移り住み、清貧自適な暮らしを営んでいたとも伝えられる。


 う〜〜ん、正圓寺「付近」ね・・・お寺に住んでたのかどうかはわかんないわけだ・・・

 鎌倉には2度行ってる。徒然草に、清少納言の名前ははっきりと出てくるけど、西行のことも当然知ってたろうな。鎌倉に行ったのも、西行の故事に習った聖地巡礼の気持ちもあったんじゃないかな。

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12月13日(日曜日) つれづれなるままに(徒然草・古典の基礎より)



 おはようございます。

 曇りです。
 天気予報では曇り時々晴れ。
 最高気温15℃で昨日と一緒か。
 じゃあ薄いウィンドウブレーカーでいいな。


「古代からのメッセージ 播磨国風土記」は図書館に返してしまったので、朝に書くネタを何にしようかと考えて、高校生の時に買った「古典の基礎」(旺文社。鈴木一雄著)があったので、その中の徒然草にいってみようと。

 でも、ほんと、高校生の時とか勉強しなかったよな・・・昨日の私のTwitterでのツィート。

「今頃って話だけど・・・「勉強」って何だろう・・・うちの児童発達支援に来る子って、たぶん全員「個別指導」も「自立課題学習」も大好き。」

「ところが、大きくなればなるほど「勉強(特に学校の)」が嫌いになってる子が多い・・・」

 今の私も、自分で「勉強したい」と思うものは楽しいんだけど、特に中学校・高校・大学の頃ってあまり楽しくなかったような記憶がある。小学校は楽しかったような気がするんだけど・・・でもその「楽しく、面白くない」と思っていた勉強も「単位が落ちる」と思って必死になってやってみたら面白かった、というのもあったりするんだよな・・・


徒然草 序段

 つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

 最後のところの解釈「変にきちがいじみた感じがすることだ」

「あやしうこそ」が「変に」で、「ものぐるほしけれ」が「きちがいじみた」になるわけやね。

 当時の「ものぐるひ」がどう見られていたかはわからないけど、お能なんかではよく出てくるキャラクターではあるよな。でも書いてると、より「日常から離れた世界」に行ってしまうということなのか?どちらかというと「書く」というのは、より「明確になっていく」行為だとは思うのだけど。

 まあ、鈴木さん(この参考書の著者)によると「謙遜の言葉」だそう。


もずらいとさんからのコメントがつきました。

 お久しぶりです。

 「あやし」は「神が何かしたに違いない不思議な様子」を表現したもので、そういうものが本当に神のものなのか懐疑的な人が出てきて「疑う」の意味が派生しました。
 「ものくるほし」は元々の「くるふ」が良い意味でも悪い意味でも「尋常ではない状態」の形容詞で、徒然草冒頭のこの場合、「何かにとりつかれたかのように気分が高揚してきた」というのが、現代文になります。



>「あやし」は
>「神が何かしたに違いない不思議な様子」を表現
>そういうものが本当に神のものなのか懐疑的な人
>が出てきて「疑う」の意味が派生

 ははあ。

 徒然草が書かれたのは1330年頃だそうですが、当時から「神が何かしたに違いない不思議な様子」に懐疑的な人はいたわけだ。でもって吉田兼好さんはお坊さんなんだけど。(私の祖父は僧なのですが、いつも「幽霊・火の玉なんてものは無い」と言ってたそうです)

>元々の「くるふ」が良い意味でも悪い意味でも
>「尋常ではない状態」

 なるほど。

>冒頭のこの場合、
>「何かにとりつかれたかのように気分が高揚してきた」

 これならよくわかります。

 私が長いネタキリ生活の中で、なんとか起きていようと思ったけれど、起きることができない日々が続いていました。

 ところが2010年、少し体調が良くなって散歩に出ることができるようになりました。で、それ以前からブログは書こうと思ってたけど、ほとんど書けてなかったのが、急にいっぱい書くことができるようになりました。元気が出てきたから書く、というのもあるけれど、書くから元気になる(高揚する)というのもあったと思います。

嬉しかったこと

知的障害養護学校に異動した時

 1日に10エントリは書いてたような・・・


posted by kingstone at 11:14| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月12日のつぶやき


























































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする