私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2015年10月22日

10月22日(木曜日) 臭江(くさえ)・黒川(くろかわ)の地名由来(播磨国風土記)


 おはようございます。

 天気予報では晴れです。


 ここからは、「播磨国風土記」の松前健さんのところを読みながら。
 風土記は大きく見ると

 1.税金を取る目的
 2.大和政権の正当性を述べる目的

があって作られています。
 で、税金のためには、上田正昭さんが書いてたように、播磨国風土記だと土地のこえ具合を「上の上」から「下の下」まで9段階に分けて記録しています。

 正統性の証明のためには、どういうふうに支配してきたかが書いてあるわけですが・・・

応神天皇の播磨巡行

の訳文を引用させて頂くと

播磨の国の田の村君、百八十の村君ありて、己が村ごとに相い闘いし時、天皇勅して、この村に追い集め、ことごとく斬り殺しき。故に臭江と云う。その血黒く流れき。故に黒川と云う

 つまり、群雄割拠していたのをことごとく殺しちゃった、と・・・でその死体が臭ったので「臭江(くさえ)」という地名になり、また流れた大量の血で川が黒くなったので黒川という地名をつけた、と・・・

 こわ・・・

 また地図を見てみると賀毛郡というのは加古川中流域で、西脇市とか加東市のあたりかな。

 そんな歴史があるんですね・・・


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2015年10月21日のつぶやき












































































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