私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年06月18日

6月18日(木曜日) 柿本人麻呂(「播磨ゆかりの50人」より)


 おはようございます。

 雨です。


柿本人麻呂

「播磨ゆかりの50人」より




 山陽電鉄の明石駅から東側(大阪側)の次の駅が「人丸駅」になります。
 人丸には「東経135度」の線が通っていて、その下に明石天文科学館があります。
 「人丸(ひとまる)」って変な名前だなあ・・・と思っていましたが、柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)」の「ひとまろ」がなまったんですね。きっと。

 明石天文科学館は海からぐぐぐっと上がって行く尾根の途中にあり、その上に柿本人麻呂神社があります。

人丸周辺

 上のエントリでは、お城の「丸」じゃないか、と考えていますが、ほんとは「麻呂」の方だろうな。

 なお、

10月9日(木曜日) あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む(柿本人麻呂)

の中で、もずらいとさんが、「柿本人麻呂神社」は火除けの神様とされていることを教えて下さってます。
「ひとまる=火止まる」だから・・・

 しかし、なんで人丸の地に柿本人麻呂神社があるんだ?

Wikipediaの柿本人麻呂の項目にも、明石あたりに来たような記述は無いけど・・・

あっ、柿本神社 (明石市)の方には縁起についての説がいろいろ載ってる。最初の説は「楊柳寺(後の月照寺)の覚証という住僧が夢中に柿本人麻呂の神霊がこの地に留まっているのを感得し」だから別に柿本人麻呂本人が来たとかではなく、当時の僧が夢を見ただけか・・・

 Wikipediaの柿本人麻呂の項目にはこんなことが書いてある。

「確実に年代の判明している人麻呂の歌は持統天皇の即位からその崩御にほぼ重なっており、この女帝の存在が人麻呂の活動の原動力であったとみるのは不当ではないと思われる。後世の俗書[6]では、持統天皇の愛人であったとみるような曲解も現れてくるが、これはもとより創作の世界の話である」

 いやあ、そういう曲解というか創作の世界、ほんまちゃうかなあ・・・とついつい芸能ゴシップ好きな私は思ってしまうな。

posted by kingstone at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日のつぶやき






















































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする