※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年03月21日

2015年03月20日のつぶやき






































































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2015年03月20日

3月20日(金曜日) 本来無一物(ほんらいむいちもつ)


おはようございます。

晴れです。


本来無一物
ほんらいむいちもつ

以前、エントリにした時にエピソードを書いてますね。

3月15日(木曜日)  本来無一物(2012年)

六祖慧能(638 - 713)がまあ言えば「跡継ぎ試験」に提出した詩なわけだ。
しかし古事記とかが出る前(出てから亡くなってるけど)の人なんだな。
そんな昔にこれだけ詳しいエピソード集が出てるわけや。





石井ゆかり 文   井上博道 写真

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2015年03月19日のつぶやき


















































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2015年03月19日

3月19日(木曜日) 無事是貴人(ぶじこれきじん)


 おはようございます。

 雨です。
 やだなあ・・・


無事是貴人
ぶじこれきじん

 これ
「無事是名馬」
を私は
「(めちゃくちゃ走るのが速くはなかったとしても)ケガがないのが名馬なんだよ」
という意味だと思っていて、それと同じように、
「事件・事故などに巻き込まれたりしない人が貴い人なんだよ」
と解釈しました。
 ところが・・・

 本に載っていた解説

 なすべきことのない人が貴い。悟りや救いを求めてあれこれと外を探し回るのはまちがいで、真の境地は自らの内側にある。

 なんか前の文と、後ろの文は、全然別のことを言ってるような気がするんだけど・・・

 前の文は、昔の中国社会の中で「体を動かして○○する」というのが卑しいこととされてたことにつながるような気がする。(そういう意味で典座教訓はそれへのアンチとして大きな意味があるのかな)

 後ろの文は「青い鳥は身近に」という話だよね。

 おお、Wikipediaの「無事之名馬」の項に2つの言葉の解説が載っていた。

 まず「無事之名馬」は馬主でもあった菊池寛の造語とされているが、実は時事新報社の岡田光一郎の造語。でもともと岡田は菊池の競馬本の代筆などもしてた人。

 で、その言葉のもとが「無事是貴人」で

「無事是貴人」とは、本来「自然体の内に悟りを啓く者が貴人」という意味の禅語

 この本に載ってた解説とはだいぶ意味が違ってくるなあ・・・





石井ゆかり 文   井上博道 写真


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