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2015年01月06日

1月6日(火曜日) わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし(二条院讃岐)

 おはようございます。

 もう雨が降ってますね。


わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし

 この歌は言葉としてはわかりやすいですね。調べる必要があるのは「ね」くらいか。

学研全訳古語辞典
ね【終助詞】《接続》活用語の未然形、および「な…そ」に付く。
   @〔他に対する願望〕…てほしい。…てくれ。
   A〔「な…そね」の形で〕…てほしくない。…ないでほしい。
 【接尾語】人を表す語に付いて、親愛の気持ちを表す。「な(汝)ね」◆上代語。
  打消の助動詞「ず」の已然形。
  完了の助動詞「ぬ」の命令形。

う〜〜ん、これは・・・最初の終助詞かな?いやあ打ち消しの助動詞か・・・

解釈
「私の袖は、潮が引いた時にも姿を表さない沖の石(岩)のように、ずっと涙に濡れています。あなたはご存知ないでしょうが、乾く間もないのですよ。(そのくらいあなたのことを思って泣いています)」


二条院讃岐(にじょういんのさぬき、生没年不詳:1141年頃 - 1217年以降)
   平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての歌人。
   女房三十六歌仙の一人。
   1200年(正治2年、60歳頃)の初度百首で数十年ぶりに
   歌壇への本格復帰を果たした。この頃には既に出家している。

   (出家はひとつの型なんですね・・・)


もずらいとさんのコメント

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし

>解釈
>「私の袖は、潮が引いた時にも姿を表さない沖の石(岩)のように、ずっと涙に濡れています。あなたはご存知ないでしょうが、乾く間もないのですよ。(そのくらいあなたのことを思って泣いています)

 ほぼそのとおりです。ちょっと補足を。

人こそ → 「あの人」と「他人」の二つの意味が掛けられています。
知らね → 「人」が「他人」をも意味とするので自然と「打ち消しの助動詞」となります。

 この歌は「寄石恋(いしによするこい)」という奇妙なお題に対して詠んだもので,大評判となり「沖の石の讃岐」とあだ名がついたそうです。



もずらいとさん、どうもです。

>人こそ → 「あの人」と「他人」の
>二つの意味が掛けられています。

ややこしい・・・「あの人」と「他人」ってどっちも人だし・・・

>大評判となり

その時代その時代の口コミってすごいなあ。

posted by kingstone at 08:34| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日のつぶやき




















































































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