私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2014年12月27日

12月27日(土曜日) 思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり(道因法師)

 おはようございます。

 おだやかないい天気です。
 今日の土曜デイ活動は注連縄作り。
 私も、もう全体をしきったりはしませんが、注連縄作りには参加しようと思ってます。


思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり

「わび」→「わぶ」は

恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

の時に調べた。「さても」は「そうは言っても」だろうし・・・

解釈
「思い嘆いているとは言ってもまだ生きてはいる。しかしあの人を思って憂う気持ちが強くて涙が出てきてしまう」

 でも、道因法師ってお坊さんの作った歌だから、フィクションなんだろうな。


藤原 敦頼(ふじわら の あつより、1090年ー 1182年頃?)
   平安時代後期の歌人。法名は道因。
   藤原北家高藤流、正三位・藤原惟憲の曾孫。
   治部丞・藤原清孝の子。官位は従五位上・右馬助。

   (1172年に出家とあるから、92歳まで生きた人が、
    82歳で出家したのか・・・で、80過ぎてこの歌を
    歌ったのかな?それとも若い時に歌って、採録された
    時に「道因法師」という名前だったということかな?)


もずらいとさんのコメント

思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり

>解釈
>「思い嘆いているとは言ってもまだ生きてはいる。しかしあの人を思って憂う気持ちが強くて涙が出てきてしまう」

 そのとおりでございます。

> でも、道因法師ってお坊さんの作った歌だから、フィクションなんだろうな。

 いや、この人出家したのが80歳過ぎなので、出家前の歌でしょう。また、歌のリアルは別ということもありますし。歌会のお題に応えただけかもしれませんし。なにしろ90歳過ぎても歌会に出ていたそうですから。80歳過ぎても「秀歌が詠めるように」と神社に願掛けしていたそうです。
 没後の話ですが、藤原俊成(定家の父)が選者をつとめた「千載集」には道因法師の歌が18首採用されたのですが、夢に道因法師が現れ涙ながらに感謝をされたので、さらに2首加えて20首にしたというエピソードが残っています。



もずらいとさん、どうもです。

>出家前の歌でしょう
>また、歌のリアルは別ということもありますし

あと、「お坊さんでも恋をする」ってのも・・・
一休さんと森女みたいに。

まあ、「リアルは別」の方かな・・・歌会用の。
posted by kingstone at 09:03| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月26日のつぶやき
















































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