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2014年12月24日

12月24日(水曜日) 秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ(左京大夫顕輔)

 おはようございます。

 昨日は、少し寒さがゆるんでましたね。
 今年の仕事もあと5日間で終わりか・・・


秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ

 この歌は、素朴な「写生」に思えるのだけど・・・
 まあ実際の場面を写したのではなく、それこそ歌合戦とかで、素朴をねらって歌ったものかもしれないが。

学研全訳古語辞典
さやけ−さ 【清明さ】名詞
   清く澄んでいること。明るくはっきりしていること。すがすがしいこと。

さや−け・し 【清けし・明けし】形容詞ク活用
   活用{(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ}
   @明るい。明るくてすがすがしい。清い。
   Aすがすがしい。きよく澄んでいる。
   参考「さやけし」と「きよし」の違い 
     「さやけし」は、「光・音などが澄んでいて、
     また明るくて、すがすがしいようす」を表し、
     「きよし」も同様の意味を表すが、
     「さやけし」は対象から受ける感じ、
     「きよし」は対象そのもののようすをいうことが多い。

 あらまあ、「さやけし」とか「さやけさ」は「弱々しい」とか「か細い」とかいう意味かと思っていた・・・

解釈
「夜、秋風が吹いて雲がたなびいている。その雲の隙間から月の光が漏れて見えてくるのが明るくてすがすがしい」


藤原 顕輔(ふじわら の あきすけ、1090年 - 1155年)
   平安時代後期の公家・歌人。修理大夫・藤原顕季の三男。
   官位は正三位・左京大夫。六条と号す。
   小倉百人一首では左京大夫顕輔。


もずらいとさんのコメント

秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ

>解釈
>「夜、秋風が吹いて雲がたなびいている。その雲の隙間から月の光が漏れて見えてくるのが明るくてすがすがしい」

 意味としてはそのとおりですので,ちょっと細かい部分を補足しましょう。

秋風にたなびく雲の → 「秋風が吹いて雲がたなびいている」で意味は合っているのですが,格助詞の「に」なので,ここは「秋風に吹かれてたなびく雲の」の方がより適切です。

たえ間より漏れ出づる月の影の → これは御解釈のとおりです。

さやけさ → 今上天皇の元内親王が「黒田清子(さやこ)」様です。で,形容詞そのままなら「さやけし」となるところを,接尾語の「さ」をつけ体言化したことにより余情を持たせています。

 この時代,月を題にした歌では「月=もの悲しい」とするのが一般的だったのですが,この歌は月のすがすがしい明るさを詠んでいる点で,新鮮だったそうです。



もずらいとさん、どうもです。

>形容詞そのままなら「さやけし」となるところを,
>接尾語の「さ」をつけ体言化したことにより
>余情を持たせています

「体言化」というのは、よく出てきますね。

>この歌は月のすがすがしい明るさを詠んでいる点で,
>新鮮だったそうです

そうなんですか。
照明の明るい今でも、満月の時など「すごく明るい(もの悲しいなんて思いもつかないほど)」と思うので、基本的に暗かった当時だと、「すがすがしい明るさ」と感じて当然とか思いますが、それでも

>この時代,月を題にした歌では「月=もの悲しい」とするのが一般的

だったんですね。
(まあ三日月とかだとそうかなあとは思いますが)
posted by kingstone at 06:27| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日のつぶやき






















































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