私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2014年12月11日

12月11日(木曜日) もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし(前大僧正行尊)

 おはようございます。

 真っ暗です。
 知らない間に、太平洋戦争の始まった日が過ぎてましたねえ。(12月8日)
 で、あと20日間ほどで新年か・・・


もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし

解釈
「一緒になって(これは、「私と一緒になって」か、あるいは「たくさんある山桜が一緒になって」のどちらだろう)かわいそうと思って下さい、山桜さん。花よりほかに、私のあの人への思いを知る人はいないのですから」

と考えましたが・・・


もずらいとさんのコメント

もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし

>解釈
>「一緒になって(これは、「私と一緒になって」か、あるいは「たくさんある山桜が一緒になって」のどちらだろう)かわいそうと思って下さい、山桜さん。花よりほかに、私のあの人への思いを知る人はいないのですから」

 思い込みが入っているようですね。

もろともに → 「緒共に」で「お互いに」という意味です。

あはれと思え山桜 → 「あはれ」はしみじみとした情感全般を表す表現で、この場合は「なつかしく」が適当でしょうか。で「思へ」と「山桜」に命令形です。

花よりほかに → 字句どおりです。「花(山桜のお前)以外に」

知る人もなし → 「知る人はいない」ということですが,何をというと「私の心」です。これは恋心ではなく,山伏修行をしながら抑えている孤独や寂しさです。

ということで,「お互いにしみじみとなつかしく思い続けてくれよ,山桜よ,お前以外に私の寂しさをわかってくれるのは(この修行の山には)いないのだから」という歌です。

 前大僧正行尊は12歳で出家し、17歳で諸国修行をしたそうです。この歌は吉野の山で山伏修行をしていた時に思いがけず咲いている山桜を見て詠んだ歌とのことです。



もずらいとさん、どうもです。

>もろともに → 「緒共に」で「お互いに」という意味

そうか。
「お互いに」か・・・
なんつーか「一対」というか、「2つの間」なんですね。
「諸共」ってのはそういうことか。

>これは恋心ではなく,山伏修行をしながら抑えている孤独や寂しさです

まったくもって恋心と思ってました・・・

そういや、前大僧正行尊を調べてなかったな。


行尊(ぎょうそん、1055年- 1135年)
   平安時代後期の天台宗の僧・歌人。
   平等院大僧正とも呼ばれる。

   (おお、百人一首を66番まで書いていきて、
    初めて12世紀まで生きた人が出てきたんじゃないかな。
    で、「ええし」の出だけど、修験道に身を投じたという
    ことは、厳しい修行をしはったのだなあ・・・
    ちなみに私の祖父の名は、「快尊」です)

posted by kingstone at 03:46| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月10日のつぶやき
































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする