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2014年12月01日

12月1日(月曜日) あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな(和泉式部)

 おはようございます。

 まだ真っ暗です。
 とうとう12月(師走)に入っちゃいましたね。
 ほんとせわしないなあ・・・


あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな

「ともがな」は「今日を限りの命ともがな」で勉強したもんね。
「〜であって欲しい」だよな。

「あらざらむ」は今でも使う「ありがたい」みたいな用法かな?

しかし「この世の思ひ出」ならわかるんだけど、「この世のほかの思ひ出」ってのはどういうことだろう。
ネットの古語辞典を見てもわからないので、わからないままでいこう・・・

解釈
「ありがたい(私の生きている)この世の思い出に、もう一度あなたにあいたいものだなあ」


和泉式部(いずみ しきぶ、978年頃 - 没年不詳)
   平安時代中期の歌人である。
   越前守・大江雅致の娘。
   中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。

   999年頃までに和泉守・橘道貞の妻となり、夫と共に和泉国に入る。
   後の女房名「和泉式部」は夫の任国と父の官名を合わせたものである。

   夫道貞との婚姻が破綻した後、為尊親王との熱愛が世に喧伝されるが、
   身分違いの恋であるとして親から勘当を受けた。
   紫式部は和泉式部を評して
   「和泉式部という人こそ、おもしろう書きかはしける。
    されど、和泉はけしからぬかたこそあれ」
   と『紫式部日記』に記されている。
   (ええっと、これは「和泉式部って人と、興味深い文通をしているわ。
    でも、和泉さんって倫理的にどうなのかしら」みたいなことかな。
   別にええやんねえ・・・)

   恋愛遍歴が多く、道長から「浮かれ女」と評された。
   敦道親王との恋の顛末を記した物語風の日記『和泉式部日記』があるが、
   これは彼女本人の作であるかどうかは疑わしい。
   (ええっ。そうなんか・・・)

   兵庫県伊丹市に和泉式部の墓所がある。
   (ってか、全国に「墓所」とされるところがある。
    和泉式部伝説やね。空海が全国を行脚したみたいな・・・)

   柳田國男は、このような伝承が各地に存在する理由を
   「これは式部の伝説を語り物にして歩く京都誓願寺に
    所属する女性たちが、中世に諸国をくまなくめぐった
    からである」と述べている。
   (なるほどなあ。そういうのを「仕事」にしている女性がいたんや)


もずらいとさんからのコメント

>「ありがたい(私の生きている)この世の思い出に、もう一度あなたにあいたいものだなあ」

 なるほど。そうきましたか。

あらざらむ → 「在る」+打ち消しの助動詞「ず」の未然形+推量の助動詞「む」で「去る」ととも掛けていると私は思います。なので,意味は「いないだろう」→「私はまもなく死んでしまうだろう」

この世のほかの → 「この世の他」ですから「あの世」です。

思ひ出に → そのままです

いまひとたびの → そのままです

逢ふこともがな → 「逢うこと」+願望の終助詞「もがな」で「逢いたいことですよ」

なので「私はまもなく死んでしまうことでしょう,あの世に持って行く想い出にもう一度だけあなたに逢いたいのです」という意味です。病床から恋人に送った歌ということです。



もずらいとさん、どうもです。

>あらざらむ → 「在る」+打ち消しの助動詞「ず」の未然形+推量の助動詞「む」
>で「去る」ととも掛けていると私は思います。
>なので,意味は「いないだろう」→「私はまもなく死んでしまうだろう」

ありゃあ。
「私はまもなく死んでしまうだろう」
ですか・・・
そっちの方が歌としてもぴったりくるわなあ・・・

>病床から恋人に送った歌

なるほどな。
ちょっと、じ〜んときますね。

posted by kingstone at 05:29| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月30日のつぶやき
























































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