私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2014年12月21日

自分のスケジュールを作る・変更する

 私は現在、相談支援事業所の相談支援専門員をしています。

 いろいろなタイプの仕事をしていますが、主としては

1 障害福祉サービス等の利用計画の作成(計画相談支援・障害児相談支援)
(厚生労働省「障害のある人に対する相談支援について」)
が多いです。

 県の研修を受けた時に強調されたのは、
「本人のニーズを大切に」
「連携」
「資源開発」
あたりかな。

 先日、資源開発のために、ソワの児童発達支援に行って来ました。
 現場に行って、スタッフさんのOJTにあたります。
 そうでないと、お子さんの通うことのできる場所が増えないからね。つまり資源が増えない・・・

 私は、自閉症や発達障害のお子さんと関わるのは「キモがわかってしまえば」簡単なことだと思っていますが、普通の一般の方(スタッフさんとして来て下さる方は、どんな資格や免許があれ、たいていは一般の方です。ですから一般の常識はあっても、自閉症スペクトラムや発達障害についての知識は最初は特にありません)を、その子たちの中にぽんと放り入れてうまくいくもんとは思っていません。もちろんそのためにソワサポートでは、8回の新任研修(一部はこんなの)や、週1回の定例研修や、月1回の事業所ミィーティングなどもあるわけですが、やはり現場でのOJTも大事になります。

 あと、お子さんについてスタッフから聞き取ったり、実際に関わってみたりすることも、大事な「計画相談」におけるモニタリングの資料になります。

 児童発達支援に来てる子たち、最初は90cmくらいの細いボードに絵カードを貼ったスケジュールを利用しています。

スクリーンショット 2014-12-21 23.03.12.png

 しかし、何人かはA4サイズの紙の個人スケジュールに移行しています。

 で、来室したら「○時から『こべつ(学習)』する」とか自分で意見を言って、スタッフさんとスケジュールを決めていってる。で、あるお子さんは私と3時から「うんどう」をすることになり、別のお子さんは4時から他のスタッフと「うんどう」をすることになりました。

 ところが、3時前に運動の部屋で私と3時からの子が遊びだしてるのを見た4時からのお子さんが「僕も3時からにする」と言いだしました。このお子さん、一度決めたら変更したくないことが多いお子さんです。でも「気が変わった」わけですね。

 なので「ああ、じゃあスタッフさんと相談してね」と言ったら、ちゃんと相談して時刻を変更し、3時に一緒にやりました。

 てか、わらわらと他の子どもたちも寄ってきて、結局、みんなでやったんだけどね。

 なんかね、子どもたちもスタッフさんたちもすごいなと思って、涙出そうになったよ。

 なお、その話をその日現場にいなかったベテランスタッフさんに話したら、こんなことをおっしゃってました。

「この時刻はこちらの手が足りない、とかいう場合があるじゃないですか。そういう時は、『ごめんな。この時刻に、これをいれることができないので、あの時刻にさせてね』とか交渉することもあります」

 いやあ、それでこそのスケジュールです。

 でね・・・これを就学前(児童発達支援だからね)のお子さんたちがやってる・・・

自分のスケジュールを作る・変更する

2014年12月20日のつぶやき














































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2014年12月20日

12月20日(土曜日) 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり(藤原基俊)

 おはようございます。

 7時半だと外は明るいな。
 曇りです。


契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

「契りおきし」は、まあ一夜を一緒に過ごしだろうな。

次の「させもが」ってのは、昔からわからなかった。
ああ、解釈してるページを見てしまったけど、「させも草」で「さしも草」と同じと。
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
で、「よもぎ」のことだって。

一応、解釈を読んでしまったのだけど、この「させも」の意味がわかった時点の解釈を書いてみると

「一夜を一緒に過ごしたけれど、よもぎの朝露のようなはかない恋(命)で、すぐ消えてしまうので、今年の秋も去ってしまい、厳しい冬がやってきたよ。(恋は終わったよ)」

かな?と。でも解釈のページを読むと、全然違う・・・しかも「恋歌」では無い・・・
そこらへん、もずらいとさんの解釈を待とう。


もずらいとさんのコメント

契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

 この歌はできたいきさつを知らないとまずまともに解釈ができません。ですので

>「一夜を一緒に過ごしたけれど、よもぎの朝露のようなはかない恋(命)で、すぐ消えてしまうので、今年の秋も去ってしまい、厳しい冬がやってきたよ。(恋は終わったよ)」

となっても仕方ありません。

契りおきし → 「契り」「契る」は確かに「男女の営み」と解釈するのが一般的ですが,ここは「契りおき」です。「契り」を「置き」「し」ていたのです。「置く」というのは言葉であれものであれ一定以上の時間それが持続している(経過している)状態を指します。ですので「男女の営み」だとすると放置プレイか何かになってしまいますが,そんな無理な解釈する必要はなく,素直に「(以前)約束をしましたよね(あれからだいぶ経ちましたよね)」という意味です。

させも → これは「なほ頼めしめぢが原のさせも草我が世の中にあらむ限りは」という歌のことを言っているのです。この歌自体の意味は「どんなことがあっても生きてる限りはひたすら信じなさい」といったものです。

が露を命にて → 「させも」の歌を「恵みの露(一縷の望み)」として「頼り」にしてとなります。

あはれ今年の秋もいぬめり → 「あはれ」はこの場合は悲しい方の感慨に決まってますので「あぁ〜っ」みたいな感じです。「今年の秋も」+「往ぬ」+推量の助動詞「めり」なので「ああ,なのに今年の秋も行ってしまおうとしているよ」てなところです。

 ですので,「あんなに約束しましたよね,そうしたらあなたは「させも」の歌にたとえてくれたのでその言葉にすがってひたすら信じてきましたのに,あぁ,今年の秋も去ろうとしていますよ」となりますが,これだと恋歌のようででもちょっとおかしいなと思いますよね。

 藤原基俊の息子はお坊さんで,維摩会(ゆいまえ)という法会の講師をしたかった(講師をつとめると出世できる)ので,実力者の藤原忠通に頼んだところ「させも」の歌を頼みに待ちなさいと言われました。で,それを信じて待っていたのですが,結局選に漏れてしまいました。
 その恨み言として詠んだ歌です。ただ,藤原基俊は学識を鼻にかけ人を見下すことがある人物だったようで名門の出の割にはたいして出世しなかったのもそのような性格が嫌われたからではとされています。なので,藤原忠通は元々基俊の息子のために骨折りする気はなかったともされています。



もずらいとさん、どうもです。

>させも → これは
>「なほ頼めしめぢが原のさせも草我が世の中にあらむ限りは」
>という歌のことを言っているのです

ここらへんのいきさつがわからないとですね

>ただ,藤原基俊は学識を鼻にかけ人を見下すことがある人物
>だったようで名門の出の割にはたいして出世しなかったのも
>そのような性格が嫌われたからではとされています。
>なので,藤原忠通は元々基俊の息子のために骨折り
>する気はなかったともされています。

そうかあ。
まあこんな「恨みの歌」を歌うくらいだからなあ・・・
でも、百人一首に選ばれるんだ。
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2014年12月19日のつぶやき






























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2014年12月19日

12月19日(金曜日) 憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを(源俊頼朝臣)

 おはようございます。

 神戸とか播磨町は兵庫県の南のほうなので、寒いだけでどうってことはないのですが、真ん中以北はなんか道がツルッツルになってるらしいです。えらいこっちゃなあ・・・


憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを

 これ、上の句を読み上げ下の句を取るかるた遊びの時の覚え方が
「うっかりはげ」だということは、妻や子が言ってたので、覚えてました。さすがに物覚えの悪い私でも、頭に残った・・・

学研全訳古語辞典
初瀬(地名)
   「はつせ」に同じ。「長谷」とも書く。
初瀬(地名)
   歌枕(うたまくら)。今の奈良県桜井市初瀬(はせ)町。
   三輪(みわ)山東方の初瀬川の谷沿いの地。武烈天皇の
   泊瀬列城(はつせのなみき)の宮、雄略天皇の泊瀬朝倉
   (はつせのあさくら)の宮と、古く都が設けられた。
   「長谷寺(はせでら)」でも有名であり、その門前町として、
   また、伊勢(いせ)へ向かう街道の宿場町としてもにぎわった。
   「はせ(初瀬)」とも。「泊瀬」とも書く。

 ははあ。「長谷寺」のところか。
 昨日の「高砂」と違って「初瀬」は地名なんだ。
 私は、最初、「初瀬」を見た時は「木枯らし1号」のことかと思ってた。

解釈
「鬱々としていると、初瀬の山から強い風が吹いて来た。強く吹けとは祈らないよ。(葉が落ちてしまうから)」

みたいなとこかなあ・・・で、何か別の意味があるんだろうな・・・


源 俊頼(みなもと の としより、1055年 - 1129年)
   平安時代後期の官人・歌人。
   宇多源氏。大納言・源経信の三男。
   官位は従四位上・木工頭。

   (木工頭というのがあるんや)


もずらいとさんのコメント

憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを

>解釈
>「鬱々としていると、初瀬の山から強い風が吹いて来た。強く吹けとは祈らないよ。(葉が落ちてしまうから)」
>
>みたいなとこかなあ・・・で、何か別の意味があるんだろうな・・・

 もう最初から疑心暗鬼状態ですね(^^)。で,そのとおりなんです。

憂かりける人を → 自分なら「人」は使いません。「憂かりける人」は少なくとも他人です。どういう人か?「憂し」は「憂鬱」のように「自分の心が晴れない状態」全般を指す言葉で,この場合は「つれないあの人」です。

初瀬の山おろしよ → 「初瀬の激しい山風よ」ですね。「よ」がキモです。呼びかけているんですね。擬人法です。

激しかれとは祈らぬものを → 「はげし」はもっとすごい状態になることを指す言葉で,何かというと「もっと,つれなく or 冷たく」です。「かれ」は命令形です。「はげしかれ」は「憂かりける」と「初瀬の山おろし」のいずれにもかかっています。

ということで「私はあのつれない人が振り向いてくれるように(長谷寺の観音様に)お祈りしたのだよ。なぁ,初瀬の山颪よ,お前みたいに『ますます激しく冷たくなってくれ』なんて祈っちゃいないんだよ〜!」となります。

 この歌は「祈れども逢はざる恋」というお題を出されて作った歌とのことです。



もずらいとさん、どうもです。

>自分なら「人」は使いません。
>「憂かりける人」は少なくとも他人です。

ははあ。
そう読み解いて行くのか・・・
で、

>この場合は「つれないあの人」

で、この時点で私の解釈とは180度方向が違ってくるわけだ。

>「祈れども逢はざる恋」

すごいお題やなあ・・・


posted by kingstone at 06:20| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする