私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2014年11月27日

11月27日(木曜日) 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな(藤原道信朝臣)

 おはようございます。

 外は真っ暗です。


明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな

 これは、言葉を調べなくてもわかるんじゃないかな。

解釈
「夜が明け、昼が来て、そしてまた夜になる。(そうなればまたあなたと一緒にいることができる、そういう見通しがあるのに)、それでも朝が明けるのがうらめしい」

 しかし・・・「昼は一緒にいてはいけない」というルールがあったんだろうか?
 基本的には「通い婚」で夜来て朝帰るのだとは思うけど、さらに「昼は一緒にいてはいけない」まで強い意味を持った結婚の形態なんだろうか?

 それとも単に「仕事があるから行かないと仕方ないや」ということなのかな。まあ、それにしても家から出ていかなきゃなんないわけだけど。でもって、当時は「日曜日は休み」みたいなのは無かったのかな?

学研全訳古語辞典
あさ−ぼらけ 【朝朗け】名詞
   朝、ほのぼのと明るくなるころ。夜明け方。


藤原道信(972年ー994年)
   平安時代中期の公家・歌人。太政大臣・藤原為光の三男。
   中古三十六歌仙の一人。
   994年7月11日当時流行していた天然痘により卒去。享年23。
   (若くして亡くなってるんだなあ・・・)


もずらいとさんからのコメント

 この歌は平易で特に技法に凝っていないので,御解釈のとおりですね。補足するとすれば,朝になって恋人の家を出る際に詠んだ歌だそうです。

>しかし・・・「昼は一緒にいてはいけない」というルールがあったんだろうか?

 別居婚なので今のように「一緒にいるのが普通」という概念がなかったのでしょう。現在の目から別居婚が不思議なのと同じです。



もずらいとさん、どうもです。

>別居婚なので今のように「一緒にいるのが普通」という概念がなかったのでしょう

今なら、「一緒にいるのが普通」という概念があっても、別居婚してる人もいるじゃないですか。だから当時も、「別居が普通」と思っていて、それが世間の常識ではあっても、「でも私は一緒にいるからね」って人がいても良かったんじゃないか、と思ってね・・・
posted by kingstone at 05:04| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日のつぶやき
























posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする