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 あくまでも、私個人の意見です。

2014年10月16日

10月16日(木曜日) これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関(蝉丸)

 おはようございます。

 外は暗いですが、快晴みたいです。


これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

 でたっ!!
 蝉丸。
 総取り。
(ただし、ローカルルールによっては、手持ち札を全部出して1回休み、という所もあるらしい)

「これやこの」は「これやこれや」という感じなのかな?で、あまりそんな意味は大事じゃなくて、「音」が大事なのかも。

 で、「行くも帰るも」と来て「知るも知らぬも」と来て、対比というか、リズムがめちゃいいですよね。

 蝉丸

 へえ、Wikipediaによると、逢坂の関に庵を結んでたんだ。
 逢坂の関ってのは・・・地図がうまく載るかな?


大きな地図で見る

 やっぱりダメみたい。
 「大きな地図」のところをクリックして、どんどんーボタンをクリックしていくと、全体が見えます。

 名神高速道路の大津SAと、京都東ICの真ん中あたり、京都から滋賀へぬけるあたりなんですね。江戸時代の関所の取り締まりはきつかったみたいだけど、平安時代の「関」はどんな感じだったんだろう?


もずらいとさんからのコメント

>「これやこの」は「これやこれや」という感じなのかな?で、あまりそんな意味は大事じゃなくて、「音」が大事なのかも。

 お察しのとおりでしょう。「これがあの」という意味ですが,音を重視したのでしょう。最近の詩歌は「目で読んでも口で詠んでも良い」という発想が希薄な気がします。

行くも帰るもは→「東国へ行く人も京に戻る人も」
知るも知らぬも→知人も他人も

で「別れては」と「あふ」はその両方にかかります。つまり「下る人も上る人も知ってる人も知らない人が,別れ出会う」となります。

あふ坂→地名としての「逢坂」と「会う坂」の掛詞になっています。

また,1・2・4は脚韻がオ段で,さらに2句目は「行くも帰るも」,4句目は「知るも知らぬも」とオ段で終わる言葉が重なっているという技巧が凝らされています。口に出すと自然とリズムができるわけです。

 蝉丸は逢坂の関付近に住む盲目の琵琶の名手だったとされています。実在の人物かどうかは分かっていませんが,このリズミカルな歌は琵琶の弾き手だったから生まれたのかもしれません。

>平安時代の「関」はどんな感じだったんだろう?

 江戸時代の関所とは違ったようですね。庶民レベルの出入りは関係なかったようです。



もずらいとさん、どうもです。

>行くも帰るもは→「東国へ行く人も京に戻る人も」

 そうか。当時は京都を中心に考えるから、「行く」は東国へだし、「帰る」は京に戻るになるわけだ。
 鉄道や高速道路の「上り・下り」ですね。

>知るも知らぬも→知人も他人も

 なんか別の意味かと思ってました。「知人も他人も」か。で「逢坂」が導き出されると。

>このリズミカルな歌は琵琶の弾き手だったから生まれたのかも

 なるほどね。
 今で言えばロックンローラーとかラッパーになるんだ。



 
posted by kingstone at 05:58| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日のつぶやき
























posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする