私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2014年10月10日

10月10日(金曜日) 田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ(山部赤人)

 おはようございます。

 割と高目に浮かぶ雲がたくさん・・・曇りかなあ・・・


田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ(山部赤人)

Wikipediaより
田子の浦、田子ノ浦(たごのうら)は、静岡県富士市一帯の海岸である。

歌枕(うたまくら)とは、古くは和歌において使われた言葉や詠まれた題材、またはそれらを集めて記した書籍のことを意味したが、現在はもっぱらそれらの中の、和歌の題材とされた日本の名所旧跡のことをさしていう。

 当時の人でも「観光で海に出る」みたいなことをしてたんだろうか?
 何か、そういう「遊覧船」みたいなものがあれば、船で遊んだ時の富士山の情景を描いた、と非常にわかりやすい歌になりますが。

 あ?船で沖から見てるのじゃなく、「(砂浜に)うち出でて」いるのかな?

 砂浜でも普段内陸部で過ごしている人にとっては「うち出でる」場所なのかも。


もずらいとさんからのコメント

 船ではなく,浜に出たのでしょうね。で「山部赤人」ですね。この歌は万葉集に収録された時は

 田子の浦ゆうちいでてみればま白にぞ富士の高嶺に雪はふりける

でした。「ゆ」は「from」「〜から」の意味の格助詞なのですが,和歌限定で平安の頃には使われなくなった言葉です。「より」の文語限定表現なのかもしれません。万葉調は素朴なのが良いのですが,百人一首の頃はそれだと「ダサい」ので,ストレートな「ま白にぞ」は「白妙の」に,単に情景を詠んだ「ふりける」は想像を働かせる「ふりつつ」(田子の浦から富士山頂付近の降雪を目視できるはずがないので,「降っているんだなぁ」となるわけです)にと改作されています。
 当時は「オリジナルを尊重して一字一句変えない」という発想はなかったので,百人一首の万葉時代の歌はけっこう改作されています。

 奈良や京都に都があって,琵琶湖の東なんて異郷に近い時代だったはずなのに,富士山は別格だったのでしょうね。



 田子の浦からの富士山の写真がありました。

130年前に来日したイタリア人が撮影した日本…明治維新直後の息遣いを感じる写真いろいろ

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posted by kingstone at 06:34| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月09日のつぶやき
























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