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 あくまでも、私個人の意見です。

2014年10月07日

10月7日(火曜日) 秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ(天智天皇)

 おはようございます。

 快晴。寒い・・・


秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ(天智天皇)

学研全訳古語辞典
かり−ほ 【仮庵・仮廬】名詞
    「かりいほ」に同じ。
かり−ほ 【刈り穂】名詞
     刈り取った稲の穂。

 う〜〜ん、下の意味だと思ってたけど、上の意味もあるのか。どっちだろう。

とま 【苫】名詞
    菅(すげ)・茅(ちがや)などの草を編んで薦(こも)
    のように造ったもの。雨露を防ぐために、小屋の屋根
    にふいたり、船の上部を覆ったりするのに使う。
    出典後撰集 秋中
    「秋の田のかりほの庵(いほ)のとまを粗(あら)み」
     [訳] ⇒あきのたのかりほのいほの…。

 これは『尋常小学読本唱歌』の「我は海の子」で「とまや」が出てくるので覚えた。

我は海の子白浪の
さわぐいそべの松原に
煙たなびくとまやこそ
我がなつかしき住家なれ

うわわわわ・・・・ここで時間切れ・・・・

もずらいとさんからのコメント

 この歌は天皇が作ったのではなく,けっこう評判の良かった無名の歌を天皇の歌にしてしまったと言われてます。というのもねいくら1400年前でもそんな庵に天皇がいることはないであろうということで。

もずらいとさん、どうもです。

>いくら1400年前でもそんな庵に天皇がいることはないであろう

 う〜〜ん、しかし、「我は海の子」に出てくるみたいに、夏の海水浴の時期だけの小屋掛け、みたいな感じで、稲刈りが終わったあと、その藁を使ってちょっとした庵を作り、ハイキングみたいに利用する、なんてことはなかったのかなあ・・・

 あと、「あらみ」がわからないなあ。

「あらむ」が変化したのかと思ったけれど、「あらむ」だと、意味が通らないし・・・

もずらいとさんからのコメント

>あと、「あらみ」がわからないなあ。

 「とまをあらみ」というのは「苫(の屋根の編み方)が粗いので」
と言う意味です。


 ってことは、「苫を粗く編んじゃったので私の服の腕の先の方は露に濡れてしまう」ということか。密に編んでれば、露に濡れることはないもんな。

 あっ、なんか一首、すっきりわかってきたかな。
posted by kingstone at 08:29| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

百人一首

 今、毎朝書いてる「髭のジャック」関連の言葉やあれこれが、今日で終わったので、明日から百人一首(ただし小倉百人一首)を、一首ずつ書いて行きます。

 なお、もずらいとさんがコメントをつけて下さった場合は、本文に転載させて頂こうと思っています。私には、めちゃ勉強になるからね。まあ、お忙しくて、毎日は無理でしょうが・・・

 でもって、Wikipediaを見ながら、ちょっとおさらい。

 百人一首ってのは、一人一首ずつ百人分を集めた詞華集である、と。で、藤原定家が作ったのが小倉百人一首で、他の選集もあるけれど、もうなんといっても小倉百人一首が有名なので、百人一首と言えばそのまま小倉百人一首になってるってわけね。

藤原定家 1162年〜1241年
     へえ、「定家」は「さだいえ」と読むけど、諱は「ていか」なのか・・・
     そう言えば、お坊さんももともとは名前を「訓読み」して、
     お坊さんとしての時は名前を「音読み」する場合も多いような・・・

     で、「定家」は公家だけど、平清盛が死んだのが1181年。
     19歳だから、既に公家としての仕事をしていたのかな・・・
     と書いてびっくり。Wikipediaの「官歴」のところの最初に
     仁安元年(1166年)12月30日:従五位下に叙位
     って、4歳だよ・・・4歳で「官歴」!?
     まあ、これは名前だけだろうけど。

     安元元年(1175年)12月8日:侍従に遷任(俊成、右京大夫辞任に伴う任官)
     「任官」ということは、仕事してんのか?
     13歳、つまり中1か、中2だけど。
     平家が滅んだのが1185年。ということは定家23歳くらいの時。
     武士の力が強くなって来た時代だけれど、でもまだ公家も、
     荘園から上がる収入とかが多かったんだろうか?
     (それとも官ということで、朝廷から給与(?)が出てたのか?)

     でもって『新古今和歌集』も定家の選なのね。

 歌は1番が天智天皇(626年〜672年)から、100番順徳院(1197年〜1242年)までが集められている。
 前後600年。長い期間だなあ。

 毎年、お正月には、親戚の家に行って、百人一首をするんですが、もう私は徹底的に負けます。よほど運が良くないと(たまたま「われても・・・」が目の前にあるとか)、1枚も取れないという事態もしょっちゅうです。

 いくら毎朝書いても、覚えられはしないだろうな・・・

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もずらいとさんからのコメント(改行はkingstoneが入れました)

>「定家」は「さだいえ」と読むけど、諱は「ていか」なのか・・・

 wikiの解説が不正確です。

 諱は「忌み名」で本来は亡くなってから呼ぶ名で。たとえば「名は裕仁,諱は昭和天皇」が正しい用法です。ところが,時代が下がって「ありがたそうな名前」を指すこととなりました。

 昔は本名を知られてしまうとね操られてしまうという考えがあり,本名は親兄弟と上司,夫婦くらいしか知らず,呼びませんでした。たぶん定家の本名は「さだいえ」でしょうが,それを呼ぶのははばかられるため「ていか」と,他の人は呼んだのです。

 これは幕末まで続き,西郷従道はそのため名前が変わった人です。本当は「隆興」だったのですが,薩摩なまりで「りゅうこう」というのを「じゅうどう」と聞き間違えられて「だったら従道だろう」となったのです。

 目上の人を「父」「母」「兄」「姉」と実名を避け,逆に「娘」「息子」「弟」「妹」と呼ぶことがないのは,このなごりです。
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>昔は本名を知られてしまうとね操られてしまうという考えがあり

 これは古来、いろんな国であったみたいですね。ファンタジーだけど、「ゲド戦記」でも本当の名が知られる、とか本当の名をあかす、とかが重要な話題になってました。

>目上の人を「父」「母」「兄」「姉」と実名を避け,
>逆に「娘」「息子」「弟」「妹」と呼ぶことがないのは,このなごり

ははあ。確かにそう言われてみれば、非対称だ。
posted by kingstone at 00:32| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日のつぶやき


























posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする