私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年06月02日

コッホ先生と僕らの革命 ドイツサッカー誕生の話



 2011年ドイツ映画

 1874年(明治7年)ドイツ帝国に初めてサッカーを紹介したコンラート・コッホの話を下敷きにめちゃくちゃフィクションにした映画。実在のコッホはドイツのゲッティンゲンで神学と哲学を学んだ哲学博士だったけれど、映画ではオックスフォードに留学していた英語教師という設定になっている。

 この時代、1870年から1871年にプロイセン王国は普仏戦争に勝利し、プロイセン国王ヴィルヘルム1世はドイツ皇帝も兼ね、プロイセンの住民はプロイセン人であるよりもむしろドイツ帝国臣民であることを誇るようになってきた頃ですね。(Wikipediaによる)

 映画にもヴィルヘルム1世の肖像画があちこちに出てきます。

 で戦争でフランスに勝ち、次はイギリスと一戦交える気まんまんの時に、いわば敵性スポーツ(というか当時のドイツではスポーツという概念が無かったよう)であるサッカーは排撃の対象になっていたよう。映画の最後にもバイエルン州でサッカーの禁止が解かれたのは1926年だと。

 しかし、これはすごく意外な話だなあ。ヨーロッパ大陸なんだから、もっと以前から採り入れられていたのかと思ったけれど、当時のドイツでは「身体を鍛える体操」が主流で、「チーム競技」というのは採り入れられてなかったと。

 ちなみにWikipediaによると日本では、

 日本へのサッカーの伝来は、1872年に神戸市の外国人居留地で行われた試合が最初という説と1866年横浜・山手でイギリス軍が行った試合が初という説がある。 1873年、東京築地の海軍兵学寮において、イギリス海軍少佐アーチボルド・ルシアス・ダグラスが紹介したのが最初とされる説がありはっきりしない。なお、日本サッカー協会はダグラス少佐伝来説を支持している。その後は神戸、横浜を中心とした外国との交易港のある街ではイギリス人を中心とする外国人によるサッカークラブが創設され、サッカーが行われていた。こうした港湾都市において最初の伝来が見られたことはスペインのバルセロナ、イタリアのジェノヴァ、ブラジルのリオデジャネイロと同一の例には枚挙の暇がない事である。
 1870年代末になってようやく富国強兵の一環として国民の健康な身体の維持、軍事教練の一環として「体育」、「体操」という概念の発芽が見られるようになった。1879年に体育教育の教員養成過程として設立されたのが体操伝習所である。体操伝習所の坪井玄道は1885年に著した『戸外遊戯法』の中でアソシエーション式フットボールを「フートボール」として紹介している。
 また、サッカーが最初に師範学校、神戸市の御影師範学校で受容されたのは非常に重要な事であった。近畿地方がサッカー先進地となり、師範学校の交流を通じて東京高等師範学校(以下、東京高師)をはじめ全国の師範学校もこれに追随する事に影響した。そして1917年10月21日には、近畿の師範学校を中心として近畿蹴球大会が開催された。
 この教員養成を行う師範学校で普及した事は、部員たちが卒業し各地で教員となることによって、波及的に全国の中等学校や高等学校に広まって行くという事に影響した。この中でも、やはり近畿地方では比較的サッカーの受容が早く、しかも府県内の中等学校で広範囲に行われた。中等学校でのサッカーの広まりを受けて、1918年に大阪府豊中村(現豊中市)の豊中グラウンドで第1回日本フートボール優勝大会が実施された。これが現在も続く全国高等学校サッカー選手権大会の始まりである。高校選手権は1975年まで、大阪、兵庫を中心とする近畿地方で開催されていた。
 女子サッカーは、1920年代に香川県立丸亀高等女学校の生徒たちが運動会の際、袴姿でサッカーをする様子を撮影した写真が現存しているが、[4]その後、1960年代から現代サッカーを行う女性が少しずつ見られはじめていった。


 ってことは、ドイツでの普及とほぼ同時くらいだったのかもしれない。

 お話自体はフィクションなんだけど、

「真のチームになった」

なんてセリフがあったり、いろいろ考えさせられた、っていうか良かったです。商売の話も入ってくるし。古い権威から排撃される時に「一番の権威」を利用したりもするしね。でもちょっとベタかな・・・

posted by kingstone at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6月2日(日) 申し訳ないが、この連中に用はない

 おはようございます。

 曇りです。



ーウォーレン・バフェット 成功の名語録 桑原晃弥著よりー

「申し訳ないが、この連中に用はない」

 ソロモンブラザーズは、1991年ポール・モーザーによる米国国債の不正入札発覚をきっかけに次々にスキャンダルが発覚した。立て直しを依頼されたバフェットが暫定会長に選ばれ、会議に出席するとPR会社の人間やロビイストがいて危機管理の専門家として「こういう時はこうすべき」とか発言していた。それに対して言った言葉。

 つまりソロモンブラザーズが不正をはたらいたのはまぎれもない事実であり、『誤解』されたわけではないのだから、必要なのは包み隠さず話し、二度と不正がおこらないようにすることであるのだから。

 そう。この「包み隠さず話し」っての、できるかどうかやなあ。
posted by kingstone at 07:12| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月01日のつぶやき


































































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする