私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年05月05日

病院から外出してのガイドヘルプ

 今日、ガイドヘルプに行って来ました。

 実は2週間ほど前から入院していて、その間に処置を2回受けてます。処置の直後はベッドから1日〜2日動けません。その後も病棟内をゆっくりうろうろするだけ。

 そんな時にある親御さんから悲鳴のようなメールが・・・

 ありゃまあ・・・しかしお子さん、家にずっといるので、そりゃご本人もご家族も煮詰まるわなあ・・・一番いいのはアドバイスじゃなんじゃかんじゃじゃなく、もうストレートにお子さんを連れ出しちゃうこと。で本人も楽しい、ご家族もほっとできる時間を作り出すこと。

 ガイドヘルプを使えればいいのですが、実はそのお子さん、以前ヘルパーさんがそのお子さんが計画して行動しようとしているのに、いらんお世話をなんじゃかんじゃやってそのお子さんが「もう二度と行かない!!」という状態になっています。

 最近、身体障害の方へのヘルパーさんはよく訓練されてきています。「余計なことをしない」「言われたことだけをする」最近お会いするヘルパーさんは見事にこのあたりできてることが多いです。

 ところが知的障害の、しかも相手が子どもとなると、「この子はわかっていない」となめてかかる人がまだまだ多いようです。で、いらんアドバイスをしたり、ご本人が動くのを待ってあげられない・・・

 でも、私、入院中なので身動きできない・・・と思ったら、主治医が「連休は外出してもいいですよ」と言ってくれました。おお、ラッキーじゃん。

 で、ガイドヘルプを提案してみました。私の病状を添えて。そしたら「そんなに体調がお悪いのに失礼しました。また体調が良くなってから」とお返事が・・・(^_^;)

 いえ、体調は別に「悪い」わけでは無いのですが・・・ってかもう25年前から「悪い」と言えば「悪い」。で、今回の入院や処置は今のところ望外にうまくいってるようで、体調はすこぶるいい。(ってか悪くなってはいない)ただし、今後はどうなるかは「わからない」というのが本当のところです。(これは「わからない」のであって、「そう悪くはならない」のかもしれないのですが、「ごっつい悪くなる」かもしれず、本当にそれは「わからない」のです)

 ひょっとしたら、ガイドヘルプなんてできるのは今回が最後のチャンスかもわからない。(あくまでも「わからない」であって、今後もばんばんできるかもしれません)

 まあ、そういうことなので、即お電話を返して、説明し、とりあえず話を進めることに。

 まずご本人に行くかどうか尋ねてみることに。

「えらぶメモ」の画像を送ったら、こんな返事が。

おおくらやま図書館.jpg

 で、この時点でまだ点滴をガラガラ引っ張りながら歩いているので、外を歩くのに、そしてもし走らなければならない事態になった時に、ちょっと自信が無い点があるので、じんぶな〜で関わりのある方々に「ついて来てもらえないか」というメールを出しました。

 このメールはあまりにゴールデンウィーク直前であったのと、それと私の病状が深刻そうなのと(ってわけじゃないのですが、正直に書くといかにも深刻そう・・・)、私が「万一」の場合を想定してのお願いであることなどのせいか、色よいお返事はありませんでした。びびらせすぎたかな・・・(^_^;)

 点滴が外れてからは、病棟の階段を意識的に上り下りして身体を慣らしておこうとしました。そしたら・・・えらいもんですねえ・・・足がつりそうになる・・・

 お子さんが5月5日を選んでくれていたので、3日は初めての外出で、妻と映画に。いやあ、しかし、外を歩くってすごい。病棟を歩いているのとは全然違う。これまた足がつりそうに・・・でも本当に日常の暮らしって大事だなあ、と思いました。病院の中でやるリハビリも、ある時期、大事なこともあるだろうけど、日常の暮らしがどう送れるか、送っていくか、ってのめちゃ大事だろうな。

 4日は下見がてら図書館へ

 4日の夜、ご本人から「お父さんも一緒に行っていいですか」とメールが来ました。もちろん了解しました。

 で今日です。

 お宅までうかがうと玄関前でお二人が待ってはりました。そのまま出発。私は最初1mほどの距離にいましたが、様子を見ながら、大丈夫と確認しつつどんどん離れて行きます。近くに行こうとするお父さんも手で制して、私と同じような位置に。最寄り駅に着くころには5mは後ろに。

 最寄り駅ではかなりの時間券売機のところに立ってはりましたけど、私も(お父さんも)何もせずにいたら、券売機で券を買いました。(5分?10分?)

 三宮駅に着くと少し迷っていました。しかし自分で行き先表示をあちこち見ているので私は関わらず様子を見ていました。お父さんも私が止めていました。かなり時間がたってから、私がある表示を指さしました。そしたら本人さん、なんか納得したように進み始めました。(実はこの時点で私はどっちへ行ったらいいか、わかってなかった・・・(^_^;))

 このあたりから10mほど離れて。

 地下鉄に乗り、大倉山駅で降りるのも、図書館に行くのも、途中迷うところはありましたがばっちり。

 そして「ごはん先」と決め、カフェテラスへ。

 でその後、古い新聞を探し、読み、必要なところをコピーする、という作業に入ります。ご本人が、係の方と交渉することが必要な場面もありましたが、私が相手の方に「おはなしメモ」で「これに書いて説明してあげて下さい。口でしゃべっていても理解はむつかしいので」と書いてお見せし、「おはなしメモ」を大量に渡したり・・・(結局、その方は聴覚障害の方のために用意している「お絵かきせんせい」みたいなグッズで書いて交渉して下さいました)なお、そこまでして私は離れて見てました。

 つまり私はご本人と現場の担当者がコミュニケーションできるように支援しただけで「代弁」はいっさいせず。

 私は途中で「おはなしメモ」で「キングさんとお父さんは南のへやに行きます」と書いて見せ、完全にご本人が見えないところに移動してしまいました。

 その後、ご本人さん、あらかじめ、自分で決めておられたミッションは完璧にこなしはりました。

 終わって帰路につきましたが、図書館を出るとご本人さん、お父さんに
「暑いね。もう夏だね」
と言ったので、お父さん、びっくりしてはりました。なんか最近ネガティブな発言ばかりで、こういう「普通の会話」が無かったそうです。

 で帰りの道々お父さんの言われたのが・・・

「こんなにうちの子がいろんなことができる子とはびっくりしました」
「今までだったら、もっともっといろんなことを手伝い、口出ししていました」
「おめめどうで言われている『自己責任』がやっとわかりました」
「kingstoneさんが『わかれば楽にできるでしょう』と言われているのもやっとわかりました」

 ほんと、たまたまご本人が「お父さんも」とメールで伝えてきてくれたので、図らずもお父さんへのOJTになりました。意図せぬ「ペアレントトレーニング」ですね。で、やっぱりOJTでないと伝わりにくいことってあると思います。

 実のところおめめどうは「療育」という言葉は使わない、「ペアレントトレーニング?何それ?」という世界なのですが、まあそれらの言葉をどう定義づけるかにもよりますが、ある意味「本来の療育が目指すもの」であったり、「本来のペアレントトレーニングが目指すもの」であったりするわけだと思います。不思議なことにね・・・

 おかげで足もつりそうにはなりながらもつらず、私も楽しく一日を過ごすことができました。

 帰宅後、ご本人もいつになく嬉しそうな様子だそうです。
 良かった、良かった。

   追記
      この後のエピソードは「当日帰宅後すごく楽しそうにしていた」ということ
     しか聞いていませんでした。今日その後のことをお聞きできました。なんか
     「自分でやる」ことが増えたそう。

      そしてご本人が、自分で探して、時刻表なども調べ、ある所に相談に行った
     そう。でその時、「ここは不登校が専門だから、自閉症についてはよくわから
     ないかもしれない」と言って、自閉症の解説本を自ら持って行って「これ読ん
     で下さい」と渡したそう・・・なんかすごいなあ・・・

     「自分でやることが増えた」ってのね。別に「できることが増えた」のではな
     く、親御さんが「待つ」「離れる」「任せる」ができるようになっただけだと
     思うよ。つまり本人が変わったのではなく、周囲が変わっただけ。
 
      そんなもんです。

今、こんな特別支援学校があるらしい

 Togetterで

今、こんな特別支援学校があるらしい

をまとめました。

 あるエントリから。

 まあ、こういう現状だということ。

 そしてそれには教育委員会・教師を指導する人たち(教員養成大学の教授とかも)・学校の指導的立場の教師たちの責任であることは確認しておきたいです。
ラベル:特別支援教育

5月5日(日曜日) 本気で嫌がれば、男より大きな牛は男を引きずったまま走っていくことだってできたはずだ

 おはようございます。

 いい天気です。


ーー「サバイバル登山家」 服部文祥著 よりーー

「牛も先のことをあえて深く考えないようにしているようだった。本気で嫌がれば、男より大きな牛は男を引きずったまま走っていくことだってできたはずだ」


                 「肉屋」
                  フンザ(パキスタンの北部)


 肉屋が来るというので、山道の途中の踊り場のようなところで、近所の人たちと待っていると、男が生きた牛を連れてやって来た。なるほど、大きく重い肉塊を持って歩くより、牛に歩いてもらった方が楽だな・・・
 で、その牛を切り株のところにつれて行き、石で頭を殴りつけて倒し、血抜きをし、肉塊を切り分け販売する、というシーンの直前の言葉。

 牛って「みとおし」はどれだけ持っているんだろう。また「未来についての想像力」は。もちろんそれが無いから「思い煩わず」生きていける部分はあるとしても、人間はその力を持ちたいな。


「いやなものはいやじゃ」のぼうの城

 Wikipediaによると、フンザは「風の谷のナウシカ」の「風の谷」のモデルである、という噂があるそうです。



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2013年05月04日のつぶやき
























































































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