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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年05月04日

朝日新聞の記事データベースで「自閉症」を検索してみた

 Togetterで

朝日新聞の記事データベースで「自閉症」を検索してみた

をまとめました。

 こちらにもエントリとしてまとめておきます。

 今日は外出して、大倉山の神戸市立中央図書館へ行って来ました。

 古い新聞を調べることができるはず、と。

 二階に見る部屋があります。

 神戸新聞、朝日新聞は3年分が公開。

 読売新聞、日本経済新聞は2年分が公開。
 あと1年分は書庫にあります。頼んだら見せてもらえます。

 毎日新聞、産経新聞、日刊工業新聞、デイリースポーツ、ジャパン・タイムス、ヘラルドトリビューンは1年分。

 あとマイクロフィルム。
 何新聞が何年分かは記録しそこねました。
 新聞を置いてある部屋にマイクロフィルムを見る機械があり、必要なところはA3用紙で1回1枚30円で印刷(コピー)できます。
 古い新聞だと紙面が少ないので1巻のフィルムに半年分とか入り、最近だと紙面が多いので、もっと少ない日数分になるのかな。で私
「神戸新聞、昭和40年11月頃」って書いたら「頃は困るんです。『いつ』と書いてもらわなきゃ」と言われました。しかし・・・半年分とかどこが区切りかわからないし・・・みたいに思ったんですが、11月と書いて出したらちゃんと11月1日からの分を貸し出して下さいました。

 まずは機械の使い方の講習を受けます。結構めんどくさい。そして何よりめちゃ目が疲れます。また当然検索機能は無いし、これでいろいろ調べるのはたいへんだわ・・・

 なお昭和30年(1965年)の神戸新聞には

・台風23号で大きな被害を受けた玉津中学の校舎がまだ復旧できない。

とか

・よい子の表彰。友生養護学校に掃除に行っている小学生。

とかの話題がありました。

 あと1面だと日韓法で国会牛歩戦術だとか、外事ではスカルノ大統領が怒ってるとか、中ロ関係が悪そうとか、社会面だと暴力金融だとか、が載っていました。

 三階では「パソコンの画面で朝日新聞は創刊から全部読めます」とのことでした。「神戸新聞は?」とお尋ねすると「神戸新聞はちょっと・・・」とのこと。行ってみたら何のことはない、朝日新聞社の「聞蔵II」というデータベースにログインできる、ということ。なるほど、神戸新聞ではちょっとこれは作れないか・・・

 でいろんな見方ができるのかもしれませんが、私は朝日新聞のデータベースで「自閉症」で検索し、どんな記事が出てくるか見てみました。1996年以降で調べると、数が多すぎて挫折。しかも検索した中で一番古いのに飛べない。新しいのから順番に見ていかないといけないのでやり方に工夫が入りますね。

 で創刊から1995年までで検索かけてみたのかな。
 さすがに20以内の記事でおさまりました。

するとデータベース上の初出は1963年4月24日。しかし、これは「読者/応答室から」という読者の質問に答えるコーナーなので元記事があるはずだが・・・

 あっ、しまった。そういや朝刊だけで検索したんだ。だから「元記事」を検索できなかったのかな。

 でその記事の読者の質問。

「評価された日本の育児法の記事に出てくる
 『幼児自閉症』について説明して下さい」

 回答。

「(前略)
  カンナー(米)という学者が1943年に発見し、幼児自閉症と名づけました。
 (中略)
  このようなこどもは母子の人間的接触の不十分な、いわゆるインテリで、
 冷たい家族に多いといわれ、それぞれの発達時期に、正しい母子関係が保
 たれなかったことからおこるものです。
 (中略)
  治療は母子ぐるみの心理療法を主として用います。資質よりも環境の因
  子が強いので、適切な心理療法でなおすことができます」

 こんな時代もあったねと・・・という感じですね。1963年4月24日ですもんね。

 なんか・・・最近の「親学」関連のことが思い出されます。

 1991年7月30日に広島の「風の子学園」の施設長が2人の子どもをコンテナに放置して殺したという容疑で逮捕された記事もありました。記事は7月31日。

 この後姫路の教育委員会がドタバタしてる記事もあります。

 で、この学園「登校拒否や自閉症の子どもを自然の中で立ち直させる」とうたってたんだな・・・登校拒否だけかと思っていた・・・なお、関連記事のコメントで小児精神医学の平井信義大妻女子大教授が「登校拒否は親の過保護や過干渉が原因」と言い切ってる。

 で、この件をTwitterでつぶやいた後で、ちょっとひやっとしましたが・・・権威ありげな人の「悪口」を書いたみたいになってるから・・・

 平井信義氏をWikipediaで調べると2006年にお亡くなりになっていました。
 1941年東京帝国大学卒。
 1944年東北帝国大学医学部卒。
 小児科医。
 1970年御茶ノ水女子大定年退官。
 1990年まで大妻女子大教授。
 ものすごくたくさんの育児書を書いてはります・・・大きな影響がありはったやろなあ・・・

 で・・・「ウィーン大学でハンス・アスペルガーに学び、自閉症を研究した。」

 ・・・・


 
 

本日 5月4日(土曜日) おめめどう篠山講座 第2回「感覚の違いとその対応」

2013年度、1年かけて、自閉症スペクトラムの定義とその特性(11 に分けて)のご説明をします。よかったら、連続してご参加いただくと、より深く理解できると思います。1回ごとの参加もOKです。

 前半は、初めての方にも、わかりやすく自閉症スペクトラムの障害特性のお話をします。
 後半は、Q&A(直接相談)から、考え方や手だてを共有していきます。
 グッズの展示紹介もあります

◆日時:5月4日(土)
    開場:13:00
    開演:13:30〜15:30


◆会場:篠山市生涯学習センター 2階 研修室

地図

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◆講師:株式会社おめめどう  奥平綾子

◆参加費:2000円

◆定員:20名

◆対象:自閉症スペクトラム(発達障害)ついて学びたい、
    基本的な考え方手だてを身につけたい人は、誰でも
    診断はされたけど、自閉症スペクトラムってどうい
    う障害なの?と悩む親御さんや、自閉症児・者の担
    当になった保育士、教員、支援者の方には、特にお
    勧めです


篠山講座へのお申し込み・お問い合わせは
   株式会社 おめめどう
669-2223兵庫県篠山市味間奥190-8
E-MAIL haruyanne@omemedo.tanba-sasayama.com
TEL&FAX 079-594-4667
ラベル:講座
posted by kingstone at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | おめめどう・視覚支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5月4日(土曜日) 自分の手と足だけで岩に登ること、それがフリークライミングである

 おはようございます。

 いい天気です。遠くは少し霞んでます。


ーー「サバイバル登山家」 服部文祥著 よりーー

「自分の手と足だけで岩に登ること、それがフリークライミングである。行為としては単純だ。だが、そこには単純な見た目以上に美しくかつスピリチュアルな思想が隠されている」


                 「満ち足りた世代」
                  東北の藪山・北鎌尾根・K2・小川山

 そう。単純に「面白い」だけでなくスピリチュアルなんだよね。まあそれ以前の岩登りが岩の割れ目に鉄でできたハーケンを打ち込む(必然的に割れ目を傷つける)であるとかボルトを岩に穴を開けて打ち込む、などの「物」を使うだけでなく、相手(岩・自然)に対して侵襲的と言ってもいい態度だったことへの反省があるのだけど。

 しかしスピリチュアルな面もあることは間違いない。そう思想的であるだけでなく宗教的。で、またより繊細な感覚を研ぎ澄ましたり、修行(練習)したりすることも必要。それがまた楽しいんだよね。(時に苦しかったり、スリルがあったりするのだけど、それも楽しく面白い)

 でも実は裸で登るわけではなく、F1のタイヤの技術を応用した摩擦の大きい靴だとか、「いいグッズ(アイテム)」を使ってたりするんだけど・・・(だから本当の生身の身体だけではない)

 しかし、この「(一見)生身の身体をよし」とする価値観は、ほんと宗教的な側面がある。

 これがフリークライミングの世界の楽しみだけならいいんだけどね・・・

 自閉症や発達障害の人とのコミュニケーションならどうなるだろう。自閉症や発達障害の人とのコミュニケーションってやつは、まさに「美しいが一般の人が登るのをはねつける岩の壁」の側面がある。

 しかし、登頂不可能か、ってったらそんなことはなくてそれこそ生身でもできる人はいるだろう。本来の資質があってすぐできちゃう人だけでなく、修行をすればできるようになる人もいる。そしてその修業は実はなかなか楽しい。で、できた人は他の人に「なぜやらないの?」と言う。

 でもね・・・それ、すごい情熱をかけた日々の修行が必要なんだよね。で、必然的に「誰でも(あるいは多数が)できる」にはならない。で、ものすごいコストがかかるもんなんだよ。

 で、そうなるとその修行者さんの満足は大きいかもしれないけど、自閉症や発達障害の人の社会参加とか考えた場合、めちゃむつかしいことになる。あるいは「カリスマに頼る」しかなくなる・・・

 そこにおめめどうグッズがあると・・・簡単に登れちゃう。そしてコミュニケーションできた喜びもあり、登る人、登られる岩の壁、みんなうまくいく。それをたくさんの人が体験できる。しかし・・・それは実は人々のスピリチュアルなものを否定しちゃう面があるから相手から激しい攻撃を引き出してしまう場合がある。

 まあそれにまともにぶつかっていては、血で血を洗うというようなことになりがちやから、「簡単さ」「楽しさ」を明るく、スピリチュアルな面にはふれない浅い場面を中心に、お伝えしていくしかないんやろな。しかしやってるとめちゃスピリチュアルな面(自閉症や発達障害の方からの)も出てきたりして、それは鳥肌が立つほど感動するもんなんだけど。

   追記 おっと、これを書いておかなきゃ。私は「(一見)生身の身体をよし」とする
      考え方を「宗教的な側面がある」と書いて貶めようとしたのではありません。
      「生身でなくてもいいじゃん」「グッズを使ってもいいじゃん」も同様に思想
      であり、宗教的な側面があると考えています。要は思想・宗教としては等価な
      のです。で、しかし、宗教対宗教の戦いにしちゃうと、血で血を争う、という
      ことになりがち、ということを言いたいわけです。「どう共存するか」と同時
      に、特に自閉症や発達障害関連のコミュニケーションについては、圧倒的に
      「生身でなくてもいいじゃん」はマイノリティなので、それこそ辻説法してい
      きたいと思ってるわけですが。



posted by kingstone at 05:41| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月03日のつぶやき








































































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