「あるお子さんの担当者を曜日によって代えてもいいものだろうか?」
と質問されました。ひょっとして言われた方には答えがあったかもしれません。何も考えずに私の口から出た答えは
「そりゃ理想的には代えた方がいいでしょう」
その場におられた方全員(?)が「えっ??」と思われたようです。
で、そのあとやっぱり何も考えずに私の口から出てきた理由は
1.担当者個人の資質にまかさず「そのお子さんにうまく合うシステム」を構築する。
2.担当者が2人になれば
「あの子、こんな面白いことしたよ」
「こんないいことあったよ」って話し合えるし
「今、こんなことやってるけど、今度どんな教材したらいいかな」
とか話し合える。
つまり「チーム」で仕事ができる。
いやあ、我ながら、ようこんなことがするすると口から出てくるなあ、と思いました。
これは以前から考え詰めてる「一人のカリスマの濃厚な支援に頼るのでなく、多くの人からの薄い支援を」ということにもつながるし。
で、実際に「曜日ごと」では無いけれど、1998年9月以降、私は特別支援学校のわがクラスをこんなふうに回していました。
A先生自立課題学習4人担当 B先生1人担当 C先生1人担当 D先生1人担当
でこのA→B→C→Dを2週間ごとにローテーションしていくのね。
もちろん、通知表を書く(個別懇談をする)担当は固定されているわけですが、授業担当は回していたのですね。(なお上記のうちお一人は通知表も書かないし、自立課題学習もしてません。教師ではなかったので)
「資質ある人」に任せるってのは、「あの子は私でないと対応できません」とか「あの先生は能力が無いから無理」とかいう話になるんだけど、そーゆーのってすごく変だと思うんだよね。
それからよく「A先生なら対応できるけど、他の人は無理」とかいうことがあるけれど、もちろん現実問題として「今、そうでしかしえない」ということはあるとして、しかしその「A先生は指導力がある、素晴らしい」とか他人が思ってしまうのは仕方ないとして、もしA先生がご自分でそう考えるとしたら、それは違うと思うし逆に「とても困った先生」だと思う。他人にどうしたらそのお子さんを理解してもらえるか、関わってもらえるか、を考えてないんだから。
でまた、そんな状態だったらA先生、安心して休めませんやん。
まあもちろん人間と比べればすごく単純な「パソコン部品」にすら「相性問題」は存在するので、人間関係にも「相性」は存在するだろうけれど、その影響は最小にするように私なら考えていきたいな、と思います。