薄曇りです。で、少し日が差しています。
ー秋月龍a著 一日一禅より kingstoneちょい変えー
陸亘大夫は師の南泉和尚と話をしていた時に言った。
大夫「肇法師に『天地と我れと同根、万物と我と一体』という語がありますが、ほんとうにすばらしい言葉です」
南泉「大夫」
大夫「(ふり向く)」
南泉「(庭の牡丹を指さしながら)時人見此一株花 如夢相似(時の人、この一株の花を見ること、夢の如くに相い似たり。世間の人は、この一株の花を見てもまるで夢でも見ているようだ」
太公望は意あって(人物を待つ思いがあって)釣り糸を垂れている。
講師は意なくして(無心で生きて)麒麟が現れた。
有功用(はからいが残る)
無功用(無そのものの働きとしての妙法)
ものすごく浅い例だけど、ある自閉症のお子さんの行動を見て「ちゃんと音声言語がわかっている(そういう夢を信じたいんだよね。その人は)」と判断するのと、「(細かく)こちらのどの動作で理解し、音はどこのきっかけになっていて・・・」とありのままに判断するのと、の差を思ってしまった。もちろん、これはめっちゃ浅い部分なんだけど、それですらそうなんだ、ってことで。
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