これをどういう本と紹介したらいいんだろう。
「うまくいった」
という話ではなく(いや「うまく」いきかけたのだけど、時代の波に翻弄され、しかし最後はある程度ハッピーエンドかな・・・いや、まだまだ「真っ最中」の話ではある)やりきれない思いをする部分もある。
しかし私の興味関心にものすごくフィットする本でした。
画像も叱られない程度に引用します。
マイケル・ビッツ
2001 ニューヨーク市の中学校でコミックブック・プロジェクト(CBP)を立ち上げる。
コロンビア大学TeachersCollege(教育学大学院)と
ダーク・ホース・コミックス(手塚治虫や大友克洋作品の翻訳出版をしている)の
援助を受けた。
2012年現在の肩書き
エデュケーショナル・パスウェイ・センター主宰
ニュージャージー州立ラマボ大学識字・教師教育助教
コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ音楽教育特任講師
マイケルはいろんなことをやっているんだけど、CBPは小・中学生用の活動として出発している。すると
2004年の学年が始まってすぐ(9月かな?)レベッカ・ファビアーノから、マーチン・ルーサー・キング・Jr.ハイスクールにコミック・ブッククラブの設立ができないか相談メールがやって来る。
そこからの顛末を語ったのがこの本。
ビッツは狂言回しという役かな?そばで見ていた人?もちろんコミッククラブプロジェクトを主宰していたけれど、当時はアメリカン・コミックスしか知らず、高校生たちの好きなマンガを読んでびっくりしたそう。しかし活動する人たちに有形・無形の援助をしていきます。
マーチン・ルーサー・キング・Jr.ハイスクール(MLKHS)の紹介
マンハッタンのアムステルダム街66丁目にある(あった。今は解体されてしまった)
ここには2つの高校があり、1つはラ=ガーディアン芸術高校(映画「フェーム」のモデルみたい)
これかな?
データは2005〜2007年度バラバラ
MLKHS ラ=ガーディアン芸術高校
英語習熟力に劣る者 ? 1%
無料・割引昼食券利用者 63% 17%
平均成績 13.2/30 27.7/30
しかしMLKHSの荒れようは半端じゃないです。
1990年 ある生徒が校内で15歳の生徒のお腹を銃で撃った
1992年 校舎の外で2人の生徒がパイプとナタを持ったギャングに襲われた
1997年 トイレで13歳の少女に暴行したとして6人の生徒が告発される
2002年 銃撃で2人の10年生(高1にあたる)が重体。その他暴力事件頻発。
2005年 市教育局は同校の閉鎖を決定。
「ニューヨーク市の教育現場における暴力・破壊事件年次報告 2005-06年版」
によると「武器を使用した不注意な事故」から「武器を使用しない深刻な肉体に対する攻撃」にいたるまで、校舎内で起こった暴力のデータを記録している。(しかしもちろん氷山の一角)
現在マーチン・ルーサー・キング・Jr.エデュケーショナル・キャンパスとして
6つの高校に分かれる。
法律・弁護・地域正義のための高校
芸術工科高校
マンハッタン/ハンター科学高校
メディア研究のための都市集合高校
芸術・想像・調査研究のための高校
マンハッタン演劇実習高校
これは「小さな学校(別にだから6つに分けたということではなく、
「小さな政府」と同じく予算節減)政策」によるものだが、筆者の
見解としては助成金の取り合いなど、決してうまく機能していない。
なお原著が書かれたおり(2009?)のニューヨーク市の高校卒業率は45%
活動を支えた大人たち
レベッカ・ファビアーノ
う〜〜ん、MLKHSでいろいろな助成プログラムなどを引っ張ってきて、高校生の生活・学習をなんとかしよう、という立場にいたのかな。どういう役職名になるんだろう?
1999 リンカーン・スクウェア事業改善地区から得た補助金を使って
オープニング・ドアーズ・アンド・ビルディング・ブリッジズのプログラムを立ち上げる。
以後7年間管理。
75名の参加者から何千名もの10台の若者に影響を与えるようになる。
目標「社会的支援および学業支援のための砦を築くこと」
具体的には「放課後活動」を作り出す。
・投資クラブ
・詩の公開討論会
・生徒対先生のバスケットボールトーナメント
・スノーボードクラブ
・コミュニティ内の借り物競争マジカル・ミステリー・ツアー
・コミュニティが賃金を払うインターンシップ
(コミュニティでは「ここ(MLKHS)は呪われているようだ」と言われていたのに)
・ロックバンド(他の人なら以下の理由で断っただろう。
・プログラムのお金が無い
・楽器が無い
・顧問がいない
・校長の許可が無い
・音を出す場所が学校に無い
しかしレベッカは生徒に責任を果たさせつつ実現する)
2004 マイケルにメール。初めて会った時に握手するとすぐ
「いつから始める?」
「部屋を押さえ」「必需品を用意し」「参加予定生徒のリスト」もできていた。
始まると、よくクラブ活動の様子を見に来た。
・特殊なマーカー(サインペン)が必要であれば注文
・書きためておく物が必要とみればスケッチブックを手配して配る
・生徒がマンガの歴史を知りたければコミックス・カートゥーン・アート美術館への研修企画
・生徒の作品に興味を持って説明してもらう。しかも
「もしあなたが有名なコミックス作家で、『ローリング・ストーン』から
インタビューを受けていても、そんな答えなの?」
とか言いつつ。つまり大人あつかいしてるわけね。
半年ほど過ぎ(2005始め?)放課後活動に携わる人たちに宣伝を始める。
TASC(ニューヨークの放課後活動を支援している非営利組織)の人々が訪問。
資金援助を申請すると1000ドル(当時だと10万円くらい?)提供してくれる。
2005(9月頃?)バーンズ&ノーブル書店(たぶんたむろするMLKHSの生徒に怒り、また
万引きする生徒に怒っていた店)に近い人とコネをつけイベントを開く。
作品発表だけでなく生徒が質疑応答する。
2名の生徒のCBP有償インターンシップを実現。
2006 辞職。(ニューヨーク市教育局の「小さな学校政策」に反発。
しかし後任を探すのに尽力)
2008 「フィラデルフィア青少年ネットワークのための戦略的パートナーシップと能力形成」の上席課長(シニアディレクター)
2011 フィラデルフィア・コミュニティカレッジで「青少年の就労基盤」という課程の外部教授
フィル・ディジーン
フィルはMLKHSの美術教師。もともとチェス部の顧問。
しかし、もともと子どもの時からコミックスを集め、自分でも描いていた。
中学の教師が彼の才能に気づき、ラ=ガーディア芸術高校に進むことを勧め、合格する。
これで彼は不平と不満を抱えたブロンクスの子どもの異端者から、有能な芸術家に変わった。
そして高校時代はMLKHSの生徒が喧嘩をふっかけてくるのから逃げようと神経を尖らせていた。
2003年 MLKHSの美術教師になってしまう。
最初の授業で、紙と鉛筆を配り授業を始めようとしたら
「描けねえ!」という叫びとともに全ての物が空中を飛び交った。
しかし彼は生徒たちの物語に耳を傾けていった。
2004年 レベッカからコミック・クラブの起ち上げに協力を頼まれるとふたつ返事で引き受けた。
みんなが自分でできる手順を考えだす。
まず始めに短い話(5分)
その後はそれぞれが自分に必要なことをする。フィルは個別に応じる。
描くことの苦手な生徒には「棒を描くだけでもぜんぜんいいんだから」
そして技術がある生徒には厳しく。
生徒から信頼を得、またコミックス作りに無償の仕事もした。
アニメ・クラブの顧問もした。
2008年 学校(というより当時の校長)は彼の職を解きニューヨークの教員が
「ゴム室(ラバールーム・拘禁部屋のことだろうな)」と呼ぶ再就職センター
に入れる。(教師に適さない人材と教育委員会に目されたわけ)
しかし生徒たちと連絡を取り合っている。
2010年 コミックブック・クラブ同窓会を開く
2011年現在 ニューヨーク市の美術教師として復帰している
パトリシア・アヤラ
2001年 フルブライト特別研究員としてメキシコからニューヨーク市のティーチャーズ・カレッジに来る
美術教育学修士課程
この時、子どもも連れて来ている
2003年 子ども向けの本「マルコスの活動」出版。献辞は
「自由と公正の空気を一度も吸ったことのない世界中のすべての子どもたち」に
2004年 コミックブック・プロジェクトにアシスタントとして参加
ニューヨーク市にいくつもある現場の運営責任者になり、MLKHSのクラブ活動も手伝い始める
生徒たちのお姉さん的存在になり、奨学金の申込用紙に親が署名してくれないとか
があればはるばる出向いたりした。
MLKHSで「探検家」クラブを立ち上げ、美術館、コミック・ショップ、大学などに引率して回った
娘アレッサンドラもまたMLKHSの活動について行き、母子の絆を深めた。
2011年 コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで芸術教育に関する博士課程を終えた。
博士論文「コミック・ブックと自己実現の経験ー高校生たちとともに学ぶー」
現在メキシコのコリマ大学美術研究所で美術史を教えている。
コリマの小学生とのコミックブック・プロジェクトにも取り組んでいる。
参加した生徒たち
MLKHSの生徒たちは特にアメリカン・コミックスを軽蔑していた。(しかし、後で見るように、日本人の目からすればマンガよりアメコミに影響されている)例えばスーパーマン。
ある女子生徒が作り笑いを浮かべながら、こう言った。
「なるほど。この男があなたの方へ猛スピードで走って来ると。この青いタイツはいて、赤いマントつけて。体中の力をみなぎらせて。お分かり? 私だったら、『警官を呼んで!コイツを私から遠ざけて!』って叫ぶわよ」。
彼女は頭を振った。マンガを描いているスケッチブックに戻る前に、彼女は呟いた。
「スーパーマンは、あまりにもバカげてる」
スターダイシャ
創設メンバーの一人。高校が6つに分かれることに職員の頭はいっぱいになり、混乱した中で生徒が何の支援も受けられないで腐っていたが、描くことでみんなのリーダーになる。校内でフォトショップで色をつけることを始めた。学校をドロップアウトする危険もあったがマンガ・クラブが卒業へと導いた。またそれが他の生徒のモデルともなった。
2011年現在 テキサス州ダラスでアート・インスティテュートに通い、自分でコミック・クラブを立ち上げ賑わっている。
スターダイシャの作品の一部

C-ウィズ
時々ふらりとやって来る神秘的な生徒。スタッフたちも出席率の悪さはおおめに見ていた。(ってことは他の生徒には「休んじゃダメだよ」とか言ってたんだろうな)
C-ウィズは2005年のある日、ビッツにこう尋ねた。
C「あなたの影響力ってどのようなものですか」
ビ「自分が持っている影響力には確信が持てないが、若い子が将来大きな影響力を持てるように、子どもたちの機会を増やそうとしている」
C-ウィズは目をほぼ閉じて、数秒後に反応した。
「それは僕のために上手くいっている。あなたの影響力をずっと感じています」
彼は微笑んで、ビッツと握手した。
2011年 探しだせなかった。
C-ウィズの作品の一部

エリック
どのクラブにも入っておらず、放課後になるとオフィスの周りをうろつき、揉め事を起こしたり喧嘩をしたりしていた。しかしその時の彼の目をレベッカは「助けを求めるような目」と「僕のことを見てくれたよねーどうか僕を助けて」と訴えているみたいだったと述べている。
レベッカとフィルがクラブに誘ったが尻込みしていた。
やっと来てから、エリックは暴力的なシューティングゲームそのものの絵を描き続けた。しかしフィルがそれを説明させているうちに声が小さくなり、暴力を描かなくなった。
彼はアーティストとしてだけでなくプロデユーサーとして活躍するようになった。
レベッカはエリックのためにインターンシップを確保した。クリーブランドの小中学校から送られて来る絵をひたすらスキャンしウェブに載せることができるようにした。
2005年 ヴァーモント州ホワイト・リヴァー・ジャンクションにある
カートゥーン研究センターでの夏季ワークショップに行く奨学金を獲得する。
ヴァーモント州から帰ってすぐに家族とフロリダに引っ越してしまう。
2007年 軍隊に入りイラクへ。レベッカに「コミックスを何冊か送って下さい」とメール。
アフガニスタンでの勤務を経て除隊。
2011年現在 フロリダの小売店で正社員として働きながらコミュニティ・カレッジに通っている。
エリックの作品の一部

サマンサ
マンガが大好きだった。また日本流のマンガについて語るブログを綴っていた。
お金をかき集めてマンガやアニメのコンヴェンションに参加し、同人誌を売り、コスプレを楽しんだ。
2008年 ボルティモアの「オタコン」(!)に参加。
両親との間が危機的になり、サマンサが進んで、保護が必要な未成年者としてニューヨーク市に申し出た時、いつ学校をやめてもおかしくなかった。
しかしMLKHSを4年間で卒業できそうなところまでいき、夏休み中に登校し、卒業証書を手にした。しかし大学に入る計画は延期せざるを得なくなった。
2011年現在 ニューヨーク市のおしゃれなレストランの一つである「シェイク・シャック」の調理場で長時間働きつつマンガを描き続けている。
サマンサの作品の一部

キース
母が薬物中毒。母の恋人がキースを虐待してもほっておいた。その後里親の家から家へ渡り歩いた。
MLKHSに入った時、体も小さくかっこうのイジメの対象だった。しかしコミック・クラブは里親からもイジメっ子からも安全な場所だった。キースの技術は急速に進歩した。
2006年 ヴァーモント州ホワイト・リヴァー・ジャンクションにある
カートゥーン研究センターでの夏季ワークショップに行く奨学金を獲得する。
そして最後の年、彼は立派で物静かなリーダーとなる。
18歳の誕生日、彼は里親から家を放り出された。養育費をもう貰えないから。
数ヶ月後痩せ細ったキースが姿を見せた。フィルとパトリシアが毛布と食事を渡した。そしてパトリシアの尽力でティーチャーズ・カレッジを通して彼を「雇った」
2009年原書出版時 連絡は取れていた。彼の作品を本書に載せるための契約書にサインをしてもらう時、彼は興奮していた。しかしその住所欄には「?」と書かれていた。(ホームレスになった)
2011年現在 本書に出てくるレジーと「プラチナ・エイジ・メディア」というメディアとエンターテインメントの会社を立ち上げ、驚くほどうまくやっている。
キースの作品の一部

その他にもたくさんの生徒の話が出てきます。生徒たちがマンガを作ること、クラブを運営していくこと、で育ち、学んでいく様子がよくわかります。たぶんこのクラブが無ければ学力的にも低いままに置かれた生徒たちじゃなかったろうか。
まあここらへん、「教科学習をしろ」というような意見も場合によっては本当なんだけど(例えば糸川博士がロケットを飛ばしている高校生に「そんなことやってるより数学勉強しろ」と言ったみたいに)、MLKHSみたいなところではそうでない方法が大事になってくるのじゃないかな。
しかし・・・作品を見て思うのは・・・やっぱり日本ってマンガのレベルはメチャクチャ高いんやなあ、ということ。これ、例えばブラジルの小学生のサッカーの平均的レベルが高い、みたいなことなんやろなあ・・・
なお、部員たちお気に入りのマンガのリストがあるけれど、ほとんど私は読んだことが無い(^_^;)
「鋼の錬金術師」「CLOVER」「ツバサ」「あぁっ女神さまっ」「おとなにナッツ」「カンタレラ」「D.Gray-man」「プリティフェイス」「NARUTOーナルト」「子連れ狼」「LOVERESS」「BREACH」「攻殻機動隊」「放課後保健室」「グラビテーション」「スキップ・ビート!」「エア・ギア」「天は赤い河のほとり」「モノクローム・ファクター」「らんま1/2」「JAZZ」「FREE COLLARS KINGDOM」「YELLOW」「月のしっぽ」「るろうに剣心」「BLACK CAT」「NANA」「Paradise Kiss」「ゴッドチャイルド」「シュヴァリエ」