私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年03月14日

11.おめめどうが大事にしていること

 では、じゃあ自閉症や発達障害の人とのコミュニケーションのとり方や配慮する点・注意すべき点についてです。主として私が現在フェローをしている「おめめどう」のことを伝えます。

 おめめどうで大事にしている考え方
 順不同です。

◯見えるコム

 見てわかるようにして伝え合う。これは周囲から本人さんに対しても、本人さんから周囲に対しても。本人から周囲に伝える時も、何か見える手がかりがあったほうがいいです。しかし時には自閉症の方が音声言語を使う時もありますが、それは本人の選択であればいいのです。(ただし、本人がわかって言っているかどうかは注意深く見ていく必要があります)

◯みとおし(月日・時間・時刻・順)

 時間の流れを「見てわかる」ようにすることです。月や日のカレンダーも、スケジュールなどのみとおしも、そして作業手順なども、すべて時間の流れを「見てわかる」ようにすることと言えます。

◯選択活動

 自分で選ぶことが大事ですね。周囲が良かれと思って選ばない。ほんと、「プリン」と「ヨーグルト」みたいなところや、「今日着る靴下」みたいなところから始めていいと思います。
 そして選択というのは「何かを得て」「何かを失う」ということ。人生は自閉症かどうかなんて関係なく選択の連続です。

◯視覚的・具体的・肯定的

 「視覚的」というのは「見てわかる」ということですね。
 「具体的」は例えば具体物を使ったり、「見える」絵を使ったりということもありますが、音声言語でも一緒です。
 「責任持ってやってね」って言われても「はてな?責任って何?頭に絵が浮かばない!!」となります。しかし「(指さしつつ)この段ボール箱を(指さしつつ)あの机の上に置いてね」だと絵が頭に思い浮かびます。 
 「肯定的」これは「ダメ」でなく「イイネ」を、ということでもあるのですが、実は「イイネ」も言わなくてもいいくらいになります。相手のやることを黙って見守る(見る必要も無いくらいですが)のも肯定的ですね。

◯杖の役割

 これは是非書籍「杖の役割」を読んで下さい。

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 しかしそこに書いている以外に私の考えていること。「杖は説教せん。ただあるだけ」
 杖は使っている人に対し「はよ歩かんかえ」とか「もっと姿勢よくしろ」とか説教しません。ただサポートしてくれるだけです。

◯本人に聞く(見えるかたちで)

 「本人に聞く」と言うと「ああ、音声言語で聞いたらいいのか」と勘違いする方がおられるかもしれません。それは違います。やはり「見てわかる」ものを用意し、相手に何を尋ねているかがはっきりするように尋ねて下さい。

◯ひとりで(自分で)できる

 いやうちの子できひんし、と言われるかも・・・しかし、まず「今ある力で」何ができるかを徹底的に考えましょう。グッズも使っていいだろうし。いろんなやり方が考えられると思います。
 その上でどうしても人手が必要だという時、それはヘルパーさんの利用なども考えましょう。
 親御さんが何でもやってしまう、というのはいろいろと弊害があるかも。
 例えば、私には80を越えた母がいます。私は障害のある方との関わりについては割と訓練されている方だと思いますが、母に対する時は無茶邪見ですし、いらんことをいっぱい言ってしまいます。親子ってなかなか難しいです・・・(^_^;)

◯自発

 余計なことはしない。自発を待つ。
 例えばTEACCHでも、本人さんの表現コミュニケーションについて調べる時、本人から自発したもの以外はデータとして取りません。周囲から話しかけたり、働きかけたりしたことに対し、何らかの音声言語を行ったり、行動したり、とかいうのは取らないのです。そのくらい自発を大事にしています。
 おめめどうでも同じことです。

◯自己責任

 小泉純一郎総理を思い出しますが、そんなむつかしい話ではないのです。
 例えば「プリン」と「ヨーグルト」を示して、いつも「プリン」を選んでいたお子さんがいたとします。で、ある日、たまたま「ヨーグルト」を選んだ。ここで「何言うとん。あんたいつも『プリン』でしょ。はい『プリン』を食べなさい」なんてことを言う必要は全然ないわけです。
 で、お子さんが「ヨーグルト」を食べたが、ものすごくまずそうな顔をして一口でやめちゃった。
 この時も「ほら、そやから言うたでしょ」なんて言う必要はさらさらない。
 お子さんは「ヨーグルト」を選んだ。そして「まずかった」その責任を引き受けたらいいだけです。(「選んだのだから全部食べなさい」も言う必要は無いですね。まずいものは残す、というのも大事なスキルです)
 次にはそれに懲りて「プリン」を選ぶかもしれない。しかしまた「ヨーグルト」を選ぶかもしれない。(こういう場合も結構あります。そして、また一口でやめちゃったり)
 そして、自閉症の人に限らず、障害のある方はこの自己責任をとらせてもらえないことって結構あるような気がします。

◯関係性

 「関係ができてからあれこれする」と考える方が昔は多かったです。しかし、関係は「わかるやりとり」をやってこそ生まれてくるものです。もちろんそれは同時進行していくものです。

「TEACCHと人間関係」

「特別支援学級に赴任してまずやったこと(人間関係を作るとかじゃなく?)」


12.おめめどうの「見てわかる」やコミュニケーションサポートの商品



愛・関係・人間関係・診断名 主として自閉症の人との関わりから


10.自閉症や発達障害と虐待の関係

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。


 自閉症や発達障害と虐待の関係

 2003年に虐待に関するシンポジウムがありました。その時、あまりに発表者全員が「子どもは悪くないのに虐待される」というのに違和感があって質問しました。おおむね2点。

1.別に子どもが悪くったっていいじゃないか。というか悪くたって虐待されないというのが大事だろう。

2.それから虐待でADHDみたいな行動になるというが逆ではないか。ADHDであり、親も子も同じ障害だから虐待と見えるような行動になってしまうのではないか。

 そしたらもう一斉攻撃という感じでした。「子どもが悪いって何を言うんだ!!」これは複数のシンポジストから。

 私は「子どもが悪いから虐待されるのだ」とはひとことも言ってませんが。また「障害が悪いもの」ともひとことも言っていません。私にはそういう価値観は無いし。

 また虐待と障害に関する私の見解に対してはこれはお医者様が、まだこれからの研究に待たないといけない、ということでした。

 で、現在2012年段階では虐待、そしていじめ、不登校、引きこもり、ニート等の背景にかなりの割合で自閉症や発達障害があることは、現場の者にとってはもう常識になっています。全部とは言いませんがかなりの割合です。(論文として出ているかどうかは知りません)

 で、ここで大事な話をしておかなければなりません。さきほどADHDが家族代々あって虐待と見える行為をしてしまう、という場合もあることを言いましたが、自閉症スペクトラムも「何でなるのか」という原因は特定されてはいませんが遺伝が大きく関係していることは確かです。ですから、やはりアスペルガー症候群の人のお子さんにカナータイプの自閉症のお子さんができることも多いのです。

 1943年にカナーが自閉症について発表したわけですが、1949年に愛情薄い親のせいではないか、というような論文を発表しています。これは育て方によって自閉症になったのではないか、と匂わせるような論文でした。そして一般的理解もベッテルハイムも育て方のせいにしました。実はこれは因果関係、原因と結果が逆なのです。愛情薄いという言い方がもともと変なんですが、論理的な部分で優れていて、人の表情を読んだりするのが苦手だったり、「なになにちゃ〜〜ん」みたいな関わりの苦手な親御さんから、その遺伝的な何かを引き継いで自閉症のお子さんが産まれる場合が多い、ということなわけです。

 で、今でも専門家の中に「ちゃんとしたことを伝えているのに、親がしよらん」といって親のせいにする人がいます。ちょっと待って下さい。親御さんも何らかの支援が必要な人だってだけなんです。で、専門家であるならば、それもこみでサポートしていく、自分一人でできなければ他の機関・制度も使ってしていくようにし、うまくまわるようにして初めてお子さんのサポートもできるわけです。

 それからよく「障害名で人を見るな。みんな人間なんだから」ということを言われる方がおられます。一般人で障害ある人に関わっていない人にとってはたいへん美しい言葉です。しかし特別支援教育に携わる者がこれを言う時、たいてい自分の不勉強の言い訳にすぎないことが多いです。また、なんかカッコよく聞こえて、「おれはこんなにすてきな人間やあ」と言いたいのかもしれませんが、例えばえらい人がこんなことを言えば勉強を始めたばかりの者は勉強しなくなります。

 でね、その対応がね・・・例えば脳性マヒで電動車イスに乗って移動している人に「お前も同じ人間やあ。だからその車椅子から降りて俺と一緒に歩け」と誰も言わないでしょう?あるいは視覚障害で全盲の方に紙に印刷したプリントを見せて「お前も同じ人間やあ。だからこの字読んでちゃんとせなあかんぞ」とは言わないでしょ?

 ところが自閉症や発達障害の人にはそれと同じようなことを平気で言う人が多いです。「言葉、音声言語がわかるようにしなさい」

 でね、やっぱりさぼりやなまけや反抗していると誤解して、叱りつけちゃったり、ひどいのになると暴力を振るったりしてしまうのね。しかし、そうしてしまう人でも「熱心」であったり「愛情豊か」な人である場合が多いことに気をつけて下さい。これまでの「精神科医」や「教師を育てる立場の大学教授」などがちゃんとしたことを伝えてこなかったことに起因する場合が多いので、現場の人、親御さんなどを責めることはできない場合が多いような気がします。

 あと大事なことですが、そうやって叱られることが多いし、自己肯定感が育たなくて、「俺はだめなんだ」と思ったり、二次障害としてうつなどの精神障害になる方も多いです。いじめにも合いやすいし。で、そんな二次障害を起こしてから、結局療育手帳では支援を受けられなくて精神障害者保健福祉手帳で、精神障害者としての支援を受ける、という形になる方は多いです。

 で、私は2003年頃からうつがひどくなってネタキリになっていきます。で休職し退職することになりました。で最近起きだしたので、その間に世の中変わったやろうと思っていたのですが、そうでもなかったようです。

 最近の虐待報道としては

大阪の知的障害児施設虐待事件続報(2010年4月8日)

知的障害児施設で虐待など441件 大阪市が改善指導(2010年4月14日)

11.おめめどうが大事にしていること


9.自閉症スペクトラムの話(発達障害について)

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 自閉症スペクトラムと発達障害

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 この横軸は知能指数、いわゆる知的に重いか軽いかというのを表していると思って下さい。ここが100。平均です。縦軸というか縦方向は何も関係ありません。ただ重なるか、重ならないか、だけを書いています。

 知的に重い方を自閉症、そして知的に軽い方をアスペルガー症候群と言います。この区別のポイントはIQ70とか75に置くことが多いです。でややっこしいのは高機能自閉症という言葉です。でこの人はアスペルガー症候群だ、いや高機能自閉症だと論争することがありますが、研究者さん以外には意味のない論争です。定義としては3歳以前に言語障害があったかなかったか、なんですけど、大事なのは例えば10歳、20歳になったその人の今のありようであり、どんな支援ができるか、だけなんですから。

 また広汎性発達障害というのがあります。これはめっちゃ広い概念で、自閉症以外、例えばレット症候群なんてのも入っています。

 しかし気をつけないといけないのは、「自閉症と言ってはいけない」という時代が長く続いていて、でお医者様や、なんちゃら支援センターの人が「自閉症と言うたら絶望させるから広汎性発達障害と言うとこ」みたいな配慮でばんばん広汎性発達障害という言葉を出した、ということがあります。また親御さんも「良かったあ。うちの子自閉症じゃなくて。広汎性発達障害やったんやあ」とか思って安心して自閉症の人に必要な支援をしないですます、という傾向もありました。あとね、自閉症と言わず「自閉傾向がありますね」とか・・・

 私が担任していたC君はおかあさんがTVの自閉症のお子さんのドキュメンタリーを見られて、「そっくりや」と思ってお医者様に行ったら、お医者様が診断書に「自閉症」と書き、しかし「お母さん、この子は絶対に自閉症じゃない。これは行政からの支援を受けるために必要だから書いただけ。絶対に自閉症じゃないからね」とおっしゃったとか。いやはや。これは1993年頃の話かなあ。

「就学前施設で」
 これ、1998年頃ですね。
 就学前施設の施設長さんは、私に対してかなり憤然と抗議する、という感じでした。

「超有名大学の超有名教授がやって来た」
 これは1999年ですね。

 逆の例をあげておきます。

「サポートブック」というエントリの中に
というエントリの中に「自閉症」という言葉を使うかどうかについていろいろ書かれており

「サポートペーパー4(「自閉症」から始めるか)」
のところでの髭のジャックと私とのやりとり

J「連絡帳には1日には必ず1度は自閉症という言葉を使うように。
 これこれのできごとがありました。これは自閉症のかくかくの特徴から来ていて、
 そこで私がこうしたらこうなりました、というふうに」
K「どへええ、毎日!!保護者に対してきつくないですか」
J「なぜだ?これは保護者への我々からの贈り物なのだ」

1999年8月です。

 今はこの「毎日1回連絡帳に『自閉症』という言葉を書くのは保護者への我々からの贈り物なのだ」というの、ものすごく私の腑に落ちています。

 まあ、でも昔、「自閉症と言ってはいけない」というのは「治す手段が無いから絶望させてはいけない」という変な配慮があったのは間違いありません。しかしTEACCHは1988年の時点では横浜でセミナーが開かれています。それから10年もたった段階でまだ自閉症と言ってはいけない、という風潮は強くありました。

 で、これは当時のTEACCHが非合法扱いみたいな感じだったことにも関係します。だから広がらないわけです。で、「自閉症と言ってはいけない。言わないまま何とかしよう」とするわけですが、現実には現場の人は困ってしまって威嚇と暴力に頼るようになっていたわけです。あるいはやたら人手に頼るとかね。まあ人手で押さえつけてるんですが。

 それからADHD(注意欠陥多動性障害)というのがあります。これは自閉症関連とは診断基準が違います。気がちりやすい、ってやつですね。で、これまたこの人はアスペルガー症候群だ、ADHDだとか論争してる人がいるんですが、わかってきたのは「どっちもある」ことが多いってこと。だから「今ここにいる人」に必要な支援をしたらいいだけなんです。

 それから学習障害。さきほどある大学のお医者様が「学習障害の疑いといって来られた人で学習障害であった例が一例もない」と言われた話をしましたが、実はお医者様の診断基準では「他のことはすごく能力が高いのに字で書いた文だけが読めない」とか「他のことはすごく能力が高いのに計算だけができない」とかいうのだけが学習障害なんです。ところが学校関係者はなんせ成績が悪かったら学習障害と言っちゃう傾向がある。で、実はその中にアスペルガー症候群の人もたくさんいたわけです。ってかほとんどがそうだったわけです。

 ちなみに学習障害で有名な人にはトム・クルーズがいます。「レインマン」の弟役の人です。



 右側の人ですね。最近だとミッション・インポッシブルの人です。この人は台本が読めません。だから録音してもらって聞いて覚えるそうです。

 で、こんな勉強をしてきてわかったこと。知的障害養護学校にいる子の半分は「自閉症」か「類するコミュニケーション障害」だということ。

 で、日本でもたいていの医師が頼りにしている、アメリカの診断基準DSMは今4なんですが、今度2013年に5が発表予定です。来年ですね。でそれが議論しながら改定作業が進められていますが、もう「広汎性発達障害」や「アスペルガー症候群」やそれから「自閉症」もなんですけど名前を無くしてしまおう、という案が強くなっています。

 で「自閉症スペクトラム障害」に統一しようとしているわけです。

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 私自身はこれはいいことだと思いますが、アメリカでは、現在支援のあるアスペルガー症候群の人への支援が削られるのではないか、との危惧の声も上がっています。(日本では現状、支援は無いと言っていいので、逆に支援が厚くなるかもしれません)

 で、確かに自閉症と呼ばれる一群の人たちがいるわけですが、その原因はわかっていません。たぶん脳のはたらき方が「自閉症ではない人」と違っているのだ ろうと考えられています。少なくとも親の育て方でなることはありません。

 で、ちょっと虐待に関するエピソードを話します。

10.自閉症や発達障害と虐待の関係

8.いろいろな人がいるのだという話

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 いろいろな人がいるのだという話

 またええ加減なチャート図です。

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 養護学校に来ている自閉症の人はかつてはだいたい赤線あたりなのでした。(最近はカナータイプばかりではなく過去なら通常校にいたアスペルガータイプのお子さんも増えて来ていますが)

 自閉症がたいへん有名になったのはダスティン・ホフマンの映画「レインマン」からです。



 左側がダスティン・ホフマンです。

 これでアメリカやオーストラリアなど英語圏の人は自閉症がどんなものか知ることができました。レインマンの主人公もそのモデルになった人もこのチャートで書けば青線(もうちょっと黄色線よりかな?)あたりなんですね。

 で「自閉症の人は得意なことと不得意なことが極端に別れている」という理解にとどまればよかったのですね。ところが「自閉症の人には不思議な能力がある」に焦点があてられちゃった。例えばレインマンでは落ちたマッチ棒の数を一瞬で読み取ったり、カジノでトランプのバクチをする時に、どうしたら勝てるかを読み取ったりとかの才能が描かれています。

 また、チャートで言えば黄色線のような人もいるわけです。

 自閉症の概念がはっきりしてきて、昔の偉人のエピソードを調べてみると、あれれ、あの人も自閉症じゃん。あるいは自閉症スペクトラムのひとつであるアスペルガー症候群じゃん、ということがわかってきます。

 この絵本「みんなとちがったひとたち」は自閉症あるいはアスペルガー症候群の偉人がたくさん出てきます。



 みなさんのよく知っているところでは、ニュートンやアインシュタイン。

 で、いろいろ調べてみると、「世の中を変えた」と言われるような発明発見は自閉症やアスペルガー症候群の人がやっていることは多いのですね。

 これは、他の人が「これが常識」と思ったり「こんな意見言うたらあの人やこの人の顔潰すから言うたらあかんやろ」とか思って新しい考え方を出さない時に、「いや、こんなふうに考えたらできるやん」と人のことなんか考えずに自分の頭の論理だけで考える傾向がある、ということに由来していると思います。

 で困るのは、自閉症やアスペルガー症候群の人には「見えてないけど何か天才的なものがあるに違いない」というような誤解をする人がいる。

 いや、そりゃ天才的なものをお持ちの方もいらっしゃいます。しかし、そうでない人だっている。その程度はその人、その人、それぞれなんです。

 で、本来それは逆でその偉人たちのエピソードをよく調べてもらったらわかることですが、「成功」した人でもいろいろと人間関係とかで「ごっつい苦労」してはるんです。そこに焦点をあてないと本人の困り感がわかりません。また問題行動も出してはります。

 例えば、アインシュタインは子ども時代、言葉も遅かったし、妹をボコボコに殴る蹴るなどの暴力もしていました。

 やっぱりへっこんだところもありますから。で、一部の成功例の影に、もう苦労しかしなかった膨大な人、またそれほど才能はない人がいたことを忘れてはいけないと思います。

 さてチャートを見て下さい。
 赤線のお子さんだったら「誰が見てもすぐに自閉症とわかる」というやつですが、青線のあたりになってくるともうわからないことも多いレベルなんですね。でも、変人とか言われて、いろいろと生活の中で苦労していることも多い。

 私が知った不登校のお子さん、たまたまかもしれませんが「みんな」この例でした。

 で、実際、今でも私はアスペルガー症候群の方だったらお会いしてすぐ判断できる、ってことはまずありません。だいぶ長い間おつきあいしてようやくわかるぐらい。でも私個人に関して言えば、別にそれがわからなくても相手とそれなりにいい関係を作って来たと思います。だから余計問題にならない。これがたいていの方は「あいつ、さぼりや、怠けや、わがままや」となりがちです。

 自閉症やアスペルガー症候群そのものはこのような脳の情報処理の偏りで言います。

 で、ここで「知的障害者、アスペルガー症候群、広汎性発達障害との違い(と言うか・・・違わない部分が多いのですが)」について説明します。

9.自閉症スペクトラムの話(発達障害について)

7.私の実践

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 当時の私の実践動画の一部は私のこのブログの「実践動画」というカテゴリで見ることができます。

 1例を上げます。



 1998年にたまたま私の学年がベテラン教師がみーーんな病気で休んでしまうという事態が起こります。で代替教員として何も知らない大学出たての新人さん2人と組むことになってしまいます。

 で、私は当時の学校の常識と違うことをしようとしてたわけだし、「もう学校追い出されるかもしれんけど、私のやりたいようにやらせて」とお願いしました。そしたら「私ら何もわかりませんしぃ。ついていくしかありません」と言って協力してくれることになりました。でも「ついていくしかありません」言うたにしてはもう私に対してもめちゃめちゃ反論し、疑問をぶつけして来ましたけどね。で、私はその質問に答える。そして相談する。そうやって、クラス運営していきました。

 で、「見てわかる」とか「その子の表現を出す」「選択を取り入れる」などをしていって、本当にびっくりするくらい学年全体が変わりました。また給食についても「スプーンを突っ込んでも完食させる」というのは「うちのクラスはなし」「残してもいい」と宣言して、子どもも教師もリラックスして食べることができるようになりました。

 でね、「残す」というのがむつかしい子がいるのがすごく問題だ、というのがわかってきます。しかし「残すことを認める」というのはある意味教師にとってすごく怖いことでもあります。で、お母さんに

「もし、この『残すというコミュニケーション』の指導をして、もうまったく給食を食べない、ということになるかもしれません。かまへん?」

とお尋ねして

「今は食べることよりコミュニケーションが大切やからかまいません。給食食べなかったら家で食べればええだけやし」

と許可を得て取り組みます。
 で、このカードを使ったりしたわけです。

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 あっ、大事なのは、こちらがこれを見せるんじゃありません。その子がこのカードをトンとしたりして、こちらに表現して教えてくれるわけです。結局1日だけほとんど食べない日があったかな。でも2週間ほどである程度適切に残せるようになりました。

 このあたりのことは、私のこのブログの「過去の記事」という言葉が入ったタイトルのエントリに書いています。

過去の記事1(TEACCHの5日間セミナーにて) からの一連のエントリです。

 給食関係を集めているのはこちら。

食器 給食指導・偏食指導のことを並べてみた

 まあ、そんなこんなで、学年が変わっていき、私はそれをビデオに撮って学校のみなさんにお知らせしたりしたわけです。

 でね・・・基本的に威嚇と暴力を使うような先生はあんまり特別支援教育のこと勉強していないから、特に反論はしてきませんでした。まあただ無視する。あるいは「うちの子はあんたとこの子より重いから無理」と言う。嘘つけえ、言うんですけど。

 で、問題は私が最初に知的障害養護学校で私を守ってくれた熱心でよく勉強する先生とかが、「TEACCH!そんな非人間的なことやっちゃいけないでしょう!」とか言って私にやめさせようとしにくるわけです。これが複数おられました。

 ところがね、最初、その先生が自閉症の子に「洗濯物干しに行こう」と言って、その子が素直についていったのか、私は勉強してよくわかりました。その先生は音声言語を出しつつ洗濯物干しを突き出しておられたのです。

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 つまり具体物で示しているわけです。

 しかし、その先生自身はそうやりながら、TEACCHから学ぶ、というかカードを見せてやりとりするということには大反対。またその先生自身、「見てわかるものを使えばいい」ということを周囲の私のような未熟な先生に伝えられないわけです。で「信頼関係を作ることが大事」とかおっしゃる。しかし、確かにそうなのですが、どうやったら信頼関係ができるのか、さっぱり未熟な私にはわからなかったわけです。

 で、当時、結構TEACCHって日本全体でそんな感じでした。よく勉強している熱心な先生からは「やっちゃいけない」と非難され、またTEACCHをよく勉強し日本で指導的立場にある先生が私と一緒に講義をする時「えっ!TEACCHって名前、出すの・・・(出さないほうがいいよ、というニュアンスで)」おっしゃったり、まるで非合法組織みたいな扱われ方でした。

 それから、みなさんも気をつけて頂きたいですけど「厳しい」「優しい」という軸と、「威嚇や暴力を使う」「威嚇や暴力を使わない」というのはまったく関係ない軸ですから。また「教育できる」「できない」の軸ともまったく別です。
 「威嚇せず」しかし「最後まで見守る厳しさ」なんて教育もあるのですから。

 で、まあその他いろいろあったけど小学部では威嚇と暴力が無くなっていきました。
 ある日、私は校長に呼ばれました。
「中学部に行ってくれへんか」
 いやあ、中学部はバリバリにまだ威嚇と暴力を使っていました。だから校長としては何とかしたいという気があったのではないか、と思います。で、私、中学校の免許、無いんですよね。(ある意味中学のほうが位が上です)

 で、結局中学部に行くことを引き受けました。まあそこらへんの威嚇と暴力の話はブログを読んでいただくとして別の話をします。

8.いろいろな人がいるのだという話

6.TEACCHとは

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

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 TEACCHとは

Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children

 TとEとAとCommunicationのCとCHildrenのCHを組み合わせています。

 日本語訳は「自閉症および関連領域のコミュニケーションに障害をもつ子供たちの治療と教育」

 実は1943年に自閉症のことを初めて報告したカナー自身が1949年に「どうも母親に愛情が薄いような・・・」みたいな論文を出しています。で、その後の学者も「親の育て方のせい」という公式見解を一杯出しています。

 その代表的な人がブルーノ・ベッテルハイム。1903年にオーストリア生まれのドイツ系ユダヤ人です。

 第二次大戦中、強制収容所に入れられますが、幸運なことに1939年にアメリカに移住できます。シカゴ大学教授で子供の発達とか心理学を教えます。まあ阪大あるいは一流私立大学の教授みたいなもんです。

 1950年代から1960年代にかけて、「冷蔵庫マザー」という言葉を流行らせます。
 自閉症は親、特に冷蔵庫みたいな母親の育て方のせいだ、というわけです。
 で自分で自閉症児の収容施設を作り、とにかく親から離すことが治療だ、と主張しました。そして冷蔵庫マザーの像を作り、子どもに踏みつけさせたりしています。

 また、1967年に『自閉症・うつろな砦』を出版し、日本では1980年に学術書で有名な、みすず書房から出版され名著として日本中でも読まれます。

 現在、ベッテルハイムは経歴詐称や、施設で虐待が行われていたことで、信用は地に落ちています。

 しかし1960年代はシカゴ大学教授として飛ぶ鳥を落とす勢いだったわけです。
 そこに学びにやってきたのがエリック・ショプラー。
 で、ベッテルハイム先生の言ってること、やってることををいろいろ検証してみたらどうも違うよお、と。で、ベッテルハイム先生が怒り出し、シカゴから出ていかざるを得なくなります。

 で大都会のシカゴからノースカロライナという田舎の州に行きます。感じとしては阪大から島根大学に飛ばされた、みたいな感じかなあ。

 そこで研究を続けながら、地元の親の会に助力を頼まれたりして作っていったのがTEACCHです。ノースカロライナ大学医学部精神科に作りました。世界中の「◯◯療法」とか「こうすりゃうまくいった」とかいう論文を集め、実際にやってみて、これは使えそうだ、というのを残していき、また本人だけでなく保護者へのサポートや、教師へのサポート、また行政の仕組み・制度なども作っていく包括的プログラムです。

 でTEACCHも医学部ですし、名前にTreatment(治療)が入っているように、最初は「治す」ことを考えていたかもしれません。しかし、それはかなり早い時期に諦めたようです。そして「できること」「できかけていること」「できないこと」を調べ、その「できること」「できかけていること」にアプローチし、本人と周囲がうまくやっていけるように考えていきます。

 で、自閉症の人の「できること」「強み」である「見てわかる」ものを使ってコミュニケーションすればいいじゃないか。その「強み」を自閉症の文化として大切にしようじゃないか、と言い出したのがTEACCHです。

 で、「TEACCH?よく知ってますよ、絵カードを使うあれでしょ」とかよく言われるのですが、それは何も理解していないと同じです。

 もう、絵カードも使う時もあるけれど、また実際よく使いますが、その他、具体物でも何でも使います。そして、その「絵カード」とか言う人は「周囲から自閉症の人本人に伝える」ほうしか考えていないことが多いです。
 実は「本人からどうやって周囲の人に伝えるか」がものすごく大切になります。

 また「選択」も大事なのですが、これはアメリカ人にとって当たり前すぎて、日本人とかに伝える時に強調しなかったかもしれません。また日本人にとって、特に学校生活では選択しないことが当たり前すぎることですから。そこらあたりうまく伝えられなかったかもしれません。たとえばこのヨーグルトとプリンどっち食べる?なんてのも「選択」ですね。

 で、TEACCHはセンター・行政・親の会・学校などを含んだ包括的システムで、生活まるごとに関係してくる、というのを忘れてはいけません。

 それから理念の部分になるかもしれませんが、TEACCHは専門家(この中には教師や保育士も含まれます)と親の関係に4つあると主張します。

1.専門家→親
2.親→専門家
3.専門家と親が励まし合う
4.専門家と親が強力して社会を変えていく(ほんの小さなところからでも)

 今日はTEACCHの解説ではこのあたりにしておきます。

7.私の実践

ご参考「TEACCHって何?

5.自閉症と丸い知的障害

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 自閉症と丸い知的障害

 この図は極めてええかげんです。

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 で、とりあえず脳の能力のグラフと考えて下さい。

 100のところを平均値としましょう。

 「社会的なことがわかる能力」「コミュニケーション能力」「相手の頭の中を想像する能力」なんかが落ちている。それに対して「目で見たことを覚えている能力」「論理的なこと、とか決まりきったことをやる能力は高い」

 100が平均とすると、たいていの人(いわゆる健常と言われたり「自閉症でない人」)は青色の線の感じ。でも例えば養護学校や特別支援学級にいるような自閉症(たいていカナータイプ)の人の場合は赤色の線の感じなんですね。

 で、高い能力がある分、いいじゃないか、と思われるかもしれませんが、そうとも言えない部分があります。ちょっと高い能力、例えば「口から音声の単語を出せる」とか「指差しの指示(これは目に見えます)で動ける」とかで「こいつよくわかってるじゃないか」と思われる。そこまではいいのですが、その時「音声言語で言ったのに言うこときかん」とか「いくつか指示したのに、1ツ目はやっても2ツ目3ツ目はやらない」とかいうことになると「こいつはさぼりや怠けや反抗的や」と思われるわけです。

 また、たとえ能力の高い部分があったとしても、このグラフのが円形から離れ、偏りが強いほど、本人はしんどい部分が出てきます。周囲はできる部分を見て「こいつーー、さぼってるやろ、わがままやろ」と考えちゃいますし。

 例えば黄色の線のようにどの能力も低ければ、案外周囲も本人も楽なんです。で、そういう人は自閉症とは呼ばれず、単なる「知的障害」と呼ばれます。「丸い知的障害」というような呼び方をする時もあります。で、養護学校にもそんな人もいるけど、そう勉強していない教師でもそういう人には対応しやすく、またそういう方は「いわゆる問題行動」も起こしにくのです。

 逆に言うと、自閉症の人は「いわゆる問題行動」を起こしやすいんですね。
 
 で、私がセミナーなどで学ぶことになったTEACCHについて少し説明します。

6.TEACCHとは

4.自閉症の3つ組

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 自閉症の3つ組

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1.社会性ですが、これはその場の意味がわかりにくい、とか暗黙の了解がわかりにくい、人と協力するのがわかりにくい、とかになります。

 例えば、学校の朝礼でみんなが並ぶとする。自閉症でない人は、この時間はこう並べばいいんだ、と教えられ、また並べたことを誉められ、また並べなかったことを叱られとかしている。また直接自分に対してではなくても周囲の子が誉められたり叱られたりとか、そんなあれこれを感じ取ってできるようになっていきます。

 ところがこういうのが自閉症の人にはわかりにくい。

2.コミュニケーションですが、これはコミュニケーションってやりとりですわね。自閉症でない人は、他人からの音声言語の意味にしても、それから語調にしても、動作にしても、表情にしても、そういう情報からたくさんのことを汲み取って、また表現して、コミュニケーションしていくわけです。

 自閉症の人は音は届いている、視覚情報は入っている。でも原因はわからないけど脳の情報処理が不調なわけです。また大事なことですが、「周囲からの情報を受取る(受容性のコミュニケーションと言います)」と「周囲に情報を発信する(表現性のコミュニケーション)」というものは全然違うものですし、自閉症の人は口でしゃべっているように見えて、本来の意味は全然わかってない、というようなこともよくあります。

 また自閉症でない人であればわかりやすい「自分」と「他人」の言葉づかいや立場の違いもすごくわかりにくい。また自閉症の人は「誰かと誰かのコミュニケーションというものの存在」自身にも気づきにくいです。だから変な言葉づかいになることもよくあります。

3.想像力(こだわり)
 ここは、「相手が頭の中で何を考えているか想像しにくい」ということです。あるいはここに「こだわり」を入れる場合があります。とにかく同じことを繰り返す。ずーっと、小石を並べてみたりとか。

 あと、大事なのは感覚の違いです。(暑い・寒い・熱い・冷たい・うるさい・静か・(触れるものが) 痛い・(触れるものが)不快など。またこの「違う」は過敏な方向に行くこともあれば感じにくい方向に行くこともあります)」

 で、実はこれらは独立したものではありません。「相手が頭の中で考えていることが想像しにくい」から「コミュニケーションが苦手」ともなります。自閉症でない人は、この言葉を出せば、相手が頭の中でこんなことを考えるだろう、と予測しながらしゃべります。でもそれができにくい。

 例えば、これはアスペルガータイプの人になりますが、男の子が「この女の子すてきやなあ。友だちになりたいなあ」とよっていく。で、何か話しかけないといけないと思う。で「あなたの耳の穴、耳糞だらけやねえ」と言っちゃうとか。相手の頭の中でどんな思いをするか、が想像しにくいわけですね。

 また、何か周囲に困った行動をとった時、相手が「怖い顔」で「気合を込めた声」で叱って何かをやめさせようと思う。しかし、あるお子さんにはそれは相手が反応してくれた、ということしかわからず大喜びでその行動を繰り返しちゃう。これは「想像力のむつかしさ」ともなるし「社会性のわかりにくさ」ともなります。「コミュニケーションのとりにくさ」ともなります。

 そして感覚の違いですが、例えば音に過敏な人は多いです。自閉症でない人が気にならない体育館の反響音がものすごく怖くて入れない。それを過去は「我慢して入れ」「慣れるようにしろ」という教育がされていたわけです。またパニックになったとしたら、「自閉症の子やねんからしゃーない」みたいな。

 これ、自閉症でない人だったら、「この蛇、毒ないし安全やし」と言われて、蛇だらけの風呂桶に入れ、と言われるのを想像してもらえばいいかもしれません。「我慢してたら慣れる」かもしれないけど、そんなこと続けたいですか?

 これは音だけに限りません。さっきも言ったように暑い・寒いなんかでもあります。過敏じゃなくて鈍感も。

 それからコミュニケーションがむつかしい点ですが、で、こういうふうに「苦手なところばかりか」かと言うとそんなことはありません。目で見る情報には強いことが多いのです。また「情」の部分でなく「論理」の部分に強いというところもあります。

 つまりもし特性を図で表すと次のような感じになります。

5.自閉症と丸い知的障害

3.自閉症とは

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。


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 まず、自閉症ということを最初に報告したのはレオ・カナーという人で、今から70年ほど前、1943年のことです。第二次世界大戦中にアメリカで発表しました。そして、この論文に主として取り上げられた人は知的には重い人が多かったので、今でも知的に重い自閉症の人をカナータイプの自閉症と呼びます。

 じゃあそれまで自閉症の人っていなかったのか、というとそんなことはありません。しかし古い記述ではわかりにくいのは確かです。

 これが身体障害ならわかりやすいです。
 有名なところでは古事記のイザナギとイザナミの最初に産んだ子どもはヒルコでした。で、葦の船に入れてオノコロ島から流されてしまうのですね。身体障害です。

 そういう意味で自閉症の人の記述ははっきりしたことはわかりません。

 しかし、同じ古事記に出てくる「ヒトコトヌシ」(何でも一言ですます神様)とか、中国のオウム返しをする禅僧とか、怪しい方はいらっしゃいます。

 それから知的に高い自閉症の人についてはカナーが発表したのと同じ頃、1944年、オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーによって「自閉的精神病質」と初めて報告されました。しかしオーストリアは、第二次世界大戦に負けたため、その論文は戦勝国側では注目されていなかった。つまり忘れられていたわけです。

 1981年、イギリスの医師ローナ・ウィングがアスペルガーの報告を再発見して紹介します。ちなみにこのウィングさん自身、娘さんがカナータイプの自閉症です。

 そして、アメリカの診断基準DSM-4にアスペルガー症候群というのが18年前、1994年に採択されます。

 私の周囲でアスペルガー症候群が話題になったのは、2000年頃からです。(注・この道の専門家の間ではもっと以前から話題になっていたと思います)この頃から本もたくさん出ました。12年ほど前ですね。

 で、カナーが言い出してから、そしてアスペルガーやウィングさんや、その他の人があれこれ調べて、自閉症の人にはこんな特長がある、というのがわかりました。

4.自閉症の3つ組

2.AACについてと昔の知的障害養護学校の話

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

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 AACというのはAugmentative and Alternative Communication。拡大代替コミュニケーションです。



 要するに、「音声言語、口から出る言葉以外のものでもコミュニケーションできたらええやん」という考え方。手話もAACの一部です。音声言語じゃないですから。で、絵やシンボルを利用したり、こんな五十音カードを指さしたり、パソコンや、音声の出る器具たとえばこのメッセージメイトを利用したり、して何とか本人に表現してもらおうとやってました。

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 50音表の例(おめめどうの「あいうえおメモ」(これは、現在廃版中))

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 メッセージメイト(VOCA)

 まあ、後半6年くらいそういうことに取り組み、最初は理解されませんでしたが、最後は私と一緒に勉強してくれる先生も飛躍的に増えました。で、1996年16年前に私は知的障害養護学校に「パソコンを導入するから運用できるようにしてくれ」ということで異動になります。

 知的障害養護学校というのは、この赤のあたりの子が来るわけです。

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 あまり当時は肢体不自由の子は来ませんでした。今は両方の障害のあるお子さんが来るようにはなってきています。(この間まで「肢体不自由養護学校」「知的障害養護学校」とか呼んでいたのが「肢体不自由特別支援学校」「知的障害特別支援学校」という名前になり、今は理念としては「支援学校」というふうに変わってきています。これについての私の意見は別に書きます)

 で、赴任して1年生を担当します。
 全校集会で各学年ビシッと並んでいます。
 ところが入学したての1年生ははちゃめちゃ。
 で、学年主任の先生は「いいのよ。並べなくても」と言って下さいました。この先生、すごく勉強熱心で、子どもにも好かれ、同僚にも好かれる先生でした。これ覚えておいて下さい。

 でもなんか他の学年は抑圧的だと思いました。
 例えば、頻繁に怒鳴って言うことをきかそうとしていました。
 また偏食がきつくて給食が食べられない子も多いのですが、そういう子には「怖い顔」をして「気合を入れて」んっとスプーンをつきだし、場合によってはスプーンを口の中に突っ込み、食べさせ、手早く完食させられる先生が「力量のある先生」と見られていました。これは公文書なんかで出されているわけでなく、例えば食べさせられない先生がいればその先生がいない時に「あの先生、食べさせられへん先生やなあ」とか陰口を聞かされるとかいう形で教師の常識になっていく形でした。
 また私は肢体不自由養護学校ではなんとか表現を出さそうとしていたのに、その知的障害養護学校全体では表現を抑えよう、教師の言うことをきかそう、とばかりしているように見えました。

 ところで私が担当した子は典型的な自閉症でした。その時は、その子が自閉症であることはわかっていたけれど、他に自閉症の子がいるかどうかはよくわかりませんでした。私はどう関わったらいいかわからない。誰も教えてくれません。やっぱり偏食もきつかった。で、私もスプーンを口につっこむのはやりました。でもすぐに負けました・・・口で何か言っても聞いてくれません。

 ところが最初に言った、勉強熱心な先生は、たとえばその子に「洗濯もの干しに行こうか」と言うとすっとその子が言うことを聞いてついていくわけです。私が言うことなんか、聞かないです。もうそれだけで「すごい!!」でも私との違いがわからないわけです。で、その先生も「心構え」は言ってくれるけど、どこが違うのかは教えてくれませんでした。

 もうこの年は、その子に迷惑かけたと思います。

 でも、「自閉症」というキーワードがそんなに重要なものとは思わず、私は1年目はパソコンの研修グループの長としてそちらの勉強ばかりしていました。

 ある時、こんなことがありました。

 私が静かに教室で担当の子と遊んでいました。そしたら教室の前に他の学年の子どもがふらーっと立っていました。その時私にはわかっていませんでしたが、自閉症のお子さんでした。するとどこから怒声が響きました。でちょっとしたら「教師同士でいる時はなよなよっとしていて弱そうな女の先生」が走って来てその子をどついて蹴りました。「掃除をせえ!」とか言いながら。で私と目が合うと「はっ」としたように走り去って行きました。

 その先生の学年も集会の時、ビシッと並ぶので「力量がある」とされていた先生です。

 で、よく観察すると陰でそこここで暴力をふるっている先生が少数ですがいました。怒鳴ること、乱暴に引っ張ったり押したりは多くの先生がしょっちゅうでした。

 私は悩んで肢体不自由養護学校時代に、子どもたちに遊べるおもちゃを作ってもらっていたボランティアグループといくらふとのsyunさんに話しました。この人、知的障害者通所更生施設に勤めてはったんですが、私、趣味のおもちゃ作りにはまって、仕事まともにやってない人かと思っていたんですよね。そしたらまあ言うことがめちゃ的確。

 で、一度その施設に見学に行かせて欲しいと頼みましたが、普段はこっちの授業もあるし、なかなか行けませんでした。
 
 2年目、1997年の夏休み、やっとsyunさんの施設に行きました。あちらはまだ盆休みなってなかったから行けたわけです。

 そこではそうも大きくない部屋(養護学校の1教室くらい)の部屋に10数人の利用者さんがいてsyunさんともう一人の職員がいました。木工班でしたけど、それぞれの人が思い思いに作業をしたり、ベンチで休んだり。すごく落ち着いて過ごしていました。

 別段syunさんが指示を出す、ってこともない。

 でその後驚愕するんですが、syunさん、もう一人の職員さんに「kingstoneさん案内してくるわ」と言って私を促して出て行ってしまったんですね。これ、何がすごいって言って、私の勤務している知的障害養護学校では、基本的には教師1に対して子ども2人(近隣の学校を調べたことがありますがある程度以上の規模はだいたいこう。法律では3人ですが、運用で2人にまでしている。規模の小さい学校だと1対1になっていました)。それでも「重度の子がいるからもっと人手を」という状態で、そんな授業中に離れられるような状態じゃない。しかも、syunさんのところは養護学校では最重度の手のかかる人ばかりが来ている。当日は、養護学校時代は強度行動障害と言って、破壊・他害・失禁など問題行動がひどくて養護学校では「1対1が必要です。それでもむつかしいです」みたいなことを言われていた人も落ち着いて生活してる。それが1対十数人で全然OK。

 で、この時、syunさんのやってることから多くのことを学びましたが、見落としていることがありました。それがついこないだわかりました。また後で言います。

 で、あれこれ勉強したのですが・・・

 で、その後、私はTEACCHに関する本・講演会・研究会から多くのことを学びますが、そこで学んだまず自閉症のことから説明します。

3.自閉症とは

1.障害手帳3分類と養護学校についての話

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。


1.障害者手帳3分類

 まず障害者手帳・支援制度のおさらいから

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 障害者手帳には3種類あります。
 この図は中心にいくほど障害が重い(?)と考えて下さい。

・身体障害者手帳は視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、その他いろいろです。
・精神障害者保健福祉手帳は統合失調症・躁鬱病その他です。
・療育手帳は知的障害児・者に対してです。ところがこれはもともと「もの覚えが悪い」ほうの知的障害児・者を想定していました。IQ75とかIQ70以上の人には交付されない制度になっています。

 で、私は肢体不自由養護学校に1987年に異動します。25年前ですね。

 肢体不自由養護学校に来るのは黄色のあたり。乙武洋匡さんみたいな人は肢体不自由が重くても通常校に行きますから。

 日本では1970年初期からの神経発達学的なアプローチ。具体的にはボイター・ボバース。で、たぶん動作法もここに入ってくると思います。つまり「治る」「治そう」みたいな考えがあり、1987年はその風潮がまだ強かったです。

 で肢体不自由にいた時、進路指導の先生が夏休みの「施設見学会」を企画して下さいました。でっかいとこ。で私知らなかったんですが、そこ肢体不自由の方も知的障害の方も両方おられる施設。私は「肢体不自由養護」の教師だという思いがあるからそちらを熱心に見て回りました。やはり寝たきりで、経管栄養でベッドサイドに柵のあるような方が多かったです。

 で、建物の奥に進んでぎょっとしました。裸の青年がのぞき窓のある3畳くらいの部屋でうずくまっている。またさらに奥に進むと教卓みたいな机のある部屋で、その教卓みたいなテーブルの上で職員さんが二人、談笑しながらホール(丸い)ケーキを切っていて、その横にまた真っ裸で勃ったちんちんをぶらぶらさせた青年が立ってそれを見ている。職員さんはまったくそんなことを気にしない感じでケーキを切っている。

 実は、私はその時はその人たちがどんな人かわかっていませんでした。ただ「えらいこっちゃなあ」と思っただけ。後年勉強した後で、あの人たち自閉症やったんや、とわかりました。もちろんそんな状態になっているのは適切な手立てが取られてなかったからです。
  でも、この時点では私はさっぱり何もわかってませんでした。

 肢体不自由養護に行って2年目くらいからAACというのを勉強し始めます。

2.AACについてと昔の知的障害養護学校の話

「サポートセンターわかくさ」での自閉症・発達障害についての話

 2012年2月25日に「サポートセンターわかくさ」で障害支援については現場で実践していて詳しいけれど、自閉症や発達障害についてはあまり詳しくない人に説明して欲しい、との依頼があって説明したものを、一部変更してアップします。(本番のライブならではの部分は多く削除しています)

 すごくはしょって話ますので、わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。まあ、とにかくまゆにつばつけて聞いて下さい。

1.障害手帳3分類についての話

2.AACについてと昔の知的障害養護学校の話

3.自閉症とは

4.自閉症の3つ組

5.自閉症と丸い知的障害

6.TEACCHとは

7.私の実践

8.いろいろな人がいるのだという話

9.自閉症スペクトラムの話(発達障害について)

10.自閉症や発達障害と虐待の関係

11.おめめどうが大事にしていること

12.おめめどうの「見てわかる」やコミュニケーションサポートの商品


3月14日(水曜日)  無功徳

 おはようございます。

 いい天気です。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

無功徳  むくどく

 南朝梁(りょう)の天子武帝(464-549)は熱心な仏教信者で仏教講義をしたり、たくさんの寺を作ったりした。
 インドから大聖達磨がやって来たと聞き、勅使をたてて都に迎え、相見した。

武帝「私は多くの仏寺を建立し、たくさんの僧に官許(ってことはお金もついてくるのかな?)を与えて供養した。さだめし、広大な功徳があることであろう」
達磨「無功徳(功徳など無い)」

 功徳を思い現世利益を求める心が、すでにもう真の宗教とは無縁のものである。

 なるほど。

posted by kingstone at 09:09| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする