私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年07月07日

トットのマイ・フレンズ 黒柳徹子著

 図書館で借りて来ました。



 私の借りて来た本は、上の新潮文庫を底本にして社会福祉法人埼玉福祉会が500部限定で作った大活字本でした。

 しかし、黒柳さんて、本当にいろんな人と友達になってますねえ。

 「王様と私」のユル・ブリンナーさんとも友達になっています。

 ブリンナーさんは、祖父はスイス人。最初の妻は日本人。この妻との間に子どもが9人。その中の何人かは日本に行ったらしい。二度目に結婚したのがモンゴル人。この妻との間に13人の子どもができて、その中の4人の息子の一人がブリンナーさんの父。そしてその父がジプシーの女性との間にできたのがブリンナーさん。つまりブリンナーさんの親戚が日本にいるらしい。

 で生まれたのがサハリン。子どもの頃に京都にも来ている。10歳でパリで一人暮らしをしてサーカスに入り、その後舞台へ、ということ。

 黒柳さんは気に入られ、「王様と私」も何度も舞台袖に置かれた専用イスで見たそうです。

 で、この話は一章として終わっているのですが、そのだいぶ後にブリンナーさんが最後に肺癌で亡くなる時に「王様と私」を再演し、その千秋楽を見に行った時のことが書かれています。もうすぐ亡くなるという時なのに素晴らしい公演だったことが書かれています。

 渥美清さんとのことも書かれています。まだ渥美さんが生きておられた頃ですね。他のところに1ドルが250円くらいだった時だと書かれています。

 黒柳さんは渥美さんが浅草でめちゃくちゃに売れている座長だ、ということも知らなかったというか、浅草の芸人さんであることは知っていて、その頃は「浅草に行くとさらわれるのじゃないか」と思っていたそう。で二人で夫婦役をしていても、現実では二人の仲はギクシャクしていたそうです。

 ある時、渥美さんが黒柳さんの言ったことが気に入らず「なんだ、このアマ!」と言ったそう。すると黒柳さんは、意地悪でも何でもなく、よくわからなかったから「アマと、おっしゃると?」と聞き返し、その時渥美さんは「ああ、やだやだ、この手の女は、イヤだ!」と思ったそうです。

 最後に挿絵を描いている和田誠さんがあとがきを書いています。そこに黒柳さんの「トット」の前の「チャック」というあだ名の由来について書いてあります。

 和田さんは、たいていの人は黒柳さんがおしゃべりだから「口にチャックをしろ!」という意味で「チャック」というニックネームになったと思っている、と書いてはりますが、私もそう思っていました。

 しかしもともとはNHKを受験した時に芥川龍之介の「河童」を朗読し、その中にチャックという河童が登場して「チャックチャック」としゃべるのが印象的だったり、その後の研修期間中に研修中おしゃべりをしている同僚に対し、チャックつきの筆入れをしめて見せ静かにするようにうながしたのが由来だとか。逆だったんですね。

リリィさんの写真修行 トットのマイ・フレンズより

 
posted by kingstone at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症のお子さんに掃除の手順を伝える1997〜1999

 これはA君C君へ掃除のしかたを伝えようとした(指導)記録動画です。

 この動画以前のことを書いておきます。A君を指導していた超ベテランさんはこのようにしていました。

「怖い(と超ベテランさんが思っている)顔」
「威嚇(と超ベテランさんが思ってる)声」
指差しをつけて「モップ!」と言う。

 そしてA君の前に立ち「怖い顔」「怖い声」「指差し」で「ここ!」とモップをかける場所を指示し続ける。

 そして終わると我々に向かって「ほんまこいつはさぼりでなまけや。監視し続けとかな、やりよらん」と言う。

 これはたぶんこういうことだと思います。

「怖い(と超ベテランさんが思っている)顔」は笑顔よりも情報量が少なく、A君にわかりやすかった。で、別に「怖い」顔でなくても「普通の顔」で十分だったろう。

「威嚇(と超ベテランさんが思ってる)声」で「モップ!」と言う。
 これは声量の大きさは別として「短く」「具体的」な音声だったからA君にはわかりやすかっただろう。別に「大きさ」「鋭さ」は必要なかったんじゃないかな、と思いますが。

「指差しをつけて」指さされているところが見えるからわかりやすい。

 私は超ベテランさんの解釈は「ちゃうやろなあ」と思いながらも、どうしたらいいかはわからず。そしてこの動画のように取り組み始めました。



 動画前半は1997年6月5日9時頃。いろいろな視覚的な手がかりを使っています。左側のめくり式はC君にわかりやすかな、と思って作ってみました。また右側の1枚の画用紙に上から下に掃除の手順を書いたものはA君にわかりやすいかな、と思って作ってみました。しかしA君はめくり式のほうに関心を向けることもしばしばです。

 またA君C君とも、たくさんの声かけ、指差しが必要です。

 まだTEACCHの本を1冊読んだくらいの頃です。まともなスケジュールにも自立課題学習にも取り組んでいない頃です。

 結局、この1997年6月5日の方法では「うまくいっていない」と言ってもいいと思います。

 次は1999年の1月28日に、モップかけや台ふきなどにどんな視覚支援を使っていたかがわかる動画です。残念ながら実際に掃除をしている場面はありません。私の記憶では「ほとんど声かけや指差しは必要なくなった」はずです。

 先に映るのはC君用に写真を使って手順を示したもの。次に映るのはA君用に名刺サイズのカードに文字ですることを書き、順番に並べて手順を示したもの。どちらも最後にゴールドカード(この時は「教室に帰ってね」の意味を伝えるために使っていた)が用意されています。

 また台ふきを絞るところ、モップをかける時に「ここだよ」とわかる絵や写真があるのもわかります。

 と言ってもくまなく完璧に掃除ができるようになったわけではありません。そのあたりは私もたいへんええかげんなので。でもA君C君が決して「さぼり」でもなく「なまけ」でもなく「やることが伝わっていなかったのだ」は本当に実感できました。

 その後、ある自閉症児に関する授業の全国的な実践研究会で、ある地域の特別支援学級の先生が発表するのを見たことがあります。生活全般が他の児童(健常?定型発達?)のお子さんの音声や指差しの指示で動いていました。トイレ掃除も、友達の指示に従って掃除をしていました。つまりその先生を指導する教育委員会の人も周囲の同僚たちもそれが「いい実践」だと思っているからこそ発表したものと思います。

 指導助言の先生は、まず「たいへんいい実践だったと思います」とかいろいろ褒めてから、最後に少しだけ「視覚的な手がかりでひとりでできることもやってみられたらどうかと思います」と言っておられました。私は「苦労してはるなあ」と思って聞いていました。すぐ側にいたその地域の特別支援教育でリーダー的な立場にある先生が指導助言の講師の話を聞いて、声を荒らげて「地域には地域の事情がある!」と怒っていたのが印象的でした。どんな事情があるんだろう・・・??

 でも講師の先生、本当に遠慮深く言いはったのだけどね。

posted by kingstone at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 実践動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月7日(木曜日) 七夕

 おはようございます。

 ちょっと、早朝覚醒っぽいのが続いています。二度寝できるかな?

 雨です。

 今日は七夕ですね。

 これから3日間、めちゃ私事多忙。



ラベル:挨拶 天気
posted by kingstone at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする