私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年07月02日

中澤圭ニ(すし匠店主) AERA 現代の肖像

AERA 2011.7.4号
現代の肖像
中澤圭ニ(48)

 私が「回らない鮨」を最後に食べたのはもう10年以上も前になります。

 たぶん地方ではほぼ絶滅危惧種入りしている「回らない鮨」その職人さん。

 自称、「寿司バカ」ってことですが、どう見てもオタクです。(尊敬を込めてます)

「(鮨屋というのは)目の前のお客さんの顔を見て、しゃりを小さくしようと考えたり、わずか50センチのカウンター越しに人間と人間とが向きあう"さらし場"なんです」

 高校を1年で中退してはります。で料亭で働いていた時「鉄火の巻平」という漫画を読んだ瞬間から鮨職人をめざしはったそうな。

「みんなが高校に行っている間に仕事を覚えて、大学を卒業するまでには店を持ってやるぞ、という夢があった。焦りと言ってもいいかもしれない」

 この後、順風満帆に過ごされるわけではありません。回り道も借金漬けの生活もしたはります。

 で、現在は鮨屋がたいへんな時代に複数の店を出し、暖簾分けした弟子も多数という・・・で

「こと鮨となると中澤の身体からは狂気すらにじみ出る。
 築地・旭水産の塩原孝は、出会ってすぐの頃、ある酒席で、中澤からひたすら小鰭の話だけを延々と2時間近くにわたってぶつけられている。魚が何時にあがり、どう処理をされて築地に届き、どのタイミングで塩を振るべきかと中澤はとうとうと塩原に語り続けた。
『ちょっとおかしいんじゃないか、というぐらい熱く魚のことを考えている人だと思いました』」

 ?それって普通のオタクの姿じゃないでしょうか?

 私だって、ある自閉症の人が「自発的にAという所からBという所に行く。その手立て」とかいう話だったら2時間とか楽々語れてしまいます。5時間だってOKです。

「鮨屋は、いまやあらゆる職業の中で最後に残った『理不尽の砦』だ」と書かれているあと

「『朝8時に来て夜中の1時半まで仕事をしている子たちがいったい何のために頑張っているのか。人脈、信用、技術と、頑張ったあとにはこんな素晴らしい景色が見えるよとちゃんと示さないと』」

 そうやな。その「素晴らしい景色」やな。で、「かなり先の素晴らしい景色」でOKの場合もあるし「即やってくる素晴らしい景色」の場合もあるし、相手みていろいろ工夫しなきゃなんないところもありますね。もちろん中澤さんのところに来る人たちは一定以上先でもOKな人たちでしょうが。

 もちろん「お金」もやし、そしてそれ以外のたくさんの喜び。


 ところで、こういう文を読むと私はすぐ人に紹介したくなります。

 で、息子の友だちの、やはり高校を1年で中退した青年に是非読んでほしいなあ、と思いました。別に鮨職人を目指せ、ってわけじゃないです。世の中にはいろんな人がいるのやなあ、ということを知っておくことは悪いことじゃない、そして彼に「おっちゃん、ここおるで」も伝えておきたいな、と思って。

 息子に提案したらすごく嫌がりました。「そら変や」そらそうやろな。また妻も母も「変」と言います。いや私は変な人なの。

 で、とりあえず私からの手紙も書いて息子に読ませたら「これ、めちゃくちゃ変や。こんなん渡す気??」

 まあでも息子もメールで「おやじがこんな変なことを言ってるが・・・」みたいに伝えるだけは伝えてくれたようです。

 で青年も「資料はもらいに行く」と返信してくれたとか。

 まあ、結局私の気持ちがどうすむか、って話だけなんだけどね。

posted by kingstone at 07:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私は奮闘していたのか?(1998年当時のウエストポーチから)

 昨日の「私のウエストバッグに1998年当時入っていた物」のエントリを読んでくださった方からこんなつぶやきを頂きました。

「当時の奮闘ぶり、試行錯誤ぶりが窺えました。本当に、どうにかしたい、の一念だったのですね。」

 ありがたいお言葉です。で、ちょっと考えてみました。私は奮闘していたのだろうか??

 1998年というと「過去の記事」とタイトルにあるエントリのシリーズです。8月下旬から1999年3月末(一部4月も)までですね。

 この頃、私はクラス・学年の子どもたち、そして新人Aさん、新人Bさんんと大笑いしながら日々を過ごしていました。子どもたちとコミュニケーションをとり、そりゃうまくいくこと、うまくいかないこと、いろいろありましたが。でもうまくいかなけりゃ「じゃあ次どうしようか」とみんなで相談し、支援グッズを作り、って日々でした。

 全然、奮闘していた、というイメージではありません。おおいに楽しんでいた、というイメージかな。

 う〜〜ん、対教師とか対学校となると・・・やっぱり奮闘だったかな。別に私の能力が高くてみなさんの能力が低かったわけではありません。しかし私の伝えようとすることはたいへん理解することがむつかしかったようです。

 こどもたちが判断できること。こどもたちが選択できること。こどもたちが自立課題学習ができること。子どもたちに表現手段を身につけてもらうことができること。こどもたちが自発的に動けること。

 そこらへんが理解がむつかしいようでした。

 で「そらkingstoneさんとこの子が軽いからできるんや。うちらの子は重度やからできません」

 いやまあねえ・・・うちのクラス(学年)だって8人8色。いやな言い方ですが「重い」お子さんから「軽い」お子さんまで揃っていました。

 たぶん私はその前の通常校から肢体不自由特別支援学校・知的障害特別支援学校そしてその後、首尾一貫して「君の考えていることや気持ちを教えてくれ!」って身をもむような気持ち((C)司馬遼太郎)が何をするにも背景にありました。で、そのためにパソコンやグッズを使ってきた。ウエストポーチの中にいれていた紙やはさみやセロテープなんかも支援グッズなんですよね。で、他の教師が形だけまねしても「君の考えていることや気持ちを教えてくれ!」が無かったら、その支援グッズはこどもたちを閉じ込める牢獄になりかねない。

 まあ、教師相手には奮闘した、ということになるのかもしれません。

7月2日(土曜日) HAPPY☆セミナーin大阪江坂

 おはようございます。

 曇りです。少しは涼しいみたいです。

 今日はおめめどう HAPPY☆セミナーin江坂(大阪)

 昨日、冷房対策にユニクロでジーンズ風(あれってデニムなのかな?)の上着を買いました。2990円。
 これだと「冬みたい」と思われずにすみそうです。

ラベル:挨拶 天気
posted by kingstone at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする