私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年06月03日

ブラック・スワン ナタリー・ポートマン主演



 怖い!痛そう!!

 白と黒。

 「いい子」と「悪い子」

 「タッチ」ともテーマは一緒??

ラベル:映画
posted by kingstone at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やがて哀しき外国語 村上春樹著

 図書館で借りて来ました。



 主としてプリンストンにいた頃に書かれたエッセイ。1994年。

「アメリカ版・団塊の世代」より

 アメリカの同世代の人たちと話していて、大きな正義について何かするのじゃなくて、自分の身の回りのことで何かやってみようと思った、というくだりで。

 でも僕も今度日本に落ち着いたら、何か自分にできることを身近に探してみようという気にはなっている。これはヴォランティアとか社会活動みたいなことをするから偉くて、しないから駄目ということではない。いちばんの問題は「自分にとって何ができるか、自分は何をしたいのか」というのを見つけることだと思う。別の言葉で言い換えれば、どこまで自分の疑問を小さく具体的にしぼり込んでいけるかということになるかもしれない。アメリカに来て、いろんな人々(とくに同世代の人々)に会って話しているうちに、そういうことについてわりによく考えるようになった。僕はずいぶん長いあいだ「世代なんて関係ない。個人がすべてだ」という考え方でそれなりに突っ張ってやってきたわけだけれど、僕らの世代にはやはり僕らの世代の独自の特質なり経験なりというものがあるし、そういう側面をもう一度洗い直して、それで今何ができるかということをあらためて考えてみるべき時期に来ているのかもしれないとも思う。

 そやな。身の回りのことで。

「バークレーからの帰り道」

 タクシーに乗ったら、黒人の運転手で有名なジャズプレイヤーとも友達というドライバーの語ったこと。

 TEACCHの最初のT(treat)の使い方。

「そう、ケニー・クラーク、バド・パウエル、デクスター・ゴードン、みんなアメリカを離れた。アメリカ人はジャズにまったく敬意なんか払わないものな。あんた、ピアニストのバリー・ハリス知ってるか?」
 「知ってる。良いピアニストだ」
 「あれも俺の友達なんだ。あいつが言ってた。日本に行ったらみんな王侯貴族みたいにもてなされる(トリーティッド・ライク・ア・キング)んだって。道を歩いていたら、みんなが寄ってきてサインしてくれって言うんだって。あいつは本当にびっくりしてたよ、うん。びっくりして感激してた。だってな、バリーがニューヨークを歩いていたって誰も見向きもしないよ。みんなただ絞り上げられたり、小突き回されるだけだ。なああんた、ここの国では俺たちはみんなほんとうに犬のように扱われる(トリーティッド・ライク・ア・ドッグ)んだよ、オー・ヤー」


「もてなす」でもあるし「扱う」でもあるわけだ。

「やがて哀しき外国語」

 外国語をしゃべる、ということについて。

 楽器の演奏にたとえるなら、超絶的なテクニックがあるからといって必ずしもより明確に音楽を表現することができるわけではない、というのと同じだ。もちろんテクニックはないよりはある方がいい。だいいち楽譜が読めなければ演奏もできない。でも極端なことを言えば、ばしゃばしゃミスタッチがあっても、途中でつっかえて演奏を中断してしまっても、こころを打つ演奏というのはあるはずだ。僕はそう思う。僕の経験から言うなら、外国人に外国語で自分の気持ちを正確に伝えるコツというのはこういうことである。

 (1)自分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントを、なるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
 (2)自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不必要である。
 (3)大事な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりと喋ること。できれば簡単な比喩を入れる。

 以上の三点に留意すれば、それほど言葉が流暢じゃなくても、あなたの気持ちは相手に比較的きちんと伝えられるのではないかと思う。しかしこれはそのまま〈文章の書き方〉にもなっているな。


「ブルックス・ブラザーズからパワーブックまで」

 この原稿の6年前(ということは1986年頃か)『ノルウェイの森』は大学ノートの罫を万年筆なり水性ボールペンなりで書いていた。で、このもとの文を書いた頃はパワーブック160/80を使っていた。当時2200ドル。この後日書かれた文ではLCIIIを購入している。今はどうしてはるんだろう?




ラベル:エッセイ
posted by kingstone at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本人とさかなの出会い 河井智康著

 図書館で借りて来ました。



 著者は水産庁に勤めていた、魚類資源の変動が専門の方。

 で、専門がそちらだし、趣味として考古学(?)をやってはるという感じかな。縄文時代の貝塚についてあれこれ書かれています。

 当時の人たちの暮らしについては、貝塚などの証拠をもとにはするけれど、推測するしかないわけで、それはそれで科学的にどうかはわからないけど、面白い。

 この本は平成13年初版。ってことは2001年。その頃までの知見に基づいている。

 発掘されたものがいつ頃のものかを知るには放射性炭素14を使って測定する。窒素14Nに宇宙線の中性子があたり、14Cが作られる。1平方センチメートルあたり、毎分100個。これが平均8200年で14Nに戻る。で大気中あるいは海面の14Cと12Cの割合は常に一定。とそこまではわかるのですが、その後、埋まっているものの中に14Cが少なくなるから年代測定ができる、という話になるのでしょうが、そこんとこがいまいちイメージできない。

 まあ、それで測ると縄文時代は地域にもよるし、いろいろ説があるが、本書ではBC1万年を起源とし、紀元ころに終わったとしている。

 (なお、石器は放射性炭素で測れないので「捏造事件」が起こった)

 安田喜徳説によると、福井県の湖の珪藻の年縞を分析した結果、約14500年前に氷河期が終わり、約500年かけて寒帯の生態系が温帯のものに変わった。ってことは、BC12000年頃で、その後、2000年ほどして縄文文化が起こった、ということになる。

 縄文時代は温暖化によって縄文海進が進んだ。ピークはBC4000年頃。関東平野だと最大40メートル近く海面があがった。東京湾であると川口・大宮・舘林のあたりまで海岸が来ていた。(温暖化で氷がとけても海面が上がるわけがない、アルキメデスの原理を知らないのか、という言説がありますが、そういうもんでもないみたい。確かに海面は上昇する。しかし、水の重みでまた海面は下がるそうですが・・・)

 大森貝塚は1877年にモースが日本にやってきてすぐに発見した。そしてその調査結果が東京帝国大学理学部紀要第一巻第一冊(つまり、日本における大学の学術論文の第一号)となった。

 この貝塚はハマグリ・アサリ・ハイガイが多い。

 魚としてはエイ・マアジ・クロダイ(ちぬ)など。

 また「埋葬」されたのではなく「20cmほどに折った」人骨が出土しているので、モースは食人習慣があったのであろうと推測している。

 夏島貝塚。層によって異なるが、カキ・ハイガイが多い。魚としてはマグロ(!)ボラ・クロダイなど。ボラ・クロダイは沿岸に多いからわかるけれどマグロまでとっていたとは。イノシシの骨から作った釣り針やシカの角から作った釣り針も出土している。

 加曽利貝塚。イボキサゴが多い。釣りの餌に使われた可能性も。

 中里貝塚。ものすごい量(10万立方メートル)の貝殻が発見された。マガキ・ハマグリが多い。どうも水産加工の拠点であったのではないか、と考えられる。また養殖(?)をしていた可能性もある。

 山内丸山遺跡。魚としてはブリがやたらと多い。

 あと多くのところでイルカやゴンドウクジラを食べたであろう後がある。



 



 
posted by kingstone at 19:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6月3日(金曜日)

 おはようございます。

 曇り。

 今日は母の通院だったのをすっかり忘れて妻と映画の計画。
 いろいろお願いして、そのまま計画通りにできることに。
 やっぱりいろいろお願いしてみるもんや。

ラベル:挨拶 天気
posted by kingstone at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする