私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年04月16日

パシフィックサプライのPacific Newsから 自閉症の人のVOCAの利用

 パシフィックサプライ社のPacific Newsには面白い記事がよく載っています。

 バックナンバーはネットにあるのですが、かなり遅れてアップされるので、今号の面白い記事を適当にまとめて紹介。原文とはかなり異なります。

Pacific News

パシフィックサプライマーケティング課AAC推進係藤井聡さんからの報告。

 新潟の田中翠恵さんの事例。

 自閉症・場面緘黙。家では普通の会話。外出時は発声できなかった。

 接客の訓練でVOCAに挨拶の言葉を入れて使用。しかし、最初は自分の声を録音することを拒否。ところが姉妹がヘリウムガスで声を変えて録音してみせると安心して自分の声を録音することができた。

 今では「自分の声」をVOCAに録音して挨拶することができるようになった。

 翻って「自分の声を他人に聞かれるのが恥ずかしい」という気持ちがあったのではないかと推測することができた。


追記
 よく知的障害の人に関わる就労指導関係者が「挨拶できることが一番大事です」と言うことがよくあります。挨拶できるといいことが多いのは確実ですが、その就労指導関係者が話をしている対象の人に自閉症に関わる人が多い場合は「あほかいな」と思います。よく人を見て言えよ、と。

 自閉症の人は挨拶というものそのものが困難な場合が多い。(ある自閉症の子が特別支援学級に交流に行き、そこの特別支援学級担当教師に挨拶を強要され直後からひどいチックを出してしまった経験もあります)またうまく教えてあげないと別の困難が起こる場合もある。例えば自閉症の人ではないけど、こんな例に近いこと。

あの「広告」は本当なのか。

 だから自閉症の人に挨拶を教えるということに少なくとも私は力を入れません。

 しかし、このエントリで紹介したようなあれこれの工夫というのはとってもいいことだと思います。


平成ジレンマ 戸塚ヨットスクールを描いたドキュメンタリー

 平成ジレンマ 戸塚ヨットスクールを描いたドキュメンタリー



戸塚ヨットスクール(公式ホームページ)

 戸塚ヨットスクールについては「こういうことちゃうかなあ」と思っていたのをこのドキュメンタリーを見ることで再確認できました。そういう意味ではこのドキュメンタリーを撮ったかたたちにありがたいことやなあ、と感謝したいと思います。

 私は戸塚さんのやっていること・考え方を「まずいなあ」「間違っているやろなあ」と思っています。でも戸塚さんは経験に基づいて言ってはる。ただその理論・言説はまあ何の根拠も無いというかデータに基づいているわけではない。でもそれは私だって同じこと。私だって経験と考えたこと・感じたことで語っているにすぎません。つまり言ってることの「確からしさ」というか「ええかげんさ。間違ってる率。うさんくささ」は同じや、ということですね。目くそ鼻くそと言うか。

 例えば「体罰をしなくなったからこれだけ世の中が悪くなった(ニートなどが増えた)」というようなことを言われるわけですが、私はそれは関係が無いと考えています。たぶんそれは経済的に豊かになって、昔から落語に出てくる若旦那や夏目漱石の「それから」に出てくる代助(高等遊民と表現されている)みたいな生活が庶民までできるようになった、ということに過ぎないと思っています。(もちろん、だから問題なし、と言いたいわけではありません)と言っても、私にデータがあるわけでは無い。

 だから確かに言えることは「私は戸塚さんの考え方は嫌いだ」ということくらいでしょう。で、これは批判というのとも少し違います。戸塚さんの「とことんつきあうぞ」みたいな姿勢は尊敬に値すると思います。私は暑苦しくて嫌だけど。で、私は違うやり方を模索したいですが。

 しかし私は「実践してる人はしてない人よりえらい」という価値観があります。だからその点で戸塚さんの方がよっぽど「えらい」
 まあ、私もぼちぼちといろいろやってみたいな、とは思っていますが。

戸塚さんの履歴はWikipediaによると

「1976年 - 株式会社戸塚ヨットスクール開校。当初はオリンピックでメダルを獲れるようなセイラーを育成するためのスクールとして発足したが、翌年の秋頃不登校などの情緒障害児の更生に効果があると評判になり、マスコミで紹介されてからは、もっぱら情緒障害児の治療を目的とした活動へとシフトしていった。同スクールの合宿に参加した上之郷利昭が著した『スパルタの海』では、同スクールの活動が生々しく報告されている。コーチ陣の過度の訓練・体罰が近因となり死者5名(2名は傷害致死、1名は病死、2名は行方不明のままみなし死亡)を出す。」

とのこと。なるほど、最初はヨットのエリート育成を狙っていたら、その中にたまたまいた「情緒障害児(不登校の子がこう呼ばれていたんですね。確かに。自閉症の子もそうだったけど。今でも「情緒障害学級」とか「情緒障害通級教室」などの名前に残っています)」に効果があった、と。

 最初の頃から戸塚さんは威嚇と暴力を使っていたようです。

 上の予告編でも過去の映像が出てきます。15秒〜20秒あたり。

 確か戸塚さんは「相手を向上させようと思って」やってるんだ、というようなことを言ってはりますが・・・この5秒ほどの映像を見て「もうたくさんだ」と思ってしまいますが。本編ではもっと長くあったと思います。

 しかし、あの頃、戸塚さんは「俺が治すんじゃない。自然が治すんだ」とも言ってはったと思うのですが。(「1983年 - 『私が直す!』飛鳥新社・角川文庫」という題名の著書も出されていましたが)

 私は「自然が治す」という言葉を読んだ時は腑に落ちるものがありました。

 ヨットはやったことはありませんが、操作しようとしてもうまくいかない→海に落ちる→冷たい・寒い。しかしそれは誰のせいでもなく自然のままであるだけ。で、それを避けようとして少しずつ操作できるようになり、それは達成感として蓄積され、楽しくなり、他の生活にも好循環を及ぼす。

 私はこれはロック・クライミングで感じました。小さな岩のでっぱり(ホールドとかスタンスとか言います)に体重をかけ登っていく。しかしでっぱりが小さすぎて身体を支えきれなくなり落ちそうになる。心の中で「神様!」と叫び祈るけれど、もちろんでっぱりが大きくなるわけではない。そして落っこちる。でもそれは誰に叱られたわけでもなく、ただ自然のあるがまま。その中で少しずつ上手になり小さなでっぱりでも登れるようになっていく。もちろん楽しい。そしてそれは他の生活にも好循環を呼び起こす。

 と考えているのですが、戸塚ヨットスクールでは少なくとも過去は海に落ちた訓練生を殴ったり蹴ったり(だったと思う。要するに人為的に痛みを与えている)しています。そんことする必要、さらさらないのに。(それは海がやってくれるのだから)今はどうだったかな。少なくとも怒鳴りつけてはいたな。

 戸塚さん。「体罰で人格を作ってあげる。相手が進歩するための体罰である」

 う〜〜ん。

 威嚇と暴力と言えば、禅宗(少なくとも曹洞宗)は入門のさい相当な威嚇と暴力を使うようです。映画「ファンシイダンス」や本「食う寝る座る」にも入門のさいの威嚇と暴力が描かれています。「食う寝る座る」は永平寺。

 入門(入山?)の希望を述べて入れてもらって生活が安定するまでは結構そういうものにさらされるようです。そうやって規矩(ルール)を学んでいくわけです。

 他の方の文でも「掃除の仕方だって殴られながら覚える」とかいうのも読んだことがあるし、悪名高い帝国陸軍内務班の生活も僧堂をモデルに作られた、という話も読んだことがあります。

 しかし、これは「住職の資格を取りたい」とか「何かを探したい」だとかで自ら望んで来るわけです。まあ中には「家がお寺でいやいや来さされた」っていう人もいるかもしれませんが。

 私は永平寺には1度行ったことがあります。父の遺骨をリュックに入れ友達に借りたスズキGSX250Eカタナに乗って納骨に行きました。永平寺の中でどっちに行っていいかわからなくなった時に、売店みたいなところにいた若いお坊さんに尋ねました。そしたらものすごい形相で叱りつけるように大声で「あっち!」と指さして言いはりました。なるほど、こうなるのか、と思いました。まあ、これはたまたまかもしれません。テレビなどに出てくる禅僧の方はにこやかで魅力的な方も多いですし。

 戸塚ヨットスクールの場合は、本人は行きたくも無かったが家族が望んで行かされた、という場合は多いのじゃないかな。もちろん本人も「変わりたい。だからちょっと行ってみたい」という希望を持っている場合もあるとは思います。しかし行きたい、という本人の気持ちが禅寺の場合とは全然違うと思います。

 最初の方に現在社長をやっているという人がインタビューを受けています。

 不良で喧嘩ばかりし喫煙し手がつけられない子だったのが、ヨットスクールでの体験が良くて更生した、みたいなことだったと思います。そういう例もあるでしょう。ただな・・・これも「体罰があったから」良かったのか「体罰があったにも関わらず」良かったのか、そこんとこは問題だと思います。

 スクールウォーズのモデル、伏見工業高校の山口良治監督のプロジェクトXを見ました。NHKの放送で本編ではなく再放送の時の最後の解説みたいなところでチョロっと山口さんが生徒をしばいたこともあったことが出て来ます。これも、実際のところ、しばかなくても十分に他の部分だけでできてはったことじゃないかな。

 戸塚さんは

1983年逮捕。
1992年。(やっていたことが)情緒障害児教育に効果があったとして執行猶予付き判決。
2審。教育ではなく暴力であると逆転実刑判決。
最高裁。2審を支持。

 この後のインタビューだと思うのですがレポーターが責任を追求したのでしょう。戸塚さんの答え。「責任?責任は取りました。賠償金を払ったじゃないですか」と答えてはります。

 これはレポーターも悪いだろうけど、戸塚さんも言うべき言葉では無かったろうな、と思います。

 そしてその後のまたインタビューと思われるもので

「体罰は今やっておりません。諸君(マスコミとか裁判所?)の命令によって」

と言ってはります。確か「そのために以前は3か月で済んだ入所が1年かかるようになった」みたいなとこも出てきたような。

 戸塚ヨットスクールの入会金は315万円。月の生活費が11万円。1年だったら450万円ほど。
 おめめどうの直接支援だったら150回受けられる値段か。

 その後に「コーチは5人。しかしボーナスも退職金も出ない」というナレーションがありました。

 10人訓練生がいたとして4500万円。「建物・食費・ヨット関連」などにもお金がいるだろうし、コーチ一人あたりの年収は300〜400万円くらいかな。もっと少ないかもしれない。まあ戸塚さんがそれ以外に講演で稼いでくるお金もあるかもしれないけど。

 再入校の時は入学金なし。

 ヨットや筋トレ以外にも英語・国語・算数もあり、またみんなでオカリナを合奏するシーンもあります。音楽ですね。後で書道の時間も出てきます。坐禅もあります。

 体罰は封印した、とのことですが、あくまでも過去のような予告編15秒〜20秒あたりのようなのが無くなったというだけで、小突いたり軽く蹴ったりはちょくちょくあるようです。坐禅のシーンにもありました。

 また校長・コーチからの体罰は封印したと言っても訓練生が訓練生を殴ったりするのは放置しています。まず女の子が青年に殴られているシーンが出てきます。(後で他にも出てきます)戸塚さんによれば

 体罰→(される方が感じる)恥ずかしいという思い→体罰を受けた者が進歩する

だし

 いじめ→やられたほうは差をつめようとする→いじめられた子が伸びる

ということです。そら無いやろ。その殴られていた娘さん。

 春香さん。13歳。

 不登校。家庭で刃物を持って暴れる。いじめで学校に行けなくなった。

 ヨットスクールに来てから、ヨットの魅力に開眼し、競技会にも出るようになった。確か夢はオリンピック出場とか言ってはったような気がする。

 これはすごくうまくいった例でしょうね。で、春香さんの小学校・中学校時代に「わかってできる」ことや「楽しいこと」「周囲に認められること」とかがあったのかなあ、というのが気になります。ヨットスクールに来て、そういうものを見つけることができたのは確実だと思います。

 
 過去、戸塚ヨットスクールは訓練生を入校させる場合、どつき蹴り拉致して来ることもありました。それは今禁じられているそう。で現在の「迎え」に行く場面も描かれていました。

 以前入校していた青年。保護者からの要請によりスタッフが迎えに行きます。そしてスタッフが再入校を勧めています。すると青年が「(今度は)どれだけ行くの?」と聞くのにスタッフが何か答えていました。このやりとりのおかしさ、気がつかないのかな。結局青年は自ら歩いて迎えの自動車に乗り込みます。確かに「自分で歩いて」乗り込んでます。しかしものすごく変。

 この青年だったか別の青年だったか。スクールの食事をおいしそうに食べている映像。いろいろあってお腹がすくだろうしおいしいだろうな。

 また帆を糸と針で修理している。わかってできる手仕事がある、というのもええやろな。

 タケアキ君だったか。11歳。小学校5年生。予告編の最初に出てくるお子さん。

 彼もいじめ・不登校だったと思います。夏休みの1か月体験入校という形で来ています。彼が海だか湖だかでウィンド・サーフィンがうまく操作できなくて困っている状態が長いこと映されています。それを見ながら戸塚さんが

「自分でやらなきゃ覚えられん」

 それは一面正しいのですが・・・知識・技術を教えようとしても学ぶほうに必要な構えが無いと教えることはできません。構えが無い時にいくらたくさんの音声言語をかけようが、文字・図を与えようが学んでくれるわけはない。しかし、必要なことをわかりやすく伝える技術というものはあります。

 戸塚さんやコーチはヨットの技術は高いものがおありだと思います。しかし伝える技術をお持ちなのか?

 そしてまた学ぶ方が構えを作ってくれるように持っていく技術というものもあります。もちろんそれは相手が失敗しているのをニコニコ見ているというのが有効な場合もあります。

 しかし、戸塚さんたちは過去は水に落ちた訓練生を叩いたり蹴ったりすることでそれを教えようとしていたし、今も罵声を浴びせることはあるよう。なんか「相手の失敗をも見守る」というのとはちょっと違っているようです。

 タケアキ君は夏休みの自由研究を「ヨットマンになる」みたいな題でまとめようとしていて、勉強したことを冊子にまとめようとしています。何かめちゃけなげです。またいろんなことを一生懸命やろうとして失敗して他の訓練生やスタッフに怒鳴られたり殴られたりしています。

 彼は「ここに1年もいられません」と言ってました。

 ケイスケ君だったか。

 大学1年で中退。ゲーセン入り浸り。借金も作り入れられる。

 今はリーダー。きちんと挨拶もできている。就職が見つかれば退所できる。その助けにと大型だか中型だかの免許も取りにいっている。合格した。嬉しそう。

 テツヤさん。26歳。

 2年前。スクールを出て就職。しかし長続きしなかった。再入校「させられた」確か薬物もやってて、タトゥーも入れてた。

 戸塚さんが自分のつてで沖縄の農家に働き口を見つける。ここらへん、「とことんつきあおう」的な感じがよく出ている。

 しかし、後でわかりますが、3か月後、テツヤさんは行方不明になります。脱走と言うか。

 小5のタケアキ君が戻って来る。お母さんに

「今度は戸塚先生が『いい』って言うまでいなさい」と言われて。はあ・・・ためいき。先生がいいと言うまで・・・本人や、お母さんはどこに行った・・・

 ここで愛知の情緒障害短期治療施設が映る。ナレーションで全国で1400人の受け入れ体制しかない、必要とする子どもは18万人いるのだがと。う〜〜ん・・・立派な施設が映ってました。「情緒障害短期治療」ねえ・・・名前が無茶苦茶な気がするのですが。どんな子どもが行っているんだろう。確か、不登校の子に対応しようとしてできた、みたいな経緯があったと思いますが。でもよくわかりません。

 所長さんだかにインタビューしていました。なんか立派そうな方でした。年収1000万円超えてるやろな。ついそこを考えてしまいますが。で、よく聞き取れなかったのですが、戸塚ヨットスクールのことを尋ねられてだと思うのですが、にこやかに笑いながら「よくはわかりません。でも悪い評判しか聞こえてきません」とかおっしゃってました。

 で、この方はどんなことをやってはるのかな。

 カズエさん。17歳が来ます。

 不登校。家庭内暴力。自傷。戸塚ヨットスクールは自傷の方は受け入れない方針でやってきていたそう。それは正しいことだと思います。これは自傷の方に関わるな、ということじゃなく、戸塚ヨットスクールのやり方では発達障害や精神病圏の方には危険なだけで意味がないから、という意味です。

 しかし保護者からの相談を受け、見かねて戸塚さんが受け入れを決めます。予告編1分6秒あたりから出てくる右側の方です。左側が春香さん。予告編では顔を見えなくしていますが、本編では出てきます。

 カズエさんは、ヨットスクールに来て年齢の近い春香さんとすぐに仲良くなり、いろいろな活動に参加します。すごく楽しそうな表情でした。

 しかし3日目。カズエさん、春香さん、戸塚さんの3人で屋上に上がり洗濯物を干している時に突然塀を乗り越え投身自殺を遂げてしまいます。その後で、マスコミは戸塚さんを責めるようなインタビューをしていましたが、これは戸塚さんを責めるのは酷というもんでしょう。

 たぶんカズエさんは(小さい時は別として今は)死に近い所にずっといて、しかし何も身動きできずに止まっていたのでしょう。それがスクールに来ることでいろいろなものが動き出した。そしてそれがたまたま死の方へ行ってしまった。

 ご両親はスクールでの葬儀を望まれます。そして戸塚さんはそうします。参加者はスクールのスタッフとご両親だけじゃなかったかな。それがどれだけカズエさん一家が社会と切り離されていたか、そして社会とのつながりがスクールしかなかったということを表していると思えました。本当にスクールのみが心のよりどころだったんだろうなあ、と。ご両親はスクールにたいへん感謝しておられるようでした。

 免許を取ったケイスケ君が退所をまたずに脱走します。ホームレス生活を送った後、生活保護を申請しようと役所に行き、保護者に連絡が行きます。保護者からスクールに連絡が行き、スクールからスタッフが迎えに行きます。そしてスクールに連れ帰り・・・何かよくわかりませんが、叱られて(?)正座しておけ、と言われて鏡の前で正座さされます。20歳過ぎている青年が・・・

 そしてケイスケ君はまた脱走。今度は弁護士のところへ駆け込みます。そして弁護士はスクールと交渉を始めます。


 何て言うんだろう「脱走」と言うか、「ここにいろ」というプレッシャーが強いところでは「出て行きたい」と考え行動したら「脱走」になってしまうのだけど、そうなるあり方自体が間違っているのじゃないか。


 で、こわいな、というかまずいな、と思うのは戸塚さんの講演会にたくさんの教師や保護者がやって来て学ぼうとしているということ。そっちやないで、って言いたくなるな。

 最初に書いたように戸塚さんの「とことんつきあうぞ」みたいなのを学ぶといい人はいるかもしれない。しかし「体罰がいい」というのはちゃうなあ、と思います。

 結局「わかってできる」「楽しいと思える」「他人から認められる」ことがどれだけあるか、ということなんじゃないかと思います。その具体的あれこれをどれだけ用意できるか。また「適切に表現する手段」がどれだけ確保できるか。

 それとお金のことですが、戸塚ヨットスクールは年間450万円ほどでしたけど、一般の学校っていうものは例えば40人学級ならば子どもたちが毎朝500円玉を握りしめて担任の先生のところに持って来てくれているんだ、ってことは忘れないようにしときたいもんです。(他の先生方、施設の運営費も入れると毎日1000円持って来てくれているのかもしれない)特別支援学校だったら一人のお子さんが7000円握りしめてやって来てくれる感じか。(こういうのは教師の年齢とかによっても変わってきますが)

 怒鳴りつけてしまうこと、叩いてしまうこと、そんなことは「つい思わず」やってしまうことはあると思います。しかし技法としてやってはいかんだろうし、またしょっちゅうそんことがあるのなら、その「怒鳴ってしまう、叩いてしまう」人自身の環境設定・表現手段はどうなっているのか、を考えてみる必要があると思います。(怒鳴られる、叩かれる人のではなくてね)


 まあ、私も他人のことばかり言ってないで、何か地域でできたらなあ、とは思っていますが・・・たぶん、いろんな薄いつながりをいっぱい作れたらいいんだろうなあ。

4月16日(土曜日)

 おはようございます。

 明るいけど曇りですね。昨日は雨が降ったけど、今日はどうだろう。

ラベル:挨拶 天気
posted by kingstone at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜桜

 夜桜。


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ラベル:桜 写真
posted by kingstone at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上間綾乃ライブ

 今日、上間綾乃さんのライブに行って来ました。こんな方。



オフィシャルWeb

上間綾乃の、日々ブログ

 コンサートなんて何年ぶりか、って感じでしたが、妻が「三線のコンサートに行く」というので何も知らずに私もついて行ったのです。

 場所は100人ほど入るレストラン兼居酒屋という感じの所。ほぼ満席でした。で、最初に歌い出した時から「はあ〜なんかすごいなあ」という印象。どのくらいかと言うと、ラストでは9割の人が立って踊っているくらい。私は踊らない残り1割でしたが。

 たぶん私は頬杖をついて難しい顔をして外から見たら全然楽しんでないように見えたかもしれませんが、おおいに楽しんでいました。

 高三からコンサートを始め今7年目とおっしゃってましたから、地元から「勝ち上がって来た」方なのでしょう。やっぱり力ありますねえ。

 まあ、私と来たら、コンサート中にネットサーフィンして、上のブログを探してコメントつけたりしてました。(しかしiPhoneからだったので、舌足らずでまるでストーカーみたいなコメントになってる(笑))

 でもって、100人、前売りの料金3500円として、35万円。そのうち上間さんにはいくらくらい入るのだろうか、なんてこと考えてました。こんなライブが毎日あるわけじゃないだろうし、これだけ勝ち上がって来た人でもなかなか音楽業界は厳しいんだろうなあ、とか。

 まあ、良かったです。





ラベル:沖縄 三線
posted by kingstone at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする