これからマチートさんが1996年に書かれた「中間管理職育成講座」を数回に分けてアップしたいと思います。
言わずもがなのkingstoneの前書き。
マチートさんは当時、成人施設を切り盛りする立場におられました。
ここで中間管理職と言うのは、特別支援学校だったらクラス主担(主任・主事)学年主担(主任・主事)学部主担(主任・主事)などにあたるでしょうか。特別支援学級であれば1クラスだったらまさにその先生自身だろうし、複数クラスだったらそのチーフになる先生だろうし。(いずれも私が勤務していた大昔は給与上などは何も変わりはありませんでした。地域によっては学部の主になる方は手当が違っていましたが。あ、学年主任も国からの手当はあったか。組合によっては返納していたけど)
しかし、実際問題としてはヒラであったとしても中間管理職として動かなければならないことはよくあります。ある理念を持って、かつ組織をうまく動かしていくためには中間管理職としての働きが求められます。
例えば私は特別支援学校でクラス主担(同時に学年主任)になったのは97年・98年の2年で後は降格(?もちろん後進を育てるために若い人が主になる、ということはあり得ます)でしたが、実質上は中間管理職的にクラス・学年・学部・学校の改善を99,00もやり続けたのではないかと思っています。
マチートさんは「中間管理職育成講座」と銘うたれていますが、たぶん「みんな」に必要な知識じゃないかな。
また基本的に1996年(15年前!!)のままの文のうち名前など一部改変を加えていますが、基本的にはそのままアップします。ですから今ではマチートさんが使われない表現もあるかもしれません。
では、始まり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マチート 中間管理職育成講座初級編1
□ 目的
この講座は, 自閉症をはじめとする発達障害をもつ子どもや大人の療育・福祉・教育に従事している人向けのものです. それも,現場の援助プログラム決定に発言力があり, 職員研修計画を委託されている中間管理職向けの講座です.目前の発達障害をもつ子どもや大人の問題行動を理解したい, あるいは無くしたいと切実に願っておられる直接サービス提供者は, 「問題行動の理解と対処法マニュアル 」を御利用ください.入手先は次の通りです.
-----------------------------------------------------------------------
-----------------------------------------------------------------------
中間管理職の方でも, 上記のマニュアルをまだ利用していない方は,早速入手し,読破しておくことを強く勧めます.
さて,本講座の目的は以下の3点です.
1) 起きているトラブルの原因を探る思考法の整理
2) トラブルが解決できない職場のシステム上の不備の指摘
3) 職場のシステムをどの方向に変化させていけばよいか考える機会の提供
□ あなたの職場のレベルは?
下の図を見てください. これは,あなたの職場が,発達障害をもつ人個々に,どれくらい柔軟で質の高いサービスが提供できているかを表した概略図です.
援助の成果↑
| (1)---レベル1
|\
| \ (2)---レベル2
| \
|\ \ (3)---レベル3
A| \ \
| \ \(4) (4)---レベル4
|\ \(3) \
B| \(2) \ \
|(1) \ \ \
+−−−−−−−−−−−→ 要求される難度
a b
水平軸の「要求される難度」 とは,あなたの職場に求められている課題の困難性を示しています. たとえば,職員1人に対して2人の障害者にサービスを提供している職場より, 5人の障害者にサービスを提供している職場の方が,要求される難度は高いといえます. たとえ,職員配置の割合が同一でも,知的に重度な障害をもつ人が多かったり, 行動上の問題を示す対象者が多い職場も難度は高いはずです. また,発達障害児者の援助に未経験の職員ばかり(職員が定着しない) ,限られた職員研修の機会や資金しか持ち合わせない,保護者会からの希望が多いなども,その職場に課せられる難度は高くなります.
垂直軸の「援助の成果」 とは,あなたの職場が発達障害をもつ利用者の生活をどれくらい向上させたかを表しています. 学校であれば,学習の進度や発達の促進が見られる, 一人ひとりが落ち着いている,静かだ(先生が大声を出さずに済んでいる) ,保護者の満足度が高い,地域の親の会から人気の高い教室,たくさんの一般就労卒業生を出している, などが代表的な成果です.成人の施設では, 生活全般に選択範囲が比較的広く保証されている,という成果もありますね. 厳密に,誰もが納得できる定義された成果とは何かについて,ここでは深く追求しません.ファジーに考えてください.
そして, レベル1,レベル2,レベル3,レベル4とは,あなたの職場の力を表します. 数字が大きい方が,より柔軟で質の高いサービスが提供できている職場です. なぜなら,「要求される難度」が高くなってもより高い「援助の成果」を生み出せる職場だからです.
ある職場では,垂直軸で A の成果をあげていました(上の図参照).この施設は, 地域からも比較的良好な評価を得ていました.ところが,今年から,行動上の問題が頻繁に見られる利用者が2人通うことになりました. いままで,水平軸の a の難度から,急に b の難度が要求されてしまったのです.昨年同様の A の成果をあげることはできなくなってしまいました.なぜなら,この職場はレベル2の力しか持ち合わせていなかったのです(垂直 A と水平 a の交差点を確認してください).事実 B ,つまり今までの半分の成果しかあげることしかできませんでした.難度が b に上がっても,同じ成果を維持するには,職場の力をレベル3(垂直 A と水平 b の交差点を確認してください)に上げなくてはいけません. 今までの,プログラムやその決定のシステム,職員教育ではそれは無理です.
ここで辛辣な主張をいたします. 現在の多くの療育・教育・福祉の職場は,レベル1です. ですから,今のあなたの職場はレベル1なのです.この現実をあなたは受容しない限り,決して職場のレベルアップは実行できません.
マチート 中間管理職育成講座初級編2
□ トラブルを扱う
この講座では, 職場の力量を判断する材料として,「トラブル」を扱います.ここでいうトラブルとは,一般に自閉症やその他の発達障害児者の問題行動とか,強度行動障害児者の問題といわれているものです. なぜトラブるという言葉を選んだかというと, 発達障害をもつ人の問題行動に困っている現場の多くは,行動そのものというより, それにより派生する周囲を巻き込んだトラブルに困っているという現状があるからです(実際には気づいていない人が多いですが).
トラブルとは, 非常に社会的な,そしてときには政治的な事象です.まさに,中間管理職の皆さんが扱うべき課題ではありませんか.
□ トラブルはどうして大きくなるか
この講座では, トラブルが大きくなったり,小さくなったりする要因を4つに分けて考えます.下の図を覚えてください.
+------------+
| トラブル |
+------------+
|
+---------------+-----+--------+---------------+
| | | |
+----------+ +----------+ +----------+ +----------+
| 行 動 | | 環 境 | | 見 方 | | 応 対 |
+----------+ +----------+ +----------+ +----------+
【行動】
行動とは, 発達障害をもつ人の行動そのものを指します.
この行動の強度,頻度がトラブルを大きくもし, 小さくもすることはお分かりだと思います.比較的低年齢の子どもによくみられる例をあげます.
「ピョンピョンと飛び跳ねる」
子どもの行動は, 1日に数回の頻度より,数十回あるいは数百回の頻度の方が大きなトラブルになるであろうと, 誰もが予想できると思います.飛び跳ね方も, ピョンピョンと軽く繰り返す程度ならよいのですが,椅子や机,箪笥(本棚)の上から繰り返し飛び降りるというスタイルになってしまうと,トラブルが大きくなりそうです. さらに,体重が20キロの子どもと,80キロの子どもとでは,大違いです.
【環境】
環境とは,上の行動が起こっている場面の,物理的・社会的な環境を言います.
行動が同じであっても, この環境によってトラブルは大きくも小さくもなります. ピョンピョンと飛び跳ねる子どもの例では,広々とした公園で飛び跳ねるより, 満員電車の中で飛び跳ねた方が大きいトラブルになります.また,集合住宅の自宅で, 防音設備に不備があり,階下に口うるさい家族が住んでおり,深夜に飛び跳ねられると大変大きなトラブルになります.
もっと, 複雑な社会的環境も考えられます.この自宅でピョンピョン飛び跳ねる子の両親には, この行動に対して具体的に相談にのってもらえる専門家や同じ障害をもつ親のグループといったネットワークをもっていれば, 多少なりともトラブルを少なくできそうです. さらに,近所づきあいが巧い,常にお詫び用の菓子折りを保管しておく周到さ, 祖父母のケアや心理的支援が大きいなども,重要ですね.
【見方】
行動の受け手側の社会的環境は, 深く推理しはじめるときりがありません.そこで,行動をどのように受け止めるか,その見方という分類を加ます.つまり,見方とは,行動を周囲にいる人間がどのように見・考えているかを指します.
ピョンピョン飛び跳ねる子の母親が,「子どもの問題となるような行動は私にすべて責任があり,すべて自分で解決しなければならない」と考えている場合と,「子どもの行動は私一人だけで解決することは難しく,家族,友人,専門家などの意見や援助を活用する必要がある」 と考える場合とでは,トラブルの大きさは全く違ってきます.見方を表す代表的な言葉をいくつか紹介します.
抱え込み VS 放り出し
計画的 VS 場当たり的
楽観的 VS 悲観的
受動的 VS 能動的
訓練的 VS 支援的
ノーメーティブ VS オルタネーティブ
厳格 VS ずぼら
【応対】
応対とは, 行動に対して周囲にいる人間がどのように応対しているかを指すものです. 応対の如何によって,行動が強烈になったり,持続したり,弱まったりすることは, 学習心理学の分野では常識になっております.ですから,この応対がトラブルの大小に大きな影響を与えるのは当然ですね.
ただし, 個々の,あるいは一対一の分析に長ける学習心理学と,職場の職員全員の教育に責任をもつ中間管理職のあなたとでは, 応対について異なった視点をもつことが大切です. 複雑な分析ではなく,まず,どれくらいの割合,統一的な応対ができるのかどうかに注目してください. 自宅でピョンピョン飛び跳ねる子の応対に, 両親は,
1)叱る,
2)叩く,
3)無視する,
4)抱きかかえて制止する,
5)手を取り外出する,
6)お菓子を与えて制止する,
7)布団を引いてクッションにする,
8)お風呂に入れる,
などなど,非常に多くの応対を無意識的に使い分けているかもしれません.さらに,一般の療育・福祉・教育の職場では,応対する人が1人ではありませんから,応対のバリエーションや一貫性の割合は,まさに千差万別になります.
マチート 中間管理職育成講座初級編3
講座1では, あなたの職場の力量をレベル1〜4に分けるアイディア(概略図あり)を, 講座2では, あなたの職場で起きているトラブルの大小には「行動」「環境」 「見方」「応対」の4つの側面から分析するアイディアを提案させていただきました. どちらも,非常にマクロで,厳密さに欠ける仮説です.ところが,この二つの仮説を頭に入れ, 私が多くの職場を観察したところ,一つの傾向が見えてきたのです.
□ レベル毎による職場の視点
【レベル1】
もっとも職場の力量が弱いこのレベルは, 先にも言った通り,あなたの職場です. そして,このような職場は,トラブルが起きているとき,その「行動」にほとんどの視線がいってしまいます. 他の側面はほとんど見えていないようでもあります.
ただし,ケース会議や職場の打合せでは,「行動を変化させるに,私たちはどのように関わっていけばよいのでしょうか?」と必ず言います.つまり, 「応対」にも気にかけているかのような発言がたくさん出ます.でも騙されてはいけません. 実際,今どのような応対をしているか,厳密に洗い直すことはありません. もし,誰かから偶然,洗い直し案が出されたにしても,どうやっていいか全くわからない, あるいは全く役に立たない洗い直し方法しか思いつかないものです. 結局,次の会議に,新しい情報を元にした提案が出されることはありません. 応対が気になるのは,何らかの根拠があるわけでも,実績があるわけでもなく,多くの場合,トラブルを解消する絶対的な応対(関わり方)があるという迷信を職員が抱いているだけのようです.
【レベル2】
ひとつ上のレベルは, あなたがこれから目指すべき職場です.この職場は,トラブルが起きているとき, 職員間でいかに「見方」を一致できるかに力を注いでいます. そして,中間管理職が十分本来の働きをし,見方を一致させる(大きなゴールを決める)ための仕組みができています.
つまり,どういう時に,どういうメンバーで, どういう情報を持寄って,何を決定するためのミーティングを行うか, ほとんどの職員が知っている職場になっています.また,このレベルの多くの職場では, 見方を一致させ実践をすすめてきた中で,「環境」特に物理的な環境の変化がもっともやさしく, そして効果的なトラブル減少の戦略であることを知っているようです. ただし,環境を整備するための完成したシステムまでは, 持ち合わせておりません.もちろん,トラブル解消の絶対的な応対といった迷信は,ほとんどの職員が信用していません.
【レベル3】
さらに高いレベルの職場では, 「見方」の一致と「環境」調整のシステムは完備されております.ここまで成熟していると,レベル1で全く不可能であった「応対」の統一に着手することが可能です. 絶対的な応対は存在しないが,見方と環境の整備に加え, いくつもの有効な応対が考えられるようになっているのです.
ただし, ここでも最良の応対を見つけ出すシステムは出来上がっておらず,手探り状態が続いております. ただし,計画した応対が効果的であったかどうかをチェックする機能は働いております.
【レベル4】
ここで私の無知ぶりを白状しなくてはならなくなりました. 実は,私はこのレベル4の職場を知りません. そんな職場があるのかどうかもわかりません.多分, 「見方」「環境」そして「応対」を調整できる十分なシステムがそろっている職場だと思います. そしてこのレベルだと,事前に,いつ,どの程度までトラブルをコントロールできるか, かなり高い確率で推測できるように思います.まさに,ユートピア,桃源郷,はたまた天上世界か.
□ ちょっと一休み
初回から3回まで, 全く抽象的で,それでいて用語の定義がわかりづらいものだったと思います. 次回からは,実際の職場でみられるトラブルの事例をあげながら, より具体的な内容で「職場の力量」と「トラブルの側面」との関連性を解説していきたいと思います. なお,事例はすべて実話を元に私が多分に脚色したものです. どこの職場でもありそうなトラブル事例を集めましたので,期待してください.
p.s. 皆様へ.ジョークだと思って軽く読んでくださいね.決して自分の職場やうちの子どもが通っている職場に当てはめて考えないでください.