マチート 中間管理職育成講座初級編13【事例2:わざとらマン】 あなたは,とある街の特殊教育担任者研修会のとりまとめ役に就いて2年目です.2学期最初の研修会の日のことです.小学校の特殊学級に赴任してから4年目になる,日頃から研修熱心な先生が,相談を持ちかけて来ました.今年の研修会のモデルケースにしようと考えていたケースについて,困っていることがあるというのです.
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担任:
今年入学したヒロシ(仮名)くんのことでちょっと困っています.ヒロシくんは,自閉症と診断されている7才になったばかりの男の子なのですが,その子の言語・コミュニケーションを伸ばす指導やかかわりをどうすればいいか考えているのです.簡単な資料を作りましたので見てください.
あなた:
(資料を受け取る)コミュニケーション能力を伸ばすと言うことですね.知的には軽度の遅れをもつ自閉症のお子さんですね.先生の資料には,目の前にある品物や動作の命名は可能で,文字を読む能力にも長けているようですね.問題は,自分の気持ちや自分の経験したことを伝えられないためにトラブルが起きているのですね.
担任:
そうなんです.最近,学校にも慣れたらしく,人の注意・関心を引くことばがどんどん増えて,どのように指導すればいいか悩むことが多いのです.うまく感情やそこへ至る経過をことばで表現できると,問題は解決すると思うのですが.
あなた:
(ミーティングの進め方の原則に沿って)資料だけではわからないので,具体的に教えていただけますか.今日は9月28日ですね.昨日,先生が「コミュニケーションがうまくできれば解決するのに」と感じたのはどんな時間ですか.
担任:
昨日に限らずですが,掃除の時間が一番困っています.私やもう一人の担任に対して,「バカ」「オシッコもらしちゃう」と言ったり,時にはつばをかけたりするんですよ.
あなた:
暴言を吐く訳ですね.きたない,挑発的なことばの代りに,自分の気持ちやどうしてそうなったかを伝えてくれれば,こんなトラブルは起きないというのですね.
担任:
その通りです.
あなた:
(背後にある問題点に興味が沸く)そのトラブルが起きる状況をもう少し詳しく教えてください.掃除の時間は何時でしたか.昨日は.(と話しながら,タイムテーブルを即席で作る)
担任:
掃除は1時10分からです.ですから,注意を引くことばも1時10分直後だと思います.
あなた:
掃除の前の時間は何ですか? お昼のことですから給食からのスケジュールを教えてください.
担任:
昨日は12時20分から給食で,12時50分に給食が終わり,休み時間です.そして,1時10分から掃除です.
あなた:
ヒロシくんは,その時間割りに沿って動いているのですか.昨日のヒロシくんの動きを細かく教えてください.時間を今プロットしますから(と,メモのタイムテーブルに10分単位の時刻を書き込む).
担任:
うちのクラスは,12時15分頃から給食の配膳指導を開始し,12時25分頃に食事を食べはじめます.昨日は,ヒロシくんの好きなスパゲッティでしたから,みんなでいただきますをする前から,一人で給食に手をつけていました.何度か注意したんですけどね.だから,みんなが食べはじめてまもなく,ヒロシくんはおなかがいっぱいになっていました.多分,12時半には,席を離れて,部屋の中をフラフラしていましたね.何度注意してもだめでした.12時45分ごろ,最後の子が食べ終わり,ヒロシくんも席に戻して,「ごちそうさま」をしました. 休み時間もヒロシくんは部屋の中をあっち行ったりこっち行ったりしています.不思議なことに,(1時10分の)チャイムが鳴ると,「掃除だよ.掃除しなさい」 と言いながら教室を逃げだすんです. 決まって,トイレ前の廊下に座り込んで,私が追っかけて行くと,その暴言を吐くのです.だいたい,廊下で4〜5分説得して,手を引いて教室へ戻ります.
あなた:
1年生のヒロシくんも掃除するのですか?
担任:
一人でできることはないのですが,担任のどちらかがついて,ぞうきんをしぼったり,ゆかをふいたり,机を移動したりします.目を離すと,すぐ廊下へ逃げて行きますから,常に誰かがつき添います.
あなた:
掃除は苦手のようですね.
担任:
そうなんです. いろいろおしゃべりするのですから, こういうときにもっと役にたつことばが言えるといいのですけどね.
あなた:
たとえば,「ぼくは掃除が苦手だし,嫌いなのに,どうして先生はぼくのいやがることをさせるんだい」とかですか?
担任:
(表情が少し険しくなり).....
あなた:
冗談.冗談.アハハハ.(と笑って,その場をのりきり,すかさずこれまでの話しをタイムテーブルに書き綴る)
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この会話だけでも,最初のキーワード(言語・コミュニケーション能力を伸ばす)が,現実のトラブル解決に妨害になっているか察しがつきますよね.いかがでしょうか.ちょっと,難解かな?
(kingstone 私がこれを読んだ1996年当時、私はこの文を理解できませんでした。今、手に取るようにわかって爆笑できます。また、2000年くらいから他の学校の他の教師からの相談を受けることが増えました。その時、ここに書かれているようにその先生が「ここが問題だ」と言われて、それは否定せず、まず朝の生活から順番に聞いていくとどこが本当の問題点か、よくわかるようになっていきました。ただし、それをその「本当の問題」を先生に伝えるのは、うまくいったり行かなかったりでしたけど)
マチート 中間管理職育成講座14KING STONEさんへ
多分,私たちは普段職場で,いろんな意味でプライドを持って仕事をしているのだと思います.熱心に,たくさんの勉強・自己研修を積めば積むほど,このプライドは高くなります.そのプライドは,当然「こだわり」や「枠組み」を形作りますよね.これを真っ向から否定されるのはたまったものではありません.今回の事例の「面白さ」がここにあるのです.「面白さ」と表現するのは不謹慎かもしれませんが,この講座では断固「面白さ」で通していきます.
KING STONEさんが例に出してくれたものも,ヒロシくんの担任の流儀も,ささいなきっかけ(あるいは,伝統)でいつのまにか習慣化されてしまったものですよね.詳細な分析や議論を通して決定したことではないはずです.現実の職場は,こんな専門家(教師,指導員など)の一方的な「こだわり」や「枠組み」がたくさんあります.特に,レベル1の職場は,この塊です.
「どうしてこうするのか?」と人から言われる前に自分で疑問を感じれば,変えてしまうのは簡単です.でも,人に先に言われると,プライドが拒否します.職場(自分の指導方法)を向上させ,よりよい成果を生みだそうとする担任のモチベーションを低下させてはいけません.でも,根拠のない枠組みを守ることでプライドを保とうとしているなら,その枠組みをはずしてあげるのも中間管理職の仕事ではないでしょうか.
と,書きながら自分のことを棚にあげるマチートです.気にしない気にしない.これはジョークの講座ですから. 問題行動の理解と対処法マニュアルのペーパー版のフォームは,自分ではなかなか気にいっています.
Fさんへ
KING STONEさんへのレスでカッコイイことを書きましたが,どうまとめようか悩んでおります. そこでまず, OFFさんが指摘してくれた, 「コミュニケーションを伸ばす」のキーワードと問題解決とのずれをまとめたいと思います.非常にオーソドックスな教科書通りの解決法を提示してから,笑ってごまかしたままの担任にいかにプレゼンテーションするかを考えることにします.
□ 問題の整理 ヒロシくんの昨日のトラブルをタイムテーブルにプロットしてみました.
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| 時 間 | 時 間 割 | ヒロシくんと担任のの動き |
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| 12:10 | 生 活 | (給食の準備にとりかかる) |
| +----------+ ヒロシくんは一人先に食事に手をつける(担任注意)|
| 12:20 | 給 食 | |
| | | (全員でいただきます) |
| 12:30 | | ヒロシくんは満腹.席立フラフラ |
| | | (担任注意) |
| 12:40 | | ヒロシくんは席につかされる |
| +----------+ (全員でごちそうさま)ヒロシくんの席の後ろに担任|
| 12:50 | 休み時間 | 教室の中でフラフラ |
| | | (給食後始末→自由遊び) |
| 13:00 | | |
| +----------+ ヒロシくんは「掃除だよ.掃除しなさい」と叫び |
| 13:10 | 掃 除 | 全速力で教室から逃げだす(担任後を追う) |
| | | 廊下をかけ抜け,トイレ前で座り込む |
| 13:20 | | (担任教室へ戻るよう説得手を引っ張るの繰り返し)|
| | | 「バカ」「オシッコしちゃう」ツバはき |
| 13:30 | | あきらめ,教室へ帰る |
| | | ほぼ全介助でそうじに参加 |
| 13:40 | | |
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タイムテーブルを書き込んでいるうちに, あなたは大変心配になってきました.もうひとつ正確に情報収集しておいた方がよさそうです.教室の見取図についてです.ヒロシくんのクラスは,4人の児童に先生2人と,非常に恵まれた労働条件です.その上,ヒロシくん以外は,グループ活動にほとんどのって生活しているようです.授業のほとんどは,教室の前方(黒板側)の机に座って行われます.ヒロシくんの席は,ベランダから2番目です.給食もこの席で食べます.
あなたは,担任からの聞き取りをもとに,下の図を完成させました.
【教室の見取図】
廊 下
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|□ 本 □□□□□ 遊具置き場 |
|□ 棚 教 材 棚 |
| +--+ |
|| | | ○ サーキット台 |
|| +--+ |
||黒 | | ○ |
|| +--+ 簡 □ |
||板 ○ ○ 易 □ |
|| ○ +--+ +----+----+ ロ □ |
|| +---------+ | | ○ | | | ッ □ |
| | 事務机 | +--+ +----+----+ カ □ |
| +---------+ | | ○ | | | | □ |
| | 事務机 | +--+ +----+----+ |
| +---------+ ○ ○ シンク ■ |
|□□□ ○ ■ |
+------------------------------------------------------====== +-+
ベ ラ ン ダ
マチート 中間管理職育成講座15□ がっかり あなたは, 1年半ほど,ヒロシくんの担任と一緒に研修を受けていました.報告書のまとめや勉強熱心さで非常に買っていた人です. そのうえ,昨年は「自閉症療育ハンドブック(学習研究社) 」をテキストに,特殊学級のマネージメント方法について議論し,報告書も作成したのです.
愚痴を言ってもはじまりません. 昨年は,報告書でまとめたマネージメントのイロハがなくても, 何もトラブルが起きなかったのです.つまり,「変わらなくちゃ」のニーズがなかった訳です.
そして,今年ヒロシくんが入学し,マネージメントが難しくなったのでしょう.でも, 教師対児童の比率がリッチですから大問題にはなっていないはずです.そこで, マネージメントではなく,担任のもっとも興味ある,コミュニケーションに解決の糸口を求めているのかもしれません. いや,学級マネージメントの技法を軽視しているのかな. それとも,今の学級マネージメントに絶大な自信があり,他者に触れられるのはプライドが許さないのかな.
理由はどうあれ, 現在のヒロシくんのトラブルは,コミュニケーション能力をどうのこうのとは関係のない(もちろん無関係ではありません) ,非常にお粗末な学級マネージメントを行っているために違いありません.
□ マネージメントのイロハ 継続的なトラブルは, そのトラブルが起きない状況作りに目を向けなくては,何も解決しません. これこそ学級マネージメントのイロハです.ヒロシくんのトラブルは,まず間違いなく,次の2つの基本的な手だてで予防できます.
1) 物理的構造化(教室内の家具の配置替え)
2) スケジュール(ヒロシくん向けの個別化された日課表の作成)
聴講されているみなさんは, これから中間管理職になろうとしている訳ですから, 学級マネージメントのノウハウはお得意ですよね.本講座13と14の情報だけでも, よりよい方法がいくつも頭の中で浮かんでいることでしょう.せっかくですから, 自分のアイディアをノートに書き込んでください.自信がない作品は, 提出していただければ添削いたします.要点は,これから簡単にまとめておきますので,参考にしてください.
□ 教室の物理的構造化 まず, 教室の物理的構造化から解説いたします.物理的構造化の原理は,以下の通りです.新任指導員(教師)研修の資料を抜粋してきました.
「教室の物理的レイアウトは学級マネージメントの最初の基本である. 障害児福祉あるいは特殊教育担当者は, 教室内でAという活動とBという活動を,毎日必ず別の場所で行うことが大切であることを知らなくてはならない.さらに,それぞれの場所が, 視覚的に明確に仕切られていることが大切であることも知らなくてはならない(区画を作る) .これによって,生徒は区画と活動との結びつきを早く理解し,そしてその(教室)環境を早く理解するのである.教師(指導者)は教室において,1日の中でどんな活動をどんな意図をもって行うのか,注意深く洗い出す必要がある. そして,主な活動それぞれの区画をデザインしなくてはならない. 日課の出しにより作成された基本的区画と生徒個々のニーズを擦り合わせれば,最良の教室のレイアウトができあがる.」
ヒロシくんの教室の日課を洗い出してみました. 教室内の主な活動は,次の6つです.
1) 集団(4人一斉)で机についての授業(含む給食)
2) 個別(1対1ないし自習)で机についての授業
3) 集団で動き回る授業(簡易サーキットと体操)
4) 着替え
5) 手洗い・歯磨き
6) 休み時間の自由遊び
生徒個々のニーズとしては, まずヒロシくんの教室からの飛び出しを考慮する必要があります.ただし,逃げ出しのスタート地点は,「集団で机についての授業」「集団で動き回る授業」「着替え」「休み時間の自由遊び」の4地点です.他の生徒について,現時点では特に考慮すべき点がないとすれば,
1) 逃げ出すスタート地点から出口までの距離を長くする
2) 出口まで走り出す間に教師がブロックできる
の2つが, 生徒側のニーズとして考えられます.「自閉症療育ハンドブック」や「自閉症のトータルケア(ぶどう社)」に紹介されている見取り図を参考に,両者を擦り合わせてみましょう. きっと素敵な教室のレイアウトが出来上がったことでしょう.家具は増やしてもかまいませんよ.
ということで,Gさん,Cさん,Dさん,こんな風に話をもってきてしまいました. 拍子抜けかもしれませんが,主題は「キーワードは現実のトラブルを表さない」事例紹介なのですから.
kingstone つい先日、ここに書かれていることの入り口をもっと簡単にある先生方に伝えました。伝わったかなあ・・・伝わらないかなあ・・・