私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年02月13日

そこまで言うか! ひろゆき×ホリエモン×勝間和代鼎談

 図書館で借りて来ました。



 もともと2010年5月3日に勝間氏が司会をつとめるテレビ番組「デキビジ」に西村ひろゆき氏をゲストに呼んだ。そこでネットでの匿名・実名の話から二人の議論がすれ違い、特にネット上では「勝間氏の態度がたいへん失礼」みたいな論が沸騰した。そこで堀江氏が司会を買って出て鼎談をしようという話になった。

 この鼎談、めちゃ面白いです。勝間さんが若い頃から「パソコン(生後まもない赤ちゃんを抱っこして秋葉原にパーツを買いに行くほど)」「ゲーム」「漫画」についてオタクだということ(今まであまり語られて来なかったらしい)がわかります。

 またホリエモンはアメブロで1万円から100万円までの(金額はその間)お金をもらい、アメブロスタッフが24時間コメント欄を監視していてくれる。すごいな。私も西原理恵子さんのブログ(アメブロ)にコメントを書いたことがありますが、速攻で削除されたようです。別に悪口は書いてません。褒めてかつ私のブログに書いたエントリのurlを書いただけですけど、それはNGだったみたい。

 匿名・実名についてはあまり意味が無い、みたいな結論ですが、自分でプライバシー・コントロールができるようなリテラシーが必要という結論みたいです。例えば女子中学生が女子中学生であることを明かさない、というように。

西村「大人でも凹むような状況が起きる場所に、子供もいるわけです。だから子供のうちにインターネットから隔離して『インターネットはこういう場所なので、こういうことが起こる可能性があるから気をつけましょうね。あと、繁華街に行くときは気をつけましょうね、知らない大人に声掛けられたら逃げようね』という教育を前もってやるべき」

 また子供には携帯も持たせるべきではない、という派だとのこと。

 またソフトバンクの孫社長の提言する「光の道」について、堀江氏は100%に持っていこうとすると無理があるからその場その場で安い方法を考える(つまり田舎や離島にまで引こうとはしない)ことを提案されています。そう考えると鉄道や高速道路の話と同じか。無理して経済合理性のないところまで普及しようとするとえらいことになる、とう話になるのかな。

勝間「私はマッキンゼーだったので、いろんな会社にたくさん行って、会社の裏側を見て、戦略も見て、帳簿も見て、というのをずっとやっていました。だから、既得権の人たちがどういう仕組みで儲けているのかがよくわかった。そこに社長とか副社長として、天下りがガンガンくる。それで、『こりゃすごいな』と思ってました。」

 やっぱりそうなんや・・・

 起業とか、儲けるとかは、みんながまだやっていないことをしなきゃ、という流れで。

西村「たとえば、マイノリティなことをやろとしてみんなに相談したら『そんなの知らないし、ダメだよ』っていうのが当たり前ですよね。」
勝間「そもそも、なんでみんなに相談するんですか?意味ないじゃないですか。」
堀江「一番相談しちゃいけないのが、親だよ。親に相談したら、絶対にダメって言うよ。」
勝間「親に相談したって意味ないじゃないですか。別に専門家でもないし、判断できませんから。」

 まあ、親が専門家の場合もあるでしょうが。

 また勝間さんがお酒・タバコ・ゲームについて依存症と言っていい状態だったので、自分で考えてそれぞれすっぱりやめた(ちょっとずつコントロールするのが難しいから)ということも語ってはりました。
posted by kingstone at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Mac と Win の比較

iMac購入」にもずらいとさんがコメントをつけて下さっているのを見逃していました。

もずらいとさんのコメント
「私は今,Win機を3台使い分けていますので,Macを購入するには「Macしかできない」場合に限られますね。iPadのアプリはMacでしか作れないので,製作ツールがかってのHyper Card並になったら買うと思います。」

 ちょうど、いろいろ書きたいことがあったので、別エントリにします。でも、これはもずらいとさんに対してと言うより他の方向けかな。だからもずらいとさんが「とっくに承知のこと」をたくさん書きます。

 Macでしかできないことって何だろう。とりあえず現時点ではiPad,iPhone(iPodは?)で使うソフトのプログラミングはMacでなきゃできないみたいですね。これはAppleの囲い込み戦略に見えるし、なんかフリーな感じがしなくて嫌がる人は嫌がるだろうな。その点AndroidはWinでもMacでもLinuxでもプログラミングできるらしい。

 でもそれ以外でMacでできてWinでできない、ってことは無いやろな。

 Winを買うかMacを買うか、についてはほんと購入する方が何をしたいのか、によってきますね。

 15年ほど前に肢体不自由特別支援学校に5台を導入する時に考えていたことは、

肢体不自由養護のパソコン導入3

 当時もMacで「できる」けどDos/Vで「できない」こともあんまり無かったような気はします。と言うか、たいていはMacが先に「できる」ようになり、しばらく後にDos/Vも「できる」ようになるし、後から出るDos/V関連はより安くなっていたと思います。ただある時点では肢体不自由の人に使ってもらおうとする時に、Macだとかけるコスト(お金・時間)的に実現できることが、NEC98やDos/Vマシンでは「自作」の壁に阻まれたりして手に入りにくい、ということがありました。

 まあその後、年月を経て、Winマシンの方が「できる」ことが増えていくことになってきますが。

 しかし「先にMacではできて後でWinでできるようになる」という基本的な形は続いているような気はします。

 あと、HyperCardにあった「統合的な感じ」も、全体的にはMacに引き継がれている感じですね。朝、学校へ行って、教室を準備しようと入った時に思いついて5分で使える教材を作ってしまったり、とかできてましたから。

 それと画面デザインを含めユーザーインタフェースが練り込まれている感じ。あと、何やらワクワク楽しい感じ。

 まあそういう「人に優しい」ところがあって、しかし最初に購入する価格は高い、というところが「柔弱」なイメージであり、Win機は「質実剛健」なイメージがあります。

 こう書いて来ると、Macを褒め倒し、他人に勧めているように取られるかもしれませんが、他人がパソコンを購入するために私に相談をかけてきた場合、Macを勧めたことは一度もありません。相手が何をしたいかを聞き、また周囲の環境について聞き、とやってると最終的には98やWin機を勧めることになりました。

 私自身も、職場がWinでWord,Excel必須の環境でしたからメインマシンはずっとWinでした。

 でこの度、金曜日にiMacを購入し、土、日と触って来ました。やっぱり触っていて楽しいです。でも「動画編集についてと iMovie を初めて触った」にも書いたように、トラブルはあれこれあります。一応乗り越え乗り越えやってます。それも楽しいのですが、さて他人に勧められるか?と言うと、それは本当にその人次第でしょうね。また私の場合、事務処理に他人とのデータの互換性をもう考えなくていい、というのが大きいし。

 あっ、初期にかかるお金がMacの方が高い、と書きましたが、今回iMacが本体93000円でしたが、同じ店で売っている130000円とかのWin機よりはよほど良さそうでした。


ラベル:mac windows
posted by kingstone at 21:43| Comment(4) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

動画編集についてと iMovie を初めて触った

 新たにカテゴリに「動画編集 iMovie AviUTL」を作りました。

 私のビデオ編集体験は、VHSのビデオデッキを2台並べてプレイボタン・ストップボタン・レコードボタンを押しながら編集したのが最初。そういうのをリニア編集って言うんだっけ?

 次は、8mmビデオのビデオデッキを操作するのはMacでやるハード・ソフトが出て時早速購入。これは確か2台のデッキによるリニア編集をアシストするものだけれど、無茶便利でした。肢体不自由特別支援学校で実践を紹介するのに必要があって、よく使いました。

 次にWin機の VAIO PCV-S720でついていたPremiere Ver.5 かなにかでデジタルminiDVテープとパソコンによるノンリニア編集をやりました。これは知的障害特別支援学校での実践を紹介するため。

 Premier は「遅い」「よくハングする」状態でしたが、ビデオを編集したい一心で触りました。

 結局、「卒業式用ビデオ」と「学校紹介ビデオ」が公式(?)作品として残ったかな。当時は編集はminiDVテープで、運用はVHSでやってました。

 このままずっと続けていけばビデオ編集にも習熟したかもしれませんが、その後、VAIO RX63Kを購入し、Premierも6.5くらいまでバージョンアップしたのです。するとユーザーインターフェイス(?)が変わってしまい、使えなくなってしまった、という情けない話で・・・

 で、その後、うつになり、動画編集ということもしなくなりました。

 この2月からネットで復活し、いろいろ触りだしました。しかしお金をかけることはできません。で、フリーソフトのAviUTLをダウンロードしてきました。これもあまり使ってはいません。しかしVAIO RX63Kで起動し、少し触ってみたところ、少なくともPremiereよりは余程軽く動くことは確実です。使い方に関しては書籍は無いようでネットで情報を探す必要がありますが。私もしょうもないところでいっぱいつまずきました。なおニコ動にはこんなコミュニティがあります。

ニコニココミュニティ AviUtl愛好会

 しかし、いくらソフトが軽いと言っても、私のRX63KはCドライブもいっぱいならメモリも512Mしかないし、(Dドライブには少しは空きがありましたが)とても編集に挑戦できるような状態ではありませんでした。

 またRX63Kにいろいろ不具合が出てきたので、このたびのiMac購入に至ったわけです。


 iMovieの使い方を知るために、ネットで調べるだけでは自信が無いので「iLife'11 Perfect Manual」1980円+税を買って来ました。同じようなので1000円くらいのもあったのですが、中のメニューバーの説明のところが、こちらは直接文字で書いていたのが、あちらはいったん数字を見て、該当の数字のところの説明を読まなければならなかったので、こちらにしたのです。


 Win機から持って来た.aviファイルは QuickTimePlayer で問題なく見ることができた。

 デジタルカメラ LUMIX FX60 で撮った.movファイルってのはクィックタイム形式らしく、これも問題なく見ることができた。

 前機ではデータの大きさから言っても、処理スピードの面から言っても、やる気にならなかった編集に挑戦。


 iMovieを立ち上げるといきなり「QTコンポーネントがありません。iMovieなんちゃらかちゃらでインストールして下さい」というアラートが出ましたが、OKを押すと普通に立ち上がりました。

 aviファイルもmovファイルもファインダーからのドラッグアンドドロップではiMovieの中に入ってきませんでした。jpeg画像は入りました。と思ったのは後からわかったのがプロジェクトウィンドウに入れようとしていました。イベントウィンドウのほうに入れるようになっているんですね。

 ファイル→読み込み→ムービー・・・で読み込もうと思ったら、フォルダを指定する度に「ここには読み込むファイルが無い」とアラートが出て止まります。そして次に同じ作業をすると一段ずつ深いフォルダに行けるようになり、aviファイルのあるところまで行くと「イベントライブラリ」に勝手に読み込んで来ました。この「勝手に」というのはちょっと気持ち悪いな。

 Winから持って来たmovファイルもイベントライブラリに読み込めました。めんどくさいけど、読み込んでしまうと、動画の各場面のサムネイル画像ができているのでめちゃ視認性がよくなります。

 読み込む時に何かデータを作っているのか少し(ほんの少しですが)時間がかかりました。

 読み込んだあとは、イベントを選択し、ウィンドウの左下にあるプレイボタンを押すと頭から再生できました。問題なくすべらかに動いています。

 ビデオのストップ・スタートはスペースキーでできる。これは便利。おっ、環境設定→ブラウザ→ダブルクリックでできること の変更でサムネイル上でのダブルクリックでもスタート・ストップができる。

 そしてやりたかった「不必要な場面を削除する」はサムネイルをクリック→ドラッグして選択し、右クリックで「項目を不採用」にすることで簡単に削除できます。

 そして最終的につなげたいファイル(動画のサムネイル)が揃ったところで、イベントライブラリのウィンドウで全てを選択(コマンド+A)し、プロジェクトのウィンドウにドラッグアンドドロップだったと思う。

 ここでプロジェクトの保存方法がわかりませんでした。結局ファイル→プロジェクトのファイナライズがそれにあたるようです。

 確かこの時だったと思うのですが「トランジション(動画と動画のつなぎ部分)とかタイトルとかを自動で作る」みたいなチェックボックスがあったと思うのですが、これはやめといた方がいいです。勝手に「出演 kingstoneの実名」だとか、タイトルも見てほしいところが隠れるようなのがついたりします。

 で、やってみると11分くらいかかって終わりました。これで「ムービー」のフォルダ内にプロジェクトができています。

 ところが、このファイルをダブルクリックすると「QTコンポーネントが見つかりません。(中略)iMovieHDインストーラに含まれていますので再インストールして下さい」というアラートが出ます。それでもOKすると立ち上がるのですが、何か足りないのかと思い、アプリケーションの再インストールをしました。しかし結局同じことでした。これは何だ?バグか?

 で、この段階では動画ファイルはできていません。よくわからないのでついにググってみると 共有→ムービーを書き出す でできることがわかりました。で、640×480で書き出してました。するとほぼ一瞬で書き出せてしまいました。

 ところができたファイルがいったいどこにあるのかがわかりません。でスポットライトで「今日作ったファイル」で検索してみると、もともとのmovファイルがあったところに書き出されていました。m4vファイルというやつで、QTplayerで見ることができます。なぜかiTunes用のファイルもできていました。

 できたm4vファイルは元のmovファイルよりも随分小さくなっていました。

 まあ、すいすいできたわけではありませんが、Premiereの新しくなったのとかAviUTLを使っていた時の「途方に暮れる感じ」はなしに進むことができています。

 しかし「iLife'11 Perfect Manual」には「プロジェクトのファイナライズ」のことや「ムービーの書き出し」のことについては書いていなかった。これはちょっと困るんじゃないかな。

 タイトルやトランジションの作り方はまた明日考えよう。

posted by kingstone at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画編集 iMovie AviUTL | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1995年2月14日

1995年2月14日


○○           Re:ある地域障害児諸学校救援基金のお礼
(14) 95/02/14 03:27 188へのコメント

?? 今日,私の学校の職員朝会で,担当の先生が
「某肢体不自由特別支援学校の校長先生からお礼状が届きました」と報告してましたが・・・
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kingstone        そのお礼状は
(14) 95/02/14 15:38


紙おむつのほうです。
「ある地域障害児諸学校救援基金」のほうのお礼状はまだできていません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
知的障害特別支援学校教師   児童・生徒の死亡者
(14) 95/02/14 20:18

 今朝の神戸新聞で見ました。
 文部省の13日現在のまとめによりますと、児童・生徒の死亡は合計356人
(兵庫県355人、大阪府1人)。内訳は、幼稚園38人、小学校164人、中
 学校86人、高校65人、特殊教育諸学校3人となっています。
posted by kingstone at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1995年2月13日

1995年2月13日


○○です。       RE:日本語キーボードで○
(18) 95/02/13 01:20

>> でもって、私の手もだいぶ動くようになりました。

よかたです。無理なさいませんよぅ。
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O             RE:RE:RE:私自身のこと(1)
(14) 95/02/13 13:49

即死ですか...心からご冥福をお祈りいたします。

テレビ報道で言っていたのですが震災直後には外科が大変混雑していたが、今は内科が大変混んでいるそうですね。避難生活や疲労で風邪をひく人が多いのでしょうか。

 これから、どんどん困難な状況は内容や質を変えてくるのだと思います。必要な物資も次々変わってくるでしょうし、物質的な物からノウハウなどの無形の物が必要になるのではないでしょうか?もちろん、復興にはほど遠いでしょうが...。

 あの地獄のような震災を生き延びた子供達が、これ以上悲劇に見舞われないように我々でできる事を考えたいと思います。ご自身大変な中だとは思いますが、kingstoneさんとともにぜひ情報発信をお願いします。マスメディアではどうしても、障害児教育に関わる情報が入って来ないのです。これが、今の日本の状況なんでしょう。
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kingstone ある地域障害児諸学校救援基金のお礼
(14) 95/02/13 16:21

     神戸市盲・養護学校長会会長 校長の実名
本日

匿名希望様

より救援基金を送って頂きました。たいへんありがとうございました。

代理アップ kingstoneの実名
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こっからkingstone・・・・うーーん、もうハンドル無茶苦茶や・・・・

□□さん、ありがとうございます。

また送って下さったみなさんにお礼状を出そうと準備しておりますが、私の文を元にうちの校長が文案を練ってまして、ちょい時間がかかっております。私が「よしこれでいこ」という文が書けりゃいいんですが、なかなかそうはいかず、やっぱり校長はんが書くと私の元のよりかなりええもんがでけます。ということでもう少々お待ち下さい。と言いながらも疲れてはるからどないかなあ・・・・

それから口座には今日の午後1時30分頃に匿名希望様に送って頂いたお金を入れましたので、「振込料加入者払い」でいけると思います。
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kingstone         結構疲れますねん
(14) 95/02/13 16:22

垂水の町中はかなり落ち着いてきています。灘からいらした方が「ここらへんは別世界やね」とおっしゃるくらいです。それでもブルーシートをかけた家がそこここにあるのですが。

学校も授業が始まって2週間目。最初の頃の「とりあえず」の授業から少しずつ、考えた授業、もされはじめています。私は今「訓練」の授業ができないので、その時間は他の授業にまわしてもらったりしています。子どもたちと勉強してると楽しいですね。久し振りに会った子どもが前に知っていた時より目をよく合わせてくれたり、手の動きを出してくれたりすると、何だかすごく嬉しくなります。で、下校時刻にお母さんに「○○ちゃん、すごく動きが出てきたね」と言うと「いやあ、家やと退屈してもてあかんのですよ。やっぱり学校ってええみたいですね」とおっしゃってました。こんなひとときはとても楽しくって元気がでます。

某知的障害特別支援学校では給食も今日からですね。水やガスがOKなので、普通通りいけるんですか?
うちの学校ではまだ目処がついていません。
肢体不自由特別支援学校では、給食ができる、できない、でずいぶん親御さんのご負担も違うのですが・・・

一日一日、いろんなことが起こり、それにつれて変更しなければならないことも多々あります。職員の意思疎通、情報の共有、そのうえでの意思決定が大切ですが、なかなか手順もたいへんです。私なんかも結構人前でしゃべることが多くなってます。私がしゃべる時は上(?)の方も下(?)の方も「(変わりもんの)kingstoneが言うねんからしゃーないか」で苦笑まじりで許して下さってることが多いようです。トリックスターいうやつやねえ。しかしトリックスターってたいていは最後に殺されることになってたのでは・・・・まあ、それはないにしても結構疲れます。早く隅っこで静かにしていられるようになりたいな。
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kingstone 三洋電機、障害児諸学校を支援(続報)
(14) 95/02/13 16:22

三洋電機は垂水養護学校に洗濯機6台を寄贈した。垂水養護学校には通学のため子どもについて来なければならない保護者もいる。そのため家事も滞りがちであるが、学校で洗濯ができる、と好評である。また避難所におられる方も利用している。
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たいへんありがたいことです。また他の学校でも社員の方がいらして詳しく聞き取り調査をなさったとのことです。詳しくはわからないのですが、いろいろとご支援頂いているようです。ある学校では湯沸器を寄贈して頂いてたいへん助かっている、という話も聞いています。(他の学校のことはあんましわからなくて申し訳ない)
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△△          RE:日本語キーボードで○
(18) 95/02/13 17:59

kingstone さん、こんにちは。

> 今日はお風呂を頂いてきたのですが、うーーん、気持ちいいね。

うちも先週からガスが出ていますが、風呂ってこんな気持ちのいいもんだったんですね。普段はカラスの行水の私ですが、最近は「ありがたや〜、ありがたや〜」と言いながら、じっくり入ったりしてます(^^)

> でもって、私の手もだいぶ動くようになりました。

良かったですね。でも完治するまでは無理されませんように。
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知的障害特別支援学校教師          RE:結構疲れますねん
(14) 95/02/13 22:26

>> 某知的障害特別支援学校では給食も今日からですね。水やガスがOKなので、普通通りいける
>>んですか?
   
 はい、今日から給食が始まりました。でも材料の調達がまだ完全には無理なので、当面は、いつもよりおかずが1品程度少ないメニューになるようです。
   
>> 肢体不自由養護では、給食ができる、できない、でずいぶん親御さんのご負担も
>>違うのですが・・・
   
 私の学校でも、(被害の少なかった地域の親御さんですが)学校が始まって、やっと家の中の片付けや買い物ができるようになったと言っておられる方が多いです。

 家そのものは無事でも、ほとんどの家で、家中の物が散乱している状態でしたから、危険なもだけは何とか片づけ、あとは散らかったままで、子どもがいるうちは整理まで手が回らなかったということです。
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知的障害特別支援学校教師 RE:RE:RE:私自身のこと(1)
(14) 95/02/13 22:26

 生徒が1名亡くなったということが、比較的早い段階(地震の翌日)にわかり(保護者からの連絡でわかりました)、その時点では、まだ消息不明の児童・生徒が、たしか3割くらいありましたので(もっとあったかもしれない)、この先一体どうなるんだろうと、しばらくは電話をするのがこわくなりました・・・
      
 結果として、県全体での障害児学校在籍の犠牲者が1名でしたから、予想外に少なかったという見方もできるのではないかと思います。
 その理由については、まだゆっくり考える余裕がありませんが・・・
      
>> あの地獄のような震災を生き延びた子供達が、これ以上悲劇に見舞われないように
>>我々でできる事を考えたいと思います。
      
 知的障害養護学校に限っていえば、精神的に不安定になりやすいタイプの子ども(自閉性障害の子どもなど)が、避難生活を余儀なくされたときの対応が、いちばん大きな問題であると、痛切に感じているところです。
      
 犠牲者がたった1名だったのは不幸中の幸いだという声もあります。そうなんです。「たった1名」ですんでよかったんです。でも、その1名は、かけがえのない1名なんです。
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kingstone         プリント機能復活
(18) 95/02/13 23:51

少しずつ日常生活が戻ってきています。

私のFMR-50NLのプリンタドライバの件ですが・・・・
WINDOWSの箱を散乱した本の中から取ってきましたけど、使う必要もなく復活しました。

コントロールパネルを開いてみるとちゃんとドライバは実線で書かれている。あれれ、と思いプリントマネージャーを立ち上げようとすると「使えません」という表示とともにコントロールパネルを設定しろというダイアログが。でもう一度コントロールパネルを見ると「プリントマネージャーを使う」がチェックされてませんでした。

へえーー、リセットをかけたひょうしにこんなところに変更が出てたんですね。

こいつをチェックするとOKになった様子。これまた散乱した荷物の中から取り出したLP-1500Sにつないで、印刷してみると・・・・出た!!嬉しい!!生きてた。

私の骨の方も今日、医者に行くと、折れた部分の周りに新しい骨ができかけている、と言われました。これまた嬉しい・・・あと1〜2週間の辛抱みたいです。しかし・・・・なんで行く度に4枚もレントゲンを撮るの・・・先週は警戒して1回とばしたんですが正解だったみたい・・・今週も飛ばして来週行けば良かったかなあ。

posted by kingstone at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1995年2月8日〜2月12日

1995年2月8日〜2月12日

※元のファイルが編集されていて、以前の日付でアップできていなかったものがありました。前後しますが、載せます。

kingstone          私自身のこと(2)
(14) 95/02/08 18:37

--副題・指揮命令系統と私自身の動き--

地震後1週間は茫然として過ごしていました。土曜日に職員集合があったのですが、それも熱を出して休んでしまいました。月曜日も医者に行って職員会には参加できず、遅刻して学校に着きました。

そこで「紙オムツが足りない」(実は、かもしれない、だったと後で知る・・・・)という話を聞き、とりあえず校長に立ち話で聞いたところ「そうやねん」ということで「ほなパソコン通信で頼んでみますわ」「ああそうか」という話のなりゆきだったのです。

後でアップしてから他の先生に確認すると「そうかもしれん、という話や」ということで、ヤッバーーと冷汗が出ました。で、もう次の日にはみなさんからの物が届いたり問い合わせが来たりしました。こちらもいろんなところに確認するとやはり足りないところもある、とのことで、実際たいへん助かりましたし、また今も助かっています。

ところで、その前の段階で「物資が無くて困っている人に物資を持って行く」というボライティアをしていた若い方がおられたのですが、学校の中ではどう動いたらいいかわからなかったみたいです。で、私が動き始めたので、その方が相談に来られました。来られても私には何の権限も無いのですが「そら大事やからやったらええやん。学校の場所や車も使わせてもらうかもしれんから一応許可取ったげるわ。許可が出えへんかったら・・・黙ってやろ」

というようなわけで、いろんな人が私の所に相談に来られ、私は「いやーーよろしくお願いします」(実は私には何も権限なし・・・ははは)「ありがとうございます」(何で私が言うのかわからないが・・・)

で幸いなことに、それぞれ上司にも相談しましたが、あいまいな答えもありましたが、一応認めて下さっています。もちろんこっちで「こんなこと聞いたらむこうも困るわなあ」というのは言ってませんし、持っていきようはいろいろ考えて相談してます。

もちろん、何かあった時に上司の責任にするつもりは無いですし、自分自身で責任をとるつもりではおります。こんな時に「誰か」のせいにするのはおかしいと思いますから。本当のところ処分はなかったら嬉しいけど、あってもしゃーない、くらいの気持ちで動いています。

でも本当に、一度落ちついたらお保護者のみなさんに「いろいろ到らないところがありました。中々必要なところに必要なものが行かなかった場合もあるかもしれません。物資の件については全ては私の責任です」と謝りたいな、と思っています。

管理職もかわいそうだと思います。何かを「やらなかった」「やるのが遅かった」と責められ、陣頭指揮をとって何かをしようとすると「何でそんなこと」と叱られる。まあそういう立場だと言えばそうなのですが、(私は面と向かって「ひひひ、校長先生は悪口言われるのがお仕事」と言ってます)みんな未知のところにいるんだもんな。私みたいにヒラで好きなことをやるのはなんぼでもできますけど。

指揮系統の乱れはあり、またいろんな場所で変な指示や対応があったのは知っています。「おかしいやないか」というのは言ってあげる必要があると思います。FEDHAN会員さんの一部の方は私がえらいさんに対しても場合によってはどれだけえげつないことを言うかは御存知だと思います。しかし、今はひとりひとりができることをやっていくしかないし、誰かの許可があるからする、しない、というもんでもないような気がします。

ちなみにうちの学校の場合、今週は午前中は授業で、午後からは訪問・各会議・ボランティアと平列になっており、ボランティア活動は認められています。

各地からボランティアに来て頂いている方々、本当にありがとうございます。行政(私もその末端なんだな)の対応なんかでも変なのもいろいろあるかもしれません。気がついたら言ってやって下さい。言われなけりゃ、わからない、というのもありそうです。またつらい目にあった方の話もしっかり聞いてあげて下さい。

ただお願いしたいのは、とりあえずみんなできる範囲では一生懸命やっているんだ、ということは認めてあげて下さい。「誰それが悪い」と言いたい被災者の方の気持ちはしっかり受け止めてあげて頂きたいのですが、一緒に「誰それが悪い」と言うのはちょっと違うような気がします。

わけのわからん文になってきました。
こんな暇な文を書けるのも被害が少なかったからだ、とつくづく思います。
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O              被災地以外の養護学校の1月17日
(14) 95/02/08 18:57

 私が勤務する京都府立南山城養護学校は京都府の最南部に位置する精肢合併校です。

 関西学術文化研究都市の中核部に隣接しており、鉄道では近鉄京都線、JR学研都市線(片町線)、JR大和路線(奈良線)が近くに通っています。また道路では、国道163号線と国道24号線、それから京奈和道路(自動車専用道路)が走っております。

 さて、1月17日の朝は地震で飛び起きました。揺れはひどかったものの自宅にはほとんど被害はなく、すぐに身支度を整えて朝食を済ませて車で学校に向かいました。

 通常国道24号線を利用すると40分、京奈和道路を使用すると25分なのですが、6時45分ごろ家を出て、京奈和道路は通行止めで国道24号線に進路を変えました。この間車はあまり走っていず、45分程度で学校に到着しました。

 しかし、この時刻にはすでに京都市内方面に向かう車が渋滞しはじめていました。

 京奈和道路の通行止めで一般道に車が集中したのと、JRが不通、近鉄が各駅停車のみ、それも間引き運転をしていたためです。

 結局、JRは終日不通でした。

 道路の渋滞は深刻で、指導者が8時半の時点で半数しか出勤できず、スクールバスは最高2時間遅れました。スクールバスには業務用無線が登載されているので逐時連絡をとりながら運行し、途中役所でトイレを借りるなどの対策を行いました。

 また、JRを使用して自主通学している高等部の生徒が登校できなくなりました。

 施設では、貯水タンクのパイプ接合部分に破損が起こり、すぐに応急処置を行ったようです。また、エレベータ自体に損傷はなかったものの、安全装置がかかって業者が来るまで使用不能になり、肢体不自由障害のある生徒を教室に抱えて上がる必要がありました。

 幸い、下校時刻には渋滞も納まり次の日も大きな混乱はありませんでした。
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知的障害特別支援学校教師 神戸市北区 夜間断水へ!
(14) 95/02/11 12:35

 地震の被害そのものは、比較的少なかった神戸市北区ですが、昨夏来の渇水がいよいよ深刻になり、近々夜間10時間の断水ということになりそうです。
    
「六甲のおいしい水」(これは商品名でしたっけ?)で知られる神戸の水ですが、水道水は大部分淀川(ひいては琵琶湖)に依存しています。ですから、水道の水は全くおいしくありません。唯一北区(一部を除く)のみが、六甲山系の水源を利用しています。

 ところが、昨夏の水不足で、貯水量が底をつきかけていたところへ、今回の震災で、ガス、水道が止まっている地域から、北区へ洗濯や入浴に来る人が多数あり、水の使用量が日によってはふだんの4倍にもなっているとか。

 実際わが家にも、両親や弟一家が洗濯や入浴に来ています。多い日には、20名近くが入浴しています。

 そのため、水不足がいよいよ深刻になり、いよいよ時間給水ということになる次第です。
    
 季節柄、当面まとまった雨は期待できませんから、断水の時間が次第に長くなることも予想されます。そうなると、せっかく授業が始まった学校も、トイレや給食など、深刻な問題に直面することになってしまいます。
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kingstone          日本語キーボードで○
(18) 95/02/12 20:59

義弟の互換機(DOS/Vのノートパソコン)ですが、日本語キーボードを選んで、dos上でもちゃんと使えるようになったということです。で、LHAもちゃんと使えました。しかし・・・嫁さんや妹のいるところではディレクトリ○○のデータは見せてもらえんかった・・・・

一太郎6も見せてもらいました。ほんまやっぱり日本語に関してはかゆいところに手が届く・・・という感じですね。少なくともDX4マシンではストレスなく使えそうです。

義弟のところでは昨日からガスが出てきました。
今日はお風呂を頂いてきたのですが、うーーん、気持ちいいね。

でもって、私の手もだいぶ動くようになりました。
posted by kingstone at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インフルエンザのお持ち帰り

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○です。

 いやあー参った!
 スキー場からインフルエンザのお持ち帰り!してしまいました。
 39.4度から下がりゃーしない。
  座薬を入れても38.8度にしかならない。
 3日間、39度台でしたね。

 で、ずいぶん前に・・・病気の時にこそ、「お腹が痛い」とか、「苦しい」とか教えるチャンスって誰か言われてませんでしたっけ?それを思い出してやってみようと思ったのですが、
上手く行きませんでした。どーやったら良かったのか、そこまで記憶してないバカな私を許して・・・翔くん!

 でも、丸1日何も食べられなかった日、自分で「アイスちょうだい」が言えました。冷蔵庫の前とか、販売機の前じゃない所で言ったのは
初めてです。私にしたら、かなり吐きまくっていたので、水分さえ取らせておけば何とかなると思っていました。食べ物が与えられそうにない気配を感じたんでしょうかね。必要に迫られた要求だったんでしょうね。

 それから、気づいたことは、いつもは時間が来たら妹と子供部屋で寝ているのですが、3日間は私の隣に寝ました。昼間も私に隣に寝ていて欲しいようで、私が家事に立つとフラフラなくせにウロウロするので、飯以外の家事は放棄しました。体調が悪いと、不安に感じるのですね。

 隣で耳掃除したり、つめきったり、普段なら嫌がる事が出来ました。
 熱が下がった4日目には、自分から部屋で眠ったのがおかしかったです。

追記
 「熱が出た」だったら舌を出して赤い顔をする?「お腹が痛い」だったらお腹を押さえてしゃがむ?

 名刺サイズのカードを今、さっさと描いてみました。「熱」の方は先日描いた「しんどい」カードに色を塗っただけ。

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 で、描いてみて、あれれまあここから始まるお子さんもいるだろうけど、誰が「しんど」かったり、誰が「お腹が痛」かったりするのかわかりにくいかな?と思っておめめどうの「おはなしメモ帳」に貼付けてみました。

P1000813.JPG 

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 しかし、やってみて思うのは、やっぱりおめめどうのコミュニケーションメモ帳が手元にあるからこそ発想できるのだな、ということ。製品として「そこにある」強みは大きいです。

保育園在園生の保護者に先輩として話をしに行った

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 みなさまこんにちは。○○です。

 今日は、□□が4年間お世話になっていた保育所の園長先生からの依頼で、自閉症、もしくはその周辺のお子さんのお母さんとの座談会がありました。

 私がお話してもいいのかな?って思いながらも□□の4年間の様子を簡単にお話して 学校での様子、学校と保育所との違いなどを話しました。

 卒園式、入学式でのことを正直に話しました。(卒園式では視覚支援は望めなかったが、入学式で視覚支援をして参加する事ができたということ)

 そのなかで、スケジュールのお話をした所自閉症の子に教室の1画を使ってスケジュールを作ってみようか。と、園長先生が言ってくださった。

 とっても小さな1歩ですが、お話に行ってよかったな。

 保育所に□□を預けている時は座談会なんてなかったし、お母さん同志の交流の場として今後も続けて欲しいなあ・・・

追記
 先輩として在園生のお母さんたちに話をしに行かれたわけですね。で、自分のお子さんの時は特にスケジュールも無かったみたいだけど、次世代の子どもたちのためには用意してみようか、という話になったということですね。

3年生のIEPを提出した

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 みなさま、こんにちは、○○です。

 おしりに火がつき、もうこれ以上の引き延ばしはできないと、昨夜半徹で、3年次のIEP仕上げ、今朝持たせました。

 項目を見直しながら、教科の単元があまりにも増えていて、あげるだけでアップアップでした。
 1,2年次の記録を見て、3年次のと比べると、とても成長したところを、やっぱりニガテなところとが、完全にはっきりわかれていることに気がつきます。

 交流学級での教科学習は、それが知識となって活かされているところもあり、また、□□の生活上では、意味のないものもありし、その兼ね合いが難しいなあと思いました。

 1年次からつけ始めた教科も追うタイプのIEPは、今年度最後とし、来年度は、もう少し生活に密着した形でのIEPに改善しなければと思いました。

 昨日の保護者会での話にも、交流中心から、少しずつ個別または少数での指導への移行をお願いしました。

 でも、特別支援学級担任、介助員、交流学級(親学級)担任が別々につけてくださる結果は、視点が違って、毎年楽しみです。

 その結果を見て、来年度の□□の学校生活のあり方を考えたいと思います。

 別件での、あまりの忙しさで「もう今年はリタイアか…」と半分あきらめていたけれど、本末転倒にならなくてよかった。

 やっぱり、□□のことが、一等じゃないとね!

追記
 たぶん「学校に制度としてIEPがある」という状態ではなかったんじゃないかな。保護者からお願いし、担任側もまあええやろ、みたいなことでやり始めていたのじゃないかな。でも、ひょっとしたら他の特別支援学級在籍性にも同じようなことが行われたいたかもしれません。

2月13日(日曜日) ハルヤンネさん、瀬戸市で講演会

 おはようございます。

 今までパソコンの不調を嘆くひとことを毎日書いていましたが、もう書かずにすみそうです。

 きれいな青空です。


 今日はハルヤンネさんの瀬戸市での講演会。当日参加でもOKとのこと。

ハルヤンネさんの発達障害理解のための「居心地の良い暮らしのお手伝い」

とき:2月13日(日)13:00〜16:00

ばしょ:瀬戸蔵 つばきホール
    瀬戸市蔵所町1−1
    名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅徒歩3分
    http://www.city.seto.aichi.jp/sosiki/setogura/002711.html

無料 

定員:300名

posted by kingstone at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国で儲ける―大陸で稼ぐ日本人起業家たちに学べ 田中 奈美著

 図書館で借りてきました。



 気がついたら返却日を過ぎていて最初の方しか読めなくて残念。引用できず覚えているところで。

 まあベタな題名です。まずは商習慣の違いやコロコロ変わる制度など、中国で起業することのむつかしさが語られます。これは他の本でもよく語られること。で、起業家だけでなく、企業の人でもうまくいった例が次に語られます。

 パナソニックの商品開発にあたる人。名前出てたけど忘れました。5cm幅の狭い冷蔵庫を開発してすごく売れた、という方で、この方のエピソードはこの本を読む前にも聞いたことがあります。この方が中国へ派遣された時は、「こういう仕事をしなさい」ということは言われたのだろうけどお金の出どこは決まっておらず、自分でパナソニックの関連でしょうが、他の会社を回ってスポンサーを見つけてこないといけないシステムだそうです。

 そうやって中国に渡ったものの、どうやって商品開発のための情報を集めたらいいか皆目わからず、一からやり方を作り上げ、自分も現場(顧客のいる地方)に行って情報種集のシステムを作っていったそう。

 またパナソニックの別の商品開発の方は、ピンクや淡い色の掃除機とか、もう一種類の家電(何か忘れた)が売れないので、調査したところ赤や黄色の原色のものが求められている、ということがわかり作ったところおおいに売れたそうです。で、今度は赤いエアコンを作ったところこれは全然売れなかったとか。品物によっても違うのですね。


 天津でパン屋をやって成功した若者2人。描写の感じではボーダーな感じかな。ダブダブの服にピアスとかしてそう。この2人が中国でパン屋を始めたのは「中国のパンは(少なくとも当時は)劇まずいのがほとんど。だからおいしいパン屋を始めたら成功するのではないか」という話を聞き、それまでパン作りなどしたことが無かったのに、日本でパン屋さんで修行して学んでから中国へ行ったそうな。

 で、中国でも一般的なアンパン等からはじめて、他のパンも売るようになり成功したそうです。

 他のエピソードでも出てきたのが、「日本ではこれがいいんだ」と持ち込んでもうまくいくとは限らない。失敗することが多い。で、地中国の人たちの好みに合わせたものから始めて、いろいろバリエーションを広げた人がうまくいってる。で、ある意味日本人から見たら奇妙に思える(例えば和食レストランの従業員さんが、着物まがいのよくわからない服を着ていたり)ものがウケていたりする。

 まあ、そりゃ、日本で流行っている中華料理屋さんにしろ、インド料理屋さんにしろ、現地の人から見たら奇妙に思えるかもしれないし、そりゃどこでも一緒かもしれないな、と思いました。



posted by kingstone at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする