私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年01月23日

ETV特集「ハイチのマザーテレサ〜83歳・日本人女医の挑戦」

ETV特集「ハイチのマザーテレサ〜83歳・日本人女医の挑戦」

 写真は上記Webから(c)NHK

$kingstone page-須藤昭子
 総合病院建設計画の見直しを求めて国立感染症研究所の所長に会いに行った時のもの。

 番組の題名はどないかならんか、と思いますが・・・マザーテレサを出してくることもないような。最後の方しか見れませんでした。

「去年1月の大地震で22万人が死亡した中米のハイチ。」

 そうか。22万人が死亡していたのか。阪神・淡路大震災の40倍。あの時でも棺桶が足りない、とかいうことがあったけど、とんでもない事態やな。

「北部でコレラが発生、瞬く間に全土に感染が拡大した。死亡した人は12月末までに3千人を越え、感染者は14万人に膨れ上がっている。」

 コレラの死者が阪神・淡路大震災の半分。

「この大混乱する国で人々から「ハイチのマザー・テレサ」と慕われる日本人女性がいる。ハイチで、34年間にわたって医療活動を続けてきた医師、須藤昭子さん(83歳)だ。カトリックの教会に所属する修道女でもある須藤さんは、結核やハンセン病の治療に力を注ぎ、多くの貧しい人々の命を救ってきた。」

 50歳から行きはったんや。しかし、カトリックの修道会って力があるなあ。

 なお、結核患者の入院施設では重症患者の入院の必要が増えたため、軽症患者を退院させる必要ができている。ところが退院すると薬をちゃんと飲むことができなくなる。すると多剤耐性結核菌が爆発的に増えてしまう。実際にこの悪循環が現実のものになってしまっているとのことです。

「現在の須藤さんの最大のミッションは、総予算およそ2億円の国立結核療養所の再建である。しかし計画は、ハイチ政府、WHO世界保健機構、さらに日本政府や各国の援助団体などが絡み、須藤さんの思い描いていたものとは全く違うものとなりつつある。」

 これで冒頭の写真のシーンになるわけですが、所長さんが「そのままの計画だと建設業者が儲かるだけだ」と言ってはったのが印象的です。現場で必要なことがわからず、設けようとする人たちに左右されてしまう、ってのはよくあることだろうな。

 最初、日本大使館の人に須藤さんが協力を求めに行った時は、大使館の人に協力を断られます。計画の最初から大使館が絡んでいたのかな?そこんとこは番組を途中から見たのでよくわかりません。しかし、大使館が難しい立場であることは確かでしょう。下手をしたら内政干渉になりかねない。

 日本で日本の国立病院を作るのに、アメリカ大使館と修道会のアメリカ人が横やりを入れて来たら、下手したらすごい反発が起こりかねないですもんね。

 でも日本が建設の費用に協力している、とかだったら話が違ってくるか。

 途中、農業学校建設の話も出て来ました。もともとハイチは農業国として国民も食べて行けていた。しかし軍事政権ができ、国連からの経済制裁を受けたことで食べられない人が増え、その人たちが炭焼きで食べようとして木を切り、森が国土の1%(!!)になってしまった。それにより大洪水が起こるようになり難民化に拍車がかかり、という悪循環に陥って行った。それを根本的に解決しようと農業学校を作るべく土地取得までできた。ところがこのたびの地震で難民化した人たちが500世帯もその土地に住みついてしまった・・・

 これでは計画を進めるわけにも行かないですね・・・

 そんな苦労の中でも須藤さんは83歳でも矍鑠として活動を続けてはります。


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アフリカの貧しい国ゾマホンの母国ベナンを救え2 ビートたけしのお願い

アフリカの貧しい国ゾマホンの母国ベナンを救え2 ビートたけしのお願い

 テレビ朝日系。私のところでは朝日放送。

「ビートたけしの付き人ゾマホンの故郷でアフリカ最貧国とも言われるベナン共和国を“貧困”から救うプロジェクトが“ビートたけしのお願い”としてスタート、今回はその第2弾。所ジョージ、田中義剛、篠原勝之も賛同、ビートたけしとともに救いの手を差し伸べる。」

 「救い」とか言う言葉はアレだけどね。

 でも、ゾマホンがベナンの故郷に「たけし小学校」を作ったのが2000年。
 それから11年続いてるんだ。

 そういや他局の「カンボジア小学校建設プロジェクト」はどうなったんだ・・・

 で、番組に出てきたゾマホンの日本語が少しつたなくなってるような気がするんだけど、それはいいことかもしれない。でもWikipediaを見ると日本に住んでるみたいではあるけど。でもとにかくプロジェクトは一時の花火で無く、続いているんだな。

 ってことは、ゾマホンを新島襄になぞらえて、たけしや所ジョージをアメリカのハーディ夫妻やキリスト教会の人々になぞらえることもできるわけだ。で、たけし小学校が同志社ね。伝えるのはキリスト教の精神でなくお笑い界の精神か。馬鹿にしてるんではなく、それはそれでいいかもしれない。

 で、たけし小学校というか日本語学校の卒業生、ココさんとセボンさんが畜産を学ぶために田中義剛の花畑農場に研修生としてやってきてた。ココさんは30歳台だけどセボンさんは62歳。すごいなあ。

 もちろん、労働としてはきついこともあるかもしれないけど。日本の他の地域の農業も「研修生」が支えている面があると言われます。で、それが「奴隷労働」だとも。昔、高橋是清がアメリカに「研修生」として行ったけれど、「奴隷」だったから逃げ出した、という話があります。でも、受け入れるアメリカ人としては別にそんな気はなく「研修生」受け入れのつもりだったのかもしれない。

 ココさんとセボンさんが日本で研修を受けるためには入国してから1人100万円ほどかけて、どこかの組織の別の研修を受けなければならなくて、収入の低い発展途上国の人にはとても払えないお金だ、という話もありました。う〜む、オリエンテーションをするのはいいことだけど、それってどこかの独立行政法人が障壁を作ってお金もうけをする、っていうだけの話じゃないのかな・・・

 で、朝は−20℃にもなる、という帯広の生活に二人はびっくりします。もちろん、寒冷地、かつお金のかかって機械化された帯広の経験を、ベナンに即活かすわけにはいかないだろうし、それは番組の中で二人とも言ってはった。でも学びはることはいろいろあるんやろな。

 とにかく、続いていること、続けていること、がいいな、と思いました。

posted by kingstone at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

兄弟のこと 自閉症(に限りませんが)の兄弟がいるお子さんのこと

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○です。


 最近、□□(兄)が△△(自閉症の弟)のことを、妙にからかうのが気になっていました。

 そのことについて注意すると、夜になり、□□がポツポツ言い始めました。

「僕と△△は、公平やないねんな。おもしろくない気持ちになるねん。さっき、△△が『〜〜だらけ』ッテ初めて言うたやろ。そしたらごっつ誉めたやン。そんなンで誉めるのに、僕なんてなに言うても誉められへん…。わかってンねんけどな。わかってンねんけどな…」

 このところ、すごく忙しくて、□□のことをないがしろにしていたのには、自分でも気づいていました。

 そういうところ、子どもはとても敏感です。

 すぐには言葉がなくて、ただ「話してくれて、ありがとう」と抱きしめました。

 一番身近な社会である□□。

 彼もまた、△△と同じ、私に忘れてはいけないことを教えてくれます。
posted by kingstone at 10:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

syunさんのといくらふと的考え方の一例

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※非常に珍しいsyunさんの長文。転載します。

 みなさんこんにちは。syunです。

 別にライトタイマーに限ったことではありません。

 今思いつくだけでも自転車、学校の椅子、福祉車両等、最初のアイディア(プロトタイプ)は製作しますが、それらの需要が多い場合は、出来る限りそれらを本業として作成・流通できる方々にすべてお任せしています(それも大事なネットワークですね)


 肢体不自由の子どもさんが学校で使う椅子は名古屋にある有名な椅子メーカーさんが、高砂市教育委員会からの注文で、ウチのをベースに市販品を作ってますし、それがフィットしない場合は、姫路にある座位保持装置の工房屋さんがその椅子をベースにスペシャライズするという経路もつくりました。

 又、オーダーメイド福祉車両はここ2年ほどの間で自家用車・送迎バス等10台以上製作しています。で、友人が社長をしている「陸運局指定自動車修理工場」はそれの老舗として業界でも認知されるようになりました。

 ちなみにこの自動車修理屋さんはアメリカ製の車椅子も扱うようになりました。それは、重度障害の方で、車に手を加えるだけではフィットしないケースの場合、車椅子も含めて考えないといけないからです。もちろん、そのあたりのネットワークづくりはといくらふとが行いました。

 こうしないと本当に良い物が欲しいときに手に入らないのです。

 又、製作会で作る物は、流通されていない物(サポートブックなどまさにそうですね)あるいは、教員の場合時間給を計算してそれでも得をする場合は多いに結構かと思いますが、実際に流通されている物の場合、そこら辺のコスト計算を忘れてはいけないと思います。


追記
 つまりsyunさんは何でも一人でやっているわけではない。(相当なことは一人でできちゃいますが)それぞれの専門家とネットワークを作り、商売になるようにもって行ってはるわけですね。
posted by kingstone at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スケジュールが理解できてきたら新しい場所はホワイトカードで良くなった話

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※お子さんが初めての冬のキャンプに参加された方の話です。

 ○○さま
 □□です。

 雪は積もってませんが、降ってました。とっても寒かったです。
 △△くんも、寒かったでしょうね・・・(^^ゞ

 えーーっと、何を詳しく説明すればいいのでしょうか・・・
 わかっていなくても、とりあえず伝えるということでしょうか?

 △△くんがスケジュールをしっかり理解できるようになるまでは、行き先の予告には必ずその場所の写真など△△くんにわかるものを使っていました。でも、スケジュールがわかるようになってから、初めて行く場所を提示するのに、白い何も入っていないカードの予告でも大丈夫になりました。スケジュール提示を始めて、2年ぐらいしてからでしょうか・・・たぶん小2の終わりごろです。

 なんとなくわかっているかな・・・という時期を過ぎて、しっかり視覚的支援を手がかりにしてくれるようになってからです。

 確か、このここにも書き込んだ記憶がありますが・・・

 それまでは、何も伝えないカードが使えるとは思えなかったのですが、何も伝えていない白いカードでも、△△くんが「何だろう・・・」と思ってくれるようになりました。

> 以前私が知っている子どもさんで宿泊学習がちかづといらいらがはじまってしまった
> り、前の日から告げるとその日寝れずに調子を崩し、本番これなかたっりしていまし
>た。
> 「当日の朝言うのが(それまで何も言わずに)1番いいです。」と言われていた親御
> さんもいました。

 調子を壊すほど嫌なのに、当日突然伝えるのですか・・・
 そこまでして、参加しないといけないのでしょうか?

 もしかしたら、何か嫌な活動があるのかもしれませんね。
 宿泊学習の何が嫌なのでしょうか?
 細かいところを伝えてあげると、何が嫌なのかわかると思うんですが・・・
 安心していけるように、それを取り除いてあげればいいと思うんですけど。
 その交渉がまだ出来ないのでしょうか?

 △△くんだと、事前に細かいスケジュールを提示してみて、その中で△△くんがすごく嫌がる活動を排除して、スケジュールにその排斥した活動「〜〜はしません」ということも入れておきます。

> △△君は2週間前からだったけど
> 子どもによってカウントダウンの日数とか違うのでしょうねえ・・。

 △△くん、好きなことは、前日でも、当日でもOKです。
 嫌なことは、なるべく早く伝えてあげます。
 当日伝えるのと、前日伝えるのとでは、△△くんの拒否の激しさが違います。

> > ○○して、バスで家に帰ってくる」
> この「帰ってくる」ということをきちんと伝えることもポイントなのではと思います
> が・・。

「家に帰らない」ということと、いつ家に帰ってくるかはきちんと伝えました。今回は1泊でしたが、夏のキャンプは3泊テントでしたので、「テントで寝る」ことといつ帰れるかは伝えました。

 家で使っている週間スケジュールと同じ形式のものを持たせて、毎晩×をつけてもらいました。(kingstone注・これは×というよりチェックですね)

 今回は、1泊ですので、週間スケジュールは持たせていませんが、次の日に帰るということ、ママとパパが迎えに行くということは伝えました。

「家に帰らない」は「寝る、家×」家で寝ませんという形で表しています。(kingstone注・スケジュールそのものには寝る場所がはっきり示されていると思われます。○を伝えているわけです)

 スケジュールに入れた「食事」「おやつ」「着替え」「歯磨き」は家で使っている写真をそのまま使いましたので、全て「家×」をつけました。(^^ゞ(kingstone注・これも「どこで」がわかるか「ホワイトカード」で○の場所を提示していると考えられます)


追記
 これは△△君だけに限らない話だと思います。私の実践例でも、本人さんがそこにあるカードにない場所に行きたい場合に、本人さんがカードを裏返して「ホワイトカード」として使ったことがあります。

ホワイトカード ここにある以外の場所へ行きたい

 よく「カードの枠に閉じこめるのか」みたいな批判を頂くこともありますが、安定してるからこそ枠を広げることができる、要求することができる、人って枠をはみ出て行くもんなんだよ、みたいなことが頭に浮かびます。いろんな柔軟性が出て来るんですね。


posted by kingstone at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1月23日(日曜日)

 おはようございます。

 昨日はQTの動画を確認してはYouTubeにアップする、というのを続けてましたが時間がかかったあ。そしてWebを見ようとして「このページは応答してません」というアラート。あと「ディスク領域が足りません」もうどれだけよれよれのマシンなのか、ってことなのかな。

 薄雲が広がっています。

 午後2時からたけしたちがゾマホンの国へ援助した話が放映。これはタレントがお金を出しました、援助しました、後は知りません、というのとは、たぶんゾマホンがいることで違ってくるのじゃないかな、という気はする。見てみよう。

posted by kingstone at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする