私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年01月18日

震災 1995年1月26日

 1995年1月26日


kingstone テレビに映るかな?
(18) 95/01/26 15:11

今日はみなさんから送って頂いたウェットティッシュと紙おむつを持って家庭訪問に行ってきました。電話を途中でかける必要があり蓮池小学校の無料電話を使いに校庭に入りました。

すると、フジテレビのクルーが避難された方に言い分を紙に書いてかかげてもらい、インタビューをする、ってのを撮影してました。ひょっとしたらその後ろを歩いている私が映るかもしれません。

私はメガネをかけていて、茶色の帽子、モスグリーンのジャンパー、三角巾で右手をつり、左手に大きなおむつのパック(業務用の白一色の)を持って歩いています。


 馬鹿ですね(笑)テレビに映るかもって喜んでいる。


kingstone みなさんに、ご相談(?)
(18) 95/01/26 20:09 コメント数:4

私の学校(肢体不自由)は建物自身は無事だったものの、水道、暖房設備、内装が大きなダメージを受けました。また通学路にあたるバスの通路がかなりの部分塞がれている状態です。今家庭訪問を続けていますが、早急に学校を開いて欲しいという希望もあります。中には「今は子供をそばから離す気にならない」という方もおられますが・・・

もうひとつの肢体不自由特別支援学校はうちよりもっとひどい状況です。
そしてもちろん他種の特別支援学校も、また市立だけでなく県立の養護学校も被害を受けています。

今後必要になるものは何か、といろいろ考えています。暖房についてはさる筋を通じて動いています。

しかし、今後いろいろと物入りになるのは確実です。そして必要な物はその場にならないとわからないんですよね。で、職場で募金をして下さった方もおられるようですし、お金で頂けないものか、と考えました。もちろんそうなってくると私個人では対処できませんので、今日上司と相談したところ、上司が市の盲・養護学校会長ですので、その肩書で口座を開設し、そこへ振り込んで頂き、それを特別支援教育諸学校で使うようにしていけたらな、という話になりかけています。
 私は「市立だけでなく、県立学校にも配付して下さい」とお願いしています。まあ集まった金額にもよってくると思いますが・・・

本来校長会で協議して、とかいうのがごく普通の日本式合意方法なのですが、こういう事態ですので、先に先に動いています。どんなもんですかねえ。少しでも賛意があるようでしたら口座を開設し、正式な文書をアップします。

それからこんな時、NIFTYを通じてお金を送金できたりしないかなあ?
うん、一度NIFTYに質問してみよう。

こういうことでどうでしょう?





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震災 1995年1月25日

1995年1月25日



kingstone WINDOWSでのプリントが変
(18) 95/01/25 19:26

WINDOWSでEXCELを使いプリントしようとしました。しかしプリンタが動かないので、あっそうだドライバが別のプリンタ用になっているからだ、と考えプリンタの設定のところを変更しました。それで印刷を選択し、実行させようとするとハング。仕方が無いのでリセットしました。

まず、ここまでの時点で最初にプリンタが動かなかったのは、実は地震でプリンタ(Canon BJ10Custum)が机から落ち壊れていた可能性が高いです。ドライバを間違っていても、変な印刷だけはする可能性が高いですから。

さて、EXCELを再び立ち上げると「ページ設定」を選択し、「プリンタの設定」の項目を見ると黒実線でなく灰色で消えたような字になっています。「印刷」を選択した場合は使うプリンタのところがちゃんと黒実線で「CanonBJ10Custum)になっています。

で、その状態で印刷しようとしても、やはり印刷できませんでした。

ドライバが壊れてしまったのかな、と思うのですが、どうやったら元通りになりますか?ドライバの再インストールかな?実家で散乱している中から取り出さないといけない・・・なんせ私の部屋の方づけは手つかずなんもんでたいへん・・

とりあえず、印刷はWORKSのデータに変換して学校で印刷するつもりですが・・・・

なんか落ちついていません。生活環境のせいもありますが。
変なことをいっぱいしてしまいます。


kingstone 今日の状況
(18) 95/01/25 19:26 コメント数:1

昨日、家庭訪問をしていて学校に電話を入れると、「すぐ帰ってくるように」と呼び返されました。紙おむつがどんどん届いていているので受入れと配付の交通整理をして欲しいとのことでした。

最初は枚数単位での配付を考えていたのですが、後から続々と届きだしたので現在は1パックまるごと一軒に持って行くことができます。また大量に使う子もいるためたいへん助かっています。

「kingstoneの実名」さんのチョンボのおかげで大人用が多くて心配したのですが、今日から児童・生徒に配付するようにお願いすると、結構大人用を使う人もいて、紙おむつは確実に役に立っています。

後、遅れて来る分については「kingstoneの実名」さんが子供用のXL・スーパービッグをお願いしていたので、だんだん隙間もうまってくると思います。今日は府中特別支援学校と南山城特別支援学校の方と連絡をしてはりました。南山城特別支援学校からは校長先生がじきじきに電話をかけてこられたようです。

だいたい「kingstoneの実名」さんという方は、配慮が足りなくて悶着を起こすことが多いのですが、今回は事態が事態だけに結果オーライということのようです。校長先生にはひと声かけてあったようなのですが、どうも文を練る時間が足りなかったようですね。「kingstoneの実名」さんも私同様ケガをされていて、先週の後半は学校に出ることができなかったため、情報の分析総合に欠けた部分が多かったようです。

しかし、今回は多くの先生方がパソコン通信の持っている力に驚いたようです。

結果的に私が荷物の交通整理をしているのですが、動きだしてみると若い人たちがいろいろな提案をしてくれたり、連絡をとってくれたりしています。しかし・・・私も若い人に提案されたり、相談されたりする歳になってるんですねえ。別に私には何の権限も無いのですが、みなさん結構自分で提案して自分で納得して動いてくれはります。そういう意味でもつくづく出遅れがうらめしいです。

そんな中でわかった情報。やはり荷物はあるところには有り余ってある。しかしそれを仕分けして必要な所に流す情報を含めた「人」や「足」が無い。例えばグリーンピア三木ではそんな荷物を自分で判断して自分で運べる人が来て下されば大歓迎とのことでした。


※パソコン通信でお金を送りたいという書き込みがありました。

kingstone ○○さん、□□さんどうも。
(18) 95/01/25 19:31

では、「kingstoneの実名」さんや上司とも相談してみます。

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震災 1995年1月24日

 23日のお昼、12時09分に「おむつの援助」について、実名でパソコン通信でお願いをアップしました。いろいろな報告を読んでいるとすぐに購入して郵便局や宅配便の手配をして下さった方もいました。また私のお願い文がテレビで報道された、という報告もありました。

 翌、24日。私は山陽板宿駅からJR新長田駅近辺の家庭訪問に出ていました。2階建ての木造住宅は1階が軒並みつぶれ、1階建ての家がずっと続いているような光景でした。外出先からは頻繁に学校に電話して報告を入れていました。当時は携帯電話という物はまだそれほど普及しておらず、同僚で持っている者はいませんでした。

 そんな報告をしていたある時、教頭先生から

「えらいことになっている。家庭訪問はいいからすぐに学校に戻って来い」

と言われました。この時点では何がえらいことなのか、詳しくは教えてもらってなかったと思います。

 学校に戻ると、おむつが山積みになっており、誰もどうしていいかわからない状態でした。すぐにパソコン通信で発信しました。



kingstoneの実名 お礼と一時中断(紙おむつ)
(18) 95/01/24 16:32 コメント数:1

みなさん、たくさんのおむつありがとうございます。
改めてパソコン通信のすごさを感じています。

ところで私の書きかたが悪かったので、もし今から「紙おむつ」を送ろう
とされている方は少し待っていただけますか。

サイズのL・XL・大人用

と書いたのですが、それが子供用のL・子供用のXL・大人用の小さめ
というつもりだったのですが、わかりにくい表現だったので、大人用が今増えています。そこで大人用は足りたようなので、とりあえずここでストップして頂き、後またサイズなどをきちんと書いた上でアップさせて頂きたいと思います。

もちろん、頂いたおむつは有効に活用したいと思います。

そこで、メンテ資格を持ったスタッフの方に、私のおむつ関係の発言の削除をお願いします。削除理由として「目的達成のため」とすることができたらお願いします。

また、転載して下さった方も、とりあえず、削除というか目的達成のため、ストップということを転載先にお伝えし、できれば削除をお願いできますか。また新たな文をアップさせて頂きたいと思います。

ほんとうにどうもありがとうございました。


 私は、これですぐに「支援物資担当責任者」といったものになりました。本来の校務分掌というのは会議があって、校長先生からの委嘱があって、という形ですが、もちろんそんな形式はありません。とりあえず、部屋を確保し、周囲にも手伝ってもらい届いた荷物、届く荷物を部屋に運び入れました。また配布手段など、すぐさま会議(と言っても主として立ち話。決まったことは職員朝集でどんどん報告し、手助けを頼む)をし、処理していきました。


知的障害特別支援学校の教師から
近況報告(1月24日)
(18) 95/01/24 22:17

 私の学校での救援体制は、かなり軌道に乗って来ました。学校を避難場所として提供するだけではなく、避難所や自宅で、不自由な生活をなさっている方々に、組織的に救援物資を届けています。
 今日は、思いのほか渋滞が少なく、車での物資の輸送もスムーズに行えました。私もワゴン車で、肢体不自由特別支援学校へ紙おむつを届けることができました。
 職員はみんな疲れてはいますが、活気があふれています。「よし、オレもがんばろう!」という気になります。
     
 地震のために、とても悲しいこともあったけれど、嬉しいこともたくさんありました。電話で声が聞ける、会って姿が見えるというだけで、涙が出るほど嬉しくなるなんて経験は、なかなかできるものではありませんよね。
 肉親や家を失っていないから言えるのかもしれませんが・・・
     
 #7715 ○○さん
>> 火事で燃えてる時には「雨が降ってくれれば」と思っていたけど、雨は雨
>>で土砂崩れの原因になるのですね。□□さんのとこなんか大丈夫かな。
     
 そうなんですよ・・・
 今のところ、大きな被害はありませんが、当分気を付けないといけません。毎週山を歩いている「徒歩訓練」なんかも、事前に十分安全確認をしてからでないと、再開できそうにありません。

知的障害特別支援学校の教師から
学校での防災対策について教えて下さい
(18) 95/01/24 22:17

 昨日の発言にも少し書きましたように、今回の地震で、県下の学校では、地震に対する備えが全くできていなかったことを思い知らされました。
 もちろん、定められた火災避難訓練などは、きちんとしてはいますが、
「もし大地震が起こったら・・・」という観点での備えは、無に等しかっ
たと思います。
 今回の大震災を契機に、これから様々な対策を考えないといけません。
    
 そこで、皆さんの学校での地震に対する備え、特に、防災訓練の方法、備蓄しておくべきもの等々について、お教え頂けないでしょうか。




kingstoneの実名 お礼といったん終息
(18) 95/01/24 23:29 コメント数:1

私の肢体不自由特別支援学校への紙おむつの支援、ほんとうにありがとうございました。

たった1日で現在わかっている範囲で下のようなご支援を頂けました。下の表の数字は枚数を表します。パック数ではありません。子供たちには必要な枚数ずつ小分けにして持っていく予定です。

Bというのは「ビッグ」、SBというのは「スーパービッグ」です。メーカーによっても呼びかたが違ったりします。

また、私の不手際のために、大人用が多くなっていますが、職場で話していましても、大人用のおむつが不足しているところがありますので、私の方で責任を持ってそういう場所に届けます。

子供用 大人用 アテオムツ
寄付者・機関名(到着順) S M L・B XL・SB S M L 男 女
○○様 91
兵庫県立神戸養護学校様 90 78
徳島県立ひのみね養護学校様 336 180 66
不明 26

到着予定(順不同)
兵庫県立いなみの養護学校様
朝日新聞厚生文化事業団様
クニ様
兵庫県立淡路盲・聾学校様

寄付者が不明となっているのは○○様の物ではないかと思います。いかがでしょうか?
朝日新聞厚生文化事業団様へは通信を読んだどなたかが、連絡して下さったそうで、事業団の方よりお電話がありました。もしどなたが連絡して下さったかわかれば知りたいのですが。
明日朝届くそうです。(パックで合わせて80程とウェットティッシュが120です)

またいなみの養護は他の所から要請があったようなのですが、中心になって動いて下さっている方が「みんなのねがいネット」でどなたかが転載して下さった(□□さんですか?)私の文を読まれ、私宛に連絡をとって下さいました。車(乗用車?)3台分とのこです。本校の職員がタウンエースで取りに行きましたが、乗りきらなかった、と報告がありました。これも明日朝届くそうです。


またとりあえず中断ということを前に書かせて頂きましたが、もう買ってしまったぞ、という方がいらっしゃれば私の方(肢体不自由特別支援学校)まで送って下されば、私のところで子供たちに配付させて頂いたり、また大人用の物が使い切れなくなっても、必要な場所を捜して配付させて頂きますので、どうかお送り下さればありがたいです。

宛先
  住所
  電話・ファックス番号
  学校名
担当者 kingstone実名
NIF-ID *********

大きな被災をした地区の物の流通状況を見て、また再度のお願いをすることもあるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。

本当にありがとうございました。

なお、私の文を転載して下さった方は、この文も転載方よろしくお願いします。


kingstoen 近況報告
(18) 95/01/24 23:42

書き忘れていたようなので・・・

ご心配をおかけしました骨折ですが、昨日レントゲンを撮ったところズレていないようなので手術は必要ない、ということでした。嬉しい・・・・

また実家の方を工務店の方に見て頂いたところ、確かに崖に近い方が複雑なねじれをしているが、柱の傾きが少ないので補強で十分いける。費用もそうかからないだろう。また崖も崩れない。と言って頂きました。これも嬉しい・・・・(しかし・・・「この家にはもう住めない。絶対つぶれる」と言って帰った植木屋さんはいったい何なんだ・・・)

しかし・・・確かに地震で複雑なねじれをしたのですが、それを大きく増幅したのが私が子供の時からためこんだ「本」である、ということです・・・やっぱり物欲があかんのやねえ。本て捨てがたいけど、ためこんでいたって結局は役に立たないもんなあ・・・

今日も子供の家に家庭訪問に行きました。先日避難勧告の出ていたところを通ったのですが、びっくりしました。崖がくずれて家のおなかがまる見えで、しかもエアコンがぶらんぶらんしてたりしました。その下を通らなければならなかったので(後で聞くと迂回路があったそうです)すごく怖かったです。

「kingstoneの実名」さんの書き込みを見ると神戸養護からも支援物資が届いたとか・・・神戸養護ってたいへんな被害に会われた方もたくさんいらっしゃるでしょうに、すごいことですね。


 なお、上記「避難勧告」の出ていた道ですが、周囲の避難勧告もですが、私の通っていた道自身も「通行禁止」だったのでした。そりゃ崩れた石垣の石がゴロゴロしているし、上からは物が落ちてきそうだし、ヘルメットも無しにあんな道をよう歩いたもんだ、と思います。

 当時、携帯電話を使った様子はこちらに書いています。衆議院議員で被災された高見裕一さんの著。

官邸応答せよ (ASAHI NEWS SHOP)/高見 裕一

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震災 1995年1月23日

 その後、ずっと被災地を回っていましたが、おむつを手に入れられないということが深刻になっているのがわかりました。そこで、私は教頭先生に「ではパソコン通信で校名を出して援助を呼びかけてもいいか?」と尋ねると、たぶん教頭先生はあまりイメージ的にはピンときていなかったと思います。「あ、ああ、まあ何でもええで」

 ということで、以下の文をノートパソコンですぐに作りました。そして教頭先生の机の上にある電話機からモジュラージャックをプチッと抜き、持ち歩いていたモデムに差し、その場でアップしました。その後の事態は私の想像をも超えていましたが。

 なお、私のハンドルネームkingstoneはペンネームとして高校生時代から使っていたものであり、実名で登場するのは今で言えばかえって「なりすまし」みたいで変な感じがしました。IDを見れば同一人物とわかるのですけど。



kingstoneの実名    ある地域の肢体不自由特別支援学校より
(18) 95/01/23 12:09 コメント数:2

現在、子供の家庭に連絡を取り、また家庭訪問し、今現在何が必要かをさぐっています。今後品目も増えるかもしれませんが、今の時点で紙おむつが不足してきています。厚かましいお願いですが、自由に買える地域の方で送っていただければ、こんなにありがたいことはありません。

緊急に不足しているもの。
紙おむつ。
サイズ L・XL・大人用

 学校名  住所
      電話・ファクス番号
 関連校

で、共通の問題です。もし送って頂けましたら、そこから各教師なりが子供たちに配付することができると思います。よろしくお願いします。

しかし、郵便小包で荷物は着くのだろうか・・・郵便もかなり回復してきているとのことですから、何とかなるとは思うのですが・・・。もちろん直接届けばそれが一番早いと思いますが、ある地域の教育委員会や救援対策本部宛に送って頂いて上の注意書きにでも「学校名用」とでも書いて頂けるとこちらに回ってくるとは思います。

よろしくお願いします。

連絡先
学校名 教諭 実名
 電話・ファクス番号
※ ただし家庭訪問などで学校にいない時も多いです。

また他のネットへの転載など一切ご自由にお願いします。特別支援学校の教師の方などは所属長などにご協力要請願えればありがたいです。


 ところで、この文で私は結構深刻な文の書き方間違い(?)をしています。
「サイズ L・XL・大人用」ここ、本当はこう書くべきでした。「サイズ 子供用のX・LX  大人用」
そのため、大きめのサイズはたくさん来すぎて困りましたが、高齢者用施設などに渡すなど、すべて活かして使わせて頂きました。

 また先ほど調べていて打ち間違いを後ろで文字を修正しているところがありますので、すべてオンラインで打っていた可能性があります。


kingstoneの実名 ありがとうございます。
(18) 95/01/23 17:51 07712へのコメント

○○さん、□□さん、ありがとうございます。

今日も家庭訪問に行って来ましたが、それぞれの家庭で必要なものも足りないものも違うようです。あるところではある物資がもう余っているのに、他のところでは足りないというようなところがあります。

学校も紙おむつは購入すべくがんばろうとしているのですが、しかしお役所しご・・ゴニョゴニョ・・・

家庭訪問に行った先では、逆に親御さんから私の方が励まされました。


知的障害特別支援学校の教師より

近況報告(1月22・23日)
(18) 95/01/23 21:27

 大きな余震はあるのでしょうか。あるとしたら、いつ、そしてどれくらいの大きさなんでしょう・・・いま、いちばん気がかりなことです。
 大きな余震があってもいいように、地震の日以来、パジャマではなく、トレーニングウェアで寝ています。枕許には懐中電灯と財布と車のキーが置いてあります。本棚から落ちた本は、元に戻さずに段ボールに詰めました。
    
 私の学校では、明日から授業再開の予定だったのですが、道路のひどい渋滞でスクールバスの運行が確保できそうになく、電車も大混雑していますので、もう1週間程度様子を見ることになりました。
 災害に遭った児童・生徒やその家族の救援もしたいし、被害の少なかった児童・生徒の授業の再開を一日も早くしたい・・・という板挟みの状態です。
    
 今のところ、生徒が小学校などの避難所での生活に適応できなくて困っておられた2家族に、わが特別支援学校を避難場所として使ってもらっています。他にもそういう家族がたくさんあると思うのですが、交通事情のために、十分状況を把握できないでいます。いま手分けして、避難所をまわっていることころです。
 特別支援学校にさえ来てもらえば、食料、日用品等、大抵のものは手に入る状態になりました。
 やはり、一般の避難所では、心身の障害など、個々の事情の細かいところには対応できないことも多いと思います。避難場所が自宅から遠くなってしまいますが、被害の少なかった地域の特別支援学校が、障害児を持った家族に対応することは、意義のあることだと思っています。
    
 とても気になっていることがひとつ。
 てんかんなどの常用薬がスムーズに手に入るのかどうか・・・
 大きな被害に遭った人はもちろん、被害は少なくても、いまの交通状況では、かかりつけの病院にすんなりと行けません。中には、薬の間隔が開いてしまうと、命にかかわる発作が起こりかねない子もいますので、事態は深刻です。今日電話で話したお母さんは、今月いっぱいの分はあるけど、それから先の分は今月中に病院に行ってもらわないといけないと言っていました。ところが、その病院というのが、ずっと「復旧のめどが立っていません」と言われている交通機関を使わないといけない所にあるのです。
      
 考えてみると、かつて勤務していた、東京都の特別支援学校では、教室に防災頭巾やヘルメットを備え、水や食料の備蓄をし、災害用の無線機も設置してありました。それに比べると、兵庫県や神戸市では、そういう点では、全く無防備だっと言わざるを得ません。
 もし、今回の地震が、授業中にあったとしたら、何もない中で、何日も学校で生活することになったに違いありません。
    
 #7690 クニさん
    
 我が家は神戸新聞をとっています。神戸新聞本社は壊滅的な被害を受けたようです。西神の印刷工場は無事だそうですが、編集が全くできないんですね。TV欄は、京都新聞のものをそのまま借用していて、サンテレビより京都テレビの欄が大きいです。
 本当に大変な中で、努力されているのが、紙面からひしひしと伝わってきます。毎日少しずつページ数が増えているところです。


kingstone 近況報告
(18) 95/01/23 23:06

私の学校では今までは学校のあらかたの片付けと電話等による子供たちや教職員への安否情報の収集を続けていました。また一部の先生方が避難してこられた人たちへのお世話に泊まり込みであたってはりました。(残念ながら私は自分のケガ等のために何もできていませんが・・・)

ご家族でケガをされた方はいらっしゃるのですが、どうやら子供自身でケガをした者はいないもようです。ご家族のケガも子供をかばってというのが多いです。教職員の方もケガをされた方は少ないのかな?それともケガをして出てきているのが私くらいなので私が目立ってしまうのかな?しかし生死を彷徨っているというような者はいないはず・・・(まともに職員会に出れていないのでよくわからないの
です)家を無くされた方は子供にも教職員にも複数おられるようです。

遠くの地に避難した子供、転校してしまった子供もいます。

今日からは組織だって子供たちの家に家庭訪問に行き、くわしく必要なものを聞き出し、対処しようとしています。また避難されている方への対応と、登校できるようにするための準備も平行してやっていきます。

私自身のことを書くと・・・

まず夜眠る時には普段昼間活動する時のままで眠っています。今はウールのズボンにセーターとジャンパーを着たままです。まだこわくてジャージ姿になれません。やはり眠りは浅く、少し揺れると飛び起きてしまいます。

眠る部屋の天井からの電球ははずしてしまいました。

大きな災害の後はそのために繰り返し災害当時のことを思い出す人がいる、という話ですが、たぶん私もまさにその通りの例だと思います。あの地響きとガタンガタンという音、突然肩にきた痛み、そんなものをまざまざと思い出します。

物をためこむことの虚しさ、みたいなことも感じます。また人とのつながり、助け合うことの大事さありがたさ、を実感しています。ええい、パソコンのことなんか勉強しないぞ、もっと「人間」に直接かかわることを勉強するぞ・・・なんて思いながら今日、MacPowerを買ってしまった・・・

それと、ケガをしてしまって今やらなければならないことがほとんど何もできなく、そういうことはほとんど他人のお世話になってしまう・・・そのことの心苦しさ、つらさをすごく感じます。で、考えてみれば、こんな気持ち、肢体不自由を持ってはる人はよく味合わされてはるんでしょうね。そしてそうであるなら、開き直ってお世話になってしまお・・・と思いながらもやっぱり揺れてしまうところもあり
ます。

上の方で「kingstoneの実名」さんが「肢体不自由特別支援学校から」ということを書いてはりますが、ふむ、じゃあ、その学校の先生方(親御さんでなく)の自助努力はどうなっているんだろう・・・そんなことも考えてしまいます。あっ、こんなことを言うと大阪府の中川知事と一緒か・・・でもやっぱり思ってしまう・・・まあそれぞれの先生方の家の方も無茶苦茶やからここは全国の方に甘えてしまってもいいか・・・


kingstoneの実名 被災地の肢体不自由養護は・・
(18) 95/01/23 23:40

ある地域だけではありませんね。
西宮・尼崎・伊丹・・・そのあたりはどうなのでしょう。




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震災 1995年1月22日

kingstone 避難しました。
(18) 95/01/22 10:46 コメント数:1

柱がちゃんと立ってたらOKという話がありましたが、うちの家はどうも傾いているようです。そして昨夜余震の3連発というのがあったので、急遽真夜中に義弟の家に避難しました。この家はコンサートに使った部屋が鉄筋コンクリートのトーチカみたいになっているのでかなり安全なのです。ここが崩れるようならまあどこへ行ってもあきません。おかげで久し振りにジャンパーを脱いでぐっすり眠ることができました。

今後は私たち夫婦子供はタコ部屋(みなさんに宿泊して頂いた所)へ住むことになると思います。



 義弟の家ではぐっすり眠れたものの、やはり「他人の家」。どうしても落ち着かない感じがあったので、1日で別の所に行きました。避難所だったらいかばかりか、ということです。


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フィンランド 豊かさのメソッド 堀内都喜子著

 図書館で借りて来ました。

フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書 (0453))/堀内 都喜子

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 2004年、OECDの学習到達度調査(PISA)で中学生が世界トップの成績を上げて注目されたフィンランド、それ以前から留学していた著者が留学時代からのことを書いたもの。

 フィンランド

 面積は日本から九州を取ったくらい。人口は530万人。ということは兵庫県とか福岡県くらい。

 1平方キロメートルあたりの人口密度は日本の340人に対し17人!!

 WEFによる国際競争力(基礎経済・行政のあり方・技術革新への取り組み、等様々な分野から持続的な成長を可能にする中・長期的な競争力)ランキング。

2001年 1位
2002年 1位
2003年 1位
2004年 1位
2005年 2位
2006年 6位
2007年 6位

 主要産業 森林業、金属・エンジニアリング業、情報・通信技術(ICT)

 企業 ノキア、UPM−Kymmen、Metso、FーSecure

 しかしフィンランド人にとってもこの評価は「意外」残業はしないし、休暇は取るし。(週休2日。夏休みとかスキー休みとかは1週間)

 12世紀以降、スゥエーデンの支配。だから公用語にスゥエーデン語もある。後にロシアに支配。1917年に独立を果たす。「日本が日露戦争に勝ってくれたおかげ」という人も多い。

 第2次大戦では敗戦国・・・ってことは枢軸側で戦ったのか。あっ、Wikiによるとソ連と戦うため、ってことですね。

 敗戦国の中では一番最初に賠償金を払い終え、1952年のヘルシンキオリンピックで復興の速さを世界に見せる。

 しかし1990年代はじめ、経済危機に。失業、不動産価格の暴落、貿易の衰退、銀行危機。1993年12月、失業率20%。街には失業者が溢れ、食べ物を買うお金もないという人が食料援助に列を作って並び、地域によっては学校が、家で食事の摂れない子のために週に一度、朝食を用意したりした。銀行危機によって金利急騰、14%台へ。(今は4%台)そこで政府が積極的な対処。

 オッリ=ペッカ・ヘイノネン氏(29歳!!で教育大臣。2002年までは運輸大臣。家族との時間を大切にしたいと国内最大のテレビ局YLE(フィンランド国営放送)の社長に転出)の意見によると

・銀行危機に対し、銀行の改革・再生。銀行債務の支払い保証。
・IT産業の振興。投資。(ノキアがその例)
・他分野の徹底的予算切り詰め。企業もリストラ。(公共サービスも低下)
・変化や改革をになう人材への投資。教育制度改革。(学校の統廃合。文房具支給を減らす。(ってことは支給されてたってことだ)給食費切り詰め。教科書は次年度も使い回し。)

「政治家の役割は、国がいかに危機に瀕しているかということを国民に知らせ、それを克服するには大きな変化、痛みが不可欠であるということをわかってもらえるように説くことだし、そして状況を判断しもっともふさわしいといえる決断を迅速におこなうことだ。」

 現在、フィンランド経済の成長を支えるのが、高度な教育と、研究開発への投資。産学官の連携。

 とはいえ、大学は授業料を学生から取らないため、援助が無ければ研究もできない。研究のプロジェクトチームの計画が立つとまずスポンサー集め。資金のめどがついてからようやく研究が始まる。修士レベルの学生が企業に委託されて研究をし、修論を書くのはよくあること。文系分野は資金援助が得にくいということも。

 そのためかどうかフィンランド人は気持ちや感情といったソフト面よりも効率を重んじる。

 無駄な労働力を省く。(著者の留学していた)ユヴァスキュラ市(人口8万)で国際課は1人。広報課は3人。人件費が一番高くつくので。(ただしレストランでウェイトレスがなかなか来てくれない、というようなことも)

 また製造は外国で、ということになってきている。(これは日本もやなあ)

 著者は小学校で日本文化を紹介したりした。その時の経験などで見たこと。(だから詳しいことはわからない)

 ある保育園(?)で。そこには4歳から12歳までの自閉症児を対象とした特別クラスが設けられている。当日は、それぞれの子どもたちに、一人一人についているアシスタント役の先生と、普通クラスの保育園児が加わってとてもにぎやかだった。自閉症児といっても、地理や数字に強い関心のある子、著者の手を握ったまま離さない子、まったく話せないが一生懸命話を聞いている子、と様々だった。
 この時、日本の有名な昔話ということで「花さかじいさん」のフィンランド語訳を読んであげたが「なんで犬が殺されてしまったの?」「どうやって殺したの?」と矢継ぎ早に質問された。(これは自閉症児かな?保育園児かな?)

 別の小学校1年クラス。21人。(25人まで。しかしフィンランド人に言わせるとこれでも多い、とか。また地方では複式学級が当たり前)体の障害を抱える子、学習障害のある子のクラスにはアシスタントをつけるのが普通。言葉のわからない外国人の子がいる場合は通訳をつけることも多い。このクラスには糖尿病の子がいたので「まだ教師になる勉強はしていないが子ども好き」という高校出たての若い女性がアシスタントとしてついていた。インシュリン注射をしてあげたり、担任の手助けをしたりする。アシシタントやボランティア、時には保護者もいる。

 地方分権化が進み、学校や教師に多大な決定権が与えられている。始業時間もバラバラ。教師は地方公務員ではなく学校に所属。校長は限られた予算の中でやりくりし、教師採用の権限も持っている。

 小学校3年から英語が始まる。

 なお、フィンランド語は英語とは単語・文法ともにまるっきり違う。しかし一般的に英語はしゃべることができる。例えば著者が小学校6年生のクラスを訪れた時は英語で質問してきた。(これは外国人にとってフィンランド語が難しく、通じにくいため)また街でもフィンランド語が通じにくそうと思ったら英語で話しかけてくれる。

 これはテレビ番組やゲームに字幕つきのものが多いということも関連しているか。

 中学・高校に校則というものは無いに等しい。私立高校は無い。フィンランドの高校進学率は低い。高校間の「進学校」「レベルの低い学校」という意識は無い。手に職をつけたい子は職業専門学校に通う。

 小学校・中学校に卒業式は無い。しかし高校の卒業式は大々的に祝う。行けなかった人にとって憧れも強い。

 1年間の授業時数。日本700時間以上。フィンランドは小学校低学年500時間台。高学年600時間台。OECDの調査国中もっとも少ない。塾も無い。家庭教師も無い。OECDの調査で中学校では4割が遅刻し、2割が授業をさぼっている。学校が嫌いな子も多い。フィンランド人自身が学力1位という結果に驚いている。

 教職は人気があり質が高い。大学の教職課程を修了していれば資格ありとされる。しかし、この「大学」というのがよく読むと日本の大学院レベルのよう。また教職課程を取ることがたいへん狭き門。

 ただし、ここで言う、教職とか教師というのはあくまでも「正規採用の正規の教師」であるみたい。教師を目指す学生は、大学を卒業する前から代用教員をして経験を積んでいく、という記述もあり。

 教師は伝統的に人気が高い。給料はけっして高くない。フィンランドの言葉「教師は国民のろうそく、暗闇に明かりを照らして人々を導いていく」

 フィンランドのクラスに学力差は少ない。落ちこぼれを出さないような工夫も。しかしそれは授業のレベルは全体的に「むつかしくない」ということもある。また移民が他の国に比べて少ない、ということもある。しかし、現在、移民のことは話題にはなりつつある。

 これは他の北欧各国では移民問題がもっとクローズアップされているため比較してのことらしい。例えばこんなことも

私が『北欧を見習わなくなった』わけ・・・デンマークの場合・・・移民政策も楽じゃない

 最近は中東・中央アジア・ロシア・アフガニスタン・イラン・イラクなどからも。

 総合大学は、学科によって入るのが相当むつかしい。ユヴァスキュラ大学のコミュニケーション学科では入学できるのは志願者の3%。入学平均年齢は23歳。高校卒業後、短期のコースで専門科目を学んだり、国内・海外でアルバイトをしたり、徴兵に行ったりしてから入る。

 すべての大学が無料で逆に500ユーロ(8万円くらい?)お金を貰える。これでつつましくすれば生活していける。(これは入学者が少ないのとうらはらの関係だろう)学生でいたければいつまでもいられたが、近年、年限を制限すべきという議論が出てきている。

 留学生への制度。
・チューター 様々な相談にのってくれ、手助けしてくれる。
・サバイバルキット 料理道具・皿・ナイフ・フォーク・布団・枕・シーツなどのセット
・ホストファミリー 一緒に住んでいるわけでなく、時々交流する。

 生涯勉強に対する強い意欲。
 2004年、フィンランド成人の45%が職業関連の訓練や教育を受けている。

 アホラ・オッリ家の例。

 夫カイ。
 養豚業。EU加盟(自由化ということか)でうまくいかなくなる。
      ↓
 製材所で勤務。通信教育で森林業の勉強。
      ↓
 森林エネルギー関係の会社設立。順調に。

 妻マリア=レーナ
 中学卒業後海洋学校へ。カイと出会い、学校をやめてマッサージや健康管理の勉強。
      ↓
 健康センターで仕事。
      ↓
 夫と一緒に養豚をしていたが、それが無くなったので定時制高校へ。(子どもも高校生)
 高校は単発授業を受けるのは3千円〜6千円。しかしすべての授業なら無料。
      ↓
 薬剤師になるのが夢。

 専門大学で講師をしていた友人。
      ↓
 「教えるには教師の資格があったほうがいいかな」と教師養成コースへ。(ほぼ通信制)
      ↓
 コースを終え、常勤講師に昇格。

 勉強熱心の背景には、超のつく学歴社会ということがある。ただし「どこの大学を出た」ではなく、「どんな勉強をしたか」冗談ではあるらしいけど
「掃除をするのにも掃除の勉強を専門学校でしていないとだめなんだよね」

 フィンランドはヨーロッパの中でも物価が高いので有名。
 食品は日本より少し安い。レストランでの食事、電気製品、高級品などは日本より少し高い。車の値段は日本の倍はする。

 ただしそれらは消費税こみ。食品で17%。他の商品やサービスは22%。ガソリンは60%。
 所得税も少くても20%。少し多くなると30%。
「税金は高いのは嫌だけれど、その税金の恩恵を受けて生活しているので、しようがない」というのが大勢。

 これは環境や健康を守る面も。車を使いにくい。→環境が守られる。たばこ・酒の税金が高い。→健康が守られる。

 実際、酒税率が下がった時、街に酔っぱらいが増えた、という調査結果がある。

 医療。健康センターで安くかかることができる。高度で信頼性もある。ただし医師不足は深刻。休日に開いてる健康センターを探すのに100キロも車を飛ばすとか、健康診断の予約を申し込んだら何か月も先になるとか。39℃の熱は「緊急」の状態とは言わない。だからフィンランド人は異様に我慢強い(?というかその状態を強いられている、かな)
 私営の医院もあるが、高い。(ただし、記事中には「1回の診察で何千円」と書いているからそうでもないのかも。アメリカだったら何万円もざらみたいだし)

 国からの子育て支援はすごい。

「フィンランド人の友人は『学生で未婚の母だと、へたに働くよりも国からたくさんの手当がもらえるんだよ』と冗談まじりに教えてくれた。」

 フィンランドの合計特殊出生率は1.8。日本の2009年は1.37。

 フィンランドで、男女が出会う場所の一番人気は「ディスコ」「パーティー」「バー」
 ネットの「出会い系サイト」新聞雑誌の「友人募集広告」
 あと「学校での友達」

 親と同居という考えはフィンランドには無い。
 しかし週に一度以上親と会うという人は全体の60%。
 300キロ〜400キロ離れた親のもとへ毎週末行くという人も多い。
 つまり親子関係を重視していない、というわけではない。

 国会議員200人中女性が84人。(2007)
 前々回の大統領選の7名のうち女性が4人。
 現在大臣の半分以上が女性。
 2005年の運輸通信大臣になった女性は30台前半。(これまた若い!)

 タルヤ・ハロネン大統領(女性)ただし大統領の権限はアメリカよりは弱い。首相の力も強いが、2003年は女性首相。
 また男性首相であるがリッポネン氏は1週間の育休を取った。

 外国人にはとてもまずいお菓子「サルミアッキ」が大好物。

「フィンランドは宮廷文化といえるものがなかったためか、食文化はそれほど重要視されてこなかったのだろう。きちんとした食事は1日1度だけで、あとはパンやおかゆ、ヨーグルトですませる人も多い。とにかく胃の中に何か入れればいい、といった感じ」

 友人を食事に招く風習は無い。しかしコーヒーとお菓子を用意して招待というのがある。

 金曜の夜や土曜の夜には街でベロベロに酔っぱらい、倒れている人を頻繁に見る。

 マイナス10℃でも赤ちゃんを戸外でお昼寝させる。これは季節に関わりなく。それでアメリカに行った夫婦が同じようにしたら「育児放棄・虐待」で通報された。

 スゥエーデンが嫌い。(国と国との関係は良い。これは支配被支配の関係があったせいか。スゥエーデン・フィンランド・ロシアの関係は日本・韓国・中国の関係に似ているかも)

 家も自分で作る。「家を作るのは男の仕事」しかし、実はこれが結構負担で、「家作りの意見の相違」が離婚原因の1位。2位は「子づくりの意見の相違」

 フィンランドの家には浴槽が無いことも多く、普段はシャワーですませる。しかしどこでもサウナがある。

 フィンランドは静か。またフィンランド人は沈黙を好む。飛行機やバスなどでたまたま隣になった人や食堂で隣になった人と会話するということもあまり無い。(ただお酒は入るとコロッと変わる)疑問形の語尾が上がらない。アクセントやトーンの上下があまり無い。会話の時、相手の目をじっと見ているだけで、あまり相づちもうなずきもしない。フィンランド人が話していると悲しそうに見えたり、つまらなそうに聞こえる。全体に声の調子が低く、ささやくように話す人が多い。

 相手を中傷する言葉の語彙は多い。性器やバカみたいな。

 店員に「トイレありますか?」と尋ねると「あります」という答えが返ってきて、「どこそこにあります」の答えは返って来ないだろう。

 フィンランド人はあまり「決まり文句」の挨拶や抱擁・キスなどの挨拶はしない。「ヤア」と言うか、目であいさつ(って黙礼?単に見るだけ?後者っぽいな)するだけが多い。だからフランス人やイタリア人からは失礼で冷たいと見られる。日本人だと「そんなもの」

 フィンランド人学生はカンニングをしない。(著者は日本人みたい、と書いている。まあ日本でもする人はするけど)(これは学校のシステムで、する必要の無い習慣ができているのかな)

 フィンランド人ビジネスマンに著者が日本人のコミュニケーションについて講義した時に出た質問。

「どうして日本人は同じ質問を何度も何度も繰り返してくるのか」これは念には念を、かな?
「メールの内容がわかりにくい」時候の挨拶とか遠回し表現かな?
「なぜ企業秘密をしつこく聞いてくるのか」これは日本人は気にしてないのか?
「決断が遅い」上司の意見を聞かなければ、というやつかな?
「要求が多すぎる」ついあれもこれもになるか。
「言いたいことがよくわからない」遠回し表現かな。

 いやあ、何か面白かったです。




 
 




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震災1995年1月21日

1995年1月21日


kingstone 今晩雨が・・・
(18) 95/01/21 08:33

知り合いの工務店に屋根にシートをかけてもらうようお願いしたのですが、順番に回っていくとのことで、いつになるかわからないとのこと。雨の予報を聞いてあわててブルーシートを買いに行きました。

もちろん近所の建材屋さんには無し。明石の行く途中の店では「ご近所にしか売られへん」まあ仕方ないか、と明石の町へ出ました。しかし明石の町も結構屋根瓦がくずれています。こら、売り切れてるかな、と思いました。播淡汽船の乗り場でシートをたくさん持っている人がいたので、「どこで買われたのですか?」と尋ねると「淡路島で買うてきた」こりゃいかんか・・・と思いながらも播淡汽船の西にある目的の船具屋さんへ急ぎました。ここではやはり売り切れ、しかしそこから入江をくるり回ったところにあるネットやロープのお店にあるかもしれない、という話を聞き、行ってみると山積みしてました。

9m×9m 1枚が11000円・・・・最初8600円って言っていてあわてて11000円と言い換えはった・・・なんかなあ・・・まあ仕方がない。

タコ部屋の分と4枚買いました。
ところが帰ってきてみると工務店が来ている。しかし持って来ていたシートが小さかったので私の買ったシートも役に立ちました。またタコ部屋の方にと思っていた分は妻のピアノの生徒の家がたいへんな様子だと言うのでそちらへ持って行きました。タコ部屋の方は・・・あんましずれていないみたいだし、何とかなるんじゃないかと・・・甘いかな・・・

しかしこの買いだしの道はかなり渋滞していました。

バタバタしてしまって熱が出てしまった。本当は今日10時に職員集合ということ
ですが、いけないな。本業の方が×というのは・・・・いかん。



 職員集合は、教頭先生が職員全員に電話をかけていたようです。「熱が出てるので行けません」と答えると「さぼるな!どない思とんや!」と怒鳴られました。私、地震の初日にも駆けつけて片づけしてるんですけどね・・・まあ色よい返事が少なくて教頭先生、カリカリ来ていたのだと思われます。


知的障害特別支援学校の先生からの報告

近況報告(1月21日)
(18) 95/01/21 23:20 コメント数:1

 我が家では、電気、水道、ガスの全てが、ようやく(いや、「早くも」というべきですね)復活しました。電気はその日のうちに、水道は2日後、そして今日ガスが使えるようになりました。ガスは2日前に出るようになり、一旦使い始めたのですが、近所でガス漏れしていることがわかり、使用停止になっていたのでした。

 わが鈴蘭台(北区)では、殆どのものが手に入るようになりました。食物、日用品だけでなく、今日はガソリン(一人3000円分限定)も補給できました。驚いたのは、駅前の書店で、週刊誌の今週号が手に入ったことです。19日発売の『週刊文春』と『週刊新潮』、20日発売の『ビッグコミックオリジナル』を買いました。郵便も届いています。一昨日と昨日は、地震前のものでしたが、今日は18日消印の、東京からの地震見舞いのハガキが届きました。
    
 我が家で風呂に入れるようになったので、今日は実家(灘区)から、両親と妹が、泊まりに来ています。
 娘たちが大喜びでなかなか寝ようとしません(^^;)
    
 学校などに避難している人の数が20万とか30万とか言われています。でも、親類、知人宅に身を寄せている人まで数えると、一体何人になるのでしょう・・・神戸市民の三分の一くらいが、何らかの形で、自分の家にいないのではないでしょうか。

 けが人の数も2万何人と言われていますが、きっとkingstoneさんの鎖骨骨折は、数に入っていないでしょうね。神戸市民で、擦り傷、切り傷、打撲等々、何のケガもしていない人間なんて、半分どころか、三分の一もいないのではないかと思います。

 かく言う私も、地震直後の停電の暗闇の中で、懐中電灯を探すときに、散乱した食器の破片で、足の小指を切りました。思ったより傷が深く、一昨日に5時間歩いた時は、ふさがりかけていた傷口が開いて出血し、水たまりを歩いたように、靴の中がグジュグジュになってしまいました。大量の本と本棚の直撃を受けた妻子も、体中に青あざができています。でも、私の一家のケガなんて、この大災害の中では、ケガと言うのはおこがましい気がします(^。^)
    
 神戸の中心部を除いて、鉄道がかなり復旧してきたので、鉄道での人の動きがかなり多くなっています。
    
 東の方からは、
 大阪→(阪急宝塚線)→宝塚→(JR福知山線)→三田→(神戸電鉄)→谷上→(北神急行)→新神戸
        西野方からは、
 姫路→(JR山陽本線)→加古川→(JR加古川線)→粟生→(神戸電鉄)→谷上→(北神急行)→新神戸
    
 上のようなルートで、神戸市内に入ることができます。一部のマスコミで、神戸電鉄鈴蘭台駅から、神戸市営バスでJR神戸駅に向かうルートが紹介されたため、今日の鈴蘭台駅前は大混雑になっていましたが、バスの本数が少ない上、渋滞のためかなり時間がかかり、とても現実的なルートとは言えません。兵庫区、長田区方面へは、新神戸からだと距離がありますが、新神戸から歩かれることをお勧めします。(何らかの方法で、市営地下鉄西神中央まで行ければ、板宿まで開通しています)
 神戸市の東部へは、新神戸から神戸市営バスの2系統阪急六甲行きが、15分間隔程度で運転しています。
    
 各企業も、いろいろ努力して下さっています。物資の提供をして下さるメーカー、採算を度外視して物資の供給のために力を注いでいる流通業の方々・・・全然「社会還元」をしていないのは、マスコミ(中でもテレビ局)だけではないでしょうか(~~メ)
    
 わが実家でも、kingstoneさん宅同様、雨に備えて、屋根にビニールシートをかぶせたそうです。
    
 私の学校は、来週の火曜日から授業を再開することになりました。

 でも、3割程度の児童・生徒・職員は、当分学校に来ることが不可能です。道路が渋滞しているので、スクールバスも正常に運行できる保証はありません。

 自宅近くの学校などに避難している、児童・生徒の中には、かなり精神的に不安定になっているケースがあります。そこで、そういう家族には、特別支援学校を避難場所に使ってもらうことになりました。今日既に、第一陣が学校に行っていることと思います。障害があって、特別なケアを要する人たちには、避難場所での生活はかなり難しいものがあります。もっと早くに対応すべきだったと思っています。
    
 マスコミなどでも、いろいろエピソードが紹介されていますが、大災害に遭ったために、優しい気持ちになれたということもあるような気がします。
 ふだんは、「うとましい」と感じていた人間が、ただ生きているというだけで「いとおしい」と思えるんですから。

posted by kingstone at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災1995年1月20日

1995年1月20日


kingstone ぼちぼちと
(18) 95/01/20 08:00

うちの学校の子どもたちのところにもだいぶ連絡がつきました。私は学校に出られないので、家からいろいろ電話をしています。タイミングによって偶然かかることもあります。昨日はある先生が歩いてずーーっと長田・兵庫の方の連絡のつかない子の家を訪問されたりしていました。
奇蹟的とも思えるのですが、多くのところではケガもなく済んでいるようです。しかし後ほんの少しの子供のところに連絡がつきません。

うちの長男はおかげ様でお医者様の薬がきいたのか元気になってきました。調子の悪い時は薬をガマンして飲んでいたのが、元気になってくると飲みません。まあとりあえず大丈夫そうになってきたので、無理には飲ませていません。

妻の実家は阪急六甲駅の上(北)の方にあります。実家のあたりは幸いに被害が少なかったようです。しかし阪急六甲から南はかなりたいへんな様子です。妻の母親はささやかながら炊きだしをはじめたようで、今日もおにぎりを作って持っていく、とか言ってました。

阪急六甲の上(北)の道あたりでも昨日から臨時バスが走り始めているということです。
また篠原公園では自衛隊の方により給水が行われているということです。


kingstone かなりの回復です。
(18) 95/01/20 12:29

今日、友人が水をくませて欲しいというので、その友人の車でタコ部屋まで行ってきました。(※ということは出勤して学校でなんやかや仕事や打ち合わせをしています。友人というのは同僚のことですから。)

小繁華街近辺の渋滞は解消され、普段くらいの車の量です。ガソリンスタンドも並んではいません。ただし売るガソリンが無くなったGSもありました。もちろん2号線は規制されています。

タコ部屋はやはり水が出ました。口コミで広まっているらしく、その周辺の家には水をもらいに来ておられる方があちこちで見られました。(※周囲は全部断水しているのに、ある狭い地域だけ普通に水が出た)

学校に寄ると、学校の中はかなり片付けられていました。後は水びたしになった湿気をどれだけとれるか、ということと、暖房をどうするかですね。また子供や職員には小学部はほとんど連絡がつき無事ということでした。あと、職員1人、児童1人に連絡がつきません。一生懸命連絡をとろうとはしているのですが。

駅前に出てみるとバスがたくさん並んでおり、もちろん普段通りとはいかないでしょうが、走っていました。開いているお店もどんどん増えています。八百屋さんはだいたい開いてます。品物もいろいろ豊富でした。パン屋さんは並んで品数に制限はありますが、売ってはりました。

小繁華街のスーパーは人が並んでいますが、列がおとといよりは随分短くなっています。誘導の方も慣れてきて効率よく誘導できていたみたいです。

またそこから500m程北にある生協は並ぶことなく混雑もなく買い物ができます。おとといよりも品物は増えていました。牛乳も一人一本ですが売っていました。缶詰もあります。お肉や野菜もたくさん並んでいました。

また妹の話によると少し西に行ったウェルマートでは、もうごく普通の状態だそうです。昨日、三木のジャスコへ行った友人もごく普通だったと行ってました。ただ遅い時間になると神戸方面から買いだしに来た人で「冷凍チャーハン」なんかが無くなっていた、ということですが。

うちの近所の水道局事務所では24時間体制で水がもらえるということですが、一昨日には長く続いていた行列も今日はありませんでした。

今日、新聞で大阪府知事の中川さんの「自分たちで炊きだしをするくらいの気持ちで」という発言を読みましたが、ははは笑ってしまいますね。そんなこと言われなくても、できる人はやっているんですよね。
そういや、こっちでは地震の日はすでに神戸新聞の朝刊が配られていましたし、翌日の朝刊もちゃんと来てました。これもすごいな、と思ったことのひとつです。



知的障害特別支援学校の先生からの報告

やっと実家へ行けました
(18) 95/01/20 17:24 コメント数:2

 昨日、学校の子ども達の消息を知るために、神戸の街へ出たのですが、実家に寄るヒマがありませんでした(妻子だけ家に置いておくのも心配なので(^。^))。
 新神戸までの電車が動くようになり、市バスも2系統が阪急六甲・加納町間で運転を始めたものですから、あまり長距離を歩くことなく実家にたどり着くことができました。

 幸い、実家の建物は、瓦や壁が少し落ちているものの、手入れすれば何とか住める状態のように見えました。でも、実際のところはどうなんでしょうね。見た目には一応まっすぐ立っているようですが、取り壊して立て直したほうがいいかどうかを、素人でも見分ける方法ってあるのでしょうか?>建築に詳しい方
   
 実家の周辺はといいますと、やはりテレビで見たのと同じ惨状でした。30数年も見続けてきた景色が一変してしまいました。
 実家のすぐ近くには、消防署があり、東京消防庁の消防車がたくさんいました。皆さん、本当に休憩する時間も惜しんで、活動しておられます。
 昨日、県警本部の前を通ったら、バイクや自転車が、数え切れないくらい、止めてありました。きっと、自分の家のことは二の次にして、救援活動に駆けつけた警察官の方々のものなのでしょう。
     
 自宅を離れて避難している方々の留守宅を狙った空き巣などが、出没し始めているという話もあるようです。
 また、物見遊山気分で、車の中からビデオカメラを構えてウロウロしている連中を実際に見かけました。ああいう連中が渋滞をさらにひどくしています。
 ひらすらショッキングな映像や、悲しみに沈む遺族の映像を、ハイエナのように追い求めるマスコミにも、責任の一端があるように思います。日本のマスコミって、結局芸能レポーターのレベルなんですよね。
 また、「救援車両」と書いた紙を貼り付けて走っている車の中には、かなり疑わしいのもいます。もちろん、そんな紙を貼っているだけで、通行止めの道を通してもらえるわけではないようです
 昨日ご紹介した、山口組さんは、今日も食料や水を配っていました。水は敷地内の井戸からでるのだそうです。わが母親の弁では、神戸市よりよっぽどあてになるとのこと。今回の活動は、誉めてあげていいと思いました。マスコミは全然紹介しないだろうと思っていたら、スポーツ新聞の片隅に載っていました(^。^)
    
 私の学校では、今のところ、死亡者が生徒1名、職員の家族1名です。あれだけの方が亡くなったことを思うと、奇跡的に少ないと言っていいのかもしれませんが・・・・・
 家を失った児童・生徒・職員は、かなりの数にのぼります。

 一応、来週から授業を再開します。
posted by kingstone at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災1995年1月19日

1995年1月19日


 このあたりから、地震に巻き込まれていた知り合いたちからのパソコン通信での報告がいろいろ出て来ます。家族が、同僚が亡くなったという報告も。この日は私は家にいたようです。


kingstone バスも動き始めました。
(18) 95/01/19 12:15 コメント数:1

こちらの地区ではバスも動き始めました。地下鉄も板宿までは動いていますし、それとバスとを使って人や物も動くでしょう。

嘔吐下痢症を呈している長男が飲む物を買いに外に出ましたが、一応飲み物(ジュース類)やお米はここらあたりでは手に入りやすいです。電気も来てますから水さえ手に入れば調理もできます。

道路も混んではいますが、このあたりは昨日よりは少しましです。

先日急行してくれた親戚にも「もう来ないで」とくれぐれもお願いしています。
西神中央のあたりで物資の面でもごく普通の日常生活に近くなっているみたいですし、うちの近所も回復は早いみたいです。

まだまだ中央区・長田区のあたりがたいへんですね。
ほんと腕が動かないために復旧活動に参加できないのが残念です。家にいたって家の片付けもできない・・・・



知的障害特別支援学校の先生からの報告

神戸の町を歩いてきました・・・
(18) 95/01/19 19:17

 今日、まだ連絡が取れない子ども達のところへ、行ってきました。被害の大きかった、長田区、兵庫区です。(学校から歩いて行きました)
 一応、今日訪ねた子ども達は、全員無事であることが確認できました。
     
 5時間ばかり、被害の大きかったところを歩くことになりました。
 テレビで見た光景ばかりでしたが、実際に目にすると、本当に言葉もありません。美しかった神戸の街並みは、見る影もありません。かつて、家庭訪問で伺ったことのあるお宅が、完全に倒壊していたり、火災で跡形もなくなっていたり・・・
    
 サイレンを鳴らして走っている緊急自動車のナンバーを見ると、近県ばかりでなく、四国、九州、関東・・・本当に全国各地から応援に駆けつけて下さっています。公園にたくさんテントが張ってるあるので、てっきり避難している人達だと思ったら××消防隊の「宿舎」だったりしました。
 避難場所になっている学校などの職員の方々。もちろん、避難しておられる方も大変ですが、それをお世話する人達も、本当に激務をこなしておられます。
    
 わが実家のすぐ近くに、某組(その筋の「組」です)の総本家があります。そこが、被災者のために、パン、牛乳、それに紙おむつ、粉ミルクなどを配っています。私の両親と弟一家は、たいへんお世話になってしまいました。
posted by kingstone at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

土曜日余暇活動の料金設定をどうすべきか

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 kingstoneです。

 えーーっと、○○さんはじめ自閉症児託児活動「れもん」のみなさんや他の方のご意見も聞きたいなあ、と思うので、こっちに書きます。

 私、とりあえず試行的にでも土曜日の活動を始めてみたいなあ、と思っています。例えばあるお子さんと一緒にプールへ行くなんていうのでもいいし。で、近場のボランティアさんとも一緒に活動できたらと思っています。

 でね、保護者の方にもボランティアさんにも意見があったら教えて欲しいのだけど、頂くお金ってどれくらいのもんかなあ・・・・

 一応夏にやった「勝手に余暇活動」では「交通費+1000円」もちろん実費は頂く。という線でした。ただしあの時は私は車で行ってしまったので交通費は無しになってたと思いますけど。でも学生さんに来て頂くとしたらやっぱりいるよね。

 私は試行的にやってみたい、というとこですが、「れもん」の活動として正式(?)にやるとした時にそれでいいのかな?というあたりです。

posted by kingstone at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

反転攻勢。自閉症のお子さんのための土曜日活動作り

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 kingstoneです。

 一時パニック障害まで起こしかけ(※起こしかけて、ではなくて、起こしてたんですけどね)て学校に行けなくなりかけたところから一転して反転攻勢に出ています。少なくとも攻勢に出てる間は不登校にはならなくてすむ。

 今日は、職員のみなさんに私が何を見て何を思い研究会を始めたのか、そして自閉症児託児活動「れもん」を始めたのかをごく簡単に語らせてもらい(詳しく言い出したら何時間コースだから・・・)そして自閉症の子供のための余暇活動についてもやりたいこと、またそのことをお知らせするだけは担任しているお子さんの保護者にも伝えたいこと(選びはるかどうかは別として)を話させて頂きました。

 現在、学校を利用して地域の人たちを巻き込んでスポーツなどの余暇活動をしていこうという動きがたぶんほとんどの小学校で始まっていると思います。しかしそれを利用できないお子さんもいるんですよね。

 おかげ様で「伝えて良い」というお墨付きを頂きました。

 土曜日の外出活動をやりたいのですよね。

追記
 当時、学校5日制(週休2日制)で、子どもたちの行く場が無いので、学校で遊ぶ会、ゲームをする会、などを「教師が指導者となって」やって行こうという動きが出ていました。

 しかし私の担当している自閉症のお子さんだと、保護者の送り迎えやサポーターの人がいないと参加はできないわけです。またそこで行われる内容は、たぶんその自閉症のお子さんたちに合わない。

 そこで、学校主導で作る土曜日活動以外に私が自分の学校の自閉症の子たちとできる活動を作りたい、そのために保護者と相談させて欲しい、ということです。ある意味、当時の教師の感覚からしたら「反則」となる考え方です。(当時の、健常なお子さんのための土曜日活動にしろ、保護者と相談するなどということは一切ありませんでしたから)
posted by kingstone at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「人間らしくつきあいたいから視覚支援しません」と言われた話2

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>先生の立場から私が書いていること 読み辛いことあるかと
>思いますが、ごめんなさいね。

あれ??私のレス、辛そうでした??
 いえ、全然そうじゃなかったので・・・書き方が悪かったかな。

 ってか○○さんの辛い気持ちはよくわかります。
 「あのハルヤンネさん」でさえ落ち込まれることが多々あったのですから。

 ほんま愚痴は愚痴として出してもいいですやん。(ニコ)

 ただ、その先生、「拒否」の表現獲得を試みようとして下さった先生なので、うまくやるとすっごい味方になってくれそうな気がするんですよね。

 ただ先生も、ほんといつもいつも「目から鱗カード」とか「一発カード」(初めてなのにうへええというくらい効果があるやつね)ってわけにもいかないし、で障害特性とかがちゃんとわかってないと「疑問」に感じることもいろいろあるだろうし、また周囲からいろいろ言われたりすることもあるだろうし・・・揺れると思うのね。

 ある年、私と一緒に組んだ先生。春休みの間から前年度の子供のビデオも見せ、障害特性の話もし、目の前で実践もお見せし・・・・・しかし音声言語一本で指導を通して下さいました。後で聞いたら私に反発してたんだとか・・・それこそ「人間らしくない」「こんなの教育じゃない」

 実はこの先生、大ベテランで私がTEACCHで取り組むよりずっと前に本を読んで試してみて「こんなの使えない」と判断してはったとか。

 で、そのお子さん・・出かけていた音声言語がどんどん減ってくるし・・・

 3学期になってやっと「実は反発してた。でも今はこんなのもありだと思える」と言って下さいました。でも・・・実践はして下さらなかった・・

 それが卒業式の4日前くらいに練習中にうろうろするお子さんに「座りなさい」といくら言ってもうろうろするばかりという状態に、私が「私が指導してもいいですか」とお願いして式次第を書き、どこまで我慢していいかの見通しを立てさせ、座ることを絵で描いて示したら一発で最後まで座り通すことができたのを見て、ショックを受けはったようです。

 次年度からは積極的に視覚支援も使うようになって下さいました。

 本当に「変わりにくい」もんなんだと思います。
 でも地道にやってるときっとわかってくれるんじゃないかな・・・・

posted by kingstone at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「人間らしくつきあいたいから視覚支援しません」と言われた話1

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※自閉症のお子さんに対して、保護者が教師に視覚支援とかを教えてあげて少しは使ってくれていたのだけど、教師から「人間らしくつきあいたいから視覚支援しません」と言われた、という話です。

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>わけですが 今日の連絡帳に「□□君を人間らしく扱ってやりたいので・・」
>と言う言葉があちらから
>あって そんなんあたりまえやんか・・と思いながらも
>担任がTEACCHにつまずいていることがわかりました。

 人間らしく扱う(?つきあう?)ために「いったい何がわかっているのか」「わかりかけているのか」をちゃんと追求して、合った方法を使って欲しいということにつきますね。

 「人間らしくない」と思えるのはどんな時なんだろう・・・・

 カードを見せた時ににっこりして(あるいは不安そうだったのが普通の顔になって)わかったよというように次の作業をしたり、次の場所に行ったりする時、それは「人間らしく」ないのだろうか。

 音声言語で「きちんと片づけなさい」と言って片づけない時「君の辞書には『きちんと』という言葉は無いのか」と優しく言うこと、それは「人間らしい」のだろうか。

 私も視覚支援を使うことで「人間らしくない」と言われたことは山ほどあります。
 で、確かにそれこそ「構造化のパワー」を使って嫌なことをさせてしまったこともあります。(たいていの周囲のみなさんは、そこまでのところは見てなくて単に視覚支援を使うだけで拒否反応が出てたけど)

 でも、いろいろ考えながらやってれば、きっといい結果は出ます。
 「拒否を教えてみよう」と考えはったすてきな先生です。
 今一歩勉強して、やってみて、実感してくれはったら素晴らしいことができるやろな。
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追記
 カードを使ったりした時に「人間らしくない」と周囲の教師や保護者に拒否された経験は仲間の中でもたくさんありました。

 まあ、実際、「そんな支配と服従のために使ったらあかんやろ」という場合もあったのではないかと思いますからひとつひとつの状況については何とも言えないところがあるのですが、「音声言語で支配と服従をさせる」場合はたぶんこのような批判は出なかったでしょう。

 あと、TEACCHというと「カードを使う」としかわかってない、ってこともありますね。それはまったく「間違い」と言ってもいいのですが。
posted by kingstone at 08:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1月18日(火曜日)

 おはようございます。

 パソコンも元気?かな。

 今日もすごくいい天気ですね。

posted by kingstone at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする