1999年9月18日に府中療育センターを知事として視察されました。府中療育センターは重症心身障害児(者)施設ということみたいですから、肢体不自由特別支援学校に在籍するような人たちのうち、非常に重度な人たちがいる施設だと考えていいと思います。
視察の後のマスコミ取材で
「ああいう人ってのは人格あるのかね」
と発言されたと報道がありました。まあ、いろんなところで非難囂々だったと思います。正直なところ、この発言があったとされた時、私はう〜む、と考え込みました。少なくとも考えが正しいとか間違っているとかではなく、石原氏を非難する気にはなりませんでした。報道に対し、ちょっとまてよ、という感じかな。
で
[報道]障害者に対して石原慎太郎都知事が言ったと思われること全文
というエントリを見つけました。
ここに書いてある内容なら、すごく納得できます。
私が肢体不自由特別支援学校に勤務して着任式の時に思ったのは
「#$%&’!」
言葉に表すことができませんでした。公開するのに不適切という意味ではなく、どういう言葉にしていいのかわからなかったのです。
まあ、適切な事前研修というのが無かった、というのも事実ですが(学校のしくみ、仕事の進め方やだんどりについては研修と言うか職員会議がありました。しかし、子どもとのやりとりについての研修はありませんでした。そう言えば大切な「子どもをどうやって抱き上げるか」のやり方(介護技術ですね)も事前にも、またしばらくはOJTも無かったな。1年間の途中ではあったと思います。本当に知識のないまま放り込まれる。現在だと人工呼吸器の使い方とか事前にありそうではあります)、しかしどんな研修をしようと、実際に会ってみなくちゃわからない、ということがあるのも事実だと思います。
それが日がたつにつれ、またおいおいと自分でも勉強していき、つきあうのが楽しくなっていき、OKだなあ、と思えるようになっていくわけです。時間はかかりました。
それを石原さんは、1日、あるいは半日で言葉にすることをせまられ、答えはりました。私なんかが1日で言えないレベルまで深いことをおっしゃってるような気もします。もちろん行政の長としては突っ込まれる点が多々あるにしても。
もちろん報道をうのみにしてはいけないのと同じで、上記ブログもうのみにしてはいけないのかもしれませんが、すごく納得できるなあ、と思います。
私も、報道されたニュースに対していろいろコメントをつけることもありますが、気をつけないといけないなあ、と思います。
追記
ネットでこういうご意見を見つけました。
「俺はリンク先見ても納得しない。たとえば「恐らく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。 そこは宗教観の違いだと思う」近辺。これが偏見の発露でなくて何なのか。」
そっかあ。ほんとのところ「西洋人」さんがどう思われているかはわからないところがありますね。
ちょっとずれるかもしれませんが、私が現役時代ですから大昔のこと、アメリカの特別支援学校では日本の肢体不自由特別支援学校や知的障害特別支援学校の最重度クラスの子どもたちはいないんだ、という話を聞いたことはあります。学校で教育する、ということをあきらめると言うか、医療の範囲と考えるから、ということでした。
ちょっと、その話を思い出しました。