私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年10月26日

IP電話や携帯電話からかけた時の通話料

 心覚えに


NTT西日本IP電話からかけた時の通話料いずれも3分

  docomo 税込53.55円

  au 税込56.7円

  softbank 税込63円

  NTTや他社のIP電話 税込11.34円くらい

docomoからかけた時の通話料3分

  IP電話へタイプによって違う 税込み60円くらいか

    FOMAからだと 税込み90円くらい?

  家族みんなでドコモなら、基本使用料が25%OFF

  (あり?家族間通話無料じゃないのか?)

  家族間通話料 FOMAからは無料

         movaからは30%割引

 うう、料金表見てたらわけわからんようになってきた・・・・

 
posted by kingstone at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特別支援教育とお金

 昨日は文部科学省で特別支援教育の在り方に関する特別委員会(中教審)があったそうです。

 適切な就学相談、指導についてやインクルーシブ教育システムについての自由討論というような話題であったとか。

 で、Twitterで乙武洋匡さん(この会議の委員。この3月までは小学校で教師をされていた)といろいろな方がこの会議のあれこれ「特別支援教育にはお金が必要」という点で一致されていたようです。(もちろんお金「だけ」ではなく様々なものが挙げられていました)


「特別支援教育。理念はわかるし、現場もそれをめざしたい。しかし、人的資源、数がたらんと思うんです。新しい事するには人、金がいります。」

乙武「そのあたりも、たっぷり語ってきました!」

「援教育を充実させる為には、予算が必要です。地方財源に左右されることなく、必要な所に必要な予算を付けて欲しいものですが・・・」

乙武「今日の会議でも、そのことが話題に上りました。やはり、最後はそこ、なんですよね…。」

 で、いらんことしいの私はつい議論に入っていってしまいました。

kingstone「う〜ん・・・もちろんお金は大事なのですが、どうもそうでもないような場面もよく見ます。特別支援教育に「人手(人件費)」が必要とのご意見は多いのですが、人手を増やしても必要な知識・思想・技術が無い場合は無意味かなあと・・・」

 その後、少し議論が続きました。

「お金とは、人件費や施設整備費だけを指している訳ではないんですよ!特別支援教育には専門的な知識が必要です。知的・情緒・肢体不自由児と全く違うし、同じ自閉症でも様々なタイプがあり、その子に応じたフォローが必要で、そのための教員教育や教材の整備も重要です。」

kingstone「よくわかります。」

kingstone「で、今のお金の範囲でも相当なことができそうな気がしましてね。それをまずやんなきゃなあ・・・と。」

「特別支援教育に携わっておられたんですね!」

kingstone「昔ですが。」

「昔であっても、そういう現場を知った方が、特別支援教育についてどんどん意見してください!一人で8人(だったかな?)も見れる訳ないだろうとか! 」

kingstone「でしたっけ。9人かな。1人はきつい。3人で20人、うまくやってはったとこは知ってますけど。」

 実際「1人」というのは融通がきかなくてたいへんなんです。2人以上、複数いれば、その時々の配置をあれこれ考えることができる。あと

特別支援学級でボランティアさんをどう集めたか
特別支援教育にはすごくお金がかかるのか?

あたりも関係して来るかな。

kingstone「でね、「1対2じゃないと」「いや1対1でないと」とおっしゃる現場もよくあって、実は全然そんなことなかったり・・・そういうのを見てますので特に専門家と言われる方が「お金!お金!」と言われると懐疑的になってしまって・・・」

 専門家と書いてますが、あと、教師が「もっと人手を」「1対1で」とかいう場合も多いですね。でも私はそれには非常に懐疑的です。いや別に増やしてもいいんですが、「出せるお金が決まっている」なら現職の方の給与を下げて新しい人を迎え入れることも必要かもしれない。ワークシェアリングみたいな考え方ですね。現職の給与をそのままにしておいて「お金を出せ、出せ」って言うのはそら現職の人や組合的には「正しく」「カッコいい」ことなのかもしれませんが。

 で、ほんと、人手を増やすのはいいけど、それをどこにどう持っていくか、という問題もある。少なくとも、ずっと手をつなぎっぱなしとか、指示しっぱなしでいいわけない。

 このあたりの私の思いは

ある施設の職員と利用者の数と特別支援学校の教師と生徒の数
同僚が自立課題学習を1対4でできた話

あたりの事実に基づいています。

「1対1である必要は、必ずしもないと思います。専門家がお金に執着するのは、結局、特別支援教育と言うところが、閉鎖的な環境だからではないでしょうか?」

 Twitterの140字ではお答えするのがつらいかなあ、と思ってエントリにしてみました。

 あと現状のお金の額で財源を持って来るとしたら、特別支援教育担当教師の給与割り増しが続いているのなら、それをやめちゃえばすぐにでも使える財源ができます。こう書くと「特別支援教育には専門の知識が必要でそれだけの研修を受け意欲のある人に来てもらわなければいけないのだ」というご意見もあろうかとは思いますが、通常学級も「専門の知識が必要でそれだけの研修を受け意欲のある人」が必要なのですね。同じなのです。給与に差をつける必要はまったくありません。

 それから「特別支援教育に関わる資格の必要性」についてですが、まああったほうがいいとは思うのですね。現在、確かなデータは持ってませんが、特別支援学校勤務の方のお話では勤務している教師のうちの7割は持っている、とのことです。

 すごいですね。

 ただ大昔(決して今ではありません)、何の資格も無い私が資格のある方にいろいろお教えしていました。これも研修方法とかにも問題はありそうです。

 昨日、たまたま、別の方(自閉症の人に関わる教師や施設職員に教え、また地域でシステムを作ろうとしている立ち場の方)がTwitterで

「研修は座学ばかりで甘いのではないか。現場で厳しく教える必要があるのではないか」

とつぶやいておられたのに、またまたいらん絡みで

kingstone「それは『優しい』か『易しい』ことでは。座学だけで学ぶのは『厳しく』『むつかしい』ことだと思いますから」

と言ってしまいましたが、これは相手の方に意味不明だったかもしれません。

どのような研修が必要か

みたいなことを考えていたのですが。

 特別支援教育の世界が閉鎖的かどうかはわかりませんが、特別支援教育に限らず、教育界は福祉の世界に比べて外の情報を得る、変化していく、というのが難しかったような気がします。「結果」の意味がはっきりせず、人手があり、そしてお金がそこそこ出、そこに安住していた、ってことが大きいかな。

 あとユーザー(利用者)が直接は子どもだというのもあったかもしれない。福祉の世界は比較的ダイレクトにユーザーのニーズが伝わるけれども、子ども相手だと、子ども自身のニーズが伝わりにくいし、保護者のニーズってことにもなりやすいし。


 最初のほうで知識・思想・技術と書きました。普段、私は「知識・技術」と書くことが多いのだけれど、このツィートをした時、やはり「思想」ってのも大事かなと思いました。「思想」と言うと引かれてしまうこともあるのですが、以下のようなことを思い出していました。

 大昔の大昔、肢体不自由特別支援学校にいた頃。地域の小学校に子どもを連れて交流に行きました。その時、小学校の教頭先生から「通常学級の邪魔になる。来るな」と言われました。もちろん日時は打ち合わせしていたのですが。

 特別支援学校に帰って愚痴ったら、ベテランの先輩から「それはお前が悪い。相手の都合をよく考えて日程を組まないからだ」と叱られました。

 しかし、大昔に知的障害特別支援学校に異動し、1〜2年もした頃。どこの小学校に連絡を取っても相手校の校長先生などが「本来、うちの学校にいるべきお子さんです。いつでも来て下さって結構です」とおっしゃるようになりました。

 これは管理職研修がうまくいって「知識」が身に付いたから、という言い方もできるかもしれませんが、社会的にもノーマライゼーション(地域で普通に暮らす)の思想が浸透してきたからでもあるでしょう。

 思想というのはそういう力になるものだと思います。

 今後は、一人ひとりの子どもの人権を大切にしよう、みたいな思想が大きくなっていって欲しいなあ、と思います。

TEACCHはある意味思想である(祈りもあるかも?)

posted by kingstone at 08:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症のお子さんへの理解

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 kingstoneです。

 あるところで(私に対してということではなく)非自閉症のお子さんの相談の話があり、みなさんがいろいろアドバイスをしたことがありました。その後の指導をビデオで見せて頂けました。なんか、すごく良かったです。

 ただ・・・悩みとして自閉症のお子さんもおられ、そのお子さんにつく必要があるので、非自閉症のお子さんへの個別指導の時間が取りにくいということを述べられました。

 そこで実は相談のテーマとは違っていたのですが、私は少しいろいろ質問してしまいました。

 実のところ私には、自閉症のお子さんへの関わりのほうがよほどたいせつと思えました。周囲の方に理解して頂けたかどうかはわかりませんけれど。(もちろんどっちも大切なんだけどね。でも前回、悩みとしては非自閉症のお子さんのことだけが出てきていました。つまり悩むにしてもわかりやすいわけです。自閉症のお子さんについては「どう悩んだらいいか」もわかっておられない)

 自閉症のお子さんに、ひとりでできることが用意されていないから、つきっきりにならざるを得ず、非自閉症のお子さんに関われない・・・実は付かれている自閉症のお子さんもわけのわからないことをさされてたいへん、非自閉症のお子さんもたいへん、という状況なわけです。

 それこそ非自閉症のお子さんへの関わり方は「常識」でいける。しかしその「常識」では実は自閉症のお子さんは苦しむだけ。ちょっと障害特性を理解し、やることを考えるだけで、自閉症のお子さんも非自閉症のお子さんも楽になれるのに。

 うーーん・・・・ある地域の特別支援教育部の中で「自閉症及び関連の発達障害」に関する部会を作る必要があるかな・・・いつ学校を飛びだそうか、なんて考えてる奴が思うようなことじゃないですけど。

 でも、ほんま毎年毎年ものすごく低レベルのところで、しかもお子さんも教師も(もちろん保護者も)苦しんでいる、ということを感じます。

posted by kingstone at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

視覚支援をつけていると音声言語もわかってくる場合もある

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 kingstoneです。

 あるお子さん。
 「こっちに来て下さい」とか場に応じて言えることもあるのに、太田のステージ評価をするとT-3になってしまうお子さん。

 例えば「えんぴつ取って下さい」と頼んでももちろんそんなことできませんでした。

 先日から公文の「ことばカード」で「いるか」という文字と絵を描いたカードを取ってもらうというのをやっていました。

 先週は私が担当していて、文字だけ書いたカードを作り、それを見せながら「いるか」と発音すると、お子さんが「文字と絵のカード」を取って私に渡してくれました。

 試しに発音だけ(文字は見せない)ではダメでした。

 今日、相棒がやっていて「発音だけでできるようになった」と感動していました。

 もちろん、この教材(課題)だけでは意味がありません。

 しかし、実は落ち着いた環境で学ぶことが、そして絵や文字などのてがかりをそえることが音声言語の理解にもすごく有効なのだ、ということを保護者にも理解して頂くとっかかりになれば、と思っています。

posted by kingstone at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特別支援学級担任がいない時の対応に怒っておられる保護者へ3

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

> 例えば、「保健室に保健板を届ける」とか、
> 「給食袋をもって親学級に行く」とか、「給食室からおぼんを
> 運んでくる」とかって決まったことは、視覚支援がしてあります。
> 独りでやっています。

 すごい!!

>今の特別支援学級担任になってから2年、教室の鍵が開いていなかったことは
>無かったのですから、これは突発事件だったのです。
>だから、ここでは皆さんがここでよく書かれている
>「とっさの事でしたので・・とりあえず絵を描いて伝えました」
>ってやつを私がやらなきゃいけなかったのですね・・・反省

 まあ、できれば。

>私、担任とはうまく意志の疎通が図れている方だと思っています。
>私の希望は伝えてあるし、彼の考えも解ってるつもり・・です。
>何より、視覚支援をアッという間に取り入れてくれて・・・・
>成功させてる数は私より多いくらいです。
> でも、一方で彼が他の教師の中で浮いてくるのが解ってしまう。
> 朝晩2回、学校に顔出してれば・・・・たいがい気づきますよね。
> 私が要求を出すと担任の首が絞まるのかなって思う。

 きっと素敵な特別支援学級担任さんなんだな。
 
浮いてるかどうかは実際のとこはわかんないですけど・・・

 ただね・・・浮かなしゃーない時は浮かなしゃーないわけで。
 その時の教師の支えとなるのは保護者です。

> なにせ、激情型なもので・・・・反省!

 私も最近激情型・・・でも演じてるところもあるかもしれない。

> もっと学校に対して、申し入れをやれってことですね。

 あっ、これは(アセ)
 そうでもあり、そうでもなしです。

 でも思ってることは伝えないと・・・で、後は摺り合わせていっての合意ですもんね。できることはできるし、できないことはできないし。(実際問題として○○さんの考えておられるティームティーチングってのはものすごくハードルが高いと思う。またティームティーチング担当の教師がいないのであれば授業が成立しないのなら、それは□□君にとっていい環境なのだろうか、とも思います。今ある環境の中で□□君に何が大切で、その実現していく環境をどう作っていくかは、アイデアを出し合えばいろいろできると思います)
posted by kingstone at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症の子どもの方から伝えてくれた お父さんが具体的な指示ができた

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※あるお母さんから。お子さんは音声言語で表現することは無い自閉症のお子さん。環境を「スケジュールなどで見てわかる」ようにする、要求表現を「写真カードで伝える」など始めてまだ1年ちょっとというところでしょうか。

−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○です。

 今日は、ほんのささいなことですが、嬉しい事があったので報告しますね。

 土曜日は大体おやつを食べにフードコートのある大型店に行くのが決まりになっています。行かない時もあるのですが、行くとマクドナルドでおやつ、本屋で立ち読み(おいおい)、食料品売り場で夕飯の買い物というパターンが多いです。

 でも、今日は大売り出しで、道がとんでもなく混んでる!まあ、家から5分ぐらいのとこ(車で)なので、行けないことはないんですが、うだうだしておりました。

 すると、□□が、おもむろに大型店のチラシを指でトントンしはじめました。「ああ、『大型店に行きたいよ』って言いたいんだな。」とすぐわかりました。

 「大型店に行きたいんだね。」って言うと、今度はチェキ(インスタントカメラ)の写真をまとめてる名刺入れからうちの車の写真を見つけ出し、それもトントン。「車出してよ。」ってことらしいです。

 もちろん、すぐに用意して出かけました。□□のトントンは、家から出かけるきっかけも作ってくれました(^_^)。

 こうやって、自分で意思表示してくれるとすぐ言う事をきいてあげたくなります。調子に乗らんように(お互いに)気をつけねば(^_^;)。

 それとも、□□は「この母ちゃんにも視覚支援をせんと言うこと聞いてくれへん。」と思ったのかもしれません。それは正解(^_^;)。

 ほんまにささいなことですが、なんだか嬉しかったです。

 ちょっとやる気が出てきました(おそい!)。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 □□君の意思表示、私もすっごーーく嬉しいです。知的障害特別支援学校の担任の先生にも伝えてあげてね。
−−−−−−−−−−−−−−−
 kingstone先生、こんばんは。
 ○○です。

>  □□君の意思表示、私もすっごーーく
> 嬉しいです。知的障害特別支援学校の担任の先生にも伝えてあげてね。

 有り難うございます。ちゃんと伝えます、が、めっちゃ忙しいらしくて、それにどう反応されるやら・・・。

 この話とは関係無いですが、今日ダンナが、□□をお風呂に入れてて、自分は先に上がりました。

 いつもならここで「もうちょっとしたら上がりや。」と、とってもとってもわかりづらい言葉をかけていました。

 それが今日は、給湯器の時計を指して「7分になったら上がりや。」と言ったそうです。父は本当に上がってくるかどうか半信半疑だったのですが、きっちり7分を表示したところで上がってきました。初めて「具体的」に示したのです(なんて低レベル・・・(^_^;))。

 思わず「あんたもわかってきたやん。」と言ったのですが、本人は「?」でした。でも、日頃私がなるべく具体的にいうようにしてるのを、なんとなくではあってもわかってきたのかなーと思います。

 後は「視覚的」「肯定的」ですが、道は長い・・・。ほんま、地道に姑息にいくしかなさそうです。

 ダンナより自分の教育が先>私・・・

−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>  有り難うございます。ちゃんと伝えます、が、めっちゃ
>忙しいらしくて、それにどう反応されるやら・・・。

へっ?
 たぶん嬉しい話を聞くのはみんな嬉しいと思うよ。(ニコ)
(もちろん、「だから視覚的な環境を整えてよ」というのはうまく伝えられるかどうかはわかんないですけど。でも嬉しい成功体験からしか本人も周囲の人も学べませんから、 ぼちぼちとですね)

>  思わず「あんたもわかってきたやん。」と言ったのですが、
>本人は「?」でした。

 おっ、お父さんもすごい。

あはは、これは実はよくありますよね。

 本人が意識しないで指さしで具体物を指し示していたり、具体的な動作で指示を出していたりする。けれどもやってる本人が気がつかないから「音声言語で通じた」と思っている。

 どこが「具体的」だったか解説してあげることが必要かもしれません。
 
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 エントリの中に

『□□は「この母ちゃんにも視覚支援をせんと言うこと聞いてくれへん。」と思ったのかも』

というところが出て来ますが、これってすごく大事なことだと思います。本人がコミュニケーションというものがこの世に存在するということに気づけ始めた。(自閉症の人では気づけないことも多い)そして「本人からの表現が周囲の人に伝わる手だて」がある、ということですから。

 ある特別支援学校では、この頃はクラス・学年によってはスケジュールをしているところもありましたが、まだほとんど無い頃です。表現手段としての絵カードや写真は全然使われていませんでした。

 お父さんの変化、お母さんが学ばれるようになって1年半後のことなわけです。
 まあ、こんなもん。
 変化はゆっくり、ゆっくり。

posted by kingstone at 07:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月26日(火曜日)

 おはようございます。

 起動させっぱなしです。

 曇り。
 ちょっと寒いです。

posted by kingstone at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする