私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年10月21日

「時は流れて」 中島みゆき

「時は流れて」 中島みゆき

 やけを起こすこともあるなあ。

 YouTubeのカバーから良さそうなのを。


posted by kingstone at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私はガス室の「特殊任務」をしていた シュロモ・ヴェネツィア

 図書館で借りて来ました。

私はガス室の「特殊任務」をしていた/シュロモ ヴェネツィア

¥2,100
Amazon.co.jp

 きつい本です。

 アウシュビッツでガス室と焼却棟での「特殊任務」をしていたユダヤ人シュロモ・ヴェネツィアへのインタビューです。

「仕事をきちんと進められないと、看守は叩き、そして看守があまり強く叩かないと、ドイツ人がその看守を殺して別の看守を当てました。」

「食べものが十分にないと連帯は不可能になります。自分が生き延びるために誰かから取らなければならないとなると、取る人が多い。その点、私たちは食べものが十分だったので、多少危険がともなっても、なんとか他人に回そうとする余裕がありました。」

 引用できないようなところもたくさんあります。

 アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に関するWikipediaに

「第二次大戦の勝利者である連合軍は、あの過酷なアウシュヴィッツの環境で最後まで生を維持させた人間の特性に興味を抱き調査団を組織した。その報告が正確であるならば、生命の維持力と身体的な強靭さの間には何の関係も見出せなかった。そして生命を最後まで維持させた人々の特性は次の3種類に分類された。第1の分類には、過酷な環境にあっても「愛」を実践した人々が属した。アウシュヴィッツの全員が飢えに苦しんでいる環境で、自分の乏しい食料を病人のために与えることを躊躇しないような人類愛に生きた人々が最後まで生存した。第2の分類には、絶望的な環境にあっても「美」を意識できた人々が属した。鉄格子の窓から見る若葉の芽生えや、軒を伝わる雨だれや、落葉の動きなどを美しいと感じる心を残していた人々が最後まで生存した。第3の分類には「夢」を捨てない人々が属した。戦争が終結したならばベルリンの目抜き通りにベーカリーを再開してドイツで一番に旨いパンを売ってやろう、この収容所を出られたならばカーネギーホールの舞台でショパンを演奏して観客の拍手を浴びたい、などの夢を抱くことができた人々が最後まで生存した。」

という記述もありますが、そうではなく生き延びた人の記録、ということになると思います。

posted by kingstone at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寝ながら学べる構造主義 内田樹著

 図書館から借りて来ました。

寝ながら学べる構造主義 (文春新書)/内田 樹

¥725
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 内田さんはあとがきにこう書いています。

「落語の『千早ふる』では、『横丁のご隠居』が熊さん相手に在原業平の古歌の意を説いて、なかなか味のある解釈をします。私もご隠居の驥尾に伏して、『ま、なんだな、この』というような前振りをしながら、構造主義者たちの滋味深き知見を『横丁のみなさん』に説き聞かせてみようと思い立ちました。そうやって書いたのが本書です。」

 確かに、意図はしっかり実現されているようです。それだけにご隠居の話同様、「おいおいそれは違うんちゃう」みたいなところもいっぱいありますが。これは内田さんのせいなのか、引用された思想家の元ネタがそうだったのか、よくわかんないところがありますが。

 ま、文系の学問って、「いかに面白いことが言えるか」の勝負であって、「正しさ」ってのはあんまり関係ないことじゃないかと思わなくもありません。

 構造主義ってのは、カッコ良さそうな言葉だったから、若い頃2冊くらい入門書を読んだかな。

 覚えていることは「今目の前にしているたくさんの現象とか言葉は、その上(下?)の構造に決められている」みたいなところかな。

 著者によると構造主義の先達には大きく3人いて、マルクスとフロイトとニーチェだって。

 確かにマルクスは「下部構造が丈夫構造を決定する(?だっけか)」みたいなことを言ってた。経済的(階級的?)立場が思想を決定するみたいな。

 フロイトは精神分析を言い出したけど、これも無意識が意識の部分を決めてく、みたいなことを言ったから構造主義の先駆なのか?

 ニーチェは、古典文献学者として、過去の文献を読むに際して、「いまの自分」の持っている情報や知識ををいったん「カッコに入れ」てないといけない、という心構えを要求したとか。なるほど。しかし、なんでそれが構造主義に関係してくるんだ?

 しかし、ここで紹介されているニーチェは友達になりたくないタイプだなあ。超人とか言い出したり。

 内田さんが技芸の伝承について書いているところは面白い。

「技芸の伝承に際しては、『師を見るな、師が見ているものを見よ』といいうことが言われます。弟子が『師を見ている』限り、弟子の視座は『いまの自分』の位置を動きません。『いまの自分』を基準点にして、師の技芸を解釈し、模倣することに甘んじるならば、技芸は代が下るにつれて劣化し、変形する他ないでしょう。(現に多くの伝統技芸はそうやって堕落してゆきました。)
 それを防ぐためには、師その人や師の技芸ではなく、『師の視点』、『師の欲望』、『師の感動』に照準しなければなりません。師がその制作や技芸を通じて『実現しようとしていた当のもの』をただしく射程にとらえていれば、そして、自分の弟子にもその心象を受け渡せたなら、『いまの自分』から見てどれほど異他的なものであろうと、『原初の経験』は汚されることなく時代を生き抜くはずです。」

 こういう物言い、好きだなあ。そういや内田さんは合気道の稽古もかなりしてはるとか。

 で、ソシュールって言語学者が「構造主義の父(と言われている)」だそう。

 何でだ?「物に名前がある」のではなく「概念があるから名前ができる」みたいなことか?
 羊はフランス語で「ムートン」で生きてるのも食肉になったのも言うが英語では「シープ」と「マトン」と別れる、みたいな。あと「肩が凝るのは日本人だけ」みたいな。

 でもって構造主義四銃志の一人目がフーコー。

 「監獄の誕生」「狂気の歴史」「知の考古学」とかを書いた人。

 しかし

「近代以前においては、狂人が『人間的秩序』の内部に、その正当な構成員として受容されていた事情は本邦でも変わりません」

と内田さんも書かれているけれど、本当だろうか?障害者についてもいろんな人が、そう言われることがあるけれど。これって単に「昔は良かった」みたいなことなんじゃなかろうか。それなりに昔だってそれぞれ苦労してはったのじゃないかと思う。

 このフーコーのところの一番最初に内田さんが

「クリスマス時季に学生たちを我が家に集めたとき、私が編集したクリスマス・ソングのカセットをBGMにかけました。」

と書いてあって、私の頭の中にはむさくるしい男子大学生がいっぱい集まっている映像が浮かびました。しかし・・・内田さんて女子大の教授じゃん!!女子大生を集めてるんだ・・・


 四銃士の二人目がバルト。バルトの仕事をまとめて言うと「記号学」

 この言葉もはやったなあ・・・

 トイレの「男の絵」は「象徴(シンボル)」で「紳士用」という文字は「記号」だって。シンボルの方はたぶんつながりがわかりやすいけど、「記号」の方は「ある社会集団が制度的に取り決めた『しるしと意味の組み合わせ』」だから「記号」のほうがちょっと難しくなるのか?自閉症の人に文字よりもまず絵の方がわかりやすいことが多いように・・・ほんとか??

 でバルトは「ラング(国語みたいなもん)」と「スティル(個人的な好みの文体みたいなもん)」と「エクリチュール(集団的に選択され、実践される『好み』)なんてことを言い出した。なるほど、そっちからの構造に規定されるってわけね。

 で、バルトは日本で人気があるのだけど、それはバルトが日本文化が好きでよく言及してるからだって。この本の中には俳句について書かれた文があります。


 四銃士の三人目がレヴィ=ストロース。(この人は最近亡くなり、ジーンズのリーバイスさんの親戚だ、と話題になってました)

 「悲しき熱帯」「野生の思考」を書いた人。人類学者。ジャン=ポール・サルトルを一刀両断にした人として有名なんだとか。

「『サルトルが世界と人間に向けているまなざしは、「閉じられた社会」とこれまで呼ばれてきたものに固有の狭隘さを示している。』」

 我こそは世界のみんなの上(メタ)から思考している、と思っていても結局その文化のいろんなものに縛られているんだよ、ということかな。でもって、文化ってのは世界のあちこち(一枚岩と見えるものの中だって)複数ある。


 四銃士の四人目がラカン。この人は名前は聞いたことがあるけど全然知りませんでした。精神分析家?

 その流れのもととしてフロイトにも言及されています。

「『患者が、探し求めていたものの代わりに思い出したもの自体、症状と同じようにして生まれたのです。すなわち、その思いつきは抑圧されていたものの、人工的で、一時的な新しい代理形成物であり、抵抗の影響で歪曲されることが大きければ、大きいだけ、抑圧されていたものと異なるのです。』(『精神分析について』)

 フロイト自身が「偽りの記憶」について語ってたんや!

「フロイトのヒステリー患者たちが語った過去の性的トラウマのいくぶんかは偽りの記憶でした。しかし『偽りの記憶』を思い出すことで症状が消滅すれば、分析は成功なのです。分析治療について、ラカンもフロイトのこの知見を支持します。」

 症状というか、私は「困難」と呼びますけど。で、逆に言うと、「困難」が軽減(なかなか消滅とはいかないだろうから)しないのなら無意味だと私は思います。

「分析家は分析が終わると、必ずそのたびに被分析者に治療費を請求しなければならない、というのが精神分析のたいせつなルールです。決して無料で治療してはならないというのは大原則です。ラカンの『短時間セッション』は場合によると握手だけで終わることがありましたが、そのときでもラカンは必ず満額の料金を受領しましたし、料金を支払えなかった被分析者に対しては平手打ちを食わせることためらいませんでした。」

って・・・お金を払うことの大切さはわかるけど・・・無銭飲食した人を店長さんが平手打ちを食わせるって・・・警察に突き出す、ならわかるけど。

 あとがきの内田さんのまとめがわかりやすいかも。

「レヴィ=ストロースは要するに『みんな仲良くしようね』と言っており、バルトは『ことばづかいで人は決まる』と言っており、ラカンは『大人になれよ』と言っており、フーコーは『私はバカが嫌いだ』と言っているのでした。」

 ははは、なるほど。







posted by kingstone at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特別支援学級に来ていたのに来れなくなり母子分離ができなくなったお子さんのことで

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※広汎性発達障害(自閉症だけど軽く(?)見えるくらいのイメージでいいんじゃないでしょうか)の○○君。不登校が続いた。母親とかたときも離れられなくなった。
 A小学校通常学級からB小学校特別支援学級に転入。B小学校である教室のみに母親と登校。C担任はいろいろなものを用意。特別支援教室にある、あるおもちゃに興味を持ち、そこから自立課題学習も少しずつ増やし、母子分離の時間も長くなっていった。
 C担任の1週間の出張でD担任におまかせした。C担任が戻って来るとまたもや特別支援教室に行かなくなっており、母親と離れられず、また特別支援教室に誘って入ってきても固い表情のままである。学校で楽しく過ごすこと、母子分離を図ること、をしたいのだが。

−−−−−−−−−−−−−−−
 KING STONEです。

 なんか・・・すごく悲しい。

 ほんま楽しいこと、好きなこと(課題学習を含めて)をたくさん用意してあげて、少しずつ来てくれるようにする手なんでしょうね。

−−−−−−−−−−−−−−−
 □□です。

 母子に置けるお互いの自立ですね。

 やってみて、だめなら、またやってみる!
 答えはお子様がもっています。

1.地元の小学校に行けなくなった理由を保護者と確認して、書き出す

2.特別支援学級に行けなくなった理由を自分なりに書き出す

3.スケジュールの提示(予告も含む)をしていく。

> C担任の1週間の出張でD担任におまかせした。C担任が戻って来る
>とまたもや特別支援教室に行かなくなっており、母親と離れられず、
>また特別支援教室に誘って入ってきても固い表情のままである。

 ここがひっかかったのです、わたし!
 ○○君に伝えましたか?
 ○○君に頼みましたか?

「明日から、僕はキャンプで学校にこない。でも、変わりに○先生がくるから。いや
かもしれへんけど、よろしくお願いしますね」

 大好きな人が急にいなくなる、なんてご本人には重大な問題ですので!

 彼は一生懸命、世の中に出ようとしている(でも、緊張感と不安がすごく高い)、し
かし、変化に耐えられない(体や心の変化も)ようだとおもいました。

 思春期をうまく越えられますように・・・かげながら応援しています。

 どうしたら、○○君が楽になるでしょうね。

−−−−−−−−−−−−−−−
 △△です。

 とても、難しい問題なので、よくわからないまま、感じたことを綴ります。

 そのお子さんのレベル的なことがよくわからないので、的外れかもしれません。

 学校が、親と離れて過ごすところである…ということが、はっきりと認識できていないかもしれません。
 意外かもしれませんが、こういう常識的な部分が、わかっていないということも考えられます。

> C担任の1週間の出張でD担任におまかせした。C担任が戻って来る
>とまたもや特別支援教室に行かなくなっており、母親と離れられず、
>また特別支援教室に誘って入ってきても固い表情のままである。

 これに関しては、おそらくCさんが出張で来られないということが、うまく伝わっていなかったのでしょう。

> 再び○○君に受け入れてもらえるか・・・.

 再び、関係を作っていう必要はありますが、それまでの、Cさんの間柄を考えると、それほど時間はかからないと思います。

> 母子分離

 こういう場合、やはりスモールステップですね。
「○○君がお母さんさんを離れて一人で活動できる」をいくつかに分析すること。

対人的な面で言うと、

○○君が、お母さん以外の家族と活動することができる
○○君が、家族以外の身近な人(Cさん)と活動することができる
○○君が、Cさん以外の身近な人と活動することができる
○○君が、親や先生以外の人と活動することができる

また、時間的なことも、

10分活動することができるから、
1日活動できるまで

活動内容なら、

大好きなプラレールなら
給食であれば

「○○君がお母さんを離れて一人で活動できる」という課題は、一度にクリアするには、大きすぎるということが言えますね。

 取っ掛かりは、このへんにあるような気がします。

 もちろん、○○君にわかりやすいスケジュールなどの環境を整えてあげて、という大前提があってですけど…。

−−−−−−−−−−−−−−−
 kingstoneです。

 □□さんや△△さんのレスを読んでいて、私の場合、アセスメントなしにいきなりアイデアを書いてるなあ・・・私の実践そのまんまや、と恥ずかしい思いをしています。

 屋上屋を架す所業ですが・・・

 お母さんと別れて、またお母さんと一緒、ということを伝えるのに、例えばお母さんの写真を撮っておいてどのスケジュールの後に再びお母さんと会えるかを明示する、ってのは・・・


注・私はこのやり方で、母子分離のできないと言われていた自閉症のお子さんが託児に来た時に、うまくできたことが2例あります。(別々のお子さん。いずれもその場で(つまりそれまでそんな試みはされていない)チェキ(インスタントカメラ)で写真を撮ってお子さんに示した)

 しかし、この発言を書いた後、続々と「うちではそれで失敗した」という報告が続きました。(アセ)お母さんの写真があることで「すぐ一緒になれる」「すぐ帰れる」と勘違いさせてしまったようだ、とのことでした。

 まあ、そんなもんです。

 だからこそ、やってみないとわからない、ところがあるので、普段からあれこれやってみる必要があるのですね。

posted by kingstone at 07:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

終了をわかってもらう 次にすることを示す


 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>   さて我が家のことなのですが、最近 おわりがわからなくって好きな
> 事をしたあとに
>
>  20分ほど 泣いてます。 
>
>1)花火をしたあと 部屋に入れない
>2)米とぎをいつまでもしている

 米とぎについては書いてはるようにタイマーなどを思いつきますね。

 花火の場合の私の思いつきです。

 もしお家で課題学習をする時に使う「カゴ」があれば、そこにその日にやる花火は全部入れておく。花火をする。「カゴ」が空っぽになることでおしまいを伝える。

 もうひとつ「これが終わったら次に何をするか」を伝える。家でお使いのスケジュールがあればそこに、またなければ携帯のスケジュールに

「花火」
  ↓
「おふろ」

とか並んでいる。
なんてことを考えましたが。

 ちなみにお見せした時のは金色のカードで、あれは「ホームルーム教室に帰る」の意味で使っていました。これはそれぞれの教室などで色を決めればいいことで、別に「金色はこの意味」とか決まっているわけではありません。

−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 この後のエントリにも出てきますが、アイデアというやつは、へえこんなふうな考え方もあるのかあ、という大きなヒントになりますが、撃沈することもよくあります。そんなもんです。だからそのお子さんについて、どうしたらうまくいくかなあ、とあれこれやっていくことが必要になるのですね。それがアセスメントにもなりますし。

posted by kingstone at 07:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「一緒に悪口を言う」にならないようにして支え合うこととスケジュールの工夫

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 代休のkingstoneです。

>  もしかしたら、私のストレス発散ページになってしまったら・・・
> 除名ですか?

 ここでは基本的に「除名」というのは無いです。
 もちろん希望される方の退会手続きはすぐにしますが。
 ってか退会手続きは誰でもご自分でもできます。

 でもって「ストレス発散の場」というのは大事だと思っています。特に保護者の方にとっては「守秘義務」ってのもとりあえずは無いわけだし・・・

 私は教師なのに時々愚痴ってしまってる・・・お許し下さい>みなさん

ほんまお互いに支え合っていけたらなあ、と思っています。

 また○○さんなんかのレス(返事)を読んでても思うのですが、気持ちを受け止めつつ、「一緒に相手の悪口を言うことにならない」というの、大事やなあ、と思います。

(注・本人さんが思った実感を書くことは大事やと思ってます。それが相手への悪口ととれるようなものであっても。ただ周囲が一緒になって悪口を言うだけで気持ちの解消だけしてしまう、ってのはやめといた方がいいと思っているのです)

 私も時々「悪口」になってしまうようなことを書いてるなあ・・・・

> ない・・・プールの用意を見ただけで□□は鼻歌状態。 プールでなけ
> れば山登り・・・天国と地獄(−−;) カードを2枚重ねてスケジュール
> 帳に入れて見せる必死の親の気持ちも通じず、挙げ句スケジュール
> 帳を放って登校!

 ううう、この時、そしてその後のお気持ち、よくわかります。
 プールができればいいですのにね。

posted by kingstone at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前任の知的障害特別支援学校を訪ねたら会の司会の生徒が手順書を持ってやっていた

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 kingstoneです。

 前任校で・・

 朝の会の司会をしている生徒が手順書を持ってやっていた。
 嬉しい。

 先日の学校公開の時、ある入学希望の小学生の保護者が

「TEACCHをやっている先生はいますか?」と質問されたとか。

そしてM君が課題学習をしているのを見て喜んではったそうです。


posted by kingstone at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月21日(木曜日)

 おはようございます。

 起動しっぱなし。

 今日は雨がパラパラ降ってます。
 昨日は奄美大島がたいへんだったよう。
 「小さな島」というイメージですが氾濫するような川もあるんですね。

posted by kingstone at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする