私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年08月07日

私にはわからない

自閉症の子が13歳にして何を考えているか突然タイプしはじめる

というブログ記事と映像が話題になり、私は動画も見ずに「そらそういうこともあるでしょう」なんてお気楽に言ってたのですが・・・

 まず最初にお断りしておきますが、私には英語はほぼわかりません。ですから動画の中で何を言っているのか、何が書かれているのか、は全然わかんないまま書いてます。

 今までアメリカ人、オーストラリア人、ドイツ人なんかとは英語・日本語取り混ぜてコミュニケーションしたことはあります。英語がそんなにわかってなくてもコミュニケートすることはできますから。



 まずブログのエントリの題名に書かれている「13歳にして何を考えているか突然タイプしはじめる」ってことはないですね。動画の中でそう説明してるのかな?

 1:53あたりから小さな頃からさまざまな「療育」を受けているようすがわかります。

 で手をとられて指し示す、とかが多い。

 もちろん「たまたま」かもしれませんが。

 自発的なコミュニケーションとか、ひとりでできてやったあ、とかが無い。

 教材も「音声言語で指示されやる」っぽく見えますね。できないと手をとってやらされる。

 文字もそうやって覚えてきたのかな?

 いえ、自閉症のお子さんで教えなくったって文字を覚える場合はありますから、教えたかどうかはわからないし、教えなくったってわかるようになった可能性もあります。

 でも本当に「療育」場面が楽しくなさそうに見えてしまいます。

 まあ、それであってもあれやこれやがあってて「13歳にして突然に」という説明は、動画の中でされていたとしても、ちょっと違うなあ、という気がします。しかしまた「あの療育のおかげでパソコンで表現できるようになった」というのも違うような気がします。「あの療育をしていたにもかかわらず」がいいかな。

 ところでパソコンのキーボードを打っているところに、たいていそばに人がいますよね。
 あれって何だろ。

 単に「どんなことを打つのかなあ。楽しみだなあ」というのでいるのじゃない感じですね。
 一度は「お菓子(?)」に手を伸ばした女性からその鉢を遠ざけているシーンもある。
 彼女とのコミュニケートを楽しんでいる、という感じでは無い。

 最後の方に1か所、彼女が一人で画面をのぞき込みながらニコニコしているシーンがあり、ほっとします。(もちろんカメラマンはいますが)

 頭の中にあることを、パソコンで文章化する趣味は、もちろんあっていいものです。
 そしてそれができる人はたくさんいると思います。

 先日、「「きらっといきる」あら ってるねえ! 〜・西畠義浩さん〜」に出ておられた西畠さんもパソコンで日記を書くのは大好きでした。

 う〜ん、私は、このYouTube動画を見て、全然感動できないのですが。
 多くの人が感動するのだろうか??

 上のエントリには

「彼女曰く自閉症とは「外からの刺激がまったく違ったように見えており、その刺激を抑えるために自分で何かをしなくてはいけない。だから暴れたりしてしまう」とのことです。」

であるなら、周囲も彼女も回避する方法を考えないのだろうか。そのために「表現」というものがあると思うのですが。あるいは構造化。

 まあ、幸せであるなら他人がとやかく言う必要の無いことではあるのですが。










 
posted by kingstone at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そろっていただきます

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 F君の保護者から「食事を食べない」という話を聞いていました。

 今までも何度か改善策を一緒に考えたりしていたのですが、先日もやはりその話が出てきたので、もう一度いちから一緒に考えてみました。

 状況をよくうかがってみると

・帰宅後おやつ
・6時頃夕食を作っているとお腹がへって食べたそうにする、そこでF君だけ夕食(とこちらが考える)
・少し食べるとすぐに遊びに行く(なんだ食べないのね、と考える)
・6時半か7時頃に他のみんなで夕食。そこにF君も食べにくる。(さっき食べたじゃない・・・と思うのだが、仕方ないかと食べさせるが・・・少し食べるとまた遊びに行く・・・)
・しかしその後もまた「欲しい」となって食べる。(食べるいうても食べへんし、食べへん言うても食べるやん・・・と思ってしまう)



 そこで私の意見としては「作っている時は食べさせない」
「もし何かするのだったら「お手伝い」をさせる」

「いただきます、はみんなそろって」

「ごちそう様を自分でしたら、その後は食べさせない」

で「食べさせない」というのは「ダメでしょ」と叱る、という問題ではなくただ単に「今は食べられないのよ」とゆずらずにいるだけでいいいという点を強調しました。

 ただ、F君の場合、それをゆずらずにいるのがたいへん、ということはあるのですが。

 2週間ほど前でしたか、取り組みはじめようとした日、F君はいつも以上に落ち着いていて、また保護者がいつも一緒に遊んでいるテープレコーダなど見えない所に置いたのも良かったようで「うまくいきました」と喜びの声で報告が入りました。

 で、その後どうなったのかなあ、と思っていたのですが、担任では無いので、お聞きせずにいました。今日、授業参観でお会いした時に聞いてみました。

 あれからずっと「みんなで頂きます」でうまくいっているそうです。
 そしてその時だけ食べる、ということになっているそうです。

 嬉しいです。

−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 もちろん個人によっていろんな場合があると思います。

 それこそ「そろっていただきます」にこだわらなくてもいいし。

 でも、学校場面(給食や設定された場面以外では食べものは出てこない)ではF君は食べものを要求しに来ることは無い、というのも頭にありました。

 他の教師だと「あそこは子どもに甘いから」「子どもに負けるから」ですます人も多かったような気がします。

 ま、ほんと、私は担任じゃ無かったのですが。


posted by kingstone at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症のお子さんの託児ボランティアをしてきました

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 KING STONEです。

 やっぱり道には迷いました(笑)
 ってかちゃんと見えてるのに曲がり損ねて行き過ぎて、戻って来ようとしたらまた曲がり損ねて・・・ほんまにもう・・・あの幹線道路いややわあ。

 でも何とか間に合いました。

 お子さんことは詳しくは書けないですけど、魅力的な女の子さんでした。

 3時半終了予定でそれをお子さんに伝えていたら、会が伸びてしまって本人に一応は目で見てわかるようにも伝えたのだけど、本人が会議室に行く、なんてことがあったりしました。まあしゃあないかな、と後ろについていきましたが、本人会議室の様子を見てかお母さんを見つけてか、納得してくれたので良かったです。

 でも、ほんまよそに行って1対1でつかせてもらうと楽しいし、勉強になるわあ。

 あとのミーティングの時に「費用」のことが出てました。
 まあたいへんやと思います。ボランティアに来てもらうことで足は出ませんでしたでしょうか。>○○さん

 私もいつも頭を悩ませています。

 TASみたいに地元の高校生が来て下さる、とかいうルートを開発すると安くあがるでしょうね。ただ私の場合は「意地でも交通費だけは出すぞお」とか思ってますけど。

 □□さん、△△さんも顔を見せて下さりどうもでした。
 終わってからマストドンを見に行きたかったのですが、時間が無くてあきらめました。明日、下の息子が代休なので、もし開館してたら見に行こうかな。



posted by kingstone at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は授業参観

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 KING STONEです。

 今日は授業参観でした。
 私は作業学習でA君とGさんが機織りをするのを見て頂きました。

 A君については、私はほんま、なーーーんも愛想なしでした。
 ライトタイマー導入もあり、ほとんど何もしないでも、彼は一人でやってくれるので、最初に「じゃあ45分でやろうね」というのと最後に「がんばったね」と声をかけたくらいです。

(なんかね、私はやたら声をかけるのが指導とは思えないので)

 前々回くらいからこうなってきました。

 実は手は止まることはあって、私だったら「どないすんねんやろ」と見ていることが多いのですが、今日はお母さんが「トントン」と声をかけてはりました。

Gさんについては、実は「機織り」はちょっとだけにして、自立課題学習の用意を持って行っていて、それをやっています。もちろん以前から保護者にも「こんなふうにしていいですか」というのは言っていましたが、詳しく相談ということはできていませんでした。

 で、今日も見て頂き、その場で今後のこととか相談しました。

 私と保護者ともだいたい意見が一致し、どちらかというと保護者から積極的な意見(またある意味で「機織り」にこだわらなくていいという意見)を出して頂いたので、また学校でみなさんに保護者からの意見として紹介し、合わせて私の「授業改善のために」をまとめてお見せしたいと思います。

 でも、意見が一致して良かった・・・



posted by kingstone at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中学生とサポートペーパー

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※この話は二度ほど書いてますが、また新しいこともあるので。

 kingstoneです。

 先日、ある中学校との交流がありました。

 まあ、なんというか・・・その中学校、荒れてるってことで、(でも今は一時よりだいぶ立ち直ってきいてるという話・・・)たぶんそれ以前にもある学校が交流によってその中学校の子どもたちにいい影響があった、というのでやってみた、というところでしょう。先生や保護者も何人かついてきています。

 これについては、いろいろ思うところはあるのですが・・・

 さて、私のクラス。Bさんは前の晩に眠るのが遅かったので遅刻か欠席か、ということでした。サポートペーパーも用意して行っていたのに残念・・・と思っていましたら、作業学習の時刻に登校することができました。

 で、Bさん担当の女子中学生に「サポートペーパー」を渡すと「へっ?これ読むのーん」とまことにダルそうな言葉。そういやこの子さっき担任の先生が通った時に「学校に戻ったら暴れたるぞお」とか言ってたっけ・・・

 服装もゾロッとしてるし、爪はやたら長いし・・・

 ま、そこらへんは見て見ぬふり、聞かぬふりで「そう、読んでね」(ニコ)っとかやってました。

 まあ給食からだったんですが、給食中にBさんは時々ニコッとしながら手を出して挨拶したりします。手を合わせて、みたいなのね。女子中学生もなんかまんざらでもない顔をして嬉しそう。

 そして給食の介助も私の言う注意点を守ってちゃんと介助していました。

 そして給食が終わったら「この子どないしたら喜ぶんやろ」
 まあ言葉使いは「おいおいおい」なのですが、気持ちは嬉しいですよね。(でもちゃんとサポートペーパーには書いてんねんけど)

 Bさんの好きな本とか教えてあげると一緒に読んでいました。

 最後に「終わりのつどい」へ移動します。平面は介助してもらってましたけど、階段では「発作が起きるといけないから先生が介助するね」と言うと「発作が起きたら横向きに寝かせてあげんねんな」とちゃんとサポートペーパーに書いてあったことを言います。

「おっ、ちゃんと読んでるやん。じゃあなんでそうするの?」
「のどつめたらあかんから」
「すごーーい」
というと、とても嬉しそうな顔をしていました。

 見送りの時、ついてきていた保護者(その子のではない)が「教室ではじっと授業を聞いていられないようなお子さん(その子と特定はしていませんがたぶんその子だと思います)がやさしさを見せてくれていたのが嬉しかったです」とおっしゃいました。

 私は「やさしさを出せる環境が大事なんでしょうね」と答えました。

 そして周囲の環境ということもですが、そのやさしさを引き出してくれたBさんにも感謝です。
 

 ところで美術の先生がBさんの絵をとてもすてきなポスターにして下さいました。もちろん、元の絵も素晴らしいです。

 黒い絵の具で描いた絵をシルクスクリーンですてきな赤色の絵にして下さっています。なんでもないことのようにひょいひょいとやっちゃう・・・確かな技術があるってすごいなあ、と思います。



posted by kingstone at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

授業改善のために

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 自分なりの意見をまとめていきたいと思います。
(内は、外には出さない(?)意見)

 作業学習の時間2コマを課題(認知)の時間とし、課題(認知)を今の午後と合わせ週3コマとする。

 理由。

「作業」と名前がつくと、どうしても製品を作ったり、そのための作業にひきづられ、その生徒が「何がわかり」「何ができ」「何ができかけていて」どんな課題をやっていけばいいかがわかりにくい。「課題学習」として場面を設定したほうが上記の点がよくわかる。(もちろん問題意識無しでやっていると結局わからないままになるが)

 反論として考えられるもの
「作業は高等養護でも必要だ、作業所でも必要だ」

 例えば、社会人になれば必要だ、といって通常中学校でエクセルの使い方、を毎日毎日学ぶだろうか。データベースの構築のしかたを毎日毎日学ぶだろうか。あるいは、例えば私の場合、最初は鳶をしていたのだが、そうなるためにと中学時代に足場組立の練習ばかりをする、ということがあるだろうか。

 極端に言えば、個別の作業は職場・作業所へ行ってからでもいい、という考え方もできる。

 学校時代は「本人が何がわかり」「何ができ」「何ができかけているか」を明らかにし、一つの作業をさせようと思ったら、どのような支援をすればそれが可能になるかの情報を蓄積し、進む学校や、作業所に伝えていくことができるようにする時代である。(そうなっているか?)

 ただし「一人の人間がつきっきりで指示を出し続け、手取り足取りすればできる」という支援は無しである。たぶんどのような「重度」のお子さんでも、短い時間、設定された環境でなら何かの一人でできることがあると思われる。

 さらに言えば、「つきっきり・・・」という支援(?)が問題を生むともかんがえられる。であるならば、つきっきりでなくていい環境を作る必要がある。

 また「進んだ先でこれこれを身につけておくことが必要」と言ってその子の今の状態を無視して指導するのは一見「トップダウンアプローチ」というものと誤解されることがあるが、違うものである。

 トップダウンアプローチとは「将来(今)これこれをさせたい」「今かくかくのことはできる」「今しかじかのことはできかけている」だから今「こうすればこの部分は無理なくできる」からやっていこう、という考え方である。

 この今の状態、子どもたちの力を知るためには、課題学習でさまざまな取り組みをすることが必要である。(でそれがわかれば日常の生活で子どもに対する対し方も変わってくるはずである。私と組んでいる同僚が今日しみじみと「C君、音声言語が一見よくわかっているように見えて、すごくわかりずらいんですね。きょう1対1の課題をやってみてよくわかりました」と言って下さいました。これはC君を貶める言葉ではありません。ここからスタートして初めてC君にどんな環境を作ってあげればC君が楽になるかを考えていけるわけです)

 また学校時代は蓄積された子どもたちのデータをもとに「コミュニケーション」「余暇活動」などを広げておく時代である。(そうなっているか?)

 このためにも課題学習が使える。ブロックを積むのはブロック遊びに、数字を弁別したり並べるのはトランプに、文字の弁別はカルタに・・

 また「わかって一人でできる」方法をさぐるというのは、明らかにコミュニケーション方法(指示理解のコミュニケーション方法)をさぐるのに役立つ。


問題点
 教材を作ったり考えたりするのに時間は必要であるし、その時間の確保。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 アセスメントについては、その日以前の学習の様子や日常生活での観察がアセスメントになるのだから、それについては「時間の確保」は主張してないわけです。

 まあ、でも「わかってる」人が指導すれば「作業」でもこのエントリに書いてることは十分できたりもします。





posted by kingstone at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小中養護学校障害児学級合同運動会

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 >今日は、小中養護学校障害児学級合同運動会が
 >ありました。

 げ・・・そんなのあるんですか・・・
 合同運動会・・・
 
 今年、少し落ち着いて居ることができたわけですね。
 良かった、良かった。

  でもなんで合同運動会なんだ・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 今はどうなんだろう。

 何で「すっげえ数でみんなで集まる」が好きな人が多いのかな。
 もちろん楽しめる子もいるでしょうが。


posted by kingstone at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

楽になれるって(コミュニケーションが取れること)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

※他害・自傷・器物破損・異食等、問題行動オンパレードな自閉症の方とのつきあいについてです。

 >そんな風にお互いの思いを伝えられるようになると、彼女とのつ
 >き合いが楽になってきました。

 わあ、素敵ですね(ニコ)
 ほんま、目を三角にすることなんかないですよね。
 楽ーに、楽ーに、行きたいですね。

posted by kingstone at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症児と絵カードでコミュニケーション PECSとAAC アンディ・ボンディ他著

 図書館で借りて来ました。

自閉症児と絵カードでコミュニケーション―PECSとAAC/アンディ ボンディ

¥2,100
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 著者はアンディ・ボンディさんとロリ・フロストさん。その他の方の寄稿文もあります。

 抜き書きしたいところはいっぱいありますが、今日返さなくてはいけないので引用は少なく・・・

 そらパパさんのブログの記事「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」日本語訳修正案が完成しました。」から「修正案」のPDFファイルをダウンロードして、モニターで見ながらやってます。しかし・・・PDFを開きながらだと、ソフトの切り替え時にいちいちフリーズしたようになる。もうパソコンの能力いっぱいいっぱいなんですね・・・・修正案のあるものは修正の重要度A・Bのものについてはそちらを採用します。

 PECSとは the Picture Exchange Communication System です。

 絵カード交換式コミュニケーションシステムですね。

 開発の動機が語られています。

「私(アンディ・ボンディ)はこの仕事に就いたころ、このような方法をとっていましたし、他の多くの人も同じようにやっていました。つまり、子どもの問題を観察し、その問題を解決するために『言葉を使う』よう促すのです。しかし、この方法をとっても、難しい状況では子どもは相変わらずかんしゃくを起こしたままのこともあり、また私に促された時だけ子どもは助けを求める、ということに気づきました。そして、子どもは私が教えたことを文字通りそのまま学習するのだと気づくには何年もかかりました。子どもの立場からこの場面を描写すると、次のようになるでしょう。a)おもちゃがうまく動かないと、私は大声で泣き始め、b)するとアンディがやってきて、私に何か言い、c)アンディに言われた通りに言うと、彼は私を助けてくれるのです。
 ジーナが自分から助けを要求することを学習しなかったのは、どのような場面で自発的に助けを要求すべきかということを、私が彼女に教えてこなかったからでした。私がしていたことは、かんしゃくを起こせば助けを求めていることを私に気づいてもらえるということ、そしてその後で何か言葉を言うよう促すことだったのです。自分から助けを要求することを教えたいのであれば、彼女がかんしゃくを起こす前に助けを要求することを教えるべきだった、ということに私は気づいたのです。つまり、ジーナがかんしゃくを起こしているのを見たら、私はかんしゃくがやんだ後、助けを要求することを教えるべきだったのです。
 一般にかんしゃくやその他の情動的な行動を起こしている最中に新しいスキルを教えるのは、きわめてむつかしいことです。」

 おわかりになるでしょうか。

 本人のかんしゃく→支援者が見る→支援者の音声言語→本人の音声言語→環境改善

 つまり自発された行動はかんしゃくであり、環境改善にはかんしゃくが有効と教えてしまっているわけです。

 これを

 かんしゃくの前に『環境を変えて』の自発の表現→周囲の人の納得→環境改善(欲しい物が手に入るなど)

 あるいは

 かんしゃくの後落ち着いてから自発の表現→周囲の人の納得→環境改善(欲しい物が手に入るなど)

にしたいわけです。いずれにしても「自発」を大事にします。これはTEACCHでもです。

自閉症のコミュニケーション指導法―評価・指導手続きと発達の確認/リンダ・R. ワトソン

¥4,725
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 この中で、表現コミュニケーションを教える時にコミュニケーションサンプルというものを取ります。それは自閉症の人が周囲の人に向けて自発したコミュニケーション行動のみを記録します。自発したもので無い時、例えば周囲から質問されて答えたとか、指示に答えたとかは記録に入れられないのです。私は始めは「なんでやんねん。コミュニケーションしてるやないかあ」と思ったものですが、経験を積み、よく考えてみると、それってほとんど意味無いのですね。

 そこらへんのことについて戸部けいこさんとやりとりしたのがこちら。

「光とともに」の戸部けいこさんに宛てたメール16

 で、PECSは促す(プロンプトを出す)係は黒子に徹して、本人が「自発した気」にさせるわけです。

 「光とともに」の確か第7巻かにPECSの指導を受ける小さな子が出てきて、「カードを渡して欲しい物を要求する」シーンを見て、幸子さんが「光が1年半かかったことが1日でできるようになったの・・・」とショックを受けるシーンが出てきますが、そういうこもあり得ます。(注・だからって目を三角にしてやらないでね)

「PECSを始めるための前提条件は何か?」

「PECSを始める前に検討すべき重要事項は、その子どもは好きな物を指し示すためにどのような行為(たとえば、手を伸ばす、近づく)をするか、ということです。もし、その子がお菓子やおもちゃや自分の宝物や小さなものに手を伸ばすことができるのであれば、実物の代わりに絵カードに手を伸ばすことを教えられるはずです。」

 好きな物があること、それに何らかのはたらきかけがあること、というわけですね。幸子さんは「1日で・・・」と考えたけれど、好きな物・はたらきかけのアセスメントにはそれ以前に時間をかけているし、じゃあどんなカードを用意しようかというのにも時間は使っているでしょう。

 それから

「子どもに特別な微細運動スキルは必要ありません。もし、小さなものを拾いあげることが難しいとしても、絵カードを工夫することで操作が可能になります。たとえば、絵カードに木や発砲スチロールのブロックを接着したり、補強を施すことで、つかみやすくすることができます。絵カードの大きさを変えることによって、扱いやすくすることもできます。」

 こういうところ、本当に実践されてるなあ、ストリートファイターだなあ、と感じます。

 PECSは学習のステップを6つのフェイズに分けます。
 実のところ私は第3フェイズまでしか、しかとはわかっていません。

 フェイズ1は、1枚のカードで欲しい物やことを自発的に要求する練習。

 フェイズ2は、コミュニケーションする相手との距離が離れたり、要求する物品や活動の数が増えたりします。しかし、まだ「選択」は入ってません。つまり子どもの前には1枚のカードがある段階です。

 フェイズ3で選択が入ってきます。

 私がわかっているのはここまでですね。それぞれの段階でも、細かいちょっとしたヒントや、やってはいけないことがいろいろ丁寧に書かれています。

 それからAAC(拡大・代替コミュニケーション)についての説明にも1章さかれています。その中で

「これらをまとめると、AACの適用によって話す能力の発達に悪影響があったり抑制されるといった証拠はなく、よい影響を示す研究結果が増えていると言えます。」

 例に出ているのは Layton & Watson,1995。

 まあそういうことです。もちろんどのモード(カードか身振りか音声言語か複合形態か)を最終的に選ぶのは本人さんです。

 ということで、翻訳文が読みにくかったり、応用行動分析を少し知ってる方がわかりやすかったりしますが、この「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」はとてもいい本です。

 PECSに関して門眞一郎先生のさまざまな資料があります。
http://www.eonet.ne.jp/~skado/book3/book3.htm






posted by kingstone at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

8月7日(土曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 朝はさわやか。
 昼は暑くなりそう(アセ・・・あせもができてかいい、かいい)

posted by kingstone at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする