私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年07月26日

レカロのシートで落ち着いて勉強できるようになった自閉症のお子さんの話

 書いておかないと機会を逃しそうで、書いておきます。

 これは昔もずらいとさんから聞いた話。

 詳しいことはわかりませんが、ある自閉症のお子さん。
 一緒に勉強しようにも、姿勢が定まらず、落ち着かず勉強できない。

 で、たまたまもずらいとさんの知り合いの車(セリカ)が事故で全損になったと。そこでその車についていたレカロのシートを貰ってきて、座らせたら姿勢が保てて落ち着いて勉強できるようになったと。

 自閉症の人はシングルフォーカスだとよく言われます。このシングルフォーカス具合も人によって様々でしょうが、このお子さんの場合は「姿勢を保つ」と「勉強する」が同時にできなかったのじゃないかなあ、と思います。で、「姿勢を保つ」の方を支援してあげると、落ち着けたということじゃないかなあ。

 いろいろやってみないとな、ってことですね。

参考
http://www.recaro.com/index.php?id=1705®ion=4&L=3

 「電話で話をする」と「メモを取る」が同時にできない方の例はよく聞きますね。


posted by kingstone at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TEACCHとPECSの違い

 TEACCHとPECSの違いについて某所で話題になったとか。

 で、Twitterでやりとりしたものがあって、でも残しておくほどのことも無いかと思いつつ、やっぱり残しておこうと思いました。

 まあ140字のやりとりで、はしょって言ってることもあり、暴言・間違いいっぱいありますが。

「だってアンディ・ボンディさん(PECSの共同創設者のひとり)はTEACCHの中の人だったし。」 
「TEACCHは自閉症の人の生活全般の暮らしやすい具体的方法の集合体。枠組み。もちろん表現コミュの方法もあるけど、そんなにまとまった文献は無い(「自閉症のコミュニケーション指導法」はあるけど)。PECSは表現コミュに特化して精緻にした。そんな感じかな。」

「(アンディさんがTEACCHの中の人だったという情報のソースを聞かれて)ごめんなさい。「ソース俺」です(アセ)アンディさんの講演会の時に聞いたのかなあ??思い出せないです・・・」

「だからTEACCHとPECSの違いは、って言われたら「違わないよ」って言ったら乱暴か。まあ、自閉症の人は表現コミュが苦手で、その部分が伸びたら大きな意味があるので、PECSは大事だねえ、という話にはなるかな。でもTEACCHは大事だねえ、と対立はしない。」

PECSとTEACCHの違い」というソースが出て来て(って言うか、もともとがここから話題になっていたのかもしれない)


「(TEACCHの「中の人」はPECS共同創設者のもうひとり)ロリ・フロストさんの方か・・・」

 この後、ある方からの簡潔・的確(しかし乱暴(笑))なまとめが出ましたけど、それは引用しないでおきます。

「昔から私は「嘘つきkingstone」と呼ばれてました。(笑)」

 この後、ある方からこんな発言が。これは引用させて頂きます。(しかしアカウントを書いた方が失礼にならないのだろうか・・・よくわかりません)

「TEACCH、PECS、ABA、○○プログラム、○○法、○○メソッド、○○式…etc. 何を選び、使うにしても、目の前の子どもにとってそれが役に立つかどうか。フィットするか。子どもの暮らしが楽しくなるか。それが大事。大人の「これをやらせたい」があるうちは何を選んでもうまくいかない」

 まったくその通りと思います。他の方からこんなつっこみが入ってましたけど。

「並べてるのが比べられないものじゃない?」

 これもまったくその通りです。ただし「藁をもすがる」状態の方には、何がどう違っているか、なんてわからなくて、わからないまま比較(?)して「これだ!これなんだ!」になっちゃいがちですけど。「何がどう違っているか」がわかるようになれば「並べて比べる」もしなくなりますが。でここまでが昨日のこと、今朝

「昨日、パソコンの電源を落としてから「本当のTEACCH」内山登紀夫著を読んでたらP182「PECSの考案者のボンディはノースカロライナ大学の出身で、長年にわたりTEACCHに詳しかった。(続く)」

「(続き)彼がTEACCHの方法から影響を受けたことも考えられるし、TEACCHも確かにボンディの実績に影響を受けた」とありました。私はこの本が出る以前に「中の人」と誤解してたし、その元はやっぱりアンディさんの講演の時かなあ・・・」

「(続き)同書のP182あたりにはTEACCHとPECSの違いについても触れられています。まあ出自が同じだから同じ考え、という話にならないのは当然で。ベッテルハイムとショプラーを見てもそうだし・・・」

追記
 コメントに門眞一郎先生がコメントを寄せて下さっています。
 コメントまで読まない方のために追記をしておきます。

http://www.eonet.ne.jp/~skado/book3/book3.htm
の中の「3.本当のPECS」をご覧ください。

とのことですが、上記urlにはそれ以外にもたくさんの資料があります。PDFになりますが。


参考

TEACCHって何?
PECSについて

本当のTEACCH―自分が自分であるために (学研のヒューマンケアブックス)/内山 登紀夫

¥1,890
Amazon.co.jp

自閉症のコミュニケーション指導法―評価・指導手続きと発達の確認/リンダ・R. ワトソン

¥4,725
Amazon.co.jp

自閉症児と絵カードでコミュニケーション―PECSとAAC/アンディ ボンディ

¥2,100
Amazon.co.jp

「自閉症児と絵カードでコミュニケーション―PECSとAAC/アンディ ボンディ」については訳文についてこんな修正案があります。そらパパさんのブログから

自閉症児と絵カードでコミュニケーション」日本語訳修正案が完成しました。 

PDFファイル内に「上記該当書籍を購入し所有している方以外の方の参照はご遠慮ください。」とも書かれているのですが、私は購入はしていないのですが、図書館から借りて来て今から読むところなのでご勘弁願いたいです。で、まだ読むに至っていないのですが、ざっと目を通したところで、確かに「肝心要」「ここが大事」というところで意味が180度違ってしまうところがあるようです。




posted by kingstone at 19:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トップダウンとボトムアップ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 特殊教育学会で触発されたことを何とか言葉にしようとしています。
 でも、ずれながら書いてるような気も・・・

 みなさんにはご迷惑かもしれませんが、とにかく吐き出します。

 指導の組み立て方、ねらいの作り方にはトップダウンとボトムアップという2つのやり方があります。

 トップダウンというのは「こういうことをさせたい」というのがまずあり、そこから「では、今これとこれができるからこう組み合わせてできるように(あるいは近い形に)しよう」というもの。

 ボトムアップとは「これができるようにしよう」そしたら次は「これができるようにしよう」と下から積み上げていくやり方です。

 で、TEACCHの場合はトップダウンを大事にします。

 どういうことか。

 「買い物に行こう」とか「掃除をしてもらおう」とかその方の社会参加とか人生の質を考えた上でねらいを決め、今ご本人は「これこれができる」じゃあそれをどう組み合わせていけば良いか考えよう。

 机上の学習でも「色の弁別ができたら後々いろいろ応用できていいよな」じゃあ、板をつまんで穴に入れることはできてる、じゃあ色板を色分けしたしきりの中に入れてもらうのはどうだろう、とか考えていくわけです。

 トップダウンと言っても「もう中1だからこれこれができなければ」と考えて、できないと怒鳴りまくる、というのとは違います。(中にはトップダウンをそう誤解する人もいる)

 決して「人間関係ができ、情緒的なつながりができてから掃除をさせる」とは考えません。

 今の授業ってどうだろう・・・
 
 作業だと「これこれの作業をさせよう」というのがまず出てくる。一見トップダウンのように見えます。しかし、一人一人のお子さんの将来を考えていうのとはちょっと違う。まず「作業ありき」になっていないか。

 また作業の中でどういう力をつけようとしているか自覚しながらやっているか。

 私の場合は「コミュニケーション」と「自立」と「心理的安定」そして「時間がわかる」あたりをねらっています。あえて言えば「作業内容ができること」そのものはあまり考えていない。

 認知学習(と言いつつ自立課題学習をやってますが)は。
 やはり「コミュニケーション」「見通しをもって学習する」「自立」「心理的安定」あたりをねらっています。もちろん
「弁別」など基本的な技能の取得もねらっています。

 後の授業は・・・あまり良くわからなかったりする。
 もちろん、場面場面によってそのお子さんのいいものを、とは思っていますが。

 おっと・・・

 > 決して「人間関係ができ、情緒的なつながりができてから掃除をさせる」
>とは考えません。

ここは重要なところです。「人間関係ができ、情緒的なつながりが・・」とは考えません。しかし、どうしたらやってもらいたいことがわかってもらえるだろう、と考え抜きます。

 そして無理強いではなくてわかってもらえる方法を考えます。

 つまり「最初から良い人間関係が作れるよう」な状態で指導しようとします。




posted by kingstone at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日常の授業の喜び(知的障害特別支援学校で)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」で書いたように、望月さんは「発表の場を持つことの重要性」を主張してはります。それは発表することによって正の強化が得られるからですね。認められて褒められる。

 でまた、その前に職員さんの実践がうまくいって利用者さんからの正の強化も貰えているわけです。

 で好循環が形作られるわけですね。

 さて学校ではどうでしょうか。

 「運動の授業で腹筋をする」で書いたように、私は私が自分で考えてやっている授業においてはほんまごく小さなことなのですが感動、つまり正の強化をもらえています。

 またそれをここに書くなどして、読んだ方から正の強化を貰うことも多いです。

 で、そういうの発表の機会があればやりたいと当然思います。

 いや、ほんま、ものすごく情けない授業だし、本当はもっともっと楽しく充実したものにしなけりゃならない、と思ってはいるのですが、その駄目な部分も含めて、とにかく「ねらい」を持って、今の体制の中でできるだけのことをしている、という気持ちがあるので、駄目な部分も含めて見て頂けたらいいのだ、と思っています。

 では私以外の方はどうでしょうか・・・

 県の養護学校相手の発表があったり、人権・同和の会で発表があったりします。たいていの方が引いてしまうので、私のところに話がまわってくる部分って結構あります。

 なぜ引いてしまうのか。

 結局のところ日々の授業で何をやっているのか、わからない、何をやったらいいのかわからない、人に見せる自信が無い・・

 で、本音の部分で勝負すれば実はすごく他の方にも参考になるのだけど、とりあえずは「見せる」ことに精力を使ってしまい、子ども一人一人のことが見えなくなる・・・

 今の中1のお子さんが5年生の時、一緒に担任していた新人Bさんがかなり後になって言っていたことがあります。新人Bさんは6月から来て下さっていました。

「1学期は授業が何をやっているのか全然わからなかった。(これは学年世話係の私の責任ね)(で、私がTEACCHの5日間のセミナーに行った後、ごろっと授業を変えたので)2学期からは何をやっているのか良くわかるようになった」

 また新人Aさんからは「問題はいっぱいあるんだけど、ひとつひとつをその場で話し合って解決して行ってるから、結局大きな問題は無い」と言って頂けていました。

 これは望月さんの話の中の「職員間のコミュニケーション」に関する部分ですね。

 でね、この時期、私は学校に行くのが楽しくって仕方なかったです。
 警報が出たらものすごく残念でしたもん。

 
 さて望月さんの提言を学校に生かすにはどうしたらいいのでしょうか。

 職員がリーダーシップを認める機関などが、いったいどこをねらって授業を組めばいいのかをまず教える。そしてできた職員・グループを認め、褒める。そして発表の場を持たせる。

 ただこの「どこをねらって」というのがなあ・・・
 そういう機関というのは教育委員会になるのでしょうが。

 また私と他の方では共通理解に立てない場合も多い・・・

 もちろん私はベテランには「リーダーシップを認めてもらえる」人ではないですし。(5年生の時は、たまたま新人Aさん新人Bさんが大学出たてで特別支援教育について経験が無い、ということで私にリーダーシップを認めて頂けましたが(笑))


 日常の授業の喜び・・・うーーん、でもなあ、見当違いの授業でも教師が喜びを感じる場合もあるだろうしなあ・・・


 新人Aさん、新人Bさんとのあれこれは

過去の記事1(TEACCHの5日間セミナーにて)

からの「過去の記事」シリーズに書いています。




posted by kingstone at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本音で語るとやばいのだろうか・・

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > そうです。本当は 強硬手段で、□□を休ませてしまえばいいのです。

 それも一つの手ですが、体育会を変える、授業を変える、学校を変える、という手もありますね(ニコ)もちろん、そのきっかけとして「休ませる」というのもあるかもしれませんが・・・でもそうじゃない方法を模索したいですね。

 >少し フォローをしておくと、この先生、(今年から来た先生で)今まで
 >のうちの学校にいない すごくバイタリティがあって、熱心で
 >本当にいい先生だと思います。ただ、□□の今の状態が あまり わかっていない
 >というか、

たぶん、どの先生も熱心で情熱的で子どもや保護者のことを一生懸命考えているのです。肝心の子どもの特性や、将来どうなってほしいから今どうする、というあたりの理解が無いままに・・・

 > こう言いながら、PTA会長の挨拶で、(なんでか、そんなこともしてしまっ
 >ている・・・)「・・・・・・暑い時期、ご指導下さった先生方 本当にありが
 >とうございました。・・・・・・」と お決まりの セリフを言ってしまった自分
 >が ほんと いやだーーーー!

 ためいき・・・

 もちろん保護者に否定的なことを言われたり、非難されたりしたら、落ち込みますけど、そしてできれば褒めてもらって元気に仕事をしたいもんですけど、その前提として、服を着ているのか裸なのかはちゃんとわかっていないといけないですよね。

 裸なのにみんなが「素敵なお召し物で」って言ってたら、裸なのに気づかないままで過ぎてしまう。

 もちろん言い方もあることだろし・・・なんかいいのがないかな。
 まあ、私は多分本音を言うから浮いちゃうんで、他人にはあまりおすすめできないことでしょうね。

 ところでね、○○さんの発言を読んで・・・

 ある所で保護者からの申し入れによって体育祭の無くなったところというのが複数あるようです。で、どうも話を聞いているとTEACCHをちょっと形にとらわれた考えで身につけられて、要求しているようです。

 うーーん、ちょっと困るなあ、とも思っているのですが、でもひょっとしたらあるお子さんにとっては、確実にそちらのほうが幸せかもしれない、と思ってしまいます。

−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 現在の話。ある保護者は運動会の無い学校へ行けてどれだけ楽になったか、ということを語っておられました。それまでの運動会の体験は悪夢のようだったと。そういうことがあるのも事実ですね。






posted by kingstone at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運動の授業で腹筋をする

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 今日はBさんと運動の授業がありました。
 この授業はH君と二人なんですが、今日はH君がお休みでした。

 音楽室で混乱してしまうH君のために私がBさんと二人をみるからということで他の子どもたちが音楽室で勉強しているのに私の教室で私一人で授業しています。(2対1だから許された、というのもあるし、実のところ2人とも他の教師は指導に困難を感じているから許された、というのもあります)

 これもねえ、結構情けない授業をやっています。一応「運動」ということがあるので、その線であれこれ考えるわけね。

 Bさんに腹筋をやってもらおうと思いました。
 普段、運動場でする時はこちらが手を引かないといけません。
 また体を寝かす場合も軽く上体を押してあげないといけません。

 デュプロのブロックを6個用意しました。
 
 床にあおむけに寝ころび足もとに1個、頭のところにカゴに入れて5個置きました。

 1回目。寝ころんでもブロックを見ようともしません。こちらが手をそえてブロックのところに手をもって行ってあげます。

 ブロックを持っても何のことかわからないよね。
 足もとのブロックも見えないし。で、手をそえて起こしてあげて足もとのブロックに注目させました。見ればすぐにはめました。

 やはり次に寝ころぶにも軽く肩を押してあげることが必要でした。

 2回目、ブロックを持つのはやはり手をそえる必要がありました。
 起きるのはどうだったかな・・・

 ところが3回目以降、やることが理解できたのか、私がBさんにいっさい手をふれずにできました!!そして何より嬉しかったのはBさんがすっごくニコニコしながら「どうだあ」というような表情でやってくれたこと。

 声も私はかけていましたが、声の指示でできる、という感じではなく、声は何かほんの軽いきっかけという感じでした。

 いやはや、ものすごく小さいことかもしれませんが、うんやっぱり感動しました。

 でね、自分の裁量で個別的にやる授業って、たいてい1日に1個くらい感動することがあるのよね。

 ここから話が続きます。


posted by kingstone at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特殊教育学会にて 強度行動障害の人への対応に涙する2

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 KING STONEです。

 「特殊教育学会にて 強度行動障害の人への対応に涙する」を受けて

 >>  ・・・・こんなこと言ってもしかたが無いのですが、
 >> 「養護学校、何しとったんじゃい!」

 これはもちろん一人一人の養護学校教師を非難するものではありません。つまりは「養護学校」あるいは「学校文化」というものを、一人一人の違いを無視して押し付けてこようとするなにものかを激しく非難したいと思います。

 ちなみに私は自分の学校で頻繁に「そんな行事は無くしてしまえ」と発言するのも「視野が狭い」「偏っている」と周囲から言われる原因になっています(笑えばいいのか泣けばいいのか・・・)

 さきほど学校がデータを出していないのではないか、と書きました。
 しかし、データが正しいと仮定してもいろいろなことが考えられます。

 施設に比べれば学校は教師対生徒数にゆとりがある。その中で「その子の将来」ということを考えず、とりあえず「学校文化」の枠組みの中のことをしようとする。で、手があるからとりあえずはできる
わけです。(腕を掴んで引っ張ったりとか、押さえつけ座らせたり、ずっと腕をとって作業し続けたり)

 しかし「できた」と思われていたことは「職員数」というものがあって実現できることであり、本当にその生徒の力にはなっていない。

 で肝心のことを教えてもらっていない。

 例えば不動さんの例に出てきたお子さんも、様々な弁別や、机の上で自分でわかってひとりで作業することなどあまり学校で教えてもらえていなかったようです。

 そういうことができるように(落ち着いてね、もちろん。嫌がるのを無理強いするのじゃなく)しておけば、後の生活もすごく広がるだろうに。


 でね、問題は学校の教師もみんな熱心で情熱的で本当に子どものためと信じてやっている。そしてとりあえず形はうまくいったように見える。しかも苦労してやりとげた感じがする。で、「いいことをした」と満足する。強化されるわけですね。

 しかし何もその子の将来のことを見据えていない・・・

 これは手強いです。


posted by kingstone at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学校から成人施設に送るデータの信頼性2

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。
 
当たりだったようです。

 知的障害特別支援学校で「私が担当していた方かもしれない」という方の発言が出てきました。

 で学校時代も相当「問題行動」が出ていたようです。
 でもそれは成人施設に伝わっていない。


 それから「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」のシンポでも望月昭さんから学校卒業後から問題行動がすごく出てくるという(一人の方ではなく)愛知県の全体のデータが出ていました。

 でひょっとして「施設入所者」に偏ったデータでは、と質問してみたのですが
----------------------
 愛知コロニーの人ではなく外部の人たちです。基本的に在宅で、昼間に作業所、授産施設に通っている人というのが大部分です。
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ということですから、たぶん学校時代のらちゃんとしたデータが出てきてない、ってことでしょうね。

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追記
 ある応用行動分析家の方は「学校では問題があまり起こらず、施設で問題が起こるというのは、職員の人数が少ないからどうしても「正の強化」をする機会が減ってしまうからではないか」という推測を語って下さいました。

 これはある意味、学校に優しいご意見ですが、学校現場にいた者としては「ちゃうやろな」と思ってしまいます。


posted by kingstone at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉性障害への行動論的教育福祉援助

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 いろいろ書きたいことがあるのですが、まとまらない・・・
 とにかく書いていきます。

 特殊教育学会最終日の午後は自主シンポ「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」というのに出ました。

 「応用行動分析学入門」の総論第1章「コミュニケーションを教えるとは」というところを書かれた望月昭さんなんかがやってはるところです。

 望月さんの発表は「重度障害を持つ成人における行動問題としての不適応行動への対応」というものでした。

 愛知コロニー内の入所施設での実践をもとにしてはります。

 まず問題行動を「行動問題」と考えていこうとされます。
 行動問題には

 1.行動過剰
 2.行動の不足

の二つがあります。行動の過剰を例えば「即時的にやめさせる」などの手段をとっていたとして、それでも慢性的に出てくるのなら、やり方が間違ってるんだよね。

 行動の不足にしたって同じこと。例えば「動かない」人がいた場合・・
 ある対処をとって、でも同じ事が繰り返されるならばそれはやり方が間違っている。

 それに対してPositive Behaviorr Support をしていこう。

 つまり「非嫌悪的なやり方」はもう当然として、意図的に「いい行動を褒めよう」ということ。これはここでもよく言われていることですね。

 でもって、大事なのは、例えばそういうふうに利用者さんに関わる職員も「正の強化」がされること。褒められるとか社会的に認められるとか。そこんとこが大事なんだよね。

 そしてそういう方法で利用者さんの「正の強化で維持される行動の選択肢(=行動的QOL)を拡大する」ということですね。

 で、実際に愛知コロニーの中のある施設で、まず最初は「研究所」が主導で「こんなふうにやろうよ」と関わりながら入所者の行動問題に対処していった。

 で、行動問題が減ってくるわけだけど、次にその実践を発表する機会を作った。例えば行動分析学会での発表。そしてそこで認められることで職員もまたやる気が出て来る。

 そしてこの試みがされてから2年後か3年後に研究所は手を引きます。

 これは「自分たちでやりなさいね」ってわけですね。その時から職員間のコミュニケーションが飛躍的に増え、自分たちで解決していく体制ができた、というものです。

 学校について当てはめてみるのは次で。


posted by kingstone at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運動会についての意見

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > なんせ、なかなか思うように 演技をしてくれない□□くんのようで、腕には
 >痛々しく、指の形のあざが・・・
 >でも、そこまでして、やらなきゃいけないのかな・・・と 毎年疑問に思ってし
 >まうのですが・・・

 少なくとも現状であるなら「やめていい」ことでしょう。
(うふふ、人の学校のことだと断言できてしまう)

 以下は私がホームページに書いてあるものです。
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 2000年5月29日  記

 体育祭が終わりました・・・

 何人かの児童・生徒には確実にすごくつらい目をさせたと思います。
 楽しめた子もいるのは事実。それが多数かもしれない。
 しかし少数かもしれないけれど苦しんでいた子はいる。

 実は体育祭の反省記録に「体育祭はやめよう」という意見を書こうかと思っていました。しかしだんだん「ちょっと違うかなあ」とも思い出しました。

 毎日の授業や生活を本人が「いつ」「どこで」「どれだけ」「どういうふうにやって」「終わったら次に何をして」がわかるようにすること。
 そしてやったことは褒められる。
 そういう体験をどんどん積む。

 そのためには、そのお子さんが「どんなことができて」「どんな手だてをとれば理解しやすく」「どんなことは苦手」なのかがわからなければならない。

 そしてそこがわかった上で体育祭を考えていけば・・・

 ほんのちょっとした考え方の違いなんだけど、それがものすごく大きな違いになっていくような気がします。

 日々の生活や授業がそういうふうに考えて組み立てられていくなら体育祭もやっていいだろう。でもそうでないならやっぱりやめた方がいいよなあ。

 あっ、これって「体育祭」を「学校」に代えてもいいかもしれません。まあ「学校」はやめたほうが、とは言いませんが。
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実はこれ、学校でも反省として提出したものの骨子です。
 学校で言わず、ここだけで言ってる、ってわけではありません。


posted by kingstone at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月26日(月曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 暑い!!

 朝から古い立て簀をばらして燃えるゴミ袋に入れて出しました。
 たいへん。
 今、シャワーをあびて一息ついたところです。

posted by kingstone at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする