私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年07月16日

科学と神秘のあいだ

 図書館で借りました。

科学と神秘のあいだ(双書Zero)/菊池 誠

¥1,575
Amazon.co.jp

 面白かったです。

 以下、文から触発されたこと。(しかし、こんなのはブックレビューとは言えんなあ)超長文。

「そのドーキンスは、最近、『神は存在しない』と強く主張し続けている。
 人間は神様が作ったのじゃなくて進化の産物なんだっていうことをドーキンスはみんなに伝えたいんだ。もちろん、僕もそう考えている。人間は進化によってうまれたし、神様はいない。少なくとも造物主としての神は存在しない。
 じゃあ、そこには神秘も奇跡もないんだろうか。
 いや、神様が生物を作ったのじゃないとしても、そして人間は進化によって偶然生まれたのだとしても、それはやっぱり奇跡だし神秘だと思う。だから、科学と神秘は必ずしも敵対関係にあるわけじゃないはずなんだ。
 ドーキンスには、キリスト教社会に住む生物学者として、強い調子で神様を否定しなくちゃならない理由がある。実際、キリスト教の保守派といわれる人たちは、進化論を強く拒否して、神による創造は科学的事実だと主張したがっている。ドーキンスはイギリス人だけど、この対立は特にアメリカで学校教育を巻き込む深刻な問題になっている。
 いっぽう、今の日本の社会でドーキンスほど声高に神を否定しなくちゃならないのかどうか、僕には今のところわからない。たぶん、どんな神様の話をしているかによるんだろうね。」

 私がキリスト教会に通ってて、行くのをやめた話を書きました。

キリスト教会へ行った話

 行かなくなったひとつの理由に進化論もありました。牧師さんが私のために「学びの時間」というものを取って下さったのですが、その時に「私は進化論は信じません。(つまり旧約聖書の神の創造を信じる)」とおっしゃいました。別に「あなたも信じなさい」とおっしゃったわけではありません。

 でも・・・キリスト教徒になるってことは進化論を信じなくなる、ってことなのかなあ、と思うと、すごく違和感があって。もちろん私の信じてる進化論なんて、別に博物学やDNAの分析に基づく科学と言えるレベルではなく、とりあえず信じてる、という信仰レベルでしかないのですが。

 で、私は進化ということに、すごく神様を感じるし、神秘を感じます。でもそれって、結構日本人特有の感覚ではあるらしいですね。

「だけど、個別の科学の知識よりもだいじなのは、客観的なものの見かたのほうだ。知識は、将来変わることだってありうるけど(実際、新しい発見が次々にあって、科学的な知識は日々書き換えられている)、客観的な『見かた』はもっとずっと普遍的で、それだけに強靱なものだ。
 この本全体を通してのキーワードを挙げるなら『リアリティ』と『折り合い』になると思う。僕たちはどうしたって自分の体験からは逃れられない。その体験はもしかするとものすごくリアルなのに客観的事実と相容れないかもしれない。そんなとき、僕たちは『折り合い』をつけなくちゃならない。」

(「月着陸捏造論」に対して)
「リアリティは細部に宿る。たとえば、亡くなられた西山千氏が『英語訛り』とでも呼べそうな独特の口調で宇宙飛行士と地上との会話を伝えてくれた同時通訳。今思い出しても、あれが『生々しさ』を与えてくれていた。あるいは、新聞を切り抜いてすみからすみまで読んだ記憶だとか、そんな細かなことの積み重ねの上にリアリティは成立している。」

 ああ、同時代を共有しているなあ、と思います。テレビにかじりついていました。

「リアリティという言葉を『身につまされる感じ』と言いかえてもいいかもしれない。もし、リアルに感じることができないのだとすれば、あるいは身につまされないのだとしたら、頭で納得するしかないんだ。」

 急に話がとびますが、私は自閉症の人がどれだけひどい目にあって来たか、実は自閉症というものを理解することでお互いずっと楽になるんだ、と説明したり、ビデオなども使ってプレゼンしたり、し続けて来たのですが、特に教師に対してはどれだけ「リアリティ」を持って受け止められたのか、どれだけ「身につまされて」もらえたのか、ということを考えると結構失敗してきたような気がします。

 説明しても「あなたのクラスは軽い(といっても当時の知的障害特別支援学校のレベルであって、高機能自閉症やアスペルガー症候群の子はいません)からだ」ビデオを見せても「うちのクラスではあんな高度なことはできません」と言われることが多かった。

 実のところそう言われる先生のクラスよりはるかに重度(?)のお子さんもいたし、またビデオで一見高度に見えることも、結構時間をかけて達成していたのですが。それより以前のビデオが有ったとしても、たまたま撮れたほほえましい場面とかで、それこそ「威嚇と暴力」や指示の失敗をしてる場面とかは記録されてないわけだし。使用前、使用後と、比較できないわけです。

「光とともに」を講演会の建物の外で売った話

の中で佐々木正美先生の講演を聞いた相棒は泣いていました。佐々木先生のお話にリアリティを感じたからでしょう。しかし残念ながらリアリティを感じられなかった先生方も多いかとは思います。で、もちろん「頭で」理解して下さったならそれはそれで良いのですが、それも少なかったかもしれない。

「たぶん、『わかるわかる』は、本当の意味で内容を理解しているのじゃなくて、もっとぼんやりした『共感』を表現しているのだろう。(中略)
 逆に、納得力にまったく欠けていても、かなり困る。適度な納得力は必要。でも、納得力がありすぎるのはおうおうにしてものすごく困る。ありあまる納得力が妄想力と手を組んだら、それはかなり手強い。『わかる』じゃなくて、『わかるわかる』と言っちゃう時は、納得力が暴走しはじめているのかもしれないから要注意だ。」

 ・・・いや〜使ってしまうかも「わかるわかる」特に自閉症のお子さんを持つ保護者の方や、高機能自閉症やアスペルガー症候群の当事者の話で・・・「わかります」が多いかな・・・

(「水からの伝言」(水に「ありがとう」と声をかけながら氷らせるときれいな結晶ができ、「ばかやろう」と声をかけながら氷らせるときたない結晶になる、という話)について)

「なにが起きているのかは写真を見ればだいたいわかって、『ありがとう』の氷は気相成長というできかたをしたものだ。温度や湿度をうまく整えてやれば、部屋の中の水蒸気が氷のまわりにくっついて、雪の結晶のように成長する。これが気相成長で、冷凍庫で作る氷とはできかたが違う。雪の中ではそうやって雪ができているのだし、寒い日に霜が降りるのも同じ原理。だから、雪のような結晶の写真自体は間違いでもないし、嘘でもない。
 でも、だからといって、できる結晶の形が言葉に影響されるというところまでが本当だというわけじゃない。氷の形を決めているのは、その場所の温度や湿度で、どんな言葉を見せた水かとか、どんな音楽を聞かせた水かなんていうのは氷の形となんの関係もないんだ。だから、言葉に影響されるという主張は、最大限好意的に解釈してもただの間違いだ。」

「実際、この話を言い出したのは『波動測定』を宣伝している人たちで、言葉の持つ波動が水の結晶に影響を与えていると説明されている。もちろん、波動そのものが妄想の産物なんだから、この説明にもなんの意味もないのだけどね」

 これに関する話を聞いたのは大昔ですね。私は「物語」は好きなのですが、この話はやばいなあ、と思いました。私の友人は「ごはんを2つの容器にわけて『ありがとう』と『ばかやろう』と声をかけたら『ばかやろう』のほうが早く黴びた」という実験をしていました。

 細かい条件設定はわかりません。第一勘で思うのは「ばかやろう」の方がつばがたくさんかかったのではないかなあ、ということ。

 あとある小学校では校長先生が掲示板に写真とともに解説していました。私は何も言いませんでしたけど・・・

 ことここに至ったら、誰か厳密な実験をして結果を公表してくれたらいいのにな。お金にならないし、馬鹿馬鹿しいからやってくれないのかな。パスツールが生命の自然発生説を実験によって否定したみたいに。

 諸富祥彦さん(明治大学文学部教授・トランスパーソナル心理学)が

小学校「道徳シート」とエンカウンターで進める道徳 高学年

の中で取り上げてはります。2007年。う〜ん・・・理科じゃなくて道徳だからまし??・・・まあ私もカウンセリングは「信仰」してて、エンカウンターは好きだったりしますが・・・これはまずいんじゃないかなあ。

「ありがとう」は大切な言葉だし、「ばかやろう」は使わない方がいい言葉だけど、別に「水」を持ち出さなくても道徳の授業はできると思う。エンカウンターだってできると思う。

(高温超伝導(と言っても-200℃から-100℃)と常温超伝導について)

「液体窒素の温度でも室温でも、従来の超伝導に比べて圧倒的に高い温度であることに違いはないのだから、おなじように扱ってもらってもよさそうなのに、どうしてこちらは取り合ってもらえなかったのかといえば、要するに発表の信頼度みたいなものだ。このくらいならオッケーで、ここまでいくと怪しいというような判断をそれぞれにしているわけだね。
 もちろん、この判断はつきつめると科学者の『勘と経験』によっているのだから、いつでも当たるとは限らない。最初のうち怪しいと思われたものほど、あとになって正しいと確認されれば大発見になる。とはいえ、そんな事態はめったに起きるものじゃなくて、たいていの場合、怪しいと思われたものはやっぱり怪しかったという結末を迎える。『勘と経験』っていうのはそういうものだ。」

「もし高温超伝導の成功が無かったとしたら、常温核融合はあれほどの騒ぎになっていただろうか。夢の引き金を引いたのは、高温超伝導だったんじゃないのだろうか。
 夢や希望や期待というのはとても大事なのだけど、時に厄介なものになると思いませんか。」

「でも、そういう具合に『決してできないこと』がわかっているのは、絶望なんだろうか。それを絶望だと考えちゃうと、怪しげな似非科学への道しか残されていない。でも、たぶんそれはそうじゃない。夢があらかじめ失われていることを知っておくのは意味がある。」

「夢が失われていたって、実はそれほど悲しくはない。それは絶望じゃなくてむしろ希望なんだと思う。そして、絶望を希望に変えるのは想像力だ。」

 ここらへんは「自閉症が治るのか」という話とつながってくるような気がします。ほんと、「治る」という夢がなくても、あれこれやりとりする方法はあり、たくさんの希望があるのだから。

(「天皇家のY染色体説」について。元ネタは「Y染色体アダム説」でそのまた元ネタは「ミトコンドリア・イブ説」だという話から)

「ちなみに、こういう解析ができるようになった背景には、日本の木村資生博士が提唱した「分子進化の中立説」があるというのはぜひ知っておいてもらいたい。生存にとって有利でも不利でもない突然変異が遺伝子にたまっていくというこの説によって、遺伝子が別れた時期を突然変異の数から推定できるようになった。現在の進化学はこれなしには成り立たないといっていい。
 この解析によると、全人類のミトコンドリア・ゲノムは20万年ほど昔にアフリカに住んでいたひとりの女性から脈々と受け継がれていると解釈すればつじつまがあうらしい。
 この説は今は「ミトコンドリア・イブ説」として広く知られている。
(中略)
 この話はとても美しいよね。美しいし、そしてとても物語性が高い。(中略)ところが、あまりに物語としてすばらしすぎて、いろいろな誤解を招いてしまった面もあるのが悩ましいところ。
(中略)
 たとえば、全人類はイブだけの遺伝子を継いでいるというのが、一番ありがちな誤解だろうね。(中略)僕たちはいろいろな祖先からの遺伝子を受け継いでいるんだ。イブと同時代に生きていた別の人の遺伝子だって、残っているはずだ。
(中略)
 つまり、世界中にいる全ての男性のY染色体をたどっていくと、大昔のひとりの男性にたどりつく。イブの物語が既に知られていたから、こちらの想像上の祖先が「Y染色体アダム」と呼ばれたのは必然の成り行きで、(中略)
 イブもアダムも科学が生んだとても美しい物語だ。ただし、その物語性に惑わされてはいけない。たとえば、ミトコンドリア・イブとY染色体アダムとは夫婦じゃないし、それどころか、同じ時代に生きていたわけですらない。」

 なるほど!アダムだ、イブだ、って言われると私なんかも夫婦だ、と思ってしまうけど、そうじゃないんだ。

(「月着陸捏造説」を唱える人たちが、月面の写真や映像が不自然と主張するのに対し)

「でも、『不自然』っていったいなんだろうね。といより『自然』っていったいなんだろう。不自然だと言いたいなら、『月面での自然な映像』がどういうものになるべきなのか、あらかじめ知ってなくちゃならないはずだ。弱い重力のもとで歩くとどうなるかとか、空気がないから昼でも空は暗いはずだとか、そういういろいろな知識を動員して、映像がおかしいとかおかしくないとかいう話をする。
 だけど、それが実はむつかしいんだ。どうしたって、考え落としはあるものだから。実際の映像を見せられてようやくそれに気づいて、ああこうなるのかと納得するというのが普通だろう。
 ところがそこで納得せずに、自分の知識や感覚の方が正しいと思い込んじゃうと、映像の方に『不自然』というレッテルを貼ることになる。」

 これって、自閉症の人の特性を知っているのか、ということや自閉症の人への対応が一見不自然(視覚支援物を使ったり)に見えるからって、止めろという人のことを思いだすなあ。

 テルミンの話題で

「なんらかのハンディキャップのために他の楽器をあきらめざるをえないかたでも、テルミンならなんとかなる可能性がある」

 なるほど。肢体不自由で、指はうまく動かせないけれど、腕や足は動かせる(頭は??)という人なら演奏できるかもしれない。

(ニューエイジ運動に関して)

「この『善意』というものの前で、僕たちはいつも途方にくれてしまう」

 ですねえ。ニューエイジじゃないけど、例えば大昔、知的障害特別支援学校で自閉症のお子さんに「威嚇と暴力」を使っていた人だって「善意」には違いないと思います。これは途方にくれます。

(ホメオパシーについて)

「ただし、効いたように見えることはあっていいし、実際にあると思う。病気は自然治癒する場合があるから、ホメオパシーを始めたタイミングと自然治癒とがたまたま一致することもあるかもしれない。症状によっては、いわゆるプラシーボ(プラセボ)効果でおさまってしまう場合だってあるだろう。
(中略)
 とにかく、もしホメオパシーになにか効果があるとしたら『気のもん』くらいだ。だから、本来なら臨床研究もせずに『気のもんでしかありえない』とかたづけてもいい話なのに、これが意外に臨床研究されていて、最近のきちんとした研究を総合すると、「効かない」という当然の結果になっている。意外ときちんと研究されている理由は、ヨーロッパでは民間療法としてかなり広まっているからだ。
(中略)
 ちなみにホメオパシーが動物に効かないことも確かめられている。」

 これについては最近、こんなニュースもありました。

損賠訴訟:山口の母親、助産師を提訴 乳児死亡「ビタミンK与えず」

 記事中、ホメオパシーという言葉は出てきませんが、「民間団体」とはホメオパシーを勧める団体であるようです。

 また英語のこんな記事も。

http://news.sciencemag.org/scienceinsider/2010/02/-end-homeopathy-on-nhs-say-briti.html?etoc

 英国下院科学技術委員会がホメオパシーの保険適用を外すことを勧告した、という記事です。ってことは今までは保険適用されてたってことですね。

 プラセボ効果自身は大切な技術(言葉・表情・態度など)という面があり、精神療法とかカウンセリングとか、ほとんどこれだと思いますけど(たぶんそういったもので脳内物質が出たりすると思う)、薬効の無い「物」を薬効があると言って、相手を医療から遠ざけるようなことはしちゃいかんなあ、と思います。


 I先生という方が阪神淡路大震災をきっかけに自身宏観現象の研究を始められた話題で、大震災前にペットが異常に騒いだとか、池の魚が不自然に整列したとか、の話から。 

「(I先生の)実験はどれも面白いもので、大きな岩を機械で割ってみるとか、動物の足もとの地面に電圧をかけてみるとか、魚のいる水槽に電圧をかけてみるとか、本当にいろいろなアイデアを実行に移しておられた。たとえば、水槽に電圧をかけると魚が整列して、たしかに報告されている異常現象とそっくりな現象が起きる。これは面白い。
(中略)
 I先生の実験でわかったのは、地震の前には動物が騒ぐ可能性が確かにあるということ。ここまではそれなりにきちんとした話と言っていいと思う。ところが、地震の前兆を見つけたいのなら、必要なのはその逆で、動物が騒いだら地震が起きるのかどうかだったはずなんだ。
 『AならB』だからと言って『BならA』とは限らないというのは、論理学の基本中の基本で、よく『逆が真とは限らない』なんて標語的に言われる。ちなみに『AならB』だとすると『BでないならAでない』は正しいというのも、よく知られた論理の基本。
(中略)
 代替医療やEM菌でも、結局はこの『やったのに効果がなかった例』とか『やらないのに効果があった例』とかを集めていないから、なんの証明にもなっていないのだった。『やったら効果がありました』だけではなんの証明にもならない。それはきちんと頭に入れておこう。」

 う〜む。私が実践してきた自閉症のお子さんに対するTEACCHだとどうなるんだろう。あれこれやって、ひとつひとつの手だてとしては有効なものも、無効なものもあり、でも大きな方向としてはいい方向に行ってたと思うけど。科学的検証としては弱いかな。

(合格ラインの話で)

「ちなみに、ときどき、『落とされた』という学生がいるけど、それは違います。落とされたんじゃなくて、自分で落ちたんです。」

 爆笑。確かに・・・私、「大学のゼミ、落とされた」と言ってましたが、統計だのSPSSだのがわかんなくて、自分で落ちたんです。コンピュータをパンチカードで動かすのは人一倍熱心にやってたんですが。

「ノーベル賞を受賞された益川敏英先生が、受賞後すぐに、こどもたちの質問にこたえるテレビ番組に出演されたことがある。このとき、UFOを見たことがあるのですが、益川先生は宇宙人を信じますか、と尋ねた中学生に対して益川先生が、それが本当にUFOだったことがどうしてわかるのかという疑問を投げ返したというので、かなり話題になった。
(中略)
 中学生の質問にどう答えればよかったのかについてはいろいろ意見があるに違いない。これが『大人げない』じゃなくて、『さすが』というニュアンスでおおむね好意的にうけとめられたのは、益川先生自身のキャラクターによるところも大きかったと思う。」

 これも、確かに。大槻教授だったら「大人げない」になるかもしれない・・・

(超能力の話題で)

「僕がテレパシーとかサイコキネシスとかいう言葉を知ったのは、間違いなく石森章太郎のマンガ『サイボーグ009』だった。」

 これは私もかもしれない。一番印象に残っているのは「幻魔大戦」(平井和正・石森章太郎の共作)に出てきた「残存思念」ですね。死んだお母さんの思念が子を守った、というやつ。結構、心が動かされたりします。

 で、ここで出てきたのは研究のデータが正しいとしてもデータの解釈はいろいろになりうる、という話。

(最近の脳科学の話題から)

「僕自身は脳科学を研究していないので、遠くから眺めているだけだけど、それでも、驚くべき研究結果が毎日のように発表されていることくらいはわかる。
(中略)
 ところが、こういう研究結果はどれもとても基礎的なものだから、日常生活にすぐさま応用できたりするものじゃないんだ。まして、人づきあいだの人間の生き方だの、そんなものを教えてくれるような段階じゃない。それができるみたいに主張しちゃうのは誇大広告。科学の濫用といってもいい。」

 なるほど、脳科学だとか○○脳だとか、わかったようにいろんなことが言われるけど、眉につばしておいた方がいいということですね。

 全体のメッセージをうまくつかめているかどうかはわかりませんが、科学と神秘は両立するし、でも科学を装ったニセ科学に騙されないように、というあたりかな。もともとウェブに載せていた記事をまとめたとか。読みやすく、わかりやすいです。






























posted by kingstone at 20:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月16日(金曜日)

 こんにちわ。

 今日も起動できました。

 日差しが強いです。


 80歳の母の病院通いを介助していますが、退職していなかったら
できなかったことだなあ。



posted by kingstone at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする