私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年06月27日

戦い余話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 kingstoneです。

 個人メールでも、いろいろはげましを頂いております。

 ほんとうは若い方や特に学生さんの前で「戦っている」ってことは出さない方がいいと思っているんですが、書かずにはいられない、というあたりでご勘弁下さい。(って大人扱いしていないってことになるのかな?でも、ほんと見せなくていい部分は見せなくていいと思い、発表者にもA教授との過去のあれこれなんて言ってなかったんだけど・・・)

 私の知ってるある先生。(近辺の方ではありません)

 ものすごく勉強してはる先生です。反TEACCHではありません。でもいわゆるTEACCHの使い手というわけでもありません。

 で、保護者の方がTEACCHを勉強して「こうやってね」と構造化の写真とかいっぱい持ってきはったそうな。使っているカードも。で、実際にやってみはったそうです。しかしよく見るとわかっている部分とわかっていない部分がある。

 で「まずこうやってみましょう」と提案され、違うやり方でやり始められました。でうまくいって、今は保護者との信頼関係もできてはります。

 これなんですよね。

 でもこの方の取り組んだことがTEACCHで無い、と言えるかどうかはまた別問題なんですけど。具体的にはコミュニケーションレベルをアセスメントして、カードコミュニケーションからレベルを下げて指さしなど(さらに具体物なども使ったのじゃないかな、これは想像)を使って、本人からの表現を引き出して行った、というものなんですけど。でも見方によったら「これはTEACCHです」ということになります。(ただ指さしと言っても、これまたカードコミュニケーションよりレベルが下かというと・・・これも何と言うのか「形」を見るとそうでもないこともあり得ると思います)


 アセスメントに基づいて、本人にあったレベルの自発的コミュニケーションを引き出していった、そして問題行動を無くしていった、というあたりなんですもん。

 先日、私が「カードにこだわらず」と書いたあたりですよね。

 ほんま、「保護者にひきずり回される」などと言わずにちゃんと勉強して「でもね」と言えるようにして欲しいっす。

(勉強せずに、そして子どもの様子を見ずに「でもね」と言う方は多いけど)


 私は周囲からTEACCH信奉者と思われていると思います。確かに行動もそう見られても仕方がないから、特に否定はしませんが。

 でももともとカウンセリングの勉強をしていて面接・箱庭・描画などについては半端じゃない勉強と体験をしてますし(自分で言うな、って(笑))動作法はトレーナー資格も持ってます。(これはわかっている人が聞くと恥ずかしかったりする(笑)トレーナー資格ってほとんど「意味なーいじゃん」の資格なのです。まあ1週間キャンプに3回は出席した、というだけのことなのね)

 肢体不自由児の意思表出のためのAACの学習や実践。

 それから「○○法」の達人さんには、現在でももう頻繁に相談をかけています。


 例えばある地域の幼稚園でもTEACCH的な取り組みを大幅に取り入れてはおられるけど、ポーテージもやりいの、様々な勉強をされていい指導ができるよう努力してはりますもんね。


 まあほんま自分でええと思うことを勉強し、実践していくしかないよな、と思います。

 ある先生「私もTEACCH始めようかな」
 私「(渋面を作りながら)でもね、私の周囲でも形だけまねする
   人が多くてね。こだわらんでええから勉強してほしい」
 あ「(我が意を得たりというように)そうそう、ひとつの方法に
   こだわらなくていいと思う」
 私(心の中で)「で、ひとつの方法にこだわらなくて「威嚇」を
  使ってはってんねえ・・・」


 あっ、私が「叱る」ことを否定しているとはとらないで下さい。

 私の周囲で某先生「大声で叱る」というのもしはります。

 私は若い人に「某先生の叱り方、見とけよ。お前は大好きだよ、というのがちゃんと伝わる叱り方やろ。あんなふうに叱れたらいいよね」なんて言ってました。

 ただし他の先生が叱っている時は決してそんなことは言いませんでしたけど。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 上のエピソードの「ものすごく勉強してはる先生」は太田のステージを深く勉強されていました。その実践は私から見ればTEACCHに見える。ある応用行動分析家はTEACCHのうまくいってる実践を見て「これこそ応用行動分析だ」とおっしゃいました。

 そんなもんなんだと思います。




経験と戦略眼を持つスタッフとパートタイムの支援者

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、Oさん、どうもです。

 >個別の対応をするために、1番ロスが起こりやすい部分を、経験と戦略眼をもつ
 >スタッフがカバーし、後は汎用性のあるプログラムの組み合わせで対処する。

 ほんまねえ・・・
 特にアセスメントと基本的戦略の部分で思います。

 私は決して名人・上手ではありません。

 そしてアセスメントも下手やし、どっちかというと「下手な鉄砲も」になっているところがあります。

 ほんま定期的にコンサルテーションして下さる方が欲しいです。(ある意味でネットワークを強引に使ってコンサルテーションしてもらっているところはありますが、これこそゲリラですよね。で、アセスメントの部分は無茶弱いし)

 もずらいとさんの送って下さった調査報告の中にTEACCHのパートタイムスタッフの話がありました。正規スタッフだけでは手が回らないから、ボランティアのスタッフを作り、研修を積み現場への援助に出向くわけね。

 パートタイム(非正規)の人でもできるんですよね。



私をつき動かすもの

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 kingstoneです。

 Oさん、□□さん、レスありがとうございます。
 
 >いつもメールを拝見させてもらって、こんなに活動されている
>kingStoneさんをつき動かしているものっていったい
>なんなんだろうと、思っています。

 悔しいじゃないですか。

 あの手この手を使えばすごくコミュニケーションできるお子さんに対して、配慮の無い環境や関わりで混乱させ「ああ、やっぱり自閉症やから仕方ない」とか「自閉症はむつかしい」なんて言われるの。

 しかし、私自身がそうでした。

 今の学校に来て「何かおかしい」と思いながらも、何をどう考えていいかわからなく、もし卒業後の施設や社会が「威嚇」で動かすところなら、学校時代にそれでちゃんとしつけておかないといけないのかなあ、と思っていました。(先輩はほとんど威嚇でしたし)

 1996年の秋でしたか、障害児教育フォーラムの△△さんに「北海道のAAさんが来るから京都に遊びにおいで」と誘って頂いて児童福祉センターのお医者様のBBさんやTEACCHプログラム関西支部の北部(現在の京滋支部)事務局をしてはったCCさんなどと会わせて頂くことができました。(△△さんは研究会にも来て頂けここにも参加しておられます)

 でも、その時はBBDr.に「「自閉症治療の到達点」とか読んで、もっと科学的にやりなさいよ」と言われたのに「子どもたちが出ていく先が威嚇で動かすところなら、学校時代にそれをしつけなきゃ」と学校文化の立場(?)から反論していました。

 1997年5月に現在の京滋支部の例会で服巻智子先生の講演を聞き、視覚支援の大切さを知り、A君C君にすのこの上でなく横で靴を脱ぐ、というのを視覚的てがかりをつけてやってみたら今まで叱っていたのが嘘みたいにすっとできちゃった、という経験をしました。

 そして1997年10月のセミナーで自閉症のお子さんが、視覚的支援を手がかりに音声言語でコミュニケーションしたり、自分で判断して動けたり、というのを目の当たりにさせて頂きました。

 で、お子さんが理解できてきて、いろいろやってみると「わあ、自閉症の方とつきあうのってすっごく楽しいやん」というのがわかってきました。

 でも私の学校でも周囲の学校でも、お子さんの特性を理解せずに混乱させるという悲しいことをいっぱい見たり聞いたりします。ほんと何とかしたい、という気持ちになります。

 > カードを使っている「下手」な教師より、使わない「上手い」教師の方が「良い指
 >導」を行っている場合もあります。

 これやけどね、私は「カードを使っている「下手」な教師」です。

 もちろん「カード」だけでなく、あの手この手いろいろ使いますけど。
 でも「「下手」な教師」です。
 たいていの先生は私より「上手」です。
 だから私は自分のことを「情けない教師」と呼ぶわけね。

 でもね・・・時に、その「上手」な方は他を批判しはります。

 同僚であったり、保護者であったり。

 違うやろ。ほんとに「上手」であるのなら「下手」な人でも、うまく関係が作っていけるような具体的なあの手この手を教えんかい。それによって「上手」になっていくわけで。

 私に「何も知らない若い人(別に上手でなくていい)」を何人かつけてくれて、カリキュラムも独自でやっていい、ということになれば私はお子さんにとって「いい環境」を作っていく自信があります。

 例えば今回発表された○○さん。TEACCHに批判的な人たちは

「いやあ、○○さんの人間性が良かったから、TEACCHを使ったにも関わらず良くなったのよ」とおっしゃるでしょう。

 違います。TEACCHを知らない段階では、混乱しているお子さんに無理矢理体操服を着せたりとか、体力勝負でやってはったのです。そしてそれが続いていると「○○さんは人間性が駄目なのよ」と陰で批判するでしょう。あるいは「あの人は子どもを見る目がない人だ」と。

 「人間性」「愛」それはみんなあるんだ、というのが私の主張です。
 で、それを発現できる具体的な方法を伝えることができないといけないのだ、ということですね。

 そういや小枝先生こんなことを言ってはりました。

「某県の方も私のところへ来ておられる方がいますね。その保護者の方はTEACCHが上手になられて、教師にも「こうやって下さい」と言い、すごくうまくいっています」

 某県の人が鳥取まで行かないといけないというのも情けないけど、でも良かったな、と思います。「保護者が勉強して教師が振り回される」というような言い方をさんざん聞かされたあと、この小枝先生の話はすっとしました。


 > まぁ、私はそれを聞いて、シンボルの弁別についての研究をしようと
 >思ったわけですが^_^

 よろしくね。写真そのものではなく、白抜き写真にする、とかいうのほんまええと思います。


PS. でもね、ほんま派手な宣伝は今回限りにしようと思っています。
  いささか私も疲れました。



特別な両親(3)つけたし

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 ○○さんが、転載許可と同時につけたしを送って下さいました。
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出典は、July 2000 Exceptional Parent Magazine

Supecial Thoughts というコラムで、

原題は’A special parent shares what she has learned’
(彼女、というところを、私の訳では’−私が・・・−’としました。)

作者は、Gay Robin Labrum(Josuaくんの母です。)
原本の中では、Josuaは、という表現がたくさんありましたが、
それを「子どもは」にかえて訳してあります。

訳は、そのように、わかりやすいようにと思い、
厳密に逐語ではありませんので、その旨ことわってください。
また、意味を間違える怖れのあるところは、省略してあります。



戦いと癒し(4)癒し 全体会にて

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※このエピソードは他のエントリーで書いています。そちらは細かい点(いや大きな点もか?)が違っていました。でもまあそちらも残しておきます。

 kingstoneです。

 しかし、顔では笑っていても、私にもすごいストレスがかかっています。
 昼休みは、(たぶん神経性の)下痢で何度もトイレに飛び込みました。

 午後の記念講演、どうしようかな、と思いました。
 でもまあ折角やしなあ・・・・

「教育現場で情緒的不適応を起こしている発達障害児をどう理解するか」
〜学習障害(LD)・ADHD・自閉症を中心に〜
鳥取大学教育地域科学部
人間教育講座障害児病理学教授
小枝 達也 先生

 ものすごくわかりやすくかったです。そして一枚のスライド
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特発性の自閉症     脳障害による自閉症
  ↓            ↓      
語用論からのアプローチ   行動療法(応用行動分析)
  ↓            ↓      
 インリアル        TEACCH
--------------------------------------
特発性の自閉症とは高機能自閉症とかアスペルガーでそういう人たちにはインリアルがいいのではないか。

 知的な遅れがあるタイプの自閉症の方の場合は、TEACCHがいいです。TEACCHをやっいる方は「単なる行動療法では無いという言い方をしますが、まあそうかなあ。TEACCHでは「できることはなんだ」そしてそれを組み合わせて「できあがる」とやるので知的に重度な方にもいいです。重度であればあるほど適用かもしれません。私は最近重度な方に会うのも怖くなくなりました。
----------------------------------------
とおっしゃいました。もちろんつっこもうと思えば、小枝さんがおっしゃる「インリアル」はよくうかがうと場を設定して言葉使いのおかしいところを直していく、ということで、これだってTEACCHの中にあったりしますけど。

 でもとても嬉しかったです。これだけの人たちが聞いているのだ、と思うと。記念講演ですから参加者全員が聞いていますから。(A教授は聞いていないでしょうけど)

 ああ、すーーっとしました。
 確実に援護射撃になっていると思いました。

戦いと癒し(1)過去の因縁
戦いと癒し(2)分科会にて
戦いと癒し(3)分科会の協議の時にした情報提供

戦いと癒し(3)分科会の協議の時にした情報提供

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。

 私が自閉症分科会の協議の時にした情報提供の内容です。

 ○○先生の実践報告については、かなり以前からお聞きしておりました。

 一番最初に報告して頂いた時、最初はお子さんを理解することができずにたいへんやった時のこと、一泊二日のセミナーに参加されてのち、実践しつつ少しずつ理解できていかれたこと、自分自身のこととつい重ね合わせてしまい、涙があふれてくるのを止めることができませんでした。
 
 ○○先生の出られたセミナーは、朝日新聞厚生文化事業団が主催しておられる「自閉症の子どものクラスルーム」というものです。TEACCHプログラムの考え方に基づいた療育について実際に自閉症のお子さんに来て頂いて学びます。また朝日新聞に、夕刊が多いのですが、お知らせが出るかもしれません。今も、大阪で自閉症の人たちのための余暇活動指導者講習会など、自閉症の方に参加して頂いてやってはります。またいろいろな研究会に出ておられますと、情報が入ってくるかもしれません。

 某県でも一泊二日のセミナーは1997年から1999年の3年間、某所で開催されました。

 1997年に私も参加させて頂きました。

 たとえば子どもが「わかっているのに」「やらない」のだとしたら「なまけ」「さぼり」「反抗」だったりということになり、それに対してはまあ「威嚇」などの指導もよく見たりします。

 でも勉強を続けていろいろわかってきました。

 まあ私もうまくいったり、失敗したりですが。

 そしてよく非難もされます。でそういう時って形だけになっているような、子どものことを考えず、こちらに合わせようとしている時なようです。そうなる危険も十分あります。

 実際、私も勉強を続けてきて、実践し、やっと最近「子どもを威嚇して教育しようとしてはいけないのだ」「ちゃんとわかるように伝えあおう」ということを同僚にも言えるようになってきました。やっと今頃言えるようになった、というのが情けない話ですが・・・。また私自身、子どもに対する時、すごく下手くそな情けない教師だと思っています。でもその私でも何とか子どもといい関係を作っていける・・・それがありがたいことだと思っています。

 それでも毎日、毎日困ったことはおき、それを解決していく必要にせまられますが。

 自閉症のお子さんに対されて、困っておられる方、困っておられないのだったら、こんなもの勉強する必要は無いと思います。困っておられる方、一緒に勉強していけたらと思います。いろいろな場所で開催される研究会の資料を持って来ております。

 11月には内山登紀夫先生も来られます。

 また資料が必要な方は私に声をかけて下さい。

戦いと癒し(1)過去の因縁
戦いと癒し(2)分科会にて
戦いと癒し(4)癒し 全体会にて

戦いと癒し(2)分科会にて

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※このエピソードは他のエントリーで書いています。そちらは細かい点(いや大きな点もか?)が違っていました。でもまあそちらも残しておきます。


 kingstoneです。

 今日は、大きな研究大会でした。

 午前中の自閉症分科会にて、わが研究会の○○さんの発表がありました。2月にもお聞きしたけど、現在進行形で、パニック出しまくり状態からTEACCHの一泊二日の研修に行ってから、視覚支援を取り入れ、子どもとの関係がすごく変わってきた、子どもと子どもの関係も変わってきた、というすばらしいものです。

 私も事前に原稿などの相談にのっていました。

 しかし、指導助言者がかつて私とやりあった地域の大学のA教授と聞き、嫌な予感。でも、発表者に変な先入観を与えたり、心配かけたらいけないと思い黙っていました。ところが・・・

 共同発表者の□□先生が何だか不安そうな顔で私の側に来ます。

 前日、打ち合わせの時にA教授が
「TEACCH・・・ふーむ、ひょっとしたら私、つぶしに行くかもしれませんよ」とおっしゃったということです。で、どうしよ、と心配してはりました。

 私は「ははは、大丈夫。○○さんの発表はけちをつけようがないし、火の粉は私がかぶるからね」と言っておきました。しかし・・・現場の発表に対する大学教授の言葉かあ・・・これが。

 発表はつつがなく終わりました。

 ただ、やはりみなさん全然イメージわかないみたいね。

 例えば、○○さんはきちんと「集団の中に視覚支援を使うことで落ち着いて入っていけた」ことや「友達との関係も良くなった」とかもちゃんと言ってはるのに、「いったいどうしたらいいんでしょう」と質問が出て、それに指導助言者が抽象的な答えをしていました。

 私は協議の時に「情報提供です」と断って別エントリーに書く内容を話しました。で大学教授の発言を待ちました。

 いろいろあれこれ言ってはりましたが、TEACCHに関するところはこういうことでした。

「TEACCHについてですが、最近、保護者がすごくやってほしいと欲している。それで困っている教師もいる。プロパガンダがひどい。要は一人一人違うのだ。いろいろなものをインテグレートしていけばいい」

あと、なんやかんや続きましたが、わけがわかんないのでこの程度にしておきます。

 ちょっと拍子抜けしました。なんだこの程度かあ。

 あともうおひとり、お子さんが自閉症で、自分で作業所をやってはるという方が指導助言者でした。この方は「絵カードも最初はいいかもしれないけれど、そうすると社会に出られなくなる。だからノーマライゼーションのために、使わないでいいように普通に言葉でできるようにしないとね」という助言をしてはり
ました。

 まあFAQ(よくある質問)ですね。

 もちろんこの方も実践者ですから敬意を表したいとは思いますが、ひょっとしたら視覚障害者の白状を使うな、という薄情なことを言ってるのかもしれない、ということにはお気づきになっていないし、今までコミュニケーションがとれなかった人がとれる喜びということにももひとつピンと来ておられないだろうな。

 でも、こないだのパネルディスカッションといい、なんか考える方向が違うなあ。保護者が知識を持ち、こちらも持ち、話し合い合意してやっていけばいいんじゃないのかな?

 このA教授の名誉のために言っておくと、「反TEACCH」以外の部分ではなかなかいいことを言ってはりました。(でも自閉症分科会で反TEACCH・・・・)

 さて、分科会が終わりました。
 先日の反省にもとづき出口に近いところに席をとっていました。

 そして、エレベータ前に行き、カウンターを使うと怒る人もいるかも、と地べたにプリントを置きました。そしたらたくさんの人がプリントを取って行って下さいました。

 まあただやから取っただけかもしれませんが、いややっぱり情報を求めてはるんや、と思います。「内山登紀夫先生が来られるってこれですか」なんて聞きながらプリントを持って行かれる人もいました。

 60人くらいの人に研究会・その他の資料を持って行って頂くことができました。

 知り合いのある地域の先生なんかが心配そうな顔で挨拶してくれはるので「はは、プロパガンダしてますねん」とご挨拶しました。

−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 「私が火の粉をかぶる」ったって何ができるわけでもないのですが(笑)

戦いと癒し(1)過去の因縁
戦いと癒し(3)分科会の協議の時にした情報提供
戦いと癒し(4)癒し 全体会にて

戦いと癒し(1)過去の因縁

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※このエピソードは他のエントリーで書いています。そちらは細かい点(いや大きな点もか?)が違っていました。でもまあそちらも残しておきます。

 2年前のことです。

 地域の大学のA教授。講演会場で私が配ったTEACCHの一泊二日のセミナーのビラに目をとめ、「こういうのに行ってはいけません。自分の学校の先輩から学びなさい。だいたいTEACCHは私にはわかりません。あれはアメリカに留学しないとわかりません」とおっしゃいました。

 私の先輩が私にどんな指導を見せてくれていたかは、言えませんでしたし、今も言えません。でも一言言っておく必要があるだろうと、「このセミナーの講師のみなさんは、TEACCHに留学された方がほとんどで、そうでない方も実践を積みさらにその上に大学院で勉強されています。だからみなさん安心して来て下さい」と言いました。

 そしたらその大学教授「1年くらいではわかりません。6年くらい行かないと」だって。

 私はそれ以上は子どもの喧嘩になると思って私は反論しませんでした。
 まあ講演に来た大学教授対職場で変人扱いされてる人間との戦いですから。
 そりゃ聴衆に対して勝ち目は無い。

戦いと癒し(2)分科会にて
戦いと癒し(3)分科会の協議の時にした情報提供
戦いと癒し(4)癒し 全体会にて

特別な両親(2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



◆◇◆特別な両親がシェアする。−私が学んだこと−(2)◆◇◆

○けしてあきらめないで。
 あなたがいて、刺激や励ましや愛を与える限り、あなたの子供は伸び続けます。

○セラピストに脅されないで。
 彼らは、あなたに示唆を与えるためにいるのです。だから、彼らと話しなさい。彼ら
 にあなたの感情を伝え、あなたと強さと限界を伝えなさい。できることをして、達成
 したことを喜びなさい。達成しなかったことに罪の意識を感じてはいけません。あな
 たはセラピーを終わらせることもできます。すてきな両親でいることが第一です。セ
 ラピーの役割と平和を受けいれ、あなたの子供と楽しい時を持ちましょう。

○いつかすればいい。今は最低限のことをしよう。
 あなたは疲れ果て、ストレスを感じ、最低限のことしかできないかもしれません。だ
 から、最低限のことをしなさい。他に何もしなくていいです。前夜疲れ果てお手上げ
 状態になったとき、次の日は子供の世話をしながらも、よけいに睡眠をとるようにし
 ました。感情的におかしくなったときも、子供の世話以外なにもしませんでした。そ
 れでいいんだと私は学びました。あなたはスーパー保護者である必要はありません。
 あなたは人間です。

○あなたの子供の内的な強さから強さをもらいなさい。
 あるおかあさんがかつて私にこういいました。「もし私の娘が治療にいき泣かないで
 すごせたら、私だってできるわ。」私の子供はファイターです。彼は強い。そして、
 私たちは諦めない。

○子供を持ったことを喜びなさい。
 子供を持たないいく組かの夫婦は嫉妬するかもしれませんよ。「他人の庭は青い」と
 いうことわざがあります。あなたが持てたものを喜びなさい。

○ペットを無視してはいけません。
 彼らに注意を向けなさい。そして彼らがあなたの子供を知るように援助しなさい。そ
 うすれば、彼らは家族の一員となり、子供に刺激を与えるのを手伝うでしょう。

○特別な瞬間を味わいなさい。
 はじめて子供を腕の中に抱いたとき、彼の満足を感じ、彼への愛を感じました。それ
 は素晴らしいものでした。絆は育っていきます。壊されないし、時と共に強くなるだ
 けです。

○子供といるときは、忍耐強く、優しくいて下さい。
 あなたの子供は障害を持ちたいと思ったわけではないのです。あなたのフラストレー
 ションを子供に向けないで。

○世界の美しいものに気づきましょう。
 他のことを忘れるほど子供の世話に打ちこまないで。輝く夕日や花の香りや冷たい雨
 のシャワー、見知らぬ人の微笑みの中にさえもある平和に気づきましょう。あなたの
 子供と世界の美しい物を共有しましょう。

○ハッピーでいよう。
 あなたの人生を受け入れましょう。あなたの人生は人と違うものですが、他の人生よ
 り素晴らしくないということはありません。人生は旅行、冒険であって、運命では
 ありません。あなたが作るものです。あなたの子供の問題を、克服するための障害と
 とらえる見方を学びなさい。我々は子供の人生を障害物競走と呼びました。彼が走る
 のを助けるでしょう。

○あなたの洞察を記録しなさい。
 あなたはあなたの子供と一緒に成長するから、あなた自身の個人的な知見を発見する
 と思います。それらを書き記し、しばしば読みなさい。それはあなたを強くします。
 

 これらは私を一度ならずも助けたいくつかの考え方です。我々は子供を前にみながら
 人生を送ります。そして、もっと多くの励ましの、不屈の言葉を集めていくでしょう
 子供はとても幸福な子供で、日々進歩しています。人生はいつも簡単ではない。けれ
 ども、怠慢で退屈でもありえません。我々は彼と共に人生の冒険をします。それはな
 かなか素敵な場所です。私たちは満足し、幸福で、そして特別な両親です。
     
                          (「特別な両親」終わり)



特別な両親(1)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 kingstoneです。


 障害児教育フォーラムの自閉症会議室で○○さんが紹介して下さった文です。
 序文を含めて紹介します。

-------------------------------------------------
自閉症のお子さん2人をお持ちの友人が
紹介してくれた記事があります。
アメリカの「Exceptional Parents」という雑誌にのっていたものです。
賛否両論あるかと思いますが、私の友人はいたくこれがお気に入りでした。
脳性麻痺とてんかんのあるお子さんのおかあさんが書いたものです。
長いので、2つに分けて出します。
訳は私なので、若干(かなり)いいかげんですが。(続く)

-------------------------------------------------

◆◇◆特別な両親がシェアする。−私が学んだこと−(1)◆◇◆

○その時できることをしよう。
 私たちは、その都度できることしかできないのです。

○必要な時、必要なだけ泣きなさい。
 あなたの感情を解き放ちなさい。友達、家族、援助者のグループ、セラピスト、誰か
 に話しかけなさい。ファミリーカウンセラーとの話は、夫と私との間のコミュニケー
 ションチャンネルを開いてくれました。おかげでずっと自由に楽に話せるようになり
 ました。

○がっかりしないで。医者がすべてを知っているわけではないのです。
 素敵なことはこれからも起こります。これらの言葉をどこでもあなたがいつも読める
 ところに貼っておきなさい。

○十分な睡眠をとりなさい。
 うたた寝をしなさい。あるいは健全な睡眠がとれるように、誰かに子供を見てもらい
 なさい。それは、あなたの感情を調和のとれたものにするために必要なのです。

○自分自身を甘やかしなさい。
 特別な人のように自分自身を扱いなさい。人々は私に言いました。「赤ちゃんの世話
 をしたら?」私は彼等に尋ねました。「私のことは?」あなた自身のケアをしましょ
 う。あなたの内的な自己を無視するほど子供の世話に没頭してはいけません。あなた
 は、あなたの子供、あなたの家族、そしてあなた自身にとって重要な存在です。です
 から、あなた自身のために何かするようにして下さい。散歩に行き、泡のお風呂につ
 かり、好きな本を読みましょう。手芸をしたり、ギターを弾いたり、ダンスをしたり
 なんでもいいから。あなたを特別な人にする全てのことを楽しみましょう。

○家事を忘れなさい。
 今子供の世話をし、子供を楽しみましょう。家事はずっとそこにあります。

○忘れないで。今この時こそが貴重です。
 問題が起きたときに考えればいいのです。将来の問題の可能性について思い煩うのは
 やめましょう。「もし…」ということにとらわれてはなりません。我々は今日と共に
 生きているのです。今日あなたの子供を愛して下さい。

○あなたの直感に従いなさい。
 ほとんどの場合、両親が最もよく知っています。最高の医者よりも知ってさえいます
 つまり、あなたはあなたの子供について、誰よりもよく知っているのです。あなたの
 内面の声に耳を傾けなさい。

○ユーモアのセンスと知性を保ちなさい。
 特別な子供を持つことは常にたやすいとはいえないけれど、そうしたハンディのある
 生活を夫も私も愛します。

○あなたの配偶者と一緒にいる時間を作りなさい。
 少なくとも週に1回、数時間、互いに一緒にいて下さい。あなたの結婚を生き生きと
 した力強いものに保って下さい。あなたが全てに打ち勝つことができるように。

○一番新しい医療記録を残しなさい。
 評価、薬のリスト、主治医の電話番号をいつも持ち歩きなさい。お子さんが入院する
 とき、非常に重要な情報になります。

○誰にでもたくさん質問しなさい。
 怖れてはいけません。何が起こっているか、あなたとあなたの子供は尋ね、知る権利
 があるのです。

○あなたの子供を他の子供と比較してはいけません。
 このことは難しいかもしれませんが、必要なことです。どの子も「スペシャル」なの
 です。もしあなたの子供が他と違った基準で成長したとしても、それがどうしたとい
 うのです。あなたの子供が成し遂げたことは、素敵で特別なことです。それが「健
 常の」子供より、より努力してできたことだからです。あなたの子供と彼の成し遂
 げたことに誇りを持ちなさい。

○罪の意識を感じたり恥じたりしてはいけません。
 人々に、あなたの子供が特別なニーズのある子供だということを伝えなさい。質問
 に対して寛大でオープンでいて下さい。人々が障害を理解するよう援助しましょう。

○自分自身を信頼しなさい。

○最善をつくして希望を持ちなさい。(続く)



6月27日(日曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 曇りです。