私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年06月25日

やっぱり聞いてみることも大事だよなあ、という話(4コマメモで選んでもらう)

 最近、Twitterなどでは保護者の方に

「あんまり(お子さんに)聞きすぎないでね。ウザくなるといけないから」

なんてことを言うことも多い私です。でも、やっぱり聞くことが必要な時もあるよなあ。


カメ家のいつもの毎日さんの

ずっと気になってたんだぜ!

から。

 この場合、選んでもらうのをおめめどうの「選ぶメモ帳」ではなくて「4コマメモ帳」を使ってはります。でもって大事(と私が思う)なのは、お母さんが聞くのではなく、その選択場面で教師が聞いていること。まあ当たり前と言えば当たり前ですが。

 ここでは「4コマメモ帳」の枠がなかなか良さそうだ、とコメントに書かれてますね。

 もともと「4コマメモ帳」は、自閉症の人にものごとの「起承転結」を伝えるために開発されてますけど、こんな使い方もできるんだなあ。(注・対象は自閉症の人と限らないらしい)

 いつものことながら悩ましいのは、あっそうか、とわかれば別に購入しなくても、紙とペンがあれば同じようなことはできちゃいますね。ただ上にも書かれているように、商品には実のところ枠の色とかかなり細かいノウハウがつぎ込まれているのですが。それと「いつも同じ枠組みで出てくる」というのが自閉症の方にはわかりやすいと思われます。

注・「聞きすぎ」が問題であって「聞く」ことは大事だと思います。保護者の場合でも。

四コマメモ
$kingstone page-四コマメモ



超有名大学の超有名教授がやって来た2

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。
 

※最近のエントリーの流れからするとちょっと後になります。

 kingstoneです。

 地域の特別支援教育課が特別支援教育担当者や新担任者向けに講演会をしました。講師は超有名大学の超有名教授でテーマは「自閉症児を理解する」

 私は時間の無駄だと思って参加しませんでした。


 同僚Bさんには「私は行く気がしない。しかしあなたは行って自分で判断して」と送り出しました。

 レジメを見せてもらいましたが、行かなくて正解。「教えこむな」(これは一部分では私も同意見)で、本人が安心してれば自然と自ら学ぶ、みたいな話でした。

 どないしたら本人が安心できるか、どうしたら本人が理解しやすいか、みたいな話はいっさい無しみたい(レジメ上は)

 講演の終了後、質問になった時にご自身障害のあるお子さんをお持ちだという先生が立ち上がり、鼻で笑いながら「あなたはどれだけ子どもを見ているのか。答えてもらわなくていいけど」と言ったとか。

 超有名教授は「学問的にしゃべってはいけないと言われると・・」とかなんとかようわからん答えをしたそうですが、教育委員会の方があわてて「これで質問を終わります」と打ち切ったとか。

 教育委員会の人も、何事かを感じ取り、学んでくれたら嬉しいんだけどな。

超有名大学の超有名教授がやって来た
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追記
 この後、超有名教授が講演に呼ばれることは無くなったと思います。

 ネットで調べると、超有名大学は出られてますが、まだ大学で児童に関わる人たちを教えてはりますね。う〜ん。

超有名大学の超有名教授がやって来た
植芝盛平翁と出口王仁三郎師から特別支援教育教師と超有名教授へ



超有名大学の超有名教授がやって来た

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。
 
※最近のエントリーの流れからするとさらに昔になります。

 kingstoneです。

 今日は、うーーんと・・・地域の特別支援教育初任者研修というやつでした。私の学校の教師は開催校なので全員出席。そこで超有名大学の自閉症研究で有名な超有名教授の講演がありました。

 「自閉性障害のある子どもたちとのかかわりについて」

 はーーー、ためいき。

 まず「私に具体的対処法などが聞けると思う方はあきらめて下さい」とおっしゃり、まあ何というかいわゆる何をするにしても基盤となる考え方を教えて下さった、と思ったらいいのかな。

 教師はその「具体的」部分で苦しんでいると思うのだけど。

 例えば「子どもに能力が欠けている、という考え方ではいけない」ってのは「そこで教師なり親なりが対応を考えなくなり、反復の訓練で身につけさせようとしかしなくなるから」ということだそうです。

 しかし「子どもに(ある部分の)能力が欠けているから、そこの部分はあまり使わず、得意な部分で関わりをつけていく」ということなら「欠けている」と考えてもいいわけだと私は思いました。

 それから「脳に障害がある」という考え方は親がその時点で自分で何かをすることを放棄してしまうから駄目、ということも言ってはりましたねえ・・・。でも「障害がある」だから「どうしたらいいか考えよう」って考え方がいいのではないかと私は思いましたが。

 たとえばこの超有名教授の場合は「自閉症」と(医者も)親に言ってはいけない、という考えです。

   追記
    もう、今はそんな考えは特別支援教育界にはなくなっていると思います。
   この講演の当時も、もう古い考えになってきていたのではないかと思います。

 ただ後では「健常児と同じ枠組みで考えてはいけない」「教師の(つまりは今までの学校文化)の枠組みで考えてはいけない」とか言ってはるから、つっこみは入れませんでした。

 で、○○さんと親しくつきあい、お互いに影響を与えあっている、というのをたいへん嬉しそうに語ってはりました。単なる学者は実践しないが、彼は母子に関わるという実践をやっていて母子関係の改善でたいへん効果をあげている、とのこと。

 単なる学者・・・これはあなたのことですか?

 ・・・・・○○さんは昨年の地域の講演で「自閉症が認知の障害だあ。そんな馬鹿なことはあるはずがない!!」と吐き捨てるように言って下さったよなあ・・・・。

 で、最後に「私の考えの対極に、反復して訓練するというような考え方があり、私もよく喧嘩しています。しかしまあそうお考えの方は煮詰まるまでやれば良い」というようなことをおっしゃってました。

 たぶんその「反復して訓練する」の中に応用行動分析やTEACCHを入れてはるのだろうなあ、と思いつつ、はっきりとは言わないからこっちもつっこみは入れませんでしたが。

 で、応用行動分析にしろTEACCHにしろ「反復して訓練する」というイメージとは違うよなあ、と思っていました。

 具体的な対応というかエピソードは、最初に宣言された通りほとんどありませんでしたが、終わり頃にひとつのエピソードを話されました。

 ある施設の施設長さんの部屋を訪問した。二人にお茶が出された。自閉症の人が入って来てお茶を取り、口に含み施設長さんと超有名教授にプーッとお茶を吹きかけた。施設長と超有名教授はにこにこしていた。

 ・・・それって語るべき「素晴らしいエピソード」なのか・・・

 で・・・びっくりしたのが質疑応答の時間に手が複数上がって「今まで実践で行き詰まっていました。先生のお話を聞いて癒され元気が出て来ました。また実践に取り組めます」「感動しました」という感想が出ていました。質問は無し。私は・・・困ったもんだ、と思って聞いていました。

 そういや「パニックも、おそれるからいけない。どーんと構えていれば、無くならないまでもずいぶんパニックは減るのだ」とも・・・

 いや、もちろん「どーんと構える」は大事なんですけどね、パニックになるのは何故かを考えて起こさなくていい環境を作っていかなきゃ。

 昨年、今年と見ていて要するに地域の特別支援教育担当者のえらいさんの主流はそっちなわけですね。ためいき。

 現場で苦しんでいる先生のことをどう考えているのかなあ。

 実は今日の研修に参加するために別の小学校の特別支援学級の先生も来られていて、先日「自閉症のひとたちへの援助システム」を買って頂いた先生も来られていました。

 その先生、ひたすらパズルをしつづける自閉症のお子さんとどうかかわっていいか困ってはったのです。で、「〜援助システム」を見て、教材を工夫してみたら、いろいろ子どもがのってきてくれた、という報告を頂きました。

 またそのお隣に座ってはった先生は、パニックばかり起こしているお子さんとどう関わっていいかわからず、ひたすら体力で勝負できるようによく眠りがんばってきていた、という先生なのですが、たしか全情研でTEACCHでの関わり方を知り、絵カードで「着替え」などを伝えたところ、今までのパニックが嘘みたいなさっさとやりだした、という先生です。

 私は身の回りで小さくいろいろ積み上げていくしかないよな、と思います。

 現場に役に立たない講演ばかりするなよなあ>教育委員会

 でも・・・ほんま「感動した」「元気を貰えた」という声が多い・・。

 私も自閉症児の保護者の□□さんに罵倒されるくらいには「力動派」ではあるのですが、この現状は困ると思う。

超有名大学の超有名教授がやって来た2
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追記
 ひょっとしたら、はるか大昔にあちこちで(?私自身は私の周囲しかわからないのですが)「威嚇と暴力」や「無理矢理やらせる」などの指導が充ち満ちていた時に、一定の役割を果たしはった可能性はあるかもな、とは思います。

 後日、本屋さんで御著書を立ち読みしてみました。分厚い立派な本でした。自閉症についてあれこれ思索してはりました。もちろん買いませんでした。

植芝盛平翁と出口王仁三郎師から特別支援教育教師と超有名教授へ



カードを拒否するそぶりがあること

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

 >》お子さんがどうもカードを拒否するそぶりがある
 >
 > それはカードを意識しているということですから、むしろ認識的にOKということ
 >につながる可能性大ですね。

 そう思います。

 > 問題は「何を嫌がっているか」でしょう。
 > 案外カードを嫌がっているのではなくて、それに付随する何かだったりします。

 ええ、それもあります。

 そして、前回書いたみたいに「私、別に表現なんてしたくない。なんで無理にさせるの」みたいなのもあるのじゃないかなあ、という気はします。特にA君には感じました。「ツツ」という声と指さしで全部便利に周囲が動いてくれていたのに、なんでわざわざカードを見て考えて言葉を出さないといけないのだあああ、という感じですね。(A君の場合はカードを参考にちゃんと音声の言葉を出すレベルでしたから)

 > 私の昔関わった子どもは、指示されるのが嫌で、言葉掛けはOKなんですが、カー
 >ドはとても嫌がりました。というか、明確に拒否するんです。逆に言うと言葉はもう
 >一つよくわからずにファジーに受けとめていたのでしょう。

 おう。面白い。

 > 今回がそうかどうかはわかりませんが、無関心より拒否の方が指導の切り口とし
 >て、私は「やった!」と思います^_^ > 

 そうそう、ほんま無視ってのは応えます。

 > ケーキ食べる?だったら喜んだりして^_^ 逆にお風呂入りなさい...は嫌がっ
 >たりして..。

 あはは。そうそう。ほんま何が好きなんだろう、ですね。
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追記
 カードを使うなど、その子にとって新しい表現方法を使うのは嫌、みたいなこともありがちだから余計に「本人の得する」ことで使っていくことが必要になってくると思います。


伝えるのは別にカードにこだわらず。でも使えるようになると世界が広がる。

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 昨日は展示の方もどうもありがとうございました。

 みなさんが現実に目にされたことで、いろいろ参考になった部分も多いことかと思います。

 > カードのお話ですが、はじめは□□も、本当に嫌がり、投げたり、破ったり
 >(その頃はコーティングをしていませんでした)、食べたり?もしていまし
 >た。

 あっそうですか。
 実はA君もC君もそんなところがありました。

 カードを使って表現してもらおう、というのは能動的に何かをやってもらおうとすることですよね。

 東京でドナさんの講演を聞いた人から「何かをしようと思った時、自分が能動的にその行為をすることに耐えられない気持ちになる人がいる」という話もあった、と聞きました。(fedhans)

 この「耐えられない」という気持ちの壁を乗り越えさせようとする行為なのかもしれない、というのは前から思っていました。もちろん繰り返しているうちに、平気になり、この表現行為が無くてはならないものになる、という方もおられるのでしょう。

 A君の昨年の担任さんがカードなどを「使わせよう」としなかったことに、まあいろいろ情報は出したけれど「使わせないといけない」と強く言えなかったのはそのあたりもあります。

 乗り越え(?)方もお子さんによっていろいろだろうな、と思います。
 
 > 別にカードだけが全てではないけれど、でもカードが使えるようになると、
 >まず携帯が出きるようになるし、現物がなくても、表示、表現できるという利
 >点があります。大人が楽になるというよりは、子どもの世界がグッと広がると
 >思います。

 そうそう。まあでも「だから使えなきゃ」と目を三角にする必要もない、というあたりでしょうか。

 > なんでもそうですが、子どもが喜ぶことからはじめないと、うまくいきませ
 >ん。

 ですよね。



支援グッズ製作会のハンダづけボランティア

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、おひさです。
 kingstoneです。

 わあ、○○さんとお会いできるのですね。
 80パーセントくらいの確率で(笑)

 > 都合がつけば、ハンダゴテ持参で応援参加します。

 おお、半田づけボランティアとして参加して頂けると。
 ありがたいです。

 > 材料は別にいりません。回路だけ教えてね。
 >(当日不参加者があれば、材料も)

 うふふ。昨日ボランティアさんたちも誘ったのですね。
 で「ライトタイマー作りたい人」って聞いたら一人もいなくてsyunさんがずっこけてはりました。(爆笑)

 でも、そらしゃあないわなあ。いったいそれがどういうふうに役に立つものか、製品(商品)版だとどれだけお金がかかるか、とかいうあたりピンとけーへんもんなあ・・・

 だいたいハンダづけ体験のある人は、我々の時代と違っていないんじゃないかなあ。
 中学の技術の時間にやってるだろうか?

 あっ、保護者で新たに「ライトタイマー制作希望」の人も昨日は出てないよね。ひょっとして「自分で作る」と思ってびびりはったかな。

 > ハンダ吸い取り線とか、電動吸い取り機とかニッパとかテスターも
 >あるけれど、多分いらないでしょうね。

 ニッパはあると便利かも。ハンダ吸い取り線は私も持っていきます。手動吸い取り器は壊れてたかな??テスタは私も持って行きますので・・・ってちゃんと動くのだろうか・・・まあsyunさんも持ってきはるかな。




伝えるのは別にカードにこだわらず

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 昨日、自閉症児託児「れもん」の最中、ある方から物陰に呼ばれました。

 一瞬活動へのクレーム(もちろんそういうのあったらみなさんどんどん言って来て下さい)かとひやっとしましたが、お子さんについての相談でした。で「物陰」での話にも関わらず、大事だなと思うのでここに書かせて下さいね。

 お子さんとカードコミュニケーションの前段階として具体物とカードのマッチングをしている。(もちろん、とってつけたようにではなく、ちゃんとそれを使う機会を利用してやってはります。すごい!!)

 でもお子さんがどうもカードを拒否するそぶりがある、どうしたらいいのだろう、という話でした。

 これについても対応も、お子さんによっていろいろ変わると思います。お子さんにより、時期により、嫌がっても使わせる、ということもあるかもしれない。

 しかし、別に無理にカードを使わなくても、お互いがより楽にコミュニケーションがとれたり、行動できたりが大事なのだから具体物で抵抗が無いなら具体物でどんどんやってみたらいいんじゃないか、というようなことをお答えしました。

 トイレだったら、初めは「トイレットペーパー丸のまま」でそれで十分意志疎通ができるようになったら「折り畳んだトイレットペーパー」でもいいだろうし。

 また無理してカードを使わなくても、トイレの写真、トイレットペーパーの写真なんかもさりげなくそこらへんに置いてある(無理に使わなくても)なんてえのもいいかもしれません。

 よくある間違いが「TEACCHはカードを使う」というやつです。

 確かによくカードを使いますが、カードを使うのは目的ではなく、前にも書いたけど「お互いが楽にコミュニケーションがとれる」そして「できるだけ自立的(人から指図されるのではなく)に動ける」とかいうのが目的であり、カードは手段にすぎません。

 目的を達成するために一番いい方法を試行錯誤して見つけていくわけですね。そのためには具体物でもいいわけだし。はたまた音声言語で全部いける方だったらそれでもいいわけだし。(なかなか自閉症の方ではそういう方は少ないでしょうけど)

 で、相談をかけて下さった方の場合、「拒否するそぶりがある」というのをきちんと受け止めてはるのがすばらしいと思いました。




自閉症児託児「れもん」でエアコンの吹き出し口を壊した件

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。
 kingstoneです。


 >これって□□ですか、、、。

 あっ、わかりました?(アセ)

 って言っても、窓の横のエアコンの空気吹き出し口の上を歩いていて格子状になった覆いがひとつ壊れてしまった、というやつで、以前に私がやった、演台に机をぶつけて穴を開けた、というのに比べるとかわいいもんです(笑)

 でね、やっぱりこっちの環境の作り方、やっていいこと悪いことの伝え方が悪いわけですから。今日の担当のボランティアさんと、今度はどんなふうに伝えてみようか、と話し合いました。

 でっかい紙に赤マジックで×を書いてエアコンの上に乗らないことを伝える、とか。

 で、もちろん「×」だけじゃなく、「こんなことやったらいいんだよ」というのも伝えたいですよね。またアイデアがありましたら、私やボランティアさんに教えて下さい。

 なお、帽子を被り続けることができるようになったのも□□君です。
 すごい!!

 >帰りの挨拶も一応頭を下げていたし、、、。終わったという区切りがあったから
 >でしょうか、終わるまでは走り回ってたけど、「おわります」で、△△に飛び
 >ついていった□□でした。

 わっ、嬉しいな。

 できる限り、個別対応でやって行こう。
 でもせっかくみんな集まったのだから、最初と最後、みんなで挨拶するのは大事にしよう、という思いでやっています。



支援グッズ製作会の運営のお金をどこが出すか、という話2

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 ありがとうございます。

 >ラミネートフィルムとか、光沢紙とかの消耗品部分を、3000円位を限
 >度として研究科で支出するというので、どうでしょう?

 うんじゃ、初期投資部分として3000円寄付して頂けると。
 そりゃ、めちゃありがたいです。
 では、明日貼るポスターの共催に研究会も入れらさせて頂きますね。

 >KingStoneさんて結構細かいのね。

 いいええ。なんて言うか、心配性なんですけど、でもどっかに穴が開いてて、お金は結局出るだけ出て行ってしまいます。あるいはうまくいかないのだけど、みなさんのおかげで何とか形が整うとか・・・

あっ、ただ自慢を言うと、たぶんOさんなんかも同じだと思うのですが、学校の事務室からの信頼は絶大だったりします。よく事務室を訪れてコミュニケーションをとっている、ということと、少しでも
安いところでかつ生かして使えるものを購入するという点で努力している、というのは認めてもらっているようです。


 > 講師のかたの謝礼は、とりあえず今年度は年度当初に決めた基準でやったら
 >いいと思います。

はい、これはもちろんそうですね。
 ただし検討は今年度中にやっておかないと、来年度動き出せないすから。



6月25日(金曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 薄曇りです。

 現在デンマーク戦後半。2−0で勝ってます。


posted by kingstone at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする