私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年06月23日

今日は病院

 今日はうつじゃない方の病院に行ってました。

 新しい薬が出ました。

 以前も薦められてたんですが、その時は「高いし、早く死んでもいいし」と断っていました。

 主治医は「早く死のうと思っても、その病気は早くは死ねません。だらだらと苦しみ続けて長く生きます。この薬を飲めば楽に長生きできて、その間に別の病気でポックリ死ねる可能性が高くなります」とおっしゃいましたが、価格のこともあり「別の安い薬で様子を見ましょう」ということにして下さいました。

 この度、やっぱり悪くなっているので飲みましょう、と薦められて飲むことにしました。

 その間に助成制度もできて少しは負担が軽くなったみたいです。

 最近また体調が悪くなっていたのですが、そのことを相談すると「それはうつの方でしょう」とのことでした。何か、ほっ、としました。

 ま、そんな感じです。




posted by kingstone at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

JIN−仁− 第6話・第7話

−−−−−−−−−−以下ネタバレ−−−−−−−−−−−−−−−


 仁は医学館(本道(今で言う漢方)に呼びつけられます。

 洪庵先生たちは呼びつけられるのはおかしい、と言いますが仁は「一度行ってみたかった」と言って行きます。

 話し合いをしている最中に福田玄孝が腹痛で倒れる。仁は「胃潰瘍穿孔」と診断し、すぐに手術を。嫌がる福田に上司である多紀元琰 は「お前が死んだら責任者のわしも腹を切る」と言って説得します。

 前回のJINのエントリーのコメント欄でも「腹を切る」は話題になりましたが、実際江戸時代の人だと何かにつけて「腹を切る」と言う感覚はあったのかもしれない。しかし多紀は奥医師であり、武士では無いけれど・・・武士でなくてもこんなことを言ってたのかな?

 手術は成功。

 佐分利(西洋医学所の書生)のメスが前回切り刻まれていた女性の部屋から発見されます。佐分利は女性を治療し、亡くなった後腑分けすることを納得してもらった上で腑分けしたことを告白。しかし腑分けはお上の許可(しかも年2〜3件)のいること。ドラマの中で、当時それほど問題視はされていなかったようなことが示唆されますが。

 これは今なら倫理委員会を通さずに新治療を試みたようなものか。「医術の進歩のため」という佐分利に洪庵先生は

「道を開くということは自分だけの逃げ道を作ることではない」
「『人殺し』『出て行け』と石のつぶてを投げられながら『種痘』という道を開いて来ました」

と諭します。う〜む、絵カードをコミュニケーションに使うことに重ねて見てしまう。

 ここからが私にはよくわからない。洪庵先生が佐分利とともに西洋医学所を退くことで解決しようとするが、仁が「体のことを知らねばと言った私の責任です」ということで罪を被ることで洪庵先生と佐分利が退かなくてもいいようにする、という話の流れなのですが、別に仁が責任を取ったからといって、洪庵先生たちの責任が周囲から追及されなくなる、というもんでもなさそうな気がするが・・・

 ペニシリンのことを後のみんなに託して去る仁に龍馬が

「頼まれもせんのに、この日の本の国をもっとええ国にしたいと思うちょるがは、生まれて来たからには何かやってやりたいっちゅう欲からじゃ」
「先生には欲が無い。心配じゃ」

と言います。まあそんなこんなで仁は去るわけですが、命をねらわれます。野風からの手紙により咲が危機一髪の所を林に匿います。刺客が「覚悟!」と斬りつけようとしたら、青カンしていた別のカップルで・・・そこらじゅうカップルだらけ・・・江戸時代ってラブホテルがあるわけじゃないし、茶屋や居酒屋の二階ってのもお金がかかるだろうし、そういうの多かったのだろうな。

 仁を護衛しに行こうとする龍馬を止め、恭太郎に行かせる勝。何故かと問う龍馬に勝は

「死にかかってるのは人ばかりじゃないんだぜ。この国も死にかかってる」

 ペニシリン作りを妨害されることに何か手だてをしないのかと問われた洪庵先生。

「恨みは恨みを買うだけやと思いませんか」

 洪庵先生は濱口梧陵(ヤマサ醤油第7代浜口儀兵衛)に援助を依頼します。その最中、ペニシリンの工房が焼失(たぶん放火)します。梧陵は、ペニシリンのタネを一株だけ守った山田順庵に開発させ、一週間で製造に成功。仁は火傷の娘の治療に成功します。

 ヤマサ醤油のペニシリン工場を訪れた仁は「(ヤマサが)あったんだ。この時代に」とびっくりし、喜びます。しかし仁はここで悟稜から洪庵先生の病(労咳)が厚いことを知らされます。見舞った仁に洪庵先生は「あなたは未来から来たのですか?」と尋ね事実を伝えた仁に洪庵先生は労咳が未来では治る病気になっていることに喜びまた

「医の道はどこへ通じるか。平らな世に通じると思います。未来は平らな世になっておりますでしょうか?」

 士農工商は無くなってますね。また未来から来た仁に

「その寂しさをお分け下さい。お恥ずかしいことに、私は大阪から江戸へ来て寂しくて寂しくてたまりませんでした。しかしあなたの寂しさは私どころでは無い」

 確かに洪庵先生は大阪を離れがたかったようです。江戸へ出ることを何度も要請されたのに断っていたとか。仁は

「私は決して孤独ではありませんでした」と答えます。

 1963年7月25日。洪庵先生は亡くなります。

 
 その頃、龍馬は海軍伝習所の資金5000両を越前(福井)の松平春嶽から借りることに成功します。

「わしは日本を今一度せんたくするぜよ」

 これ有名なセリフですが、どっかの手紙に書かれていた文のような気がする。


 仁は新たに「仁友堂」という診療所を開くことにします。


 う〜ん、ドラマに何熱くなってんだ、というところですが、いやあ熱くなる。















posted by kingstone at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

周囲の認めるリーダーシップ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 kingstoneです。

 「発達障害児者の問題行動 その理解と対応マニュアル」の中で対処するチームの力を評価するチェックリストがあります。
$kingstone page-問題行動理解と対応

 その中でリーダーシップに関わる部分。3つの設問のある中の1つ。
「大多数のメンバーは、リーダーに十分なリーダーシップがあると認めていますか?」

 大事なのは当人がどう思っているか、ではなくて、周囲の人がどう思っているかなわけですよね。これって問題行動への対処だけでなく、何を運営するにあたっても大事だよなあ、と思います。

 私は何ごとにおいてもリーダーシップは取りたくない方ですけど。




もって瞑すべし

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

 >》教育委員会を怒らせたことについて
 >
 > ははは...そんなことに一々怒る程教委は暇ではありませんよ^_^

 正確に言うと「特別支援教育課」の多数の主事を怒らせた、というところです。

 ただし私をごく近くで見知っている人、昔からどんなことを言い、やって来たかを知っている人は「kingstoneらしい」と笑ってましたけど。

 今日、同じクラスの同僚から「先日の講演会、すごく良くわかった。kingstoneさんにこの1学期の間言われていたこととぴったり同じだった。kingstoneさんにいろいろ言ってもらっていることが無かったらあれだけよくわかったかわからない」と言って頂きました。

 もって瞑すべし、というやつですね。





ダメージが結構大きかったという話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

 > あれぇ..佐々木先生とkingstoneさんはお知り合いなのではなかったのですか
 >?!書きぶりから、確信犯だと思っていましたが^^;
 > そりゃおどろかれるでしょう...言わば勝手連というわけですからね^^;

 知り合いではあるけれど、2〜3回顔を合わせたことがある程度です。事前にメールなどで許可を取れるほどの知り合いではない、というあたりです。


 >》その日のうちに校長に報告が入ったとか。
 >
 > 別にそんなこと屁とも思わないでしょう?それにそんなときに校長さんの人柄がわ
 >かるってもんです^_^ 私も結構似たようなことしてますけど、「電話あったでぇ」
 >と言われただけでした^^; いい人か悪い人かは別として、太っ腹な人であることは
 >確かだったようです。

 教育委員会を怒らせたことについて校長に謝っておかないといけないな、と報告に行ったおりに笑いながら教えて下さったことです。校長はたぶんいつもバックアップして下さっていると思います。

 「変」ということについては開き直っています。「あらま、私が変な人と知らなかったの」と普段だったら言えます。ただね前も書いたけど「空振り」になったダメージがあり、そのうえでのこととなると、結構きついもんがあります。

 やっぱり「変」と思われたくない、という気持ちもどこかにあるんだろうな。





変なやつ 私の周囲が「普通」であるのなら、そうはなりたくないという話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 佐々木正美先生の講演会の時の私の発言が、かなり物議を醸しているようです。その日のうちに校長に報告が入ったとか。

「あの変や奴はなにもんや」とかいう話題になってるとか。でもって佐々木先生も「いったいあの人はどんな人ですか(悪い意味で)」とおっしゃっていた、とのことです。私の言葉足らずもいろいろあったろうしなあ・・・

 あはは、大物をしくじったのは今年になって2件目です。
 
 まあ、ええですけどね。

 「変なやつ」だから「普通のひと」がこだわらないことにこだわったのだし、苦しまないことに苦しんだ、ということです。つらいことではあっても私の周囲が「普通」であるのなら、そうはなりたくない、という気持ちはあります。

佐々木正美先生を激怒させた?事件


レストランで○だの×だの見せて失敗した話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※最初のエピソードはレストランで席についた時に、守るべきルールを○だの×だので見せた時のものです。

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > □□にしてみれば、ごっつうお腹がすいていたわけです。そこへ、×だの○
 >だのを見せられ、「腹へってんのにこんな時にややこしいことすなー!」とい
 >う気持ちだったのでしょう。
 >私でも、そんなときに人からあれこれ指図されたら嫌やモンなー!

 ほんまですねえ。
 私もこの手の失敗よくしそう。

 でもって、視覚支援とかをやってみようと思い始めたばかりの方がほんまよくやってしまう失敗だと思うのですね。で、実は○○さんみたいに思えたらそれは素晴らしいことだと思うのですね。

 ところが、やってる方や周囲の方が「だから視覚支援なんて、あるいはTEACCHなんて駄目なんだ」と思いはるところはあるかなあ、という気がしてます。

 あるいは逆に「こうやっても混乱するこの子が悪い」とか・・

 私なんかは「それでもちゃんとやりとりになってるんだからすてき」と思ってしまいますけど。

 > 午前中の予定がかなり延び、どうも兄貴の送迎までに、買い物の時間がとれ
 >そうもなく、□□に、「買い物に行くのは、お兄ちゃんを送ったときにしよ
 >う」と提案してみると、□□は、しばらく考えたあと、自分で「4.スーパー」
 >をギザギザで消し、「買い物残念です。お留守番します」と言いました。
 > それほどまでに、「送り迎え」につき合うのが嫌なのね。気持ちは分かる。
 >
 > しかもその後、「お留守番のきまりは?」と□□から言ってくれたので、か
 >なりビックリ。今まで私からその時に見せるだけで、□□が自発的に見ようと
 >はしなかったのです。
 > それで、「お留守番のきまり」のシートを渡して、お留守番をしてもらいま
 >した。もちろん無事何事もなく…素晴らしい!

 ほんま素晴らしい!(ニコ)


時間を遅らせてしまったかと落ち込んでいた話

 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

 > 別に落ち込むことはないのですよ。

 私の落ち込みは佐々木正美先生の講演会という千載一遇のチャンスをうまく利用できなかった、という点にあります。今後の地域における自閉症の方への教育や施策を何年分かは進めることができただろうに、それを現状維持のままに留めてしまったのではないか、という悔恨です。

 行政に腹を立てているのではなく、自分自身の段取りの悪さに落ち込んでいるわけです。

 まあ聞きに行った同僚が「面白かった」と言ってくれてましたから、そういうところから変わっていければ、と思いますが。

 この同僚、昨年のセミナーがあまりにもひどいのが多くて(確かに私にも「これはええ」と思えたのは○○さんの話と、視覚障害の中野先生のくらいでしたもん。自閉症のはとんでもなく酷かった・・・)今年は聞きに行くのを止めようとしてはったのです。で私に話をしに来た時に「佐々木先生のは聞いておいた方がええで」と言ったので予定を変更して聞きに行って下さったのです。

 まあね・・・私が地域をしょって立ってるわけじゃないし、かまへん、と言えばかまへんのですが。




タフネゴシエータになれなかった

 大昔の話です。


 知的障害特別支援学校にいた頃。



 kingstoneです。

 先日の佐々木正美先生の講演会ではタフネゴシエータになれませんでした。

 反省。

 やはり、かなり早い段階で教育委員会に連絡をしておく。
 そのさい選択肢をたくさん用意しておく。
  ・本の販売
  ・本の紹介(実際に手に取ってみることはずいぶん違う)
  ・資料の配付
 どれかはokがもらえた可能性があると思います。

 あと、校長先生などにも相談しておくと「そらあかん」とかいう反応が返ってくるかもしれませんが、その反応の中から次の手を考えることができるのでやはり相談をかけることが必要だなあ、と反省しました。

 ふーーー・・・ダメージ・・・


大失敗(佐々木正美先生の講演会)

 大昔の話です。


 知的障害特別支援学校にいた頃。


※この話題もすでに出てきていますが、違うことも書いているので。


 kingstoneです。

 今日は佐々木正美先生の講演会でした。
 
 朝、控え室の階のエレベータ前の廊下で待っていたのだけど、気がついたら部屋に入ってはりました。で部屋に入ったら、佐々木先生がおられたので、研究会やTASの資料を配ること、「自閉症のひとたちへの援助システム」を販売することをお願いすると「あっいいですね」とおっしゃって頂けました。

 で、それから教育委員会の方が来られたので、お願いすると、廊下に呼び出され「そんなこと、先にこっちに言ってもらわな困るやないか。今回は売ったりはできません」とのことでした。結構怒ってはったなあ・・・

 ははは、手順前後というやつですか。
 まあ、内諾を取る、委員会に許可を取る、という形でやりたかったのですが、あきませんでした。

 質疑応答の時に私の意見として「本だけ、話だけで実践しようとするのは難しい。研究会などでも勉強してね。資料もってるし声をかけてね」とお願いしました。

 この発言した位置が悪かった。
 ホールの1番前の席で発言したのね。
 みんな後ろのドアから出て行ってしまった。
 ○○さんだけが来て下さったので資料を10部ずつお渡ししました。

 後は誰からも声かからず。

 誰もいなくなったホールの一番前の席でしばらくうつむいて座っていました。

 エレベータで帰ろうとしたら、旧知の先生と乗り合わせました。
 その先生が本が欲しいというので、資料と本を・・・でも細かいお金をお持ちじゃなかったので、資料を見て注文するとのことでした。

 この例を見ても、先生がたの流れる方向に、机を出して見て頂くようにしてたらかなり資料を取って行ったり、本を買ってくださったりしただろうな。

 ふーー、何か疲れました。
 今日は後は休んでおこう。

佐々木正美先生を激怒させた?事件



6月23日(水曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 雨です。
 外出しなきゃいけない。
 濡れますねえ。

posted by kingstone at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする