私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年06月15日

「いや」を伝えられるようになること

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 >姉や次男の場合には四六時中、あれしてこれしてと要求をつきつけて来
 >ます。小出しに煩わせることができるのですが、□□の場合にはコミュニ
 >ケーション能力の障害から、二人ほど言いたいことがいえません。ロンだ
 >って言いたいことが二人同様にあるはずです。それが溜まりに溜まって、
 >オーバーフロウしたのでしょうか。

 ほんま、私んちの5歳と8歳のもいろいろ要求をつきつけてきます。
めんどくさい、とか、もうちょっとこの仕事させてくれえ、とか思う時もあるのですが、いろいろな意味でありがたいことなのだなあ、と(余裕のある時は(笑))思えます。

 □□君にしろ、他のお子さんにしろ、言いたいことが伝えられるようにしてあげたいですよね。
 
 >確かに、「いやだ」もいえるようにな
 >ったし、いやだカードとかもよく活用しているのですが、まだまだ日々の
 >生活でストレス要因となるもののを未然に除去する努力が足りないようです。

 すごい。言えるしカードも使えるし、となっているのですね。

 >大体おなかがすいたときにはパニくることが多いので、よくないとは思いな
 >がらお菓子を与えました。また12:00も過ぎているのにもかかわらず、
 >TVゲームも少しさせました。結果的にはその後、嘘のようにけろっとして
 >朝までしっかりと眠りにつきました。

 これなんですが、私の家の場合、私は例えば退屈してご機嫌ななめになった時に「お菓子を与えるなんて」と思っていたのですが、私の母親の場合、「そういうことは必要なのだ」と与えていました。で、それがあながち間違いでは無かったな、という思いはあります。(まあうちの子どもは自閉症スペクトラムなのかどうかは?ですけど)

 ただ(たぶん○○さんのところでは大丈夫だろうと思いますが・・根拠はいろいろわかってやってはるから)自閉症のお子さんでごねるので保護者の方が困りはっておやつを与えるというのを続けた結果、ちょっとたいへんになっていた例も知っています。その話を聞いた当時は、何も提案できなかった(そのことについても他のことについても)のがつらいっす。

 強烈なオペラント条件づけをやっている、ということにも当時は思いが至りませんでした。


行事とか授業とか特別支援学校とかの話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

 > ただ、そもそも...う〜んと昔..でもないのでしょうが^^; 障害のある子ど
 >も達にも「人並み」つまり健常児並の学校行事を!ということで紆余曲折あったのだ
 >と思います。

 そうなんです。そこなんです。

 私、障害のあるお子さんも健常児の学校行事に参加したらいい、と思っているのです。そのお子さんが無理なく参加できる範囲で。つまり「部分的参加」でいい、ってわけですね。それでも参加であると。で、本人の一番いい部分をみんなに見てもらって、周囲にも認められると・・・(もちろん全部参加できるなら参加したらいいし)

 確か「障害」「不自由」「社会的不利」という障害分類から「部分的参加」とかいう名前に代えようという動きがあったと思うけど・・・(注・WHO(ICF)の障害分類のこと)

 Oさん、また調べて教えてくれない?

 なんで無理して障害のあるお子さんばかり集めて行事をやんなきゃいけないんだ、ってわけです。(でまたなんで特別支援学校を作らなきゃならないんだ、という話になるわけですが・・・でもこの意見もそれぞれの場でよくわかった教師が最善の動きをしている、と仮定しての話になってしまうから、現実というのはそうそう一筋縄でいかないことは承知しています)

 > また、保護者の方の意見も無視できません。

これも・・・例えば私なんかがつらくなるような行事であっても保護者の方が「良かったよ、先生」とか言って下さることがあるわけですね・・・ひょっとすると私の感覚が過敏すぎるだけなのかもしれません。

 またこうなったらいいな、という子ども像・学校像が教師、保護者を含めて周囲と違いすぎているだけなのかもしれません。





施設・特別支援学校の協議会に関すること

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


施設・特別支援学校の協議会とその他こまごま」に関する話題です。

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 >|地域には就学前施設・学校・卒後施設の協議会があります。
 >|これってすばらしいことだと思います。
 >
 > どのように機能しているかどうかは別として、これは本当にすご
 >いことやと思います。

 ほんますごいことやと思います。

 > 昨年度から、就業・生活支援の拠点づくり事業が試行的に始まっ
 >ていますが、そのからみでできたのですか?それともそれより以前
 >からあったのですか?

 ずーーーっと前からあります。
 少なくとも、私が知的障害特別支援学校に来た、5年前より以前からあります。
 正式名称は学校に置いてるファイルを見ないとわからない・・・

 でこの間、最大○○の数の関係校園が参加しました。しかし成人施設が「犠牲ばかりでメリットが無い」ということで2つ抜けました。このことが実情をよく反映していると思います。

 なんでみんな「メリットがあるように」と考えずに、今やってる行事の維持を考えるのだろう・・・

 > また、この協議会、具体的には、今どんな活動をされているので
 >しょう。

 全体での会やいくつかのブロックに分かれての活動をしています。

私が体験した活動は

「職員が集まって講演を聞く」
「みんなで集まって歌って踊る」
「小さな分科会に分かれて学校や園の職員が話し合いをする」(これは私は良かったと思う)
「他の校園の見学」

 それから他の学校園の見学は私の学校から他の施設を見学に行くのは協議会の係の担当ではないのですが、他の施設の場合は、協議会の係が担当しているようです。

 それからこの組織とは全然関係なく、私の地域には、かつて「○○研究会」というそれこそ全ライフステージ・全障害を網羅した情報交換の場がありました。ご存知ですか?これはどうやらかつて児童相談所におられた1指導員さんのかなり個人的な努力があって続いていたもののようです。

 残念ながら、その方が「とばされた(?)」とかで無くなってしまいました。




特別支援教育を受けている子が一堂に会す行事について

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 下にリンクを貼ってる「すっごい規模で集まって」に続いた話題です。

 ○○さん、どうもです。
 KING STONEです。

 >だったらもっともっとわかりやすさをもりこんでやってほしい、とつい思ってしまい
 >ました.。うまく言えないけど、社会の自己満足・・・・・みたいに漠然とだけどか
 >んじました。
 >お金もかかってるんでしょうね。
 >
 >今年の冬も、あれに参加したら、またなんだかねえ・・と思ってしまいそうです。
 >ちょっと文句をいいたいなあ。

 やっぱり保護者の意見を伝える必要はあると思います。

 教師はみんな「熱心」に「いいこと」だと思ってやっていると思います。

 またそれであたりまえと思っているから、最初はなかなか言ってもわかって頂けないと思います。

 たぶん、日々の授業や生活も同じようなことがあるのじゃないかな。

 で、「わかりやすく、個人のテーマを考えて」やる、というのもひとついいことなんですが、今の体制でそれを望むのってちょっとむつかしいかも、となんかブルーに考えてしまう私です。

 つまりとりあえず「やめる」ところから考えた方がいいんじゃないかな、と・・・でもっともっと日々の授業・生活(学校も家庭も含めて)を考えていくところからやらないとなあ、って思います。

 たぶん私はとんでもない教師なのでしょう・・・



私の参加した宿泊行事の場合(「すっごい規模で集まって」への代案)
すっごい規模で集まって

ADHDの発生率(みんなが俺も、俺もと言い出した話)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※ADHDについて特別支援教育の授業で習ったという人が「しかしそうすると私もADHDかもしれない」と言いだし、エピソードを聞いてみるとまったくそうで、しかもいろんな人が「俺も、俺も」「私はアスペルガー症候群」とか言いだし、そしてやっぱりエピソードを聞いてみると「そうやなあ」という話があって。

 >先生、さぞ大変やったやろなーーーー。でも、それでも1割。
 >
 > うーん・・ほんまや。

 えーと、2割とのことですが、太田昌孝著・大月書店の「多動症の子どもたち -ADHDの正しい理解と適切な対応のために

によると発生率はアメリカの統計によると3〜5パーセント。
日本やイギリスでは調査の仕方の違いもあって1パーセント。

 となっていますが・・・あ、後ろの方に

(引用開始)
 アメリカの診断基準(DSM-W)を使って「ADHD」の症状をもっているかどうかだけにかぎって調べてみると、アメリカ人たちはだいたい20パーセントくらいが「ADHD」かもしれないという結果になってしまいます。それではあまりにも実情にあわない話になってしまいますから、症状だけではなく、まわりとの不適応を起こした程度がどのくらいか、ということも一緒に見ていかないといけません。そこが重要なことだろうと思います。
(引用終了)

 とありますね。


「注意欠陥・多動障害、半数は社会環境的要因に関係」という記事について
養育環境とADHD、スクールカウンセラーの保護者会での説明
こども時代の思い出
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 「俺も、俺も」と言っていた人たち、それぞれ子どもの頃は自覚なしです。でもなぜか周囲(特に学校の先生)が困っていたと。でまあそれぞれあまり周囲を困らせない手段を自分で見つけて(?)適応していった、という感じですね。本質的にはあまり変わってないようでした。


「私が描く絵」への評価(「れもん」の看板をめぐって)2

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※自閉症児託児活動「れもん」の看板を作ったらどうか、という話です。



 kingstoneです。

 >『れもん』のイラスト、描かせて頂きます!!
 >kingstoneさんが『私が描くわ』と
 >言う前に、、、!(キャー、ごめんなさい!)

 あはは、よろしくお願いします。
 もうお願いできるとこはお願いしちゃいます。

 スキャナで取り込めば、小さいサイズのカードやシステム手帳用
なんかも作れますね。

 パウチはA4までOKです。



 今、介護体験実習の人たちが来ています。
 今までは、いつもれもんのボランティア募集なんかもしたけど、今回はまだそこまでエネルギーがありません。



たった一人のバカ(リーダーとフォロワー 「裸踊り」)

 ブログテーマはよしなしごとかな、とも思いつつ。

 鳩山元総理のつぶやき「裸踊り」

 私は日本におけるTEACCHについて、もちろんフォロワーです。

 地域では踊りだしたたった一人のバカだったですね。

 一緒に踊ってくれる人もだんだんできてきました。
 根付いたか、どうかはわかんない。




「喫茶去」(きっさこ・・・まあお茶をいっぱい)

 ブログテーマは「よしなしごと」かもしれません。



「喫茶去」(きっさこ)

「まあお茶をいっぱい」



 いろんな困ったこと、困った人に出会う時

「まあお茶をいっぱい」

っていいかもしれません。

 禅の言葉。「趙州禄」にあるそうです。

 私も「それ禅問答やあ」と言う時があります。別に貶めている気はありません。「具体的にはわかりにくい。あれこれ背景やなんやかんや考えたり感じたりしないとわからないやりとり」という程度で考えています。で、そういうのもとても好きだったりします。

 この言葉は具体的にわかりやすそうですね。
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必要ないかもしれないエピソード

 趙州和尚(778〜897)は2人の新到(新参者)の僧にたずねる。「前にもここに来たことがおありか」「来たことはありません」「お茶を召し上がれ」。また他の新到にたずねる。「前にもここに来たことがおありか」「来たことがあります」「お茶を召し上がれ」院主(寺務総長)がいった、「老師、はじめて来た者に『お茶を召し上がれ』といわれるのはよいとして、前にも来たことがある者に、なぜ『お茶を召し上がれ』といわれるのですか」。趙州は「院主さん」と呼んだ。院主は「はい」と返事をした。和尚はいった、「お茶を召し上がれ」。

「一日一禅」より。

一日一禅 上 (講談社現代新書 473)/秋月 龍岷

¥550
Amazon.co.jp


posted by kingstone at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サイボーグ009の最終回(はやぶさの帰還を見て)2

 サイボーグ009の最終回(はやぶさの帰還を見て)

を書きましたが、同じことを思った人はたくさんいるようで、Twitterのつぶやきや、私のブログに「009」で検索をかけて来て下さる方がいます。

 何か嬉しいです(^-^)/


posted by kingstone at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6月15日(火曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 曇りです。
 梅雨らしい空です。


posted by kingstone at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする