私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月30日

知的障害児・者対応のヘルパーさんの料金

 今だと、ヘルパーさんが受け取る料金は時給800〜1000円ですが、支払う
方はどんなもんなんですかね。地域にいろんなNPOや社会福祉協議会の
ものなどありますが。

 下記は大昔の話です。


 さる方に札幌の知的障害児・者向けヘルパーさんの料金をお聞きしました。

 ここはもと施設指導員さんが独立して開業し、それまでのコネで
退職した施設職員さんとか学生さんとかをうまくコーディネートして
これで生活を立ててるそうです。

 年会費 3万円
 外出など1時間900円

 このくらいはいるわなあ。
 生活を立てようと思ったら。

 横浜の斉藤さんってグループホームを作ったおばさんと話をしてたら
「妥当な値段です」と言ってはった。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 >介護保険だと、介護報酬として支払われる金額は、ヘルパー業務の内容と利用
 >者の状態によって違ってきますが、1番安くて1時間未満1530円です。

 ためいき・・・

 でも利用される方が直接払うのではなくて保険から出るわけですよね。
 そこんとこがなあ・・・私らは直接頂くわけだし。

 ほんと頂く方はできるだけ多い方がいいし、出す方はできるだけ少ない方が
いいもんなあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 ○○さんは行政で福祉事務に携わっておられました。
 当時、1530円!!
 そんなに出てたのか。
 でもこれは、ヘルパーさんに渡る額では無いのかな。



posted by kingstone at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家族が語るシンポジウム(療育援助セミナーから)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


療育援助セミナーの報告です。

 「家族が語るシンポジウム」

 みなさん、地域の親の会の会長とか熱心にやってこられた方で
現在お子さんは成人。で、グループホームを作られた方や、
一般の会社に障害者枠で入って続けている方なんかがいろいろ
お話し下さいました。ようまとめませんけど、印象に残った所を。

 許可の取れた方のお名前を出します。

 横浜の斉藤瑛子さん。

 10人の方の保護者が集まって2年間限定で「共同グループホーム」
を作った。現在はそれぞれ数人でグループホームを作ったり、
してる。

 生まれ育った町で、慣れた環境で暮らしていけたり、緊急の時でも
近所で預かってくれるようなこと(レスパイトサービスとか)をして欲しい。
 そのためには学齢期から子どももそういうシステムを体験していること
が大事。

 千葉の坂本秀美さん。

 学齢期、お子さんは通常学級に通ってはりました。お子さんの教育に
ついては教育センターから担任と学校とを指導してもらったそうです。
詳しくは書きませんが、いわゆる「どなりこみ」というのも何度も
なさったとか。でもほんとそれでお子さんの環境をいい方向へ動かして
来られたようです。

 高校は全寮制の高校で、障害児クラス(?)のあるところへ進まれた
とか。そこで始めて悪口を言える友だちができたとか。

 例えば「あいつ、ひどいんだよ。僕がどらえもんを見る、と言うのに
あいつはおかあさんと一緒なんて子どもっぽいのを見るって言うんだよ」
とか・・・で取っ組み合いの喧嘩をされたとか。今まではどうしても
対等というより、みんなが譲ってくれる関係というか、本人さんも
それに気づいていて遠慮があったとのことでした。

 卒業後、一つ目のところは早くにやめられて、完全在宅の時期が
あったとか。その時お子さんがしみじみと言われたそうです。

「お母さん。制服を脱いでからが怖いって言ってたの本当だね。
 何もせずに家にいるってつらいよね」

 現在は一般の会社に障害者枠で就労され、かなりいろんなことを
任されて働いてはります。


 次の方は、後でお会いできず許可が取れなかったので、ほんま
ちょっとだけ。

 お子さんが他人と暮らす場を用意されました。
 で今からそこへ行くという時の一言。
「もう自宅には帰りません」
でそれからは、本当に正月の4日間しか戻らないそうです。

 そのお子さん一緒に暮らしてはる人と、時々トランプの
神経衰弱をされたりして遊ぶとか。圧倒的に勝つそうです。

 また動体視力もめちゃめちゃ良くて、ゲームコーナーの
スロットマシンは完璧に合わせちゃうとか。でも日本の
ゲームコーナーではお金にはしてくれないんですよね・・・
今度ラスベガスにでも行こうか、なんておしゃってました。

「自閉症を楽しませてもらってます」と言われたのが
印象的でした。



posted by kingstone at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不登校の人が学校に行けるために

 これはafcp_01さんがまとめて下さったTogetterの

子どものうつと不登校、再登校圧力について

への返歌です。

 私の不登校の児童・生徒への対応の経験は少ないです。そのうえでの話です。

 たまたま、私が関わった不登校の児童・生徒はすべて自閉症かアスペルガー
症候群でした。これはたまたまでしょう。(診断があった場合、無かった場合
いろいろでしたが)

 私がかつていろいろ学んでいた頃、不登校の児童・生徒が再登校に至ったと
いう事例(報告)は、学校外でカウンセリングをして再登校できた、みたいな
ものが多かったです。(注・そういう事例が多かったのか、たまたま私の読ん
でたのがそういうのばっかりで、失敗事例が出て来てなかっただけなのか、わ
かりません。失敗事例が出て来てない、というのはおおいにありそう)多くは
心の闇を吐き出せた、とか洞察できた、で登校できたみたいなの。

 最初、不登校の生徒に対応した時、う〜む、どんな心の闇があるのだろう、
みたいに思っていました。しかし会ってみると、その子の場合は全然そんな感
じじゃ無い。まあ、私はカウンセラーとしてその子とつきあったわけではない
ですが。

 学校には来てくれませんから、こちらから家庭訪問するしかありませんでし
た。とにかくその子の好きなマンガを本人から教えてもらい、その子の好きな
ゲームを覚え、一緒に話し、遊びました。

 ほどなく、学校に行く(来る)ところから始めようとする限り何もできない、
というのを実感しました。そこで保護者に「生徒の行きたい所へ行って、した
い活動をする」というのを提案しました。これは知的に重い自閉症の人が行き
たいファーストフードショップに行く、というガイドヘルプ活動のパクリです。
「心の闇」は感じなかったけど、外出して活動することへの自信の無さ、不安
というものは感じていましたから、そのあたりから自信を持って活動できたら、
と思ったわけです。で、いろんなファーストフードショップや本屋さんへ一緒
に行く活動をしました。

 なぜか音声言語で話してもわからない場合があるけれど、絵やひらがなで書
くとわかってくれやすいこともわかりました。(漢字がわからない、というの
は、それまでの教育活動に腹立たしさを感じます)

 そういう活動を通じて、私と外出することが苦にならなくなってきたみたい
です。「得する体験」がつめた、という感じかな。

 夏休みになって、本人に生徒のいない学校に行ってみることを提案してみま
した。OKでした。彼にしたいことを尋ねました。当時は私は特別支援学校に
勤務していました。パソコン室(まだインターネットには繋がっていませんで
したが)、陶芸室、美術室(紙すきもできる)、織物室、体育館、農園、会議
室でビデオ視聴、考えたらすごい設備です。どれでも好きな所を使っていいよ、
と言うと、彼はパソコンと陶芸を選びました。

 パソコンは、私がつきそいましたが、陶芸は、その日出勤予定だった陶芸専
門の先生にお任せしました。彼にとって楽しい体験だったようです。彼は
「悪魔」とかいう題の傷だらけの顔を作りました。こういうところから彼の
「心の闇」みたいなことを感じることはできます。また彼の好きなマンガ、
部屋に貼ってあるもの、などさまざまなものから感じることはできました。
しかし、どう言ったらいいのだろう。それは、そうあるだけのもの、私は
「感じてはいる」けれど、そこに働きかけるはしない、って感じかな。

 私は外面的なこと、つきあえる部分だけつきあっていこう、としていました。

 まあ、そんなふうにして、だんだん彼は登校できるようになっていきました。
 学校のいろんなところを使って、いろんなことをして。別段、私もつきっき
りじゃなかったです。

 後、クラスの中で周囲に感謝される役割ができたり、拒否を認めたり、って
とこかな。拒否については集会の時に「面白くなさそうだから並びません」
って言うのをOKしたり。次の時から別に指示したわけじゃないのに、自分で
並んでましたが。すっごく嫌そうな顔をして(笑)

 他の教師が関わっても全然OKになりました。ってか、私なんかいらない(笑)

 まあ、私は教師の枠組みからは、外れていたのだと思います。


 私は「学校は行かなければならないもの」とは思ってません。しかし、ど
んな学校でも、その設備、人的資源など、活用しなければもったいないもの、
と思っています。人的資源で言えば、教師でなくても地域(都市部)では、
ご近所に本当にいろいろな方がいらっしゃることと思います。ボランティア
さんでも。

特別支援学級でボランティアさんをどう集めたか

 ボランティアでなくても、外でのガイドヘルプ活動なら、時給800円のガイ
ドヘルパーさんで可能だろうし。

 自閉症やアスペルガー症候群の人に、現在の学校(通常校)でも、空き教室
など使えば落ち着ける部屋、居心地のいい部屋を作ることは可能だろうと思い
ます。(特別支援学校はどこも教室満杯状態みたいですが)LANはたぶん各教室
来ているし、型落ちの、しかしインターネットにつなぐことのできるパソコン
やプリンタはゴロゴロ転がってるだろうし。ソファなんかもリサイクルショップ
などで安く手に入るだろうし。(私はソファを拾って来て教室に置いてました。
特別支援学校でも特別支援学級でも)それぞれの子が好きな本など、いろいろ置
いておけばいいだろうし。ちょっと、お茶の飲める環境もいいな。

 こういう活動は、いわゆるフリースクールやフリースペースと呼ばれる場所で
現在も行われているでしょうが、学校でもできるはずです。

 「自分で好きな活動」をどんどんやっていけないタイプの人の場合は、
自立課題学習を用意することも必要かもしれません。

ぴーす

では確か時給1000円(他と比べるとたくさん頂ける)のヘルパーさんが自立課題
も作ってはります。高給の教員でなくてもできます。もちろんバックアップする
コーディネータとしては教員も必要でしょう。教育委員会や特別支援学校の仕事
になってくると思います。はりついている必要はありません。

 う〜ん、居心地のいい場所作り、ということで言えば、自閉症やアスペルガー
症候群の人だけに役立つものじゃなさそうな気がするなあ。

 学校のカリキュラムに子どもを合わせるのではなく、学校という資源を子ども
に利用してもらうつもりになれば、かなりのことができそう。

 Togetterの最後の方で、「保護者の問題」に言及しておられる発言もあります
が、誰かを悪者にすると解決するものも解決できないようになるような。それこ
そ保護者にも何らかの発達障害がある可能性はあり、それを考えに入れるのも支
援のうちだと思います。また、発達障害でなくとも世の中の価値観に傷つけられ
て来られた可能性もあるし。

叩かれていた子の例1

からの例にあるように。この話に出てくる保護者の場合、発達障害もあり、世の
中の価値観に傷つけられることもあり、だったと思います。これは不登校の例で
はありませんが。

 たぶん、今の設備、費用でかなりのことができると思います。























































 












posted by kingstone at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

偏食について妻と喧嘩をしてしまったという人へ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、こんにちは。

 >昨日のことなんですが、妻と喧嘩してしまいました。(笑)

 お二人ともたいへんでしたね。

 >ったのです。それを見た妻が、大きな声を張り上げて、なんとしても食べさせ
 >ようと叱っていました。子供は、逃げ回る。妻は大声を張り上げて、彼を追い
 >かける・・・。

 >うんか!いじめているみたいで、かわいそうだから、やめろ!」と私が怒鳴っ
 >てしまったんですね。(^_^;

 奥様がお子さんを責める。
 ○○さんが奥様を責める。

 言っていることは違うのですが、同じ構図になっていますね。
 で実は奥様がお子さんを責めるのは

 >幼稚園の先生とか
 >小学校の先生から「□□君、また食べ残しましたよ」と言われるのが、彼女
 >にとって嫌だそうです。

 これってきついことだと思います。

 私、知的特別支援学校に異動して何が嫌だと言って給食の時間ほど嫌な
ものはありませんでした。偏食のきつい子に「食べさせないといけない」
そして食べさせなければ、面と向かっては無いとしても本人のいない所では
「あの人は給食もよう食べさせない」という言葉が出てくる環境。しかも
食べさせ方は・・・書きたくありません。

 私、2年目に「食べたくない物が出た時に意思表示をしたら残していい
指導をしよう」と学年で提案したら否決されました。一応学年世話係だった
んですが・・・反対理由は「一人一人別の指導をしようとするのか」
「私なら食べさせられます」でした。

 そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという特別支援教育に関する常識
なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、と
いう指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の
練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できる
ようにあの手この手は使います。

 この時から、給食の時間は本来の楽しい時間になりました。

 なおこの指導(?)を始める時に保護者に「もちろん食べてもらうよう
に努力はしますが、ひょっとしたら給食を食べなくなるかもしれません。
それでもいいでしょうか」と相談をかけました。

 ありがたいことにOKを頂きました。

 例えばC君の場合、本当にある1日、ほとんど全部残すことがおきました。
 しかしその後だんだん普通に食べるようになりました。
 今年度の終わりになってパンをほとんど残すようになってしまいました。
 保護者は「いいんですよ」と言って下さったのですが、いろいろ試して
みて、これはいいのか悪いのかわからないけど、パンをちぎっておかずの
お皿に入れてあげると全部食べるので、とりあえずそうしています。

 私の1年目の体験でもある自閉症のお子さん、給食に出てきたものを
一応は口に入れてみてしかめっつらをして出す、という行動がありました。
これはどんなものかなあ、と試してみてるみたいだったんですね。

 ところが無理に口に突っ込むようになってこの「探索行動」は消えました。
 たぶん、このお子さんにとっては返ってちゃんと偏食を減らすのに逆効果
になったんじゃないかと思います。

 その後、このお子さん、担任も変わり、自分で少し口に入れたらすごく
褒められるという指導でだいぶ食べられるようにはなりました。たぶん
口に突っ込まれるという指導はされなくなったと思います。本当に良かった。

 >「もっと、ゆっくり育てたら、えんやん」と私が言っても、妻は聞く耳を持っ
 >ていないようです。困ったもんだ・・・。

 どう言ったらいいのだろう・・・
 「困ったもんだ」と捉えるのではなく、奥様のつらさを理解され、
「つらいよね。しんどいよね」というのは伝えてあげる必要があるかも。

 そしてもちろんお子さんも「そのままでいいんだよ」だろうし。

 お互い責め合う図式から、お互い「そのままでいいんだよ」に変わって
いけたらいいのにな。


 で、学校の先生などは「みんな食べる子、良い子」という図式が
強固にあると思います。それを外さない限り、奥様へのプレッシャーは
消えません。ひょっとしたらそこは○○さんの出番かも。

 学校の先生に事情をよく話し、「うちは残してもいい、という方針で
育てていますので、学校でもよろしくお願いします。もちろん、無理に
ならない範囲での工夫はして頂けたらありがたいです」と申し入れて
おくことが大事かな。で母親からより父親からの方が現場へのプレッシャー
は絶対にきついです。(つまり効果的)

 本当のところ学校の教師はいいことをしているつもりで口に物を
突っ込むかもしれません。
−−−−−−−−−−−−−−−
 △△さん、こんにちは。

 > ん?、一人ひとり別の指導をしたら、いかんのですか?

 今の私なら「一人ひとり別の指導をしましょう」と言います。
 その時は私、そこまで反論をようせんかったです。

 お二方とも特別支援教育ン十年の大ベテラン。私は知的障害特別
支援学校2年目のまだ何もよくわからない?人間。

 その前後のことを書きたくなりました。

 周囲の「教育」というものが私には疑問に思えて仕方なくなって
きていました。そこでたまたまこの年は特殊教育学会が3連休に
重なっていたので、私の考えていることが間違っているのかどうか
見てこようと思っていました。

 ちょうど1週間前。給食の時間にある子の嫌いな物が出ました。
すると「私なら食べさせられます」と言った先生は「食べ!」と威嚇、
「一人ひとり別の指導をするのか(したらあかんやろ)」と言った先
生は笑いながら「わしの分もやろか」

 私は切れて「私は食べさせることができません!」と怒鳴り、
教室を出て行きました。(あはは情けない)

 すぐに教室へ戻り「大きな声を出してすいませんでした」と
詫びを入れました。

 そして特殊教育学会へ。
 自閉症の分科会の部屋にいつづけました。そして私が願っている
やり方。考えているやり方でも間違いではない、と思えました。
で帰ったら、とりあえず声に出していこう、と思いました。

 それで「意思表示したら残してもいい・・・」という提案になった
わけです。簡単に否決されましたけど。孤立無援で。

 もう異動するか退職しようと思いました。
この年はずっと考えていましたが、ついに管理職に言いに行きました。

 たしかその週末あたりに
「自閉症の子どものクラスルーム in しあわせの村」がありました。
自閉症のお子さんに実際に来て頂き、TEACCHの考えに基づいての指導を
研修する、というものです。

 そこで自閉症のお子さんが、それこそ自分自身の選択を大事にされ、
いろいろなわかりやすい環境を整えられた上で、安定し、自立的に行動
している姿を見せて頂きました。涙が出ました。

 極端に言えば「これで私も生きていける」と思いました。
 そして管理職に「あと1年はがんばってみます」と言いに行きました。

 この前後2週間の気持ちの浮き沈みはまるでジェットコースターに
乗っているようでした。
−−−−−−−−−−−−−−−
 つけたしです。

 > そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという障害児教育に関する常識
 >なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、と
 >いう指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の
 >練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できる
 >ようにあの手この手は使います。

 さて、残してもいいんだ、というのを学年ではっきりさせてから、
そしてそれが子どもたちに伝わってから、私は子どもたちに給食を
勧めることができるようになりました。

 こういうことってありませんか?

 周囲が子どもに威嚇ばかりを使っている時、私は子どもを叱れません
でした。そうでなくなって初めて叱れるようになりました。

 「残してもいい」と言うとやりとりせずにほったらかしにする方も
いらっしゃいます。口に突っ込むよりはいいと思っていますが、でも
それもなあ・・・人間同士なんだから何かやりとりがあってもいい
はずだと思います。


posted by kingstone at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症の人が好きな鉄道ファンと鉄道ジャーナル

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 先日ある自閉症の方に鉄道雑誌で好きなのはどれ、とお聞きし
たら「鉄道ファン」とのこと。

 そこでうちのクラスに「鉄道ファン」と「鉄道ジャーナル」の
それぞれ3月号を一緒に買って来て子どもたちに見せました。

 そしたらC君は表紙を見ただけで「鉄道ファン」を取りました。
 中を見てもやっぱり「ファン」の方がいいみたい。

 でもって他の子(違う学年で遠征してくる子もいる)もやはり
「ファン」がいいみたい。

 うーーん、どこがどう違うのかはよくわからないんですが・・・

 3月号に関しては圧倒的に「ファン」でした。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 今でもジャーナルとファン、あるんですね。

posted by kingstone at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症の人とコミュニケーションしようとして失敗した話

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


新横浜の駅にて。

 PLANETという安くコーヒーの飲める広場みたいなところで時間待ちを
していました。私の横に座った兄ちゃん、切符をパチパチはじいてます。
あっ、この人自閉症やな、と思いました。

 携帯のバッテリーが切れかけて、どっかで電気を取ろうと立ち上がり
かけたらその兄ちゃん「アーーーッ」と大きな独り言。なんかその独り言
で席を立ったと周囲に思われたら嫌だなあ、なんて思ったりして。

 実際、その周囲の人もそそくさと他の場所へ。

 さて、私は看板の電源コンセントから少し電気を拝借。

 兄ちゃんは、しばらく声を出してから立ち上がると店の中をうろうろ。
 その間に、兄ちゃんの座っていたテーブルにアベックが座りました。
 しかし兄ちゃんは気にせずまたそこに座ります。で、声。

 アベックはパッとどいちゃいました。

 見てて、話を聞いてみたいなあ、というのもあったし、ここでは
大きな声は出さないでね、って伝えられるかなあ、なんてすけべ
根性があったのもあって(アセ)にいちゃんの隣の席にすわりました。
兄ちゃんは、切符(見ると入場券でした)をパチパチするのに集中して
ます。

 で、筆記用具とノートを出した上で、うーん、どうしようかな、と
思ったすえ、彼のジーンズ(太股のとこ)をそっととんとんしました。
にいちゃんは笑顔(と見えた)でしっかりこっちを見て小さな優しい
声で「なに?」と言いました。

 私が「新幹線を見にきたの?」と聞くと・・

 彼はすっと立ち上がり、商品の棚を見て、それから去って行きました。

 うーーん、話しできんかった。

PS. 18:09の500系のぞみだったのを、17:09のに変えました。
  何がくるかな、と見てたら、やったぜ、かものはしが来ました。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 >この時、彼はどんな事を考えていたのかな…って思いました。

 たぶん、
「せっかく自分なりに余暇を楽しんでいたのにわけのわからんことを言う、
 余計な邪魔が入ったわい」
と思って去って行ったのじゃないかなあ(アセ)

 どう伝えるかに迷ったあげく、ノートと筆記具を出しながらも、
声かけでまずやってみようとしたのですが、ノートに
「新幹線を見に来たの?」と書いたらどうだったろうか、
と今でも思っているんです。

 そしたら落ち着いて答えてくれたのじゃないかなあ、なんて
思って。わかんないですけど。

 でも確かに初対面(当たり前)だし・・・まず声で、と思ったのですが、
うーーん、今でもやっぱりどうするのが一番だったかな、と思ってます。
ひざとんとんの時は二人の間にちゃんとつながりがあったと思うもんなあ・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
 □□さん、こんにちは。
 レスありがとうございます。

 > 自分が研究発表とかするときに感じるんですが、質問って、例えそれが好意的
 >なものであってもされる側にしてみれば攻撃的であると感じられる場合がありま
 >すね。

 そうなんですよね。

 > でももし自分が話しかけるとしたら、質問形式ではなくて、並行する話題を独
 >り言のように話すかノートに書くかすると思います。
 > 例えばノートに
 >  100系ひかり こだま
 >  200系MAX
 >  500系のぞみ
 >  1000系なんとか  (鉄道事情にはうといもんで・・・・^_^;)
 > なんて書いて、さりげなく彼が見えるようにノートとペンをそこらに置いたり
 >して。

 ああ、なるほど。そういう手もあったか。
 
 本当に迷ったのですが、直接どーんと音声にしろ文字にしろ絵にしろ、
直接本人にドーンと語りかけるというのでなく「平行」で近づいてく、って
手もあったか・・・

 でね、私の場合やっぱり「まずは音声言語で」みたいなのがやはり
あったのですね。で、これって「周囲の目」みたいなのへの配慮(?)
があるのかもしれない。実はそんなものないのに・・・

 だけど、初対面でお互いの知り合いがいない状態の時、また直接ドーン
といかないといけないな、って時、どうするのがいいんだろう。

 やっぱり視覚に訴えるとこからやった方がいいかな。
 少なくとも視覚・聴覚両方に訴えるようにした方が良かったな・・

 もちろんある方から「別にさっと立って去っていっても嫌とばかりは
限らないのでは」というご意見も頂きました。なるほど、そんな場合も
あるかな。でもある意味でストレスを与えただろうなあ、とは思って
います。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 今思うに、やっぱり音声言語がまずかったよな、と思います。
 それと「指導しよう」みたいなすけべえ根性。
 ただ知り合いになりたい、それだけで良かったんですよね。





posted by kingstone at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うろうろしないこと(卒業式参加についての番外編)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 担任と子どもとの関係の番外編です。

 私より以前の担任さんは、たいへん指導力のある方でした。

 すごくメリハリのきいた指導をされ、困った行動をする時は叱り、良い
行動をした時はほめ、また楽しいこともいっぱいされていました。体を
使っていろいろすることが多かったかな。A君だけでなく、この方がおられる
と他のお子さんでもあまりうろうろ動いたりしないことが多かったです。

 またすごい偏食のお子さんが、この方が側に来ただけでぱっと嫌いな
物を口に自分で入れる、という行動もみられました。でこの方がいなく
なると吐き出す・・・

 私が担任してから木工の授業をしていました。木材を電動糸鋸で切る、
という課題の時にこの先生が来られました。「久しぶりやなあ」と言い
ながら一緒にA君と材木を切ろうとしました。A君はものすごい抵抗を
して電動糸鋸の側に寄りませんでした。

 私が変わってみるとA君は何の力も入れず私に手をまかせ、一緒に
材木を切りました。その時私は何も気づいていませんでした。しかし
その先生が

「あっ、お前、KING STONEさんとやったら切るねんな。こいつう」
と大笑いしはりました。

 その時「あっ俺みたいな情けない教師でも、この業界で生きていく
意義(あるいは必要性)もあるのかもしれないな」と思いました。

 たぶんこの担任さんが側にいればA君は立ち歩いたりしないことと
思います。通常校に交流に行き、本人にとってわからない授業で
あっても動き回ったりすることは無かったと言いますから。
(私とだとわからなかったり、退屈したりするとうろうろしようと
 しましたし、いろいろ要求しようとしました。それを前担任さん
 は不思議がっておられました)

 すごい関係が作れれば立ち歩いたりしないのかもしれない。

 しかし、そんなすごい関係が作れるよりも、あまり濃い関係がなく
ても、あの手この手で本人がわかって納得して座ったり、動いたり、
あるいは拒否したり、してくれる方がいいな、って思っています。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 威嚇と暴力の上手(?)なリーダーさんのことですね。
 もちろん障害児教育フォーラムに書いていた頃は、そんなことは書け
なかったのですが。

 また前にも書いたことですが、当時、またそれ以前、その知的障害
特別支援学校において、ほとんどの教師が自分は手を下さないにして
も、この先生を頼りにしていた、という事実には重い意味があるなあ、
と思います。

 虐待への芽は、誰の中にもあり、容易に発現します。

川を渡る

posted by kingstone at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

卒業式の校長先生の話の視覚支援

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 
 まったく同じ題名のエントリーもありますが・・・

 そうそう、校長先生の話をどうしたか、を書くのを忘れていました。

 まず係なんですが、絵を描き用意するのは「掲示」の係が、
当日の用意や、現場でめくるのは「会場係」がすることに決まって
いました。私はアドバイザーとして入ります。

 今までホワイトボードに、半分に切った模造紙をくっつけて
みんなに見せていました。しかし、これだと卒業式の時、
ホワイトボードってのが(しかもそのほとんどの部分は使わない)
なんか間抜け・・・

 飾りをつけるのもたいへん(労力がかかる)し。

 そこでOHPでやってみました。周囲がある程度明るくても見えるし、
スクリーンを特別飾らなくても違和感ないし、よしこれでいこう、
ということになりました。またOHPシートに描くのは模造紙に描くより
簡単です。

 校長先生の原稿が2日前に上がってきました。
 私は「校長先生の絵を描く係」の人をつかまえ、さあやりましょか、
と声をかけました。私は絵コンテ用紙(1枚のA4の紙に8つの下書きが
描けるようにしている)を用意します。

 二人で原稿を読み、どこを絵にするか相談します。
 1段落に1枚か2枚ということにしました。例えば

「春めいてたいへんいい日よりになりました。梅の花も咲き、みんなの
門出を祝っているようです。云々かんぬん」という3〜4行ある出だし
の挨拶は「梅とお日様」の絵1枚だけ。

 結局12〜3枚ですみました。

 マカトンシンボル集やボードメーカーの中のシンボル集(PCS)を参考に
しながら二人でアイデアを出し、私が下書きをラフに絵コンテ用紙に描いて
いきました。

 ここまで20分くらい。
 その後、係の先生が30分くらいかけてOHPシートに清書されました。

 翌日、絵を描く係の先生と、絵を当日めくる係の先生と私とで、校長先生
と打ち合わせ。その中で「よしこの絵ははずそう」「よしこの段落は
絵に描いているところ以外はしゃべるのをやめよう」と校長先生が判断して
いかれました。

 この打ち合わせは5分かかっていません。

 本番、まあちゃんとできたんじゃないかな。
 子どもたちも視線をよく向けていました。

 実際、教育委員会の方やPTA会長さんの挨拶は何も頭に残っていませんが、
校長先生の話は映像として頭に残っています。(って下書きを描いたから
かもしれませんが(笑))

 しかし、事情があって、スクリーンの位置が在校生のみんなに見えない
位置だったのは少し残念です。まあ来年は見えるように、全体の席の
配置を変更することを提案しておきました。

 さて来年度はどうなるでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 前にも書きましたが、翌年か翌翌年から、PTAからの申し入れで、
PTA会長の話も視覚支援することになりました。

 今はOHPじゃなくパワーポイントを使っているはず。





posted by kingstone at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その他の卒業式・卒園式関連

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。

 □□君、ご卒業、おめでとうございます。


 >教訓だよ、先生方。
 >式場の飾りつけ、置物は、当日変更しないように! (^。^)

 あははは、でもうちも当日変更になります。

 >せっかくのPCSシンボルのスクリーンが、パンジーに負けちゃいます。

 私のところはOHPで出すことになりました。
 で、残念なことにいろいろあって卒業生や来賓にしか見えない位置に
スクリーンを置くことになってしまいました。在校生ごめん。
−−−−−−−−−−−−−−−
AAさん、こんにちは。

 わっ、BBくん、座り続けることができたんですね。
 えらい、えらい。
 
 小学校でもいろんな問題は起こると思いますけど、ひとつひとつ
対処していけば解決できない問題なんて無いと思います。
新たな生活に向かってGOですね。(ニコ)
−−−−−−−−−−−−−−−
 CCさん、こんにちは。

 わあ、熱心な先生方のおられる園に通っておられるんですね。
 なかなか講演会などに行ってくれる方って少ないと思いますから。

 >でも、今年の卒園式(確か、来週)は欠席させるつもりです。
 >先輩たちの門出の舞台で、いつものようにウロクロしたり、お気に入りのビデオの
 >せりふを突然しゃべりだしちゃあまずいでしょうから・・・(^^;)

 これ、ほんま参加する欠席するって考え方次第だと思います。
 もちろん「それでも参加」とあの手この手を考えるのもひとつの道。
 しかしお子さん自身に負担が大きいだろうから欠席、と考えるのも
ひとつの道。

 >まあ、今年は主役じゃないからいいとして、来年はどうなることやら・・・

 来年に向けての「あの手この手」の練習と考えて参加してみるって
手もあるかも(ニコ)

 私の担当したお子さんではC君には式次第を用意して消していく、(これは
C君にはあまり効果は無かったみたい・・・アセ)F君には大好きな空気の
抜けたボールで遊ぶ、というのを用意しました。
−−−−−−−−−−−−−−−
 DDさん、こんにちは。

 > 確かに、それもそうですね。
 > 迷惑かけまいと欠席する選択もあるわけですね。

 実は・・・「迷惑」だけだったら別に「迷惑かけてもいいじゃん」
と私個人は考えています(ニコ)

 やっぱり本人への負担とか、「本人にいいか悪いか」で考えて
選択したいですよね。

 > 幼稚園は、あたたかいムードだったけど、小学校はなんか空気が
 >ピリピリするような感じ。思い過ごしならいいんですが。

 まあそうかもしれませんし、そうでもないかもしれません。
 こればかりはその場になってみないとわかりませんね。
 でも構えすぎると余計にそっちに行くってのもあるし・・・

 私の好きなある先生の言葉。
「「大丈夫。きっとうまくいくよ」これを何回かつぶやいてみよう」








posted by kingstone at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2年前の卒業式練習(私がA君を怖い顔をして叩いていたこと)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 一連の「卒業式シリーズ」なんか、私がカッコイイですね(^-^)

 で、丁度このシリーズの2年前の卒業式練習の時の記録が残って
います。登場人物は同じA君です。私は、初めてTEACCHの2日
間セミナーに行った後で、自立課題学習も少しは始め、靴を脱ぐ場
所には目印をつける、とかはやっていたころ。まだスケジュールは
取り入れてなかった頃です。

 卒業式の練習をしています。

 在校生のA君も出席します。

 1回目の練習の時は途中で何度も「うんどうじょう」と言って
運動場に遊びに行きたがりました。

 で今日は始めに

 「しきのあいだしっかりすわっています」
 「あとでうんどうじょうであそびます」

 と書いた紙を見せました。そのせいか、単に慣れただけなのか、
今日は「うんどうじょう」と言って立ち上がることはありません
でした。

 ところが・・・途中で隣に座っている私の膝の上に足をのっけ
ようとします。退屈で甘えてきたのでしょう。こわい顔をして
「ちゃんとすわります」と言っても駄目。

 でついにA君の手のひらを「パチン」とたたきかつこわい顔で
「ちゃんとすわります」と言うといい姿勢で座りました。

 ところが・・・だいぶたってからまたこちらの膝に足をのっけ
ようとし、手のひらを私の方に出して「パチン」と言います。
「パチンして」という感じ・・・まいりました。
 行儀よく座ってるよりこうやって遊んでる方が楽しいよ、という
ことかな。

 ううう、どうすりゃいいんだ。
 まあ、何やかややりとりしながら最後までもたせましたけど。

 まあA君にとって式はあんまし面白くないわなあ・・・。
 でも卒業式だもんなあ・・・。

 また何かいい方法があったら教えて下さい。
−−−−−−−−−−−−−−−
 これには長いことレスがつきませんでした。

 私は確かに「困って」いましたが、障害児教育フォーラムに書きこめる
くらいですから「本当に混乱し困っていた」という状態では無かったと思
います。そういう状態だと公開の場に書けないですから。ちょっとした
「ほのぼのエピソード」くらいの気持ちであったかもしれません。

 保護者もこの記事を読んでおられましたが、笑顔で
「家でもパチンしちゃうんですよー」なんて言って下さってました。


 しばらくたってからレスがつきました。もう今は高名となられたお医者
様です。今は掲示板にレスをつけるなんて時間はとても無いと思いますが、
当時はつけて下さったのですね。長い丁寧なものでした。全文引用したい
ですが、そうもいきません。かいつまんで書きます。

 まずTEACCHの視点から見たとき、という断り書きが入ります。
 その上で

・スケジュールで見通しをたてることの大切さ。
・式の内容がわからないなら、わかって楽しめる物を持ち込む。

を教えて下さいました。そしてその上で「嫌なら嫌と表現できる(そして
もちろん実現できる)」ことの大切さ。表現コミュニケーションができる
ことは権利擁護(アドボカシー)のためにも大切、というようなことを教
えて頂きました。

 最後に感慨として「学校では式が多いけど、自閉症の文化には脅威かも」
と述べてはりました。

 すごくありがたいレスでした。
 ここからまた私はあれこれ考えるようになります。
 それが2年後の卒業式にもつながっていくわけです。









posted by kingstone at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

卒業式練習でのA君への対応への質問と回答

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


卒業式の練習5


 「卒業式の練習5」で書いたことについてある方から個人メールで質問を頂
きました。
 いろいろ考えるのに好都合なので、回答ついでに私の独自の自問も含めて、
発言としてアップさせて頂きます。

 式練習で立ち歩いていたA君。
 担任が「だめ。すわりなさい」と言っても効果はありません。
 そこで私が式次第を終わったところまで線を引いて消し、後どれだけあるか
を示し、座っている人の絵を描いて下に「すわります」と書き、そこを指さすと
「すわります」と言ってA君はそれからは座っていました。



Q.1 担任とA君の関係があまりできておらず、KING STONEさんとA君の関係が
できていたからでしょうか。

A.1
 違うと思います。

 私は昨年度、一昨年度の担任でした。その頃はA君、比較的私にぴったり
ついていることが多かったです。今年度の担任さんは彼と関係を作るべく、
少し空いている時に一緒に楽しく遊んだりし、すごくA君といい関係を作って
います。A君はこの担任さんが大好きなようです。

 先日も遠足に行ったおり、A君はどこかへ遊びに行きました。帰る時刻が
せまってきて、私が探しに行ったのですが、どこにもいません。困ったなあ
と思っているとトイレにD君を連れて行っていた担任さんが帰って来ると
A君はどこからともなく現れて担任さんのもとにやって来ました。
 いろんな場面で担任さんを捜してA君が寄って行く様子はよく見られます。
(ただ、担任さんが他のお子さんの交流について行って学校にいない日は
私を捜してやって来ますが・・・担任さんがいる時は見向きもしません(笑))

 つまり関係は担任さんの方が私よりよほどいい関係ができていると思います。



Q.2 KING STONEさんは関係を重視しませんか。

A.2
いいえ。私は最近さぼっていますが、カウンセリングの学習と体験を
重ねて来ました。そしてその中で唯関係論的な信念を持つようになりました。
「関係が全て」つまりたいへん重視しています。

 受容と言い、共感的理解と言います。(わっ、この言葉出しちゃった(笑))
しかしこちらがいくら受容したつもり、共感的理解をしたつもりでも、
相手にそれが伝わらなければ関係なんてできません。

 相手に伝わる手段で相手に伝えないことには関係もできないのです。
 相手に伝わるためには、例えば音声言語での情報処理がどちらかというと
苦手だ、視覚的な情報処理にすぐれている、とかいう本人の特性がわかって
いる必要があります。

 また関係が全てと言っても「俺の言うことを聞いていれば大丈夫。
わけがわからなくてもじっとしていろよ」という関係の利用の仕方は
おかしいと思います。

 また関係ができてから、じゃあ次の段階で何をするのか、という
時に、伝えられるものが、具体的なものが無ければ、そしてそれが
理解できないならば困ると思います。

 この人はいい人だな。信頼できるな。この人の言うことだったらちょっと
聞いてみようかな、という関係ができていたとしても・・・

 相手がわかるように伝えてくれなければ、いくら上記のように思っていても
動きようがありません。

 例えば全盲の方に墨字(普通に書いた字)のプリントをひらひらさせ、
「この通りにやってね」と言って全盲の方が動けるでしょうか。

 聾で口話が取れない方に身ぶりもなしで音声言語だけで「この通りに
やってね」と言って聾の方が動けるでしょうか。

 この例えを自閉症の方に適用した時にむつかしいのは、自閉症の方の場合、
音声言語がどれだけ理解できるか、は一人一人大きく違うし、また一人の方
でも時と場合によって変化するということです。もちろん視覚的なものでも
文字・絵・写真・半具体物・具体物などの理解がどうかも一人一人大きく
違うわけです。

 ただ一般的傾向として優しく暖かい先生であるほど「この子は音声言語が
わかっているのよ」と主張され、視覚支援を使わない傾向が大きいような
気がします。一度いろいろと試して頂けたらいいんですけどね。

 私は視覚支援も音声言語も使うし、音声言語を使ってはいけない、と
主張しているわけでも、自閉症の方は音声言語が理解できない、と主張
しているわけでもないのですが・・・



Q.3 普段からつきあいのある担任さんには甘えが出て、KING STONEさん
  は外部の人だから言うことを聞いた?

A.3
これはあるかもしれません。
 ないかもしれません。
 よくわかりません。

 ただ日頃の傾向としても、例えばA君が一人でパソコン室に行きたい、と
いうことがわかった時、教師の目が行き届かないと判断すれば、私は教室に
戻させます。(もちろん対応できると判断すれば行かせてあげます)担任さ
んは行き届かない場合と思われても行かせてあげます。ひょっとしたらそう
いった積み重ねはあるかもしれません。



Q.4 なぜKING STONEさんは上記のような行動を取ったのですか。

A.4
A君に見通しが立たず、音声言語で指示されてもわかっていない、と感じた
からです。

 あまりA君にとって面白くもなく、よくわかりもしない時間が続くことで
立ち歩かなくてはしかたなくなった。だから、目で見て見通しが立つように
式次第を示し、終わった所を線で消した。そして座っていて欲しい、という
のを伝えるために絵と文字を書き、示したわけです。たぶんそれによって
彼は理解し、少しは我慢しようと座っていてくれたのだと思います。

 A君はある程度音声言語の出るお子さんです。
 担任さんだけでなく、周囲の多くの方から「A君は言葉がわかる」という
ふうに見られます。そしてそれは事実ではあるのです。

 しかし私が見たところ、複雑なやりとりになると音声言語を道具として
使うことはむつかしくなります。
 また、やることがなくて退屈してしまったり、刺激が多すぎて混乱
したりする場面では、音声言語を理解する能力はより低くなってしまい
ます。

 また「見通し」をたてる重要性を言われる教師も数は多いです。しかし
具体的にどうやって見通しを立ててもらうか、についてはルーチン(習慣・
何度もやってわからせる)か音声言語での説明というのがほとんどの方が
これまた多いです。しかし練習は何度目かに入ってある程度ルーチンと
なっていましたし、音声言語でも説明したのですが、彼にはわからなかった
わけです。

 「見通し」をたてるための具体的な技術は私はTEACCHの事例から
学びました。その1つがスケジュールを書き、終わったところから
線で消す、というものです。(注・これは1例であり、人により、
時により、様々な方法があります)

 で、このような視覚的な対応は、普段から私はA君によく用いており、
効果が上がっていると思っています。その体験があるので私は上記の
行動を取ったわけです。私はいつも写真カード・コミュニケーションブック
筆記具各種・メモ用紙、そして今回の場合は拡大した式次第などを
ウェストポーチに入れて持ち歩いています。

 なお担任さんにはこの1年、お伝えしてはいましたが、つい先日くらい
までは私の言う「視覚支援の必要性」に反発ないし不信を抱いておられ
ました。

 また必要性をお感じになられないから視覚支援グッズを持ち歩くという
こともされないままでした。となればもちろん視覚支援を使ってあれこれ
試してみる、ということもできません。確かに視覚支援グッズを持ち歩く
などということは、よほどその必要性を感じていないとめんどくさくて
やっていられません。

 しかし今回のことはかなりショックであったようです。翌日はご自分で
いろいろ用意しておられました。



Q.5 A君は座っていてうれしそうでしたか?

A.5
 おお、すごくいい点の突っ込み。
 そこが重要な点と思います。

 あまりうれしそうでもありませんでした。
 嫌そうでもありませんでしたが。
 特に面白くもない、というあたりの表情かな。

 ただ、それは歩き回っていても同じだと思います。
 別にうれしくもない。
 わけがわからず見通しが持てず、不安なだけだと思います。

 つまり式練習そのものがあんまり面白くもなく、いやなものだ、
ということがあると思います。

 卒業式や練習の形そのものを考えないといけないと思っています。



Q.6 担任さんはどう思い感じたのでしょう。

A.6
これはもちろん担任さんに聞いてみないとわかりません。
 ただ見てわかるのは「眉間にしわを寄せて渋面を作った」ということです。
 これは

 1.そうか、いつもKING STONEさんに言われているけど、こういうこと
  やったのか。用意してなくて悪かったな。
 2.余計なことしやがって

 とかいろいろ考えることができると思いますが、たぶん1.に近いと思い
ます。翌日はかなりの視覚支援の用意をして下さいましたから。

 本番は少し少ない用意になりA君は少しだけ立ち歩いてしまいました。


posted by kingstone at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月30日(金曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 とってもいい天気。

 朝、次男が起きてきたので「おはよう」と挨拶すると
「おはよう」と返してくれました。で、次男はパジャマ
のままトイレに入ったのですが、手には携帯。う〜ん、
こんなもんか・・・


posted by kingstone at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする